ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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理由

「や、山形さん……な、なんで……」

 

 口を押さえたアスナがそう呟く中、その肩を抱くキリトと二人のその目の前で、漆黒のローブに身を包んだリヴェンジャー……山形と、白衣姿の茅場晶彦が対峙する。その佇まいは全く対照的なもの。山形は憤怒にその整った顔を歪め、茅場はまるで見下してでもいるかのように涼しい顔で怜悧(れいり)な視線を彼女へ送っていた。

 言葉を失してただ見つめ続けている二人の前で、最初に口を開いたのは山形の方だった。

 

「茅場……やはり生きていたのね。よくも……よくも……」

 

 震えながら睨む山形へ茅場が声を発した。

 

『山形先輩、それは正しくはありません。私の身体は既に滅んでいます。今ここに存在しているのは『記憶と意識の残滓』でしかありませんよ』

 

「よく言う……ブレインスキャニングの技術を9割方完成させていたことは分かっている、茅場……お前は試したな? ナーヴギアによるスキャニングの際の出力の加減を……巻き込まれた『プレイヤー』達の身体を使って……」

 

「な、に?」「そ、そんな……」

 

 山形のその言葉にキリトとアスナは絶句する。

 もしそれが真実であるとしたのなら、茅場はあの時、囚われた一万人の人間を使用した『人体実験』を行っていたということになる。それがどれ程の悪行かは考えるまでもないことであった。

 

『そのことは特に否定しませんよ。事実私は約4000人分のその検証結果を手にいれている。科学の進歩とは常に犠牲がつきまとうもの……先輩もそれはご承知のことでしょう?』

 

「ふざけないでっ! 貴様が使用したのは実験動物じゃない! 人間よ! 貴様は……殺した……ただ殺したんだ。人の命を……かけがえのない命を……私の宝物を……自分の命よりも大事な娘を……奪った……奪い、殺した……貴様が望んで殺したんだ! 返せ……娘を返せ……美幸を……美幸を返して……」

 

 茅場を睨みつけ、怒りの声を張り上げる山形はその双眸(そうぼう)から止めどなく涙を溢れさせている。そしてその手には再び顕現させた長槍が力一杯握りしめられていた。その声は紛れもない慟哭。込み上げてきているのだろうその押さえられない感情の内で、彼女は目の前の仇に向かって吼え続けた。

 キリトは彼女のその声に、溢れ出るその悲しみに全身を貫かれる。彼は今この瞬間彼女の苦しみを理解した。サチの母の苦しみを……。

 同時に今まで感じたことのない強烈な感情に全身を支配され、彼は沸々と内からわき上がってくるそれをそのままに立ち上がり、剣を構えて茅場を睨み付けた。

 それは心からの怒り……そして自身を焼き尽くすほどの憎しみ……。

 

「今の話は本当なのか……茅場。……お前は死んだみんなのデータを使って、その身体になったってのか……」

 

 視線だけをキリトへ寄越した茅場は事も無げに回答する。

 

『その通りだよキリト君。君たちのデータを有効に使わせてもらった。感謝している……』

 

 彼が言い終わるその前に、キリトは一瞬で肉薄、そのまま目で追えない速さで茅場を切り裂きまくった。その場はまるで竜巻にでも見舞われたかのように巻き上がった風で空間が揺らいでいる。普通なら確実に死んでいるだろうその攻撃……

 しかし……

 

 キリトの背後に再び白衣姿の男が何もなかったかのように現れた。

 

『無駄だよキリト君。私の身体はすでに存在していない。今の私は電脳の海に浮かぶ言わば『影』だ。影のひとつを切り裂いたところで消えるわけではないよ。私の意識はこの世界の隅々にまで行き渡っているのだから』

 

「完全に化け物になっちまったんだな。でもな、頭で理解したってこの怒りは納まりはしないんだ。俺はお前を決して許せない!」

 

 言って再びキリトは背後の茅場を一気に切り捨てた。消滅していくその身体……しかし、茅場は再び彼の傍に出現する。

 

「くっ……」

 

『やれやれ……君といいアスナ君といい、随分と嫌われたものだな。私はただ死のうとしている山形先輩を助けに来ただけだというのに』

 

「ど、どういうことだ?」

 

「もういいのです、キリト……君のその言葉、君のその行動だけでもう十分だ……ありがとう」

 

「え?」

 

 自分の攻撃が全く通らない相手に瞠目(どうもく)していたキリトに、その優しげな声が届いた。キリトは振り返り驚愕する。そこには涙を流したまま薄く微笑む山形の姿……。

 彼女は手にしていた槍を放り捨てた。

 カラァンとそれが転がる乾いた音が響いた後で、彼女はキリトとそこにたった今駆け寄ってきたアスナの二人にゆっくりと近づいて話しかける。

 

「キリト……いえ、桐ヶ谷さん、それにお嬢様……茅場の言っている通りです。私は死ぬ為にこの世界に来ました。貴方の手で殺してもらう為に」

 

「山形さん……あんた……」

 

 驚愕する二人を尻目に、山形は一度茅場に視線を送り何もしてこないのを見留めてから話を続けた。

 

「こんなことを言って申し訳ありません。でもこれこそが今の今までの私の『一つ目の目的』でした。桐ヶ谷さん、もうお分かりだと思いますが、美幸は……サチは私の娘です。私は知りたかった。あの子が最後何を見たのか……何を見て何を感じて死んでいったのか。そしてあの子がそうであったように、あの子の最期に立ち会った貴方の手で私は死を迎えたかった」

 

「山形さん……あんた今ナーヴギアを……」

 

 そのキリトの問いに山形はコクリとただ頷く。

 

「そんな……そんなこと、酷いです。キリト君になんでそんな辛いことを強いるんですか‼ どうして……」

 

 そう叫ぶアスナに山形は寂しそうな瞳を向ける。そして言った。

 

「それは……彼が美幸を殺したと信じていたから」

 

「!?」

 

 その言葉にアスナは息を飲む。それはずっとキリトが悩み苦しんできた理由そのもの。直接的にしろ間接的にしろ、彼がサチの死に関わったことに間違いはない。

 キリトは黙って彼女を見つめていた。

 

「桐ヶ谷君……貴方がどんな後悔を重ねていたのか……そんなことは私にはどうでも良かったの。私にとって重要だったのは、『全てを終わらせる』ことだけだったから。それに……」

 

 二人に対してそう滔々(とうとう)と語りながら、彼女は一度チラリとアスナを覗き見る。

 

「桐ヶ谷君には私を憎むきちんとした『理由』がいくつもありますから。なんのことかもう予想されているのでしょう? お嬢様……あの夜……お部屋からお出になられた貴女を刺したのは……この私です」

 

「え……」

 

 その顔から一気に血の気が失せていくアスナはその口を押さえた。

 

「そんな……だって助けてくれたのは山形さんのはずじゃ……」

 

「ええ、そうです。確かにお嬢様をお救いしました。でも、刺したという事実は変わりはしませんよ」

 

 たんたんと語る山形にアスナは声を失った。自分を襲った人物が、逆に救助したという事実に混乱してしまったのだ。

 しかし、隣にいたキリトはある程度その答えを想定していたのかまだ冷静に相手を見ていた。

 

「まだあります。人質のこの2名……クラインさんとリズベットさんを拉致したのもこの私です。私はお二人に偽りのメッセージを送り、それぞれログインしたタイミングでその身柄を確保しました。クラインさんはお仕事の休憩中に。そしてリズベットさんはご自宅にいらっしゃるところを拐いました」

 

 彼女のような女性一人で果たしてそんなことが可能なのか……。

 デリンジャー達を使ったのか……そう思案したキリトはその時、もう一人彼女に協力をしそうな人物に思い当たる。そしてそれが多分間違いではないことを彼は確信したが、彼女がそのことを口にしない以上彼に迷惑が及ばないようにと(おもんばか)っているのだろうと予想した。

 

「そして私はあなた方をデリンジャー達を釣る為の『餌』としました。そしてデリンジャー達を殺す手伝いをさせました。さあ、どうです? ここには貴方が私を『殺したい』動機がいくつも転がっていますよ」

 

 両手を拡げてそう話す山形にキリトは頭を掻きながら答えた。

 

「そうだとしてもそんな風に白状されたら恨むことだってできやしないですよ。そもそもアスナは怪我はしたけど死んではいないし、そうした理由は多分デリンジャー達から逃がす為。クラインやリズだって無事の筈だ。あの凶悪だったデリンジャー達でさえ、一度として人質のことをちらつかせなかった。つまり貴女が守ってくれていたんだ。それにデリンジャー達については根っからの悪党です。当時討伐できなかったことが悔やまれるくらいの存在で、それを果たせたのですからむしろ感謝したいくらいですよ」

 

 そのキリトの言葉に困ったように微笑む山形。彼女は涙をそっと拭った後、キリトの肩をポンと叩いた。

 

「人殺しをしたいなんて全く思っていないくせに……君は本当に優しいのね……あの子はきっとそんなあなたの優しさに惹かれたのかもしれないわね……」

 

 その柔らかな眼差しは子を見る母親のそれのようだと、キリトとアスナには感じられた。

 山形はしばらく二人を見つめた後、茅場を振り返る。そして先程とはまるで違う……穏やかな表情となって彼へと声をかけた。

 

「茅場……君。賢い君のことだから、私がこれから何をしようとしているか……もう察しているとは思うのだけれど、その前にもう少しだけ、この子達と話す時間を貰えないかしら?」

 

 それは先程の剣幕を知っている者なら誰もが驚嘆するほどの変化。戸惑うキリトとアスナを置きざりにしたままで、そう声を掛けられた茅場は口を開いた。

 

『当然構いませんよ。しかし山形先輩……先に申し上げておきます。貴女が為さろうとしていることは全くの無駄です。先輩が命に代えてまで実行することに何の意味もありません』

 

「ふふふ……そんな身体になっても変わらず現実主義者のままなのね。意味なんて……どうでもいいのよ。でも、時間をくれたこと、感謝するわ。ありがとう、茅場君」

 

『……』

 

 山形にそう言われ、渋い顔をして言葉を失う茅場。それをキリト達は不思議な物をみるような目で見つめていた。

 そして山形は再びキリト達に向き直る。

 

「さて桐ヶ谷君、お嬢様。これから全てをお話します。4年前……あなた方がデスゲームに巻き込まれた後何があったのか……そしてこの世界がどうやって生まれたのか……それをどうか聞いてください。私と……『彼』の名誉の為に……」




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