ソードアート・オンライン -The Revenger- 作:こもれび
唐突に辺りに流れた奴の声に、全員がきょろきょろと見回し始める。
「なんだ?」
「なにがどうなってんだ?」
事情を知っている俺たち以外にもここにはかなりたくさんのプレイヤーの姿がある。どうやら先程の鐘の音の直後にこの場に強制転移させられていたようだ。
やはりというか、これはあの茅場晶彦の引き起こしたSAO事件をなぞろうとしているらしい。違う点といえば、ここが第1層の『始まりの街』ではないことと、茅場の時のような巨大な姿での奴の登場がないことか……。
「おい、ログアウトボタンがないぞ」
「ほ、本当だ。どうすりゃいいんだ」
「これじゃ、まんまSAO事件じゃねえか」
「いやだ、し、死にたくない」
何人かがこの異変が尋常ではないことに気がついて、慌て始める。その動揺が一気に飛び火していき、多くの人が恐慌状態に陥ってしまった。
「みんな落ち着け、静まるんだ」
「アリシャ、手分けして説明をしてまわるんだ」
「分かったにゃ、サクヤちゃん。おーい、みんな聞いてー……」
族長達が動き始める中、再び『声』が、空間に響いた。
『ククク……プレイヤー諸君、慌テルヒツヨウハナイ。これからハジマルノハただの『ゲーム』だ。
「くそっ」
声を聞いて一瞬で静まるその場の多くが一様に安堵を浮かべた。だが、その発言の真相を知っている者達は苦々しい表情にその顔を歪めることになった。
そしてそれは次の奴の言葉で、この場の全員にも伝染することになった。
『賭ケル命ハコノフタリダケダ。サア、見るガイイ』
急に上空にスパークが走った。
見上げればそこには大きなスクリーンが浮かんでいる。そして初めは真っ黒だったその画面にノイズが一度走った直後、それが映し出された。
「きゃっ……」
「なんだ!?」
「なに……?」
辺りから驚きの声が聞こえてくる。
無理もない。
そこに映し出されているのはシルバーの調理台のような金属のテーブルに寝かされたパジャマ姿の少女と、シャツの腕をまくりあげ、ネクタイを弛めて着崩した様子の一人の男性の姿。二人ともが頭部にアミュスフィアを装着し、そしてその体を皮のベルトのような物でテーブルへと縛り付けられ固定されていたのだ。
クライン、リズベット‼
声に出さずにそう心の内で叫んだ。
頭部はアミュスフィアで隠れているうえ、画面の端なので細部を確認はできないが、間違いなく二人であった。
これで確定した。
二人は誘拐されたのだ。
唇を噛んで隣に視線を向ければ、アスナが口に手を当ててワナワナと震えている。
俺はそんな彼女の肩をそっと抱いてから、もう一度上空を見上げると再び奴の『声』が響いた。
『コノ二人はとあるプレイヤーの関係者ダ。ククク……それがダレカハアエテイワナイデオコウ。サテ、『ルール』を説明シヨウ』
ゴクリと唾を飲んでから奴の言葉を待った。
辺りは静まり返っている。これから奴が話す内容を決して聞き逃すまいとしているかのように……。
『ゲームの内容は簡単ダ。イマカラ24時間イナイニ75層のボス部屋にイルコノワタシをコロセバイイ。ソウスレバ君たチモこのフタリモ開放サレル。ダガ、モシマニアワナケレバ……』
一瞬の間をおいてから、奴の声が槍となって襲いかかってきた。
『この二人を惨殺する』
急に明瞭にはっきりとした言葉でそう告げられた直後、空中のスクリーンの端から、ピエロのマスクを被った二人の男が現れた。二人の手にはどこの家でも見かけることが出来るような包丁が握られている。それをカメラに対してだろう、見せつけるように何度も近づけてくる。
「くそ……外道が」
「キリトくん……」
そう毒づいた俺の手をアスナがぎゅっと握ってきた。
悔しい。今この瞬間に、あの二人を助けられないことが本当に悔しい。
その後も奴は、こまごまとルール説明を続けた。
そんな中、耳慣れない着信音が頭に響いた。これはメッセージ受信の音じゃない。ということは……。
コンソールを開いてそれを確認すると、そこには、
『聞こえるかい? 桐ケ谷くん』
「田口さん」
それは、ここにダイブする直前に田口にインストールされたセキュリティーシステムだった。どうやらこの機能は問題なく使えるようだ。外との連絡が可能なのはそれだけでかなりの安心感がある。
通話ごしの田口は早口に言った。
『とりあえず現状だけ説明しておくよ。現在君たちのダイブした
「え? なんだって?」
そのあまりの発言におもわず聞き返してしまった。
まさか、犯人がここまで思い切った行動に出るとは思いもしなかったからだ。
『いずれにしてもだ、桐ケ谷君。これは冗談や悪ふざけの類ではないよ。完全なテロだ。我々もすぐに警察と連絡を取って事後の対応にあたることにする。だが、どこまで犯人に迫れるか……』
田口さんの声は暗い。
多分、まさか実際にこんな事件に発展するとは思っていなかったということなんだろう。
「ありがとうございました。とにかく俺達はここでやれることをやります」
『そうか……くれぐれも無理はするなよ、桐ケ谷君』
それを最後に通話を切った。
そして再び上空を見れば、まだ奴の声が聞こえていた。奴の語った基本的な『ルール』は全部で五つ。
1・ゲーム内で死亡した場合は強制的にログアウトされる。
2・外部から強制的にVRマシンを取り外された場合もログアウトされる。
3・ALOで獲得したソードスキル、魔法、武器・防具・アイテム類は全て使用可能。
4・元SAO生還者はアバターが当時のものになるが、ALOで獲得したスキル類は全て加算され使用可能であること。ただし飛翔は不可能。
5・制限時間内に全プレイヤーが消滅、もしくは間に合わなかった場合は人質二人は死ぬ。
正直、それほど厳しい内容ではなかったというのが素直な感想。いや、むしろ甘すぎる。
ソードスキルは、得てして成長させるのが難しいものである。
SAOの時はたった一度の敗北で死を迎える関係上、安全マージンをしっかりとりつつ、ひたすらにスキルを鍛えることで成長させるしかなかった。それは非常に過酷で緊張を強いられる戦いであったのだ。
しかし、ALOではそうではない。
そもそもソードスキルが実装されてからというもの、これを鍛え伸ばすためにデスペナ解消アイテムを使用しながら廃プレイに没頭したプレイヤーは数多くおり、さらに希少なスキルアップポーションも出回っていたためお義母さんたちのようにアイテムで強化する者も多かった。そんな強力になったスキルも全て使用可能というのは、SAO経験者からすれば舐められているとしか思えないくらいの厚遇だった。
それともう一つ、完全なプレイヤーの『命』の保証だ。
確かにこのゲームには二人の『命』が掛かっているが、多くのプレイヤーにとっては完全な他人だ。
言ってしまえば、テレビで観る犯罪に巻き込まれた人のことを気遣う程度の感覚でしかないわけだから、自分の死を賭けて戦ったあのSAOとはまったく違う状況だと言える。
あのSAOの時と同じように集められ、だが自分の命の掛かっていないプレイヤー達。
そして、その光景を現実の世界に対して公開しているらしいという今の状況。
時間制限でのゲームクリアと、クリア後助けることが出来るクラインとリズベットの命。
「つまりこの戦いに本気で挑めるのは、俺達だけ……ということか」
「うん」
俺のそのつぶやきに、アスナが静かに答える。彼女も俺と同じ結論に達したようだ。
「もしもし、もしもーし。あ、れ? 切れちゃった、おかしいです」
「どうした? シリカ」
俺の後ろで誰かと話していたらしいシリカを振り返り、何があったか聞いてみると、
「あの、この外部との通話の回線、使えるかなって思ってエギルさんに繋いでみたんですけど、今急に切れちゃったんです」
そう言いながら、画面を何度もタッチしているシリカに俺は尋ねた。
「それで……とりあえず話はできたのか?」
「あ、はい。今外は大変なことになってるみたいですよ。ここで私たちが聞いてる内容は全部テレビとかで放送されているみたいで……」
やはり田口さんが話していた通り、外は大混乱になっているのか……。
急に切れたってことは、奴が感づいたってことなんだろうか?
と、そんなことを思っていたところで、突然奴は宣言した。
『ソレデハ、ゲームを始メルトシヨウ。デハ早速クエストだ。クフフ……マズハ此処でイキノコッテミセロッ‼』
「あ……」
なんの気持ちの準備もないままに、突然世界が暗転した。
× × ×
「なにがあったんだ……」
「分からないよ……でも、何をすればいいのかだけは分かる」
俺は顔を彼女には向けずに、左手に持っていたソレを差し出した。彼女は一度俺の手にそっと触れてから、その得物を静かに受け取る。俺は彼女に言った。
「これがないと始まらないだろ」
「うん……そうだね。私もこれで漸く覚悟がついたよ」
「覚悟? 何の?」
「『閃光』……に戻る覚悟を……だよ。行こう! キリト君」
「ああ、アスナ!」
『ブルウゥワァアァアァアァアァアァアァッ‼』
「うわぁ」
「な、なんだこいつは!?」
「た、助けて」
「ぎゃああああ」
奇怪な雄叫びを上げつつ、その一見なんの害もなさそうな
たちまちにエフェクトを立ち上らせて消滅していくプレイヤー達。
「
前へと駆けながら指示を出していくアスナ。
大混乱の中で必死に逃げようとしている人々にその声はなかなか届かなかった。
【フィールドボス:デッドリーマーダースケアクロウ】
第59層の迷宮区入口付近に現れるこのデカい案山子の化け物は、あのSAO攻略時にも散々手を焼かされたモンスターだ。
圧倒的なリーチを生かした一撃必殺の鎌の一閃の所為で、何人ものプレイヤーがその命を散らせた。
その鎌をなんとかしようにも、動きが素早くすぐに距離を取られる。しかもレッドゲージ突入後はさらに背中から2本、長い鎌付きの腕が生えて猛ラッシュしてくる仕様だ。
こいつを仕留めるために、あの時の俺達は大型シールドで完全防御陣形を組みつつ接近し、ソードスキルの有効圏内に到達後10人同時攻撃を敢行して息の根を止めることに成功した。
だが、それはあくまでSAOの時の話だ……。
「
「
「剣士はキリトさん達に続け‼」
背後で次々にそんな指示出しの声が上がる。
その中には俺達の仲間のモノもあった。
「キリト! 早速この銃をぶっ放すからね、見ててね」
「キリトさん、アスナさん、私も行きます」
「アスナさん、この魔法使ってみるからね」
「ああ」「うん」
アスナと二人でそう答えた直後、『ドゴンッ』という、鈍く大きな炸裂音が二つ辺りに響いた。
と、同時にデッドリーマーダースケアクロウの頭部に二つの大穴が開き、その動きが一瞬鈍る。
そこへたくさんの火矢が撃ち込まれ、さらに火炎魔法も炸裂、その巨体は炎に包まれた。
『オォオォオォオォオォオォオォオォ……』
うめき声をあげつつ仰け反る奴は、全身に青白い光を纏いながらその火を鎮火させていく。これは奴のスキル、『自動回復』の効果によるものだろう……このせいでSAO当時は短期決戦の強硬手段に出ざるを得なかったわけだが……。
回復し、さらに二本の鎌を追加させている奴が再び蹂躙を開始しようとしているその目の前へ、その大きな白い影が姿を現した。奴はその大きな白いそれに向かって、鎌のラッシュを開始する……しかし、
キンッ、キンキンキンッ‼
まるで金属に跳ね返されているかのような甲高い音を上げて、その鎌はどれも弾かれる。
そして硬直したそれを前にして、その『真っ白いドラゴン』が大きな声で叫んだ。
『はわわ……り、リーファさん、今です。魔法を撃って』
その声の主が誰かはもう考えるまでもないな。
そう言われたリーファの周りにとてつもなく巨大な魔法陣のエフェクトが浮かび上がり、そこの中央で剣を構えたリーファがまっすぐに奴を見て、魔法を放った。
魔法陣から放たれた無数の光の矢が奴を包む。そして、球状に奴を取り囲むとその中を真っ白な光の嵐が駆け巡り、大音響と共にそれが爆発。
『オォォォォォォォォォォォォ』
再び苦悶の叫びをあげるデッドリーマーダースケアクロウ。
全身からプスプスと煙を立ち上らせつつ鎌を下ろして硬直しているその姿に、俺は空いていた左手に金色に輝く聖剣を呼び出しつつ叫んだ。
「今だ! アスナ」
「ハイ! はあああああああああああっ!」
神速の一撃!
かつて『閃光』とまで呼ばれたアスナのその加速した身体が一気に奴へと迫る。そしてその手に握られているのは、ようやく返すことができた、あのヒースクリフを倒すことができた彼女との絆の証とも呼べる剣……『ランベントライト』。
その光り輝く切っ先が奴の胴体を刺し貫いた。
「今よ、キリト君! 『スイッチッ‼』」
「らああああああああああああああああっ」
彼女の背後から飛び出して、俺は両手を大きく開く。使うスキルは当然あのユニークスキル。使えるかどうかじゃない。ただ、目の前の敵を屠るために、出来ることは何でもやってやる。
今はもう何も躊躇はしない。
彼女達と共に、何が何でもこのゲームをクリアしてやる。
そして、必ずたどり着いてみせる。
待っていてくれ、クライン、リズベット……
二本の剣から迸るエフェクトが、この一戦の決着を俺に教えてくれた。
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