ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
──こんにちは、
──……
──ほら美幸、お前の新しいお母さんになる人だ。きちんと挨拶しなさい。
──わ、私は大丈夫ですから。美幸ちゃんも急で驚いちゃったよね。私、美幸ちゃんのま、ママになれるように頑張るからね。
──……じゃない。
──え?
──あなたなんかママじゃない‼
人はいつだって幸せを求めるもの。それはなんの代償もなしに手に入るような物では決してない。そのことを私は誰よりも知っていたはずだった。
小さな会社を経営していた父と、専業主婦だった母……どこにでもあるような3人家族……小さい頃、そんな家で私は二人に誉められるのが嬉しくて、頑張っていつも良い子にしていた。それは幼い私にとってとても意味のあることで、優しい二人と一緒にいることがなによりの幸せだった。
でも、そんな安らぎの時はずっとは続かなかった。
私が小学生の頃、父の会社が経営破綻し父は多額の借金にまみれ、お酒に溺れて私たちに暴力を振るうようになった。
母も苦しい生活の中でいつもイライラするようになってしまい、ある時ふっと知らない男の人と一緒に私達を残して蒸発してしまった。そしてそれからしばらくして、全てに悲観した父が首を吊って自殺してしまった。
一人残され身寄もなかった私は、悲嘆する間も無いままに孤児として施設に入れられた。その頃私はずっと泣いていたことを今でも覚えている。悲しくて寂しくて……
もうこの世界に生きている意味なんてない……
ずっとそう思っていた。
──泣かないで。僕が君を守ってあげるから。
彼がまだ幼かった私にくれた優しい言葉。同じ施設で育ち、みんなのお世話をしながら大学に通っていた優しいお兄さん。
彼の存在が、優しさが私にささやかな幸せを運んでくれた。
初恋だった。
まだその意味もろくに分かっていなかったけれど、彼の隣にいたい、彼と共に生きたいと切に願う日々が私にとってかけがえのないものになっていた。
施設のみんなも優しかったし、お姉さん達の手伝いをしたり、小さい子達に勉強を教えてあげたりすればみんな喜んでくれた。
そんな細やかな幸せを毎日ちょっとずつ集められたから、あの時だって泣かないで笑うことができたんだ。
──良子ちゃん……俺、『××お姉ちゃん』と結婚することになったから……
大好きだったお兄ちゃんは、同じ施設で育った優しいお姉ちゃんと結婚した。
私は笑って祝福した。喜んで二人を見送った。
それが私にとってどんなに切なくて悲しい思いだったとしても、二人に幸せになって欲しいと心から願っていたから。
それからの私はひたすらに勉強に励んだ。お金のない私が高校大学と進学する為には高い成績を求められたから。失恋の傷心をまぎらわせたかっただけだったのかもしれない。でも、私はそんな努力のおかげで進学し、そして研究と言う名の仕事を得ることまで出来た。
私には夢があった。
人を幸せにできる仕事に就きたい。身体が不自由でも、家庭に問題があっても、みんなが同じように幸せを得られるその手伝いをしたい。そのための何かを作りたい。
そんな私が東都工業大学電気電子工学科の重村先生に師事できたことはなによりの幸運だったと思っている。
そしてそのことが私の人生の大きな分岐点となったことは間違いなかった。
──山形先輩、『
──ふふふ、ありがとう、茅場君。でもこれが出来たのも君の『微弱電磁波操作理論』があったおかげなのだけどね。さすが、将来有望の天才ね。
──いえ、やめてください。僕のはただの既存の技術の寄せ集めでしかありません。山形先輩の開発こそ人類を新しいステージへと進める偉大な一歩です。
──もう……おだてたって何も出ないわよ。でも、そうね……この装置があれば人は自分の身体に縛られることがなくなるかもしれないわね。身体が不自由でも、ううん、治る見込みのない重い病に掛かったとしても、脳さえあれば健康な身体を得ることが出来るようになるかもしれない。
──そればかりではありませんよ。人の脳にはまだまだブラックボックスとも呼べる未開領域が多々あるんです。この研究が進めば、人は魔法や超能力を使えるようになる可能性だってあります。
──本当に君はロマンチストね。でも、そうね。そうなるかもしれないわね。魔法……それが出来たなら本当に素敵ね。
──ええ。僕はいつか実現したい。人はもっとその可能性の領域に足を踏み出すべきなのです。
──応援してるわね、茅場君。君がそれを実現出来るまで私も頑張るわ。
──はい山形先輩……一緒に実現しましょう。
夢や希望はいつだって私達を導いてくれる。そして、生きていること、今を駆けている実感を与えてくれる。それがその時の私にはあった。
そして運命は、そんな充実した日々の中で、私に何よりも愛しく何にも代えがたい最愛の存在と再び巡り逢わせた。
──良子ちゃん……
──雪谷さん、今日もありがとう。とても楽しかったわ。ん? どうしたの? 雪谷さん? お兄ちゃん?
──り、良子ちゃん……いや、山形……さん。ぼ、僕はしがないただの公務員……だし、もう良い歳の中年だ。それに大きい娘だっている。君のような才色兼備の素敵な女性と釣り合えるなんて
──き、急にそんなこと言われても……だってお兄ちゃん今まで全然そんなそぶり見せなかったじゃない。
──ご、ごめん。だって俺には美幸がいるし、死んだあいつのことだってあったし……だから……
──も、もう! 美幸ちゃんとお姉ちゃんのせいにするなんて本当に最低! プロポーズするんならちゃんとしてよ! 私ずっと待ってたんだからね!
──だからごめん……って、え? あれ? 待ってたって、え?
──もう知らない!
愛する人、愛したい人を私は得た。私が望むのはほんの小さな幸せ。私の周りの人と一緒に感じていたい。ただそれだけ。
でも、それは本当に得難いもの。
──ご結婚……おめでとうございます。
──ありがとう茅場君。君から祝福されるなんてなんだか照れ臭いな。
──大学をお辞めになられると聞きました。先輩ならすぐにでも教授になられてもおかしくないはずです。残られても良いのではありませんか?
──ふふふ。そうね、ありがとう茅場君。でも私は幸せな家庭を作りたいの。今の仕事のままでは二足のわらじはちょっと大変すぎるから……私ね、ようやく自分が本当に欲しかったものを見つけた気がするの。だから。これからは主婦を頑張ります。茅場君……後のこと……頼んだわね。
──……わかりました。きっと……先輩と描いた夢を実現してみせますよ。
簡単に割り切ったわけではなかった。でも自分が手掛けた夢の形は後を継いでくれる人がいる。だから、私は自分でしか手にすることが出来ないものの為に生きる道を選んだ。
でも漸く手にしたそれはとても重くて、そして深い苦しみを伴った。
──美幸ちゃん! お願い、私の話を聞いて!
──もう、放っておいて! 私はあなたの娘じゃない! 私のママは一人だけなの‼
──美幸ちゃん!
──良子……すまん。
──ごめんなさいあなた……美幸ちゃんは悪くないの、私が家族になりたいって余計なこと言ってしまっただけだから。
どうしようも出来なかった。いくら考えても答えの出ない複雑な式。
すぐそこにあって、でも届かないくらい遠くて、どうしていいのか分からなくて……
いつかきっと通じ会える、触れ合える。そう信じていた。そう願っていた。
彼の温もりを支えに、いつの日か本当の家族にきっとなれる。そう信じて私は日々を過ごしていた。
でも……
神様は思っていたよりもずっと残酷だった。
──お父さんっ!
──あ、あなたぁ……
──聞いたか? 役所に車で帰る途中で、ただ信号待ちしてただけのところにトラックが突っ込んできて即死だったって。
──気さくで優しい良い人だったのにねぇ。死別した前の奥さんのことでずっと塞いでたのが、少しずつ元気になってきたとこだったってのにねぇ。
──もらったばっかりの奥さんと可愛い盛りの娘を残して逝くなんて、本当に世の中間違ってるよ。
愛する人の死で私はからっぽになってしまいそうだった。呆然として立っているのか座っているのかも分からなかったあの時、私の心をこの世に繋ぎ止めたのは、目の前で号泣する私の大事な娘……
──やめて! 放して! もう全部嫌なの!
──ダメ、絶対に放さない! 貴女のことは私が絶対に守るの。もう絶対に貴女を一人にはしない。約束する。私は、美幸の……ママだから! 美幸がどんなに私を憎んでも、どんなに私を嫌いになっても、どんなことを美幸にされたってママは絶対に美幸を幸せにする。美幸と一緒にいるのぉ‼
──……ま、ママ……
──み、美幸!?
──ママ……ママ……うわあああ……
あの時、私にすがり付いて泣きわめいた美幸のことを私は一生忘れはしない。なぜなら二人で泣き叫んだあの時から、私たちは本当の『
月日は流れた。母親初心者の私と娘初心者の美幸。なかなか馴れない中で私たちは母娘の時間を重ねた。
大学へ戻らないかと誘われたこともあったけれど、たった一人の大事な娘との時間を私は優先するために日中だけでも働ける家政婦の仕事を選んだ。
家事をしながら美幸と暮らす日々、歳がそんなに離れていない私と美幸は姉妹と間違われることもたくさんあった。なんてことはない会話……なんてことはない小さな体験のひとつひとつが本当に大事な二人の思い出になっていった。
美幸が高校に進学してしばらく経ったある日、かつての私の後輩、茅場君がフルダイブVRマシンの開発に成功したことを知った。彼がかつて理想として掲げた人類の革新への第一歩。そのときの私は素直にそれを喜んだ。
そして『
──ママ……学校の同じ部活のみんなと『ソードアート・オンライン』をやりたいんだけど、みんな手に入らないんだって。ママの方でも探して貰えないかな?
──あのゲームが欲しいの? そうなんだぁ、ふふふ、美幸も勉強頑張ってるしなー、どうしよっかなー? 買ってあげよっかなー?
──え? そんなこと言ってもどこも予約いっぱいなんだよ?
──そう? でも多分大丈夫。なんといってもあのゲームを作った人はママの知り合いだからねー。お願いしてあげてもいいんだよ?
──ほんと!? あ、でも、その言い方……私になにかやらせる気でしょ……
──そうねぇ……じゃあ、好きな人の名前とか教えてもらおうかな?
──ちょっ……い、いないってば、そんな人……
──ほんとぉ? この前一緒に歩いてた男の子、美幸のこと『サチ』って呼んで仲良さそうにしてたじゃない?
──あれはちが……た、ただの部活仲間! 友達だよ!
──ムキになるとこがあやしいなぁ。
──もう……ママの意地悪!
──ふふふ……
私が茅場君に頼んで用意してもらった5人分のゲームアカウント……
満面の笑顔で私に感謝の言葉をくれた美幸……
後悔してももう戻れない。もうどうしようもない。
そんな思いになるなんて微塵も予想していなかったあの運命の日、洗濯物を一緒に畳んだすぐ後、美幸は楽しそうに微笑んでナーヴギアを被り私に小さく手を振った。それが私達『母娘』の幸せの終焉の時だった。
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