ソードアート・オンライン -The Revenger-    作:こもれび

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今回若干グロテスクな表現が出てきます。


開幕の悪夢

「ケイタが生きている……」

 

 振り絞るようにそう声を出した彼に、菊岡は視線を向けながら答えた。

 

「正確には『生還できた』なんだがね。実は彼は現在行方不明になっているんだ」

 

「え?」

 

 菊岡のその言葉に彼は目を見開いた。

 無理もない。

 つい今の今まで、彼の中でケイタは過去に死んだ存在であったのだ。そして、それが為に彼は苦しみ続けていた。そうだというのに、この今の菊岡の言葉は暗闇を照らす一筋の光明のようでもあり、彼を地獄へと誘う呪文のようでもあった。

 そんな彼に菊岡は続ける。

 

「五十嵐圭太、生還当時17才。彼は、先程君に見せた同じギルドの仲間たちと同日の2023年6月12日に、突然のナーヴギアの放電によって、意識不明の重体となるも、死には至らなかった。これはナーヴギアの製造不具合によるものらしく、他にも数例確認されている。二日後の6月14日に無事に覚醒、その後約2周間で退院までの運びとなった。特に後遺症などの症状もなく、身体は回復するも、極度の心神喪失状態でその後も通院……と、記録にはある。僕は直接関わってはいないが、彼からは当時SAO内部事情についての聞き取りも若干行われているね、しかし……」

 

 菊岡はそこで一旦話を区切り、ふたたび視線を彼へと向ける。

 そこには真っ青になって震える彼の顔。

 彼はカチカチと歯を鳴らしながらも、口を開いた。

 

「い、いいから続けてくれ」

 

「そうさせてもらうよ。彼はその後半年ほどで行方知れずとなった。家族からは捜索願いも警察に出されている……と、いうところまでが今までの彼のすべてだった。今回の一連の事件が起きるまではね」

 

「まさか」

 

 バッと菊岡の前に立った彼が吠える。

 

「まさかあんた、ケイタがこの事件の犯人だなんて言うつもりじゃないだろうな。そんなこと……」

 

「そんなこと、ありえないと言い切れるかな? 少なくとも関係はないとは言えない。被害者の証言のギルド名は、彼の所属していたものだ。そして、彼はそのギルドリーダーにして、SAO生還者(サヴァイバー)であり、かつ、現在行方知れずだ。そんな彼が疑われるのは至極当然だ。それに……」

 

 菊岡は眼鏡を直しながらそっと彼を見やった。

 

「彼は君に対して相当な憎悪を抱いている可能性が高い。つまり、本当の標的は君……『キリト』君ではないかと……」

 

「ふざけるな‼」

 

 彼は憤りに身を任せたまま菊岡の襟首に掴みかかる。そして、そのままその猛りを暴力に変換しそうになったところで、動きを止めた。

 飄々とした体を崩さないその菊岡の眼鏡の奥、その鋭い眼光に彼は射すくめられたからだ。

 

「くっ……」

 

 菊岡はそんな彼の腕をぽんぽんと軽く叩いて、そして諭すように語った。

 

「と、そんな風に僕も言ってはみたものの、僕もただのサラリーマンさ。さっき言った通り警察ではないから事件の捜査を進めているわけでもないし、当然犯人を断定しているわけでもない。あくまで、一連の状況からの可能性の話をしているに過ぎないわけさ」

 

 相も変わらず滑らかに喋り続ける菊岡に、血の気が引いて今にも倒れそうな幽鬼のようになってしまった彼が、ぽそりぽそりと言葉を発した。

 

「菊岡さん……、なんで俺にそんなことを話したんだ。あんたが今話したことはどれをとっても一級の機密情報じゃないか、こんなただの一般人に話すことじゃないだろう」

 

 菊岡は手にしていたタブレット端末の電源を切り、それを鞄にしまいながら話した。

 

「繰り返しになるが、僕は警察官ではない。ただSAO事件という枠の中でだけ、それに関わった全ての存在を知っているというだけに過ぎない。だから、これ以上君たちに対して何も援助も支援もできはしないんだ。すまないがね」

 

 立ち上がった菊岡は、今度は上から見下ろすように彼を見つめた。その瞳には苦しそうな何かを耐えているかのような気配があるように彼には感じられた。

 

「僕はね、キリトくん。あの残酷なゲームはまだ終わっていないと思っているんだ。君たちが戦いそしてクリアーしたのはその表面でしかなかった。あれはそんな生易しいモノなんかじゃ決してない。『あの人』が僕たちに押し付けてきたのはもっと違う何かだった。それはとても残酷で凄惨で、美しいものだったんじゃないか……、そう、僕には感じるんだ。だからこそ、これ以上の犠牲者は必要ない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「菊岡さん、あんた」

 

 菊岡のその静謐な眼差しに、彼は言葉が続かなかった。

 あのデスゲームで失ったもの……、そして得たモノ。

 彼にとってあの世界は許すことのできない地獄そのものであり、そして、かけがえの無いものを得ることのできた楽園でもあった。そのどちらの姿も、彼にとってはなくてはならないもの。それを理解していたからこそ、今の菊岡の言葉はすんなりと胸に落ちた。

 だが、それは許容していい内容の話ではない。

 もし、自分以外の一般人が今の話を聞けば、その発言のあまりの(おぞ)ましさに、目の前のこの優男を糾弾しているだろうということも理解できていた。

 それでもなお、あえてこう言った菊岡の思惑の奥底にあるものを感じ、彼は静かに目を閉じた。

 

「サンキューな。せっかくの情報だ。すぐに行動に移るよ」

 

「その方が良いと思うよ。おっと、僕も今日は独り言(・・・)が過ぎてしまったようだ。いかんいかん、疲れているなこれは。あ、そうだ、口が軽いついでにもう一つ言わなければならないことがあったな。ええとね……」

 

 そう、口を開こうとしたその時、彼らは少し離れたところからその女性に声をかけられた。

 

「あの……桐ケ谷さん? こちらの方はどちら様ですか?」

 

 二人のそばに近づいてきたその女性が、そっと彼に話しかけてきた。

 ベージュの地味な上下のスーツを身に着けたその中年の女性は、彼も何度か彼女の家で会ったことのある人物。

 そう、彼女はアスナの家で家政婦として働き、そして、今朝の凶事にいち早く気が付き彼女を救ったその人であった。

 

「え? あ、山形さん……でしたっけ? もう警察の方は大丈夫なんですか?」

 

 山形と呼ばれたその女性は、だいぶ疲れた様子を見せつつも、小さく微笑んで彼に答える。

 

「はい、私はもう終わりました。入れ違いで旦那様と奥様がお見えになられましたので、私はお嬢様のお世話をと思いまして……」

 

「そうですか、それは助かります」

 

 見れば、彼女の抱えた大きな肩掛けの鞄に、衣類などがたくさん入っている。

 彼は、彼女が来てくれたことで安堵していた。菊岡の話でやらなければならないことが出来たから。

 そんな彼に彼女は言う。

 

「いえ、これもお仕事の内ですので、お気になさらずに。それで……、そちらの方はどなた様でしょうか? 警察のお方ですか?」

 

 恐る恐るといった具合でそう聞く彼女に、菊岡は頭を掻きながら答える。

 

「まあ、そのようなモノですよ。さて、お話は大体聞けましたかね、僕はそろそろ行きますよ、桐ケ谷君」

 

 言って、少し会釈をする菊岡はそっと彼にだけ聞こえるようにぽそりと耳打ちを一つした。

 

「今回の件、『デリンジャー』が関わっていると見て、まず間違いないだろう。気をつけたまえ、キリト君」

 

「え?」

 

「じゃあ、僕はこれで。明日奈さんの一日も早い回復を祈っていますよ」

 

 そして振り返り去っていく菊岡を見つつ、その言葉に凍り付いたように動かなくなる。だが、暫くして急に彼は慌てて待ちぼうけしている山形さんに向き直った。

 

「あの……、俺、これから少し電話してきます。アスナ……さんのことよろしく頼みます」

 

「は、はい。お任せください。お嬢様のお世話はしっかりとさせて頂きます」

 

 その山形の言葉を聞いた彼は、病室ではなくロビーへと向かった。病室での通話はやはりまずいだろうとの判断からだったが、今思えば別に大した問題では無さそうな気もしてきていた。

 彼はすぐにスマホを取り出して、今朝、アスナの件を知らせた時と同じようにLINEを開く。そして、そこに全員が襲われる危険性がある、ALOにログインしないようにとメッセージを書き送信した。

 そしてすぐに妹の直葉に電話をする。

 数回の呼び出し音の後、直葉は電話に出た。

 

『LINE読んだよ、なにがあったの? お兄ちゃん。アスナさんの様子は?』

 

「ああ、アスナの手術は成功した。それも後で詳しく話すが、今は時間がないんだ。いいか? 絶対ALOにはログインするな。それと、絶対に一人にはなるな。お前も襲われるかもしれないんだ」

 

『う、うん、分かった。でも、今、家で私一人だし。どうすればいい? お兄ちゃん』

 

 確かにこの時間は家には誰もいないはずだったことを思いだし、彼は微かに舌打ちした。

 

「わかった。俺がすぐに迎えにいく。取り敢えずこれからのことを皆と打ち合わせしたいから、お前も出掛ける準備だけして待っててくれ。できたら皆にも連絡を。いいな。誰が来ても絶対に鍵は開けるなよ」

 

 うん……、と不安そうに返事した直葉の声を聞きながら、彼は急いで駐輪場の自分のバイクへと走った。

 アスナのことも心配だったが、あそこには山形さんがいてくれている。今は、直葉の身に危険が及ばないか、それの方が心配だった。

 

 バイクに跨がり、一気に噴かす。そして、通りへと出て走りながら、つい今しがた伝えられた内容を思い起こして不安に駆られ続けた。

 先程、菊岡が去り際に言ったそれ。そのギルド名に、彼は思い当たるものがあったから。そして、それがもし彼の想像通りのものであり、かつ彼が狙われているとするならば、彼の仲間たちにはかなり高い確率で危険が及ぶ可能性があると考えざるを得なかったからだ。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

『デリンジャー』

 

 それはかつてSAO内に存在していたギルドの名前。そして、それはあの忌むべき殺人集団『嗤う棺桶(ラフィン・コフィン)』と並ぶ、極悪なレッドプレイヤー集団を指す言葉。

 しかし、その存在を知るものは少なかった。

 プレイヤーの死亡と同時にその本人もが死ぬことになるあのデスゲームにおいて、嬉々としてPK(プレイヤーキル)を行い続けたレッドプレイヤー集団、ラフィン・コフィンは様々な圏内殺人に手を染め、100人以上の人命を奪った。

 この殺人ギルドに関しては最終的には彼、キリトを含めた討伐隊が組まれ、多数の犠牲を払いながらもほぼ壊滅というところまで追い込むことに成功している。だが、その生き残りとも言える存在が現実世界でも犯罪に手を染めたことは記憶に新しく、そして未だに首魁が生き残っている事実は、SAO生還者にとっては悪夢でしかないわけなのだが。

 そのような表立った殺人集団に比肩して恐れられるようになったもう1つのギルドが、この『デリンジャー』であった。

 このギルドは、実はあのSAOサバイバル中には殆どその名前が表に出ることはなかった。ラフコフのように『人殺し』を標榜することもなく、また、窃盗などの表だった犯罪行為にも身を染めてもいなかったから。

 しかしその実態は、キリト達攻略組が70階層を突破したあたりで突然表に出て明らかになる。

 

 ある日、第1層迷宮区内で一人の若い女性プレイヤーが虫の息で倒れているのが発見された。それだけならば、モンスターに襲われでもしたのかと誰もが考えることではあるが、その女性は異様だった。

 なぜなら、彼女は腕や足の一部を欠損し全身に細身の剣を何本も突き刺さった状態の上、一糸纏わぬ裸であったのだ。

 たまたまそこを通りかかり彼女を見つけた血盟騎士団の団員が、彼女に回復薬(ポーション)を飲ませるも彼女は全身をひどく痙攣させたまま、錯乱した様子で苦しみ喚き続け、まったく受け答えが出来なかった。

 団員はその何もないただの通路のようになっているその周囲を確認してまわる。するとその一角で、壁についた手が吸い込まれた。そう、そのただの壁にしか見えない透明なそれの先は隠し通路になっていた。彼は慎重にその通路に侵入、そして登り階段になっているその先の広間で繰り広げられていた、惨たらしい地獄の光景に絶句した。

 

 その空間には複数の女性とそれに覆い被さる数人の男性の姿が。でもそれは愛し合う男女のそれではなかった。

 異様なのはその女性の状態。

 彼女たちは『(はりつけ)』られていたのだ、壁や床に。

 彼女たちの全身には何本もの細身の剣やナイフが突き立てられていた。足や手ばかりでなく、腹や胸にまで、刃物が刺し貫かれている。

 刺されてもなお死んではいない女性達は、口に無理矢理何かの液体を流しこまれている。

 

 そして、生気を失いただ呻くだけのその女性たちに欲望をぶつけ続ける男達。

 

 あまりの光景に絶句したその団員はしかし、最前線の攻略組を張るほどの力量であり、その男達をたちまちのうちに捕縛。そして、女性たちを開放するために身体中の剣を引き抜くも、抜くそばから何もなかったかのように傷が消えていった。

 女性たちはと云えば、ひきつった表情のまま錯乱し続けて話すこともできない。彼女たちはすでに自我が崩壊してしまっていた。

 一人の囚われていた女性がどのような理由で、脱出したのかは不明だったが、そのことに気づけなかった数人の男が捕まることになり、ここで初めて、この非道な行為を続けてきたギルド名が(あきら)かになった。

 彼らは殺人を目的とはしていなかった。

 しかし、それ以上の悪行に及んでいた。

 ここは迷宮区に存在する数少ないモンスターの出現しない空間、『安全エリア』。彼らはここで女性達にポーションを浴びせつつ、暴行を繰り返していたのだ。

 使っていた剣やナイフは初期装備品に限りなく近い、ダメージ係数の低い拷問器具であった。それを被害者に振るい切り裂き、抉り、死ぬギリギリのところで回復を繰り返し、凌辱し続けていたのだ。

 彼らは多くの女性を拉致監禁し、長い者は一年以上にわたって死よりも苦しい暴行を与えられ続けられていた。

 救出された彼女たちは、恋人や仲間の元に帰るもすでにどうしようも出来ないほどに心が壊れ、以前のような生活は過ごせなくなっていた。

 そのような被害者の中には高レベルのプレイヤーも含まれていたことから、このギルド『デリンジャー』の不気味さに恐怖するものは増え続けていた。

 この極悪なギルドを憎む者もは多く、まだ行方のつかめていなかったギルドの中心メンバー達の討伐を望む声は高まっていたが、その前にSAOはクリアされ、結局この最悪のギルドのメンバーは現実世界という野に放たれてしまったのだった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 バイクを飛ばし急いで自分の家へ。

 人気を感じない、その自宅の様子に不安が脳裏をよぎる。

 

「スグ、スグハ、居るか? いたら返事しろ」

 

 言いながら玄関を開き、中へ入る。しかし返事がない。

 

 募る不安を胸に抱いたまま一気に階段を駆け上がり、そして、彼女の部屋の扉を一気に開いた。

 

「スグ……」

 

 開いたそこに立っていたのは、ちょうどシャツを脱いで胸があらわになってしまっている妹の姿。

 

 それを見た彼は、ホッと息を吐いてその場にへたり込んだ。

 

「良かった……、無事で……」

 

「お、お、お、おにいちゃん!? いやああああああああ、で、出てってよ」

 

 慌てて胸を隠す直葉は、そう言うやいなや彼に向けて枕や衣類を投げつけた。

 ようやく状況を理解した彼はそそくさと部屋を出る。

 そして、待つこと数分。かちゃりとドアが開き出てきたのは、外出用の私服に着替えた妹だった。

 

「悪かったな、覗いちゃって」

 

「むう……おにいちゃんが出掛けるからっていうから、着替えてたんじゃない。ぶつぶつ……」

 

 頬を染めて視線を逸らす直葉のいつも通りの顔に、彼は安堵に少し微笑んだ。

 そんな兄を睨みつつ、直葉は言う。

 

「それにしても、何があったの? アスナさんのそばにずっと居ると思ってたのに」

 

「ああ、それなんだけど、とにかく今はみんなに連絡を……、そうだ、連絡はとってくれたのか?」

 

 彼のその問いに、直葉はコクリと頷く。

 

「うん。シリカさんはエギルさんの店に今いるみたいで、シノンさんも学校終わったらエギルさんの店に合流するって。でも、クラインさんとリズさんとは連絡が取れないんだよ。二人ともLINEも見てないみたいでさ」

 

 その言葉に、嫌な予感を覚えた彼は、慌てて彼らに向けて朝に書いたアスナが襲われた件のLINEのメッセージを確認する。

 しかし……

 二人とも『既読』の文字は表示されていない。

 

 彼は、おどろおどろしい真っ黒な恐ろしい存在のなにかに、その身を蝕まれていくかのような恐怖を感じていた。




2017/3/6:圏内攻撃エフェクト、ノックバックなどの原作設定との齟齬の為、デリンジャー犯罪の舞台を変更いたしました。
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