ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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リヴェンジャー

 キリトとアスナは迷宮を疾走する。現れるモンスターの(ことごと)くを一刀のもとに切り捨て、目指すのは最奥ボスエリア。

 リヴェンジャーと名乗ったあの人物が指定したこのゲームの最終フィールドにして、最後の戦場。そこにはラスボスとして奴自身が君臨しているはずであった。

 そして指定されたゲームの制限時間も残りわずか。

 二人は事前に情報屋のアルゴより教えられていた最短のルートを思い出しつつ、一気に駆け抜けた。

 レベルアップにより強化された二人の身体は生身ではあり得ない高速走行を可能とした。息切れ一つなく走り切った彼らは、その目的の場所で立ち止まる。二人は不安を宿した表情のまま、既に開かれた状態の空間にその視線を向けた。

 

 ここは目的地でもあるこの75層のボスエリアの入り口。

 しかし、予想とは違っていた。

 ここまでの全てのボスエリアとは違い、入り口である大扉が既に開かれていたのだ。

 その暗闇に包まれた部屋の中は薄暗く、外からでは何があるのかはっきりとは見えない。しかし、その(よど)んだ闇の奥に、なんとなくではあるが三つの人影がある事をキリトは知覚した。

 

「行こう、アスナ」

 

「うん」

 

 二人は一度見つめあいそして手を繋ぐ。そしてゆっくりとその暗がりへと足を進める。

 その空洞には光源ともなる篝火がいくつか焚かれたままになっていた。次第と視界が慣れてきた二人には、そこにクラインとリズベット……そしてもう一人、フードを深く被り漆黒のローブで全身を覆う正体不明の人物の姿を認めた。

 

「クライン!」「リズ!」

 

 二人でそう呼びかけるも、立ち尽くしている二人からはなんの反応もない。

 ただそこで目を開いたまま直立不動で立つのみ。そんな彼らから視線をフードの人物へと移したキリトは即座に怒鳴り付けた。

 

「二人に何をした!」

 

 フードの人物はゆっくりと顔を上げ、その闇の内から瞳を覗かせて彼へと言う。

 

「カレラニハ静カニナッテモラッタダケダ、マダ殺シテハイナイ。サテ貴様ニハコノシツモンニ答エテモラオウカ、キリト」

 

 その低く怖じ気が込み上げてくるかのような声を聞いてアスナはその身体をぶるりと震わせた。隣のキリトもまた同様に身体を強張らせていることを彼女は見てとるも、キリトは構わず口を開いた。

 

「ふざけるなっ! リヴェンジャー……クラインとリズベットを解放しろ。まずはそれからだ」

 

「ソレヲドウスルカ決メルノハコノワタシダ。貴様デハナイ」

 

「お前……」「ちょっとキリト君……ダメだよ」

 

 なおも食い下がろうとするキリトをアスナが止めた。今捕まっている二人がどのような状況なのか全くわかってはいない上に、この相手の正体すら不明のままなのだ。

 しかしアスナは、捕らわれた二人を前にしてキリトが焦る気持ちもわかっていた。アスナはキリトを押さえたままでフードの相手へと声をかける。

 

「お話……お伺いします。そして必ずお答えします。でも、それに答えたら二人を解放してください。お願いします」

 

 そう頭を下げながら言ったアスナへ視線を向けたその人物はしばらく動きを止めた後、声を出した。

 

「イイダロウ。フタリヲ解放スルトヤクソクシヨウ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 もう一度勢いよく頭を下げるアスナ。その様子を見ながらキリトは無言のままで剣を握り込む力を強めていた。

 キリトには分かっていた。この状況を打破するためにはこの相手を倒す必要があることを。

 このゲームの最終ボスは紛れもなく正面のこの人物だ。そしてそのボスを倒さない限りゲームクリアーとならないということを、他の誰でもない、この人物が自分の口でゲーム開始の際に宣言しているのだ。

 だからこそ、いったいどんな罠や陽動を仕掛けてくるか分かったものではなく、それによってどんな痛手を負わされ戦闘不能に陥るような事態をまねくか……キリトは油断するわけにはいかなかった。

 しかし、まさかここまでリヴェンジャーがアスナの要求を飲むとも思っていなかったのである。

 フードの人物はもう一度キリトの方を向き直ると、じっと見つめながら静かに話しかけた。

 

「キリト、貴様ニトイタイコトハヒトツダケダ。『貴様ハ今ナゼイキテイラレル?』サアコタエテミセロ」

 

「え?」

 

 その唐突な問いにキリトもアスナも唖然となってしまう。その問いがあまりにも抽象的であり、回答に(きゅう)するものであったから。一言でそう問われても、それを実体験に照らすことがすぐにはできなかった。

 何度か口の中で唱え、何度か咀嚼した後でキリトはようやくその答えらしきものに辿り着く。

 それは言葉にするには時間がかかったとしても、自分のうちではすでに完成された答えであったから。

 

 でも、それを今言う気には到底なれなかった。

 

「俺には生きなければならない理由がある。でもそれはあくまで俺自身のことで、あんたには関係ないはずだ」

 

 そう言ったキリトにリヴェンジャーは身動きひとつしないままに続けた。

 

「言ワネバコノフタリヲイマスグニ殺スダケダ。アノSAO(ソードアート・オンライン)デイキノコリ、イマコウシテフエツヅケテイル『VR(ヴァーチャルリアリティ)ワールド』ヲ肯定シ、『世界の種子(ザ・シード)』ヲコノセカイ二貴様ハモタラシタ。ナゼダ? ナゼ貴様ハソンナコトヲシテイキテイラレル? 貴様ハナゼコノ『世界』ヲ否定シナイ? ナゼダ?」

 

 語気が次第と荒くなるリヴェンジャー。その言葉の一つ一つが槍となって彼の心を貫いていく。

 彼も感じていたことだ。

 あのSAOの世界は彼から日常を奪い去った。何もしなければ待つのは死しかないあの世界で、彼は生き残る為に戦う術、殺傷する技を覚え、殺人すらも行った。

 たくさんの命が目の前でその掌から零れていった。そんな世界から生還したい。みんなを助けたい。アスナを救いたい。

 それがいつでも彼の原動力であり、戦う動機だった。

 そしてもう一つ、今生きなければならないと思う理由にも気が付いていた。それは……

 キリトはまっすぐにリヴェンジャーを見て話した。

 

「生還した俺は死んでいった連中の分まで生きなくてはならないんだ。生きて、生きることでみんなが生きた証を俺が伝えなくてはならない。それが俺の出来る一番の行為だと信じている。それと、俺はVRワールドそのものは恨んではいない。この世界にも現実と同じように夢や希望がたくさん溢れていることを知っている。この世界のおかげで幸せになれたやつだっている。俺も大切な存在と出会うことが出来た。俺にはこの世界も大事なんだ」

 

 アスナを見つめながらそう話すキリト。アスナは少しうつむいたままキリトの腕をぎゅっと掴んでいる。彼の言葉にはアスナにとって大切な思い出の数々も含まれていた。彼らにとってこの世界はもはや、『もう一つの現実』であるのだから。

 

 リヴェンジャーはじっと見つめ続けていた。

 思うところを全て包み隠さず全てを話した彼を凝視したまま、『彼』はポツリと言った。

 

「ナラバ貴様ハヤハリ『敵』トイウコトダ」

 

「それはどういう……」

 

 キリトが言い終わるその前に、リヴェンジャーは動き出していた。

 いや、どう動いたのかは彼には分からなかった。その瞬間リヴェンジャーの姿が消失したのだから。だが、それでも身体は反応していた。

 

「くッ……」

 

 危ないと警戒信号が脳に走ったその時、彼の身体は高速で回避行動に移っていた。瞬時に身体を反らしたそこへ皮膚一枚分外したそれが超高速で突き入れられていた。

 それはまるで元々そこにあったとでもいうかのように存在する一本の槍。

 見下ろしたそこにはその槍を構え、突き入れているリヴェンジャーの姿があった。

 キリトは回避行動をとりつつも瞬間背中の2本の剣を抜き放つ。

 刹那、腰を低く落としたリヴェンジャーが向かってくるキリトに向けて超高速の連続突きを打ち込んできた。

 あまりの速度に全てを躱せないと判断したキリト……彼は相手が突き入れてくるその槍の穂先の軌道を、最大限に高めた視覚と連動させた状態の二刀流ソードスキルで迎え撃つ。

 彼の反応速度は他の追随を許さない領域にある。神速と呼んでも過言ではないそのソードスキルのスピードも相まって、無差別乱打に打ち込まれているかのようなその槍の突きの(ことごと)くを、彼は剣で迎撃した。

 

「ホウ……サスガハデリンジャーヲ(たお)シタダケノコトハアルナ」

 

「お、お前が奴を(けしか)けたのか?」

 

「ソレハドウデモイイ話ダ」

 

 リヴェンジャーは最後の突きを放つと見せかけ、そのままキリトへと切迫、そして槍ではなくその足で彼の腹を蹴り上げた。

 

「ぐはっ……」「キリト君!」

 

 悲鳴を上げ近寄ろうとするアスナ。しかし、その前にリヴェンジャーが立ち塞がる。

 

「ジャマダ」

 

 リヴェンジャーはその両手に持った長槍を高速で回転させた後、接近するアスナに向けそれで殴りつけた。瞬間、『秩序の盾』を掲げガードするアスナ。彼女はその一撃を盾で完全に受け切ることが出来ず、そのまま後方へと弾かれた。

 と、その時、頭上から二振りの刃を煌めかせて飛び掛かってくる一つの影が。

 アスナへと強烈な一撃を放ったリヴェンジャーの大きなモーションのその隙に、キリトが襲い掛かったのだ。

 煌めくソードスキルのエフェクトに包まれ必殺の一撃をリヴェンジャーへと放つキリト。しかし、その一撃は相手に痛手を負わせるまでには至らなかった。

 咄嗟に頭を後方へ引いたリヴェンジャー、その丁度側頭部付近にキリトの刃がヒットする。

 追撃の好機!

 しかし、その瞬間キリトは動かず、その身体は凍り付いたように固まってしまった。

 

「な、なんで……」

 

 キリトが振り下ろしたその刃は、リヴェンジャーの被っていたフードも同時に切り裂いた。

 そしてその内から現れたのは、額から流血のエフェクトを発生させている、厳しい瞳で此方を睨みつける黒髪ショートヘア―の少女の顔。そしてそれは彼が見間違えるはずのない人物のものだった。

 

「さ……サチ……」

「キリト君、危ない!」

 

 瞬間呆けて硬直してしまったキリトの身体に向けて、リヴェンジャーは凄まじい速さで槍の突きを繰り出す。当然反応出来なかったキリトは回避が遅れているが、その間に盾を構えたアスナがその身を滑り込ませた。

 

 ズンッ

 

「きゃあああっ」

 

 鈍い音と共にアスナの悲鳴が上がる。

 

 リヴェンジャーの速すぎる攻撃にアスナも防御が完全には間に合わなかった。結果、盾で軌道を反らされたその槍の穂先は間に入ったアスナのその腹部を刺し貫いてしまった。

 

「アスナっ!」

 

「オ、オジョ…………」

 

 彼女を抱きとめたキリトは急いでそのダメージ箇所を確認する。その腹部からは(おびただ)しい量のエフェクトの輝きが漏れ出ていた。確認した彼女のLIFEゲージは一気に減っていく。キリトは慌ててインベントリを開いてポーションを探すも、すでに全てのポーションを使い切ってしまっていた。

 そんな様子をリヴェンジャーは何か言いかけたまま、絶句して見下ろしていた。

 

「アスナ……アスナ……!」

 

 呼びかけるキリトが見たそれ……急激な勢いで減っていた彼女のライフゲージが後少しで完全に無くなってしまうかと思えたその時、その減少が止まった。

 アスナは自分のその負傷した腹部を押えながら、身体を起しキリトへ笑顔を向ける。

 

「も、もう……キリト君は心配性だなぁ。たぐたぐさんが教えてくれたでしょ? ここでLIFEが尽きても私は別に死んだりしないんだよ。ああ、でも、これじゃあ現実の身体と一緒で動けないや。同じお腹を怪我しちゃったし」

 

「アスナはここで待っててくれ」

 

 大きく一度息を吐いたキリトは、そう言って立ち上がると二本の剣を手に構えた。

 そして向かい合った先、そこにいるサチの顔をしたリヴェンジャーを睨みつけ吠えた。

 

「どういうつもりだ? なぜサチの顔をしている? なぜ俺を狙う? 俺にどんな恨みがあるというんだ。答えろよ!」

 

 彼は剣に再びソードスキルの輝きを纏わせて腰を落とした。今すぐにでも飛び掛かれるような体勢をとる、そんなキリトを見ながらリヴェンジャーは静かに口を開いた。

 

「貴様を私は絶対に許さない。私がそうなった様に、今度は貴様の全てを奪ってやる。誰一人残さず貴様の愛する者達全員を『消滅』させてやる」 

 

 リヴェンジャーの口調が変わる。

 それは激しく苛烈な言葉……怨念を隠しもせずにただ一人、キリトに向けて放ったその言葉。怒りに染まるサチの顔から滔々(とうとう)と流れ出るその言葉にキリトの心は激しく揺さぶられた。

 リヴェンジャーの構える長槍にも光が溢れ出す。

 両者相対した状態でいつでも飛び掛かれるその時、先に動いたのはリヴェンジャーの方だった。

 

「はあああああああっ!」

 

 掛け声と同時にまっすぐにキリトへと突き入れられたその高速の槍。それは間違いなくキリトの心臓目がけて放たれたものであった。 

 だが……

 近距離とはいえ正面。当然キリトの反応速度はそれ以上であり、大振りのその軌道ならば確実に反撃を繰り出しリヴェンジャーに襲い掛かることは可能であった。

 まっすぐ進み来るその強烈な突きの一撃に対しキリトは即座に反応……

 

 『しなかった』のだ。

 

 ズドッ

 

「ガハァッ」「キ、キリト君!」

 

 その鋭い槍の一撃はキリトの左胸を突き通す。倒れたまま絶叫するアスナ。そしてキリトの正面では完全に動きの止まってしまった、サチの姿となったリヴェンジャーはキリトに突き刺した槍を握ったまま震え出した。

 

「ナ、ナゼダ……ナゼ避けなかった? 貴様は避けられたはずだ……そしてワタシを斬ることが出来たハズだ! ……ナゼ、なんだ」

 

「お、おい、突き刺した本人が言う台詞じゃないだろ……そんな涙を流した悲壮な顔で攻撃されたら、流石に鈍感な俺でも事情はなんとなくわかるよ……」

 

「な、なに?」

 

 リヴェンジャーはその手を槍から放し、そっと自分の頬に触れる。そこにはサチの顔の両方の瞳からこんこんと溢れ出る涙の筋が。

 キリトは槍に貫かれたままの格好で背後のアスナを振り返った。

 

「大丈夫だアスナ……アスナの言う通りもう死ぬことはない筈だ。だから心配しないでくれ」

 

 キリトの身体から迸るダメージの輝き……そしてそのLIFEゲージがいよいよゼロになろうかというその時、その声がこの空間に木霊した。

 それは今のこの世界でもっとも異質でもっとも相応しい人物の声。

 

『そう何度も死んでもらっては困るな。ここまで戦い抜いた君たちには最後まで見届けてもらいたい』

 

 その声の主は頭上から現れた。白衣をたなびかせ、ズボンのポケットに手を入れた彼はゆっくりと空洞の中央付近へ降下してくる。

 それを見上げるキリトとアスナの視界の端では、LIFEゲージが一気に回復し、そしてキリトの胸を貫いた槍は跡形もなく消滅した。

 

『それに、貴女が本当に殺したい相手はそのキリト君ではないはずです』

 

 白衣の人物が見つめたその先……そこで全身を震えさせながら睨み返したリヴェンジャーが、その口を開く。

 

「茅場……晶彦……‼」

 

『お久しぶりです。『山形』先輩……いえ、今は『雪谷(ユキガヤ)』さんとお呼びするべきでしょうか』

 

「え……」

 

 静かに床へと降り立つ茅場晶彦と、彼が『山形』と呼んだリヴェンジャーが相対するのを、キリトとアスナは息を飲んで見つめていた。

 そして二人を注視していたアスナが口に手を当て震えながらポソリとこぼした。

 

「山形……さん? まさか!?」

 

 二人の前で突然リヴェンジャーがその姿を変える。

 

 そこには……

 

 長い黒髪を肩に垂らし、本来柔和であるはずのその顔を怒りに歪めた彼女の良く知る人物。あの夜、闇の中で刺されたアスナを助け出したはずの『家政婦』の姿がそこにあった。




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