ふりーと・すくーる   作:蒼樹物書

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【11】

 ――5、4、3、2、1。

 見つめた腕時計、その秒針が天を指す。

 

 「そこまで」

 

 私の声で、教室にペンを置く音が重なる。

 午前最後の時間、担任クラスの生徒達から解答用紙を回収していく。彼女らの表情は様々、やり切ったという子や惜し気を隠そうともしない子に、頭を抱える子。

 

 テスト。

 学校生活につきもののそれ。

 艦娘学園前半の総決算、中期試験だ。たった一年で訓練も含め一般教養も修めるというこの学園の性質上、広く浅くなる授業範囲。

 今回の筆記試験も三教科を同時に行う、一般であればミニテストに分類される量だ。

 とはいえ。

 

 「……漣、あんた」

 「聞かないで」

 

 頭を抱える子が悲痛な声で、曙に答える。

 試験中、鉛筆片手に不審な挙動をしていたのでもしかして、まさかとそれとなく見ていたのだが。

 

 歴史のテスト、記憶力が物を言うはずの問題に対してあの子は天運に任せたらしい。六角の鉛筆、その頭に刻まれた六の数字。その賽に答えを求めていたらしい。

 漣は実技、訓練においてはこのクラスどころか学園一の成績だが授業に関してはあまりにも酷い。全学科最低とかどういう冗談だ、授業聞いてるのか。

 

 テスト自体の難易度はそう高くない。授業時間が限られている以上出せる問題は少なく、むしろ出す側である私が頭を悩ませる程だ。

 実技における能力を見るにそう頭が悪いわけではない。良くも悪くも直感型、天才肌と言うべきなのだろうけれど。

 

 「大和、この問題どっちにした?」

 「Bを選びました。1192作ろう鎌倉幕府、ですね」

 「ああああああああ」

 

 尋ねる磯風、答える大和。そして悲鳴をあげる漣。

 ちなみにAの不正解とした選択肢は1185年。いいや、ごめんなさい平家が滅亡して。壇ノ浦で平家が滅亡、源氏に支配権が移っていた事から最近ではこちらが鎌倉幕府成立の年と見られる年だが授業では1192年を採用して教えている。

 二択の設問として少し意地悪かなと思ったがこれを機に歴史に興味を持ってもらえれば、としたのだが漣は賽に命運を託し選んだようだった。天運は自身の手を尽くしてこそ微笑むものですよ。

 

 「はい、お疲れ様でした。午後からは実技のテストです」

 

 これで筆記テストは全て終了、訓練の成果を見せてもらう段だ。

 

 筆記と実技。

 それぞれのテストは、赤点でも留年ということはない。卒業前に行われる次の、最後の試験でも。

 たった一年の期間。

 それとてこの学園が、艦娘の着任までの間もぎ取った猶予。その時間はあまりにも有限であり伸ばせるものではない。しかるべき点数に至らずとも、休日に行う補習で補われることになる。

 これまでも成績不十分であろうとも卒業へと至っており、その意義については疑問を感じ得ない。

 特に、今年の生徒。私のクラス。

 

 「……」

 

 私の言葉に押し黙る大和。

 実技のテストは水上での運動性試験……水の上に立ち、艦娘としての能力に問題がないかと確かめることだ。

 内容自体は簡単なもので、ドロップ組の艦娘ならばこの世に生まれ出た時点でこなすことができるようなもの。建造組でなければ誰もがクリアできる、形だけの内容だ。

 

 しかし。

 

 過去のトラウマから水上に立つことに恐怖を覚える彼女。

 筆記においては、学術においては優秀なこの子にとっては、何よりの難関だ。

 

 昼休み、その開始を告げる鐘が鳴る。

 クラスの生徒達がその音に安堵し休息の時を迎えながら彼女は、大和は俯いたまま。

 

 「……大丈夫」

 

 そんな彼女の隣に立ち、肩に手を載せる。

 私の体温が、伝わるように。私が彼女の努力を識っていることを、伝える為に。

 

 「先生……」

 

 不安に、自身への不信に押し潰されそうな大和に真っ直ぐ応える。

 

 「大丈夫」

 

 私は、大和の日々を識っている。

 幾度水上から落ちて、その水で溺れかけようと。もう一度、もう一度と挑み続けた姿を。

 繰り返し、繰り返して技術を心身に叩き込んできた毎日を。

 艦娘として戦うだけが未来でないと、悪魔の如く囁いた私の言葉に反抗してみせた心の強さを。

 

 それを、貴女は証明せしめる実力をもう持っているのだと。

 心から告げる。

 

 「――はいっ!!」

 

 大丈夫。私は、信じている。だから、後は貴女自身が自分を信じさえすれば。

 必ず。

 

 

 「……行くわ」

 

 灼熱の日差しが肌を炙る、雲ひとつない快晴。蝉の大合唱に掻き消そうな程の声量だが、意思の強さを示すようにその一言はよく響いた。

 視界が歪むと幻想する程の熱気の中、午後の実技試験が始まる。

 一番手は、曙。

 

 「はい……始め!」

 

 ――ピッ。

 私が吹いたホイッスルの音を合図に、艤装を身に包んだ曙が躍り出るようにプールへと飛び込む。

 身には推進に使う足の艤装に、背には缶。そしてその手には12.7cm連装砲。実戦での装備を想定しての運動試験。ただし砲や魚雷は重量だけ本物に合わせた模擬弾だ。

 対するは艦娘が本来運動する大海原に比べ、あまりにも小さな学園のプール。

 その中に設置されたブイの間を通過してスタート位置に戻る、というのが今回の試験だ。

 

 単純な内容ではある。ドロップ組の艦娘達にすれば試験するまでもないような難度。プールである以上外洋のように影響が大きい波すらない。

 実際、この試験に落第した艦娘の例はない。

 ただ指定されたコースを時間内に巡航するだけ。鎮守府に、実戦に在る艦娘達からすれば子供の遊びにすらならない。

 

 「……うん」

 

 しかし。

 曙の軌跡を見て、一人頷く。

 だからこそ、ただの遊び以下であるからこそ。全力で挑む場合の実力は明白だ。

 速い。短い。鋭い。

 進む速度、直線においての最大速度発揮までの時間、そしてブイを基点として回頭する為の角度。

 運動能力という点において、艦娘の能力を測るに的確な試験だと思う。

 そして、曙の場合はいい意味で教科書的だ。

 

 「――着いた!」

 「18秒32。合格です」

 

 クリアタイムとしては早い方ではあるが、常識の範疇である数字。

 しかし、完璧以上だ。

 ターンは無駄を削ぎ落としながらも、余裕を持っている。これならば例え回頭中途にあっても反撃出来るし、周囲の状況を見て通信の一つや二つ投げられる。

 教本の内容を理解しきり、その上。執筆した者の意図を熟知しそれを達し、それ以上を成そうとした者の回答。

 体重移動、その基本。実直に、ただただ実直に。練習を積み重ねたことを思わせる動作。

 

 繰り返すことで得た、完璧の上だ。

 

 真面目で、真っ直ぐ過ぎる嫌いがあった彼女。姉妹艦である漣と対極にあるような曙だったが、その才は確かに結果に結びついていた。少し不器用で直線的であっても、この子も確かに前へ進んでいる。

 そう確信を得て、プールから上がる曙の手を取り引き上げる。

 

 「よく、勉強していますね。先生嬉しいです」

 「……当然よ!」

 

 ふん、と鼻を鳴らす曙は少し誇らしげ。可愛い。

 努力を続けられるというのも一つの才能だ。そんな生徒の先生であれるというのが、こんなにも嬉しい。

 

 続いて磯風、漣、浜風。

 磯風と浜風は卒なくクリア。漣は少し芸術点を目指す嫌いはあるが、実技試験という点に置いて問題となるような内容ではなかった。無駄な動き、決めポーズをしているというのにこのクリアタイムはどういうことだ。才能というのは本当に恐ろしい。

 そして。

 

 「――大和、行きます!」

 

 最後に、水上へ立つ大和。

 これまで試験に挑んだ子達に比べ、大きく飛沫を上げながらプールの上に立った彼女。

 水上に立つ、ここまでは問題ない。

 

 つい昨日まで続けた特訓、その成果。自身で封印した、水上に立つこと。その先にある恐怖。

 それにあの子は、ずっと耐え続けて今日この場に在る。

 

 「始め――ッ!!」

 

 ホイッスルを合図に大和が動き出す。

 プールの大水量を、切り開く。

 始めはゆっくり。大型艦の始動は遅い。大きく、重い艤装で身を包むが故に遅い初動。護衛であり、足の早い周囲の艦に焦ってはいけない。

 

 「……そう。そう……!」

 

 大和が前に運ぶ足が列なる度、それが生じる波が大きく。高くなっていく。

 艤装のタービンがじわじわとその声量を上げていく。

 

 息を、呑む。

 

 確かに。

 一歩一歩、あまりにも遅い。

 軽快に海原を駆ける駆逐艦や巡洋艦に対し遅すぎる出足。しかし、その足並みはそれ故に美しかった。

 

 「綺麗」

 

 それが誰の言葉か、分からなかった。

 私ですらも魅入られていた。

 時計の針が止まったかと思うような、静寂。

 

 ――ざあ、ざあ。

 

 雑音が消失して、波を掻き分ける音だけが支配する。

 

 ――ざあ、ざあ、ざあ。

 

 騒々しい程の蝉の鳴き声はもう耳に届かない。

 

 戦艦とは力の象徴だ。

 暴力的なその火力、絶対的な装甲。かつての海軍が、それに夢見たことを理解する。

 その一挙一足毎に道を開き、掻き立つ白波。

 弾ける飛沫が夏の日差しを得てきらきらと照り返す。

 ブイを基点としたターンで背を高く上げる波が、プールの縁を越え床を洗う。

 

 大海原、その波頭を越える確かな力。その一端を見た。

 

 「――着きました!」

 「え、はい……ッ」

 

 大和のその宣言に、慌てて手元のストップウォッチを止める。29秒48。

 合格ライン、ぎりぎりの数字。

 遅い。他のクラスの子達と比べるべくもない数字だ。だが確かに、私達は大和の力を見た。今日まで培ってきた、今を見た。

 

 「……これで、実技試験を終了します。お疲れ様でした」

 

 歓喜に破裂しそうな心を抑えて、理性を振り絞ってそう宣言する。

 

 「試験結果は明日、掲示板に張り出しますので各自確認するように。では、解散」

 

 努めて冷静に、告げる。

 しかし、誰もが確信していた。全員が、実技試験をクリアしているのだと。

 生徒達がプールを後にしていく。彼女達の姿が見えなくなって、その声が聞こえなくなって。

 漸く、蝉の声がこの場を包む。

 

 「……ッ」

 

 一人、堪らず腰を下ろす。

 雲ひとつない空の下。歓喜が沸き上がる。

 

 「こんなに」

 

 こんなにも、嬉しい。

 定められ、限られた在学期間。形骸と呼ばれるかもしれない中間試験。

 あの子達は『みんな』越えて見せた。

 

 期待に、応えみせた。

 期待に、応えてくれた。

 

 教育は試験という形で数字に現れる。

 画一的と嗤われようが、定められた数値に達せられるかどうかでその『これまで』を現す。

 その場で与えられる重圧や運といったものに大きく左右される試験。それだけで判断すべきではないが、彼女達は確かに示して見せた。

 

 初めは水上に立つことすら、艦娘としてあって当然の力を持たなかった大和も。

 ……私が艦娘として、在るべくして在ったはずの力を成せなかった日々。

 成せた、その日。

 それで得た達成感と比べる程もない。

 

 「先生で、よかった」

 

 私の恩師は、私に夢を見せたあの先生もこんな日を得たのだろうか。

 ――先生。

 ありがとう、ございました。

 

 

 「……うん」

 

 蒸し暑い夏の夜。

 私は一人、寮屋上の施錠を確認し終える。

 これで最後。学園前期、最後の仕事。先の試験採点、張り出す結果一覧の作成や日誌といった書類仕事に始まり後期の授業計画など。腕時計に目をやると、ずいぶんと遅くなってしまった。

 一人呟いて寮を後にする。生徒達が寝静まり、静寂に包まれる寮を後にして食堂へと足を進める。

 

 月が、綺麗だ。

 

 寮から食堂までの廊下、窓から覗く隙間。そこから真円を刻む夜空の月を見上げる。

 まるで、祝福し労わるような灯かり。感傷的に過ぎるだろうか。

 

 しかして食堂を区切る引き戸の窓からは、夜を知らずとばかりに煌々と白色灯の光が漏れている。

 

 「お疲れ様です!」

 

 がらり、と引き戸を開けて声を上げる。

 宴もたけなわ。

 死屍累々、地獄の入り口。その様相をなしている食堂。

 

 「こまちぃぃぃいいいい!!」

 

 ぺし。

 私の来場を知った足柄を適当にいなす。会場は既に出来上がっているようだった。

 学園の前期、その終了を祝う会。

 毎年校長により設けられる、教師達の宴席。テーブルのあちこちには間宮さん手製のオードブルが並べられ、国籍を問わず酒瓶が乱立する。

 長テーブルが並べられ、それを囲む立食式だ。隅に椅子もあるが、酔い潰れた先生達がいくつか埋めている……宮元先生、妙に色っぽい乱れ方してるな。

 

 「お疲れ様です、品野先生」

 「はい、お疲れ様です」

 

 続いて迎えてくれた矢矧先輩が、駆けつけ一杯と麦酒で満たされた杯を手渡してくれる。

 ぐびり、と干す。

 渇いた喉、纏わりつくような夏の不快を吹き飛ばすような爽快。

 

 「どうぞ」

 

 ありがとうございます。

 差し向けられる麦酒の瓶を、両手で差し出した空杯で迎える。とっとっと。

 今度は口付けるように一口。漸く、落ち着いた。

 

 「おなか、空いているでしょう。どうぞ」

 「はい、頂きます!」

 

 続いて差し出された紙皿を受け取る。その上にはたっぷりと料理が載せられている。

 お寿司にピザ、唐揚げや春巻き。国境無きご馳走たち。こういう時、カロリーを気にせず済む体質であることを喜べる。

 宴席の始めから随分と経っているはずだが、先輩が取って置いてくれたらしい。ありがたく掻き込む。

 

 「おいひい」

 「ふふっ。本当に、お疲れ様」

 

 すっかり冷めていても、丁寧に計算された間宮さんのご飯は美味しい。積み重なる仕事を終えてから到着する私のことを待っていてくれた、先輩のおかげということも加えて絶品だ。

 本当に、恵まれた。

 職場という面でも、受け持ったクラスという面でも。

 こうして、前期終了の宴席を何一つ気負わず迎えることが出来る。

 

 「皆、大丈夫でしたね」

 

 はい。

 副担任としてずっと私の、私達のクラスを見守ってくれていた先輩の言葉にそう答える。

 影に日向に、先輩には助けられてきた。大和との特訓の為に私がするべき仕事を肩代わりしてもらったり、クラスの子達の教育方針についても随分と助言を乞うた。

 

 「おかげ様です。本当に、ありがとうございました」

 

 心からそう思う。

 初めてのクラス担任、駆け出し教師の私には荷が重かったかもしれない。だが折り返しに辿り着けたのは、先輩を始め周囲の助けがあってこそだ。本当に、ありがたいと思う。

 

 「……小町、貴女の頑張りは皆知っています」

 

 諭すように。そう、先輩は言ってくれた。

 私の、進む道は。進みたい道は、間違っていないと。

 

 「――ッ」

 

 熱い。目頭に熱が沸き上がる。

 

 「だから、私も皆も。手を貸したいと思っています」

 

 艦娘学園。その意義は問われ続けている。

 生まれついて戦うことに、必要に十全たるドロップ組の艦娘。彼女達にたった一年とはいえ猶予を与えるという。

 それに要するは国民の血税、深海棲艦によって困窮する今そんな余裕は必要ではないのではないか。

 

 私自身も、問い続けている。

 

 戦意旺盛な生徒達、彼女らにそれ以外もあるのだと問う行為。敵を前に、こうすることは利敵行為かもしれない。税を糧としながら、守るべき国民に仇なすことではないかと。

 その答えを、貰えた。

 

 「はい――ッ」

 

 そう、答える。

 それでも。それでも、あの子達は子供だ。

 艦の記憶を胸に、敵を沈めることに存在意義を求める艦娘。生まれた時点で成熟し、戦う術を持ち教育を必要としない彼女達。人とはあまりにも違い道具と、兵器と称されることすらある。でも。

 

 私は、私達は大人としてその責務を果たしたい。

 

 彼女達に選択肢を託すということ。

 戦うことを責務とされようが、それ以外の道もあるのだと示したい。世界の広さを、示したい。

 

 

 「……小町?」

 「す、すみません……」

 

 感情の濁流が抑えられない。目尻に熱が溜まっていく。

 いけない、この場は前期終了を祝う宴席だ。こんな――。

 

 「こまちぃぃぃいいいい!!」

 

 ぺし、ぺし。

 再度襲撃してきたうるふを往復ビンタで迎撃する。全く、空気が読めるんだか読めないんだか。

 見えない尻尾をぶんぶん振り回しながら、再び抱きついてくる足柄を押し退けようとするが。

 酔っ払いは無敵だ、振りほどけない。

 

 「よかったわぁ……みんな、合格っ。おめでとう、おめでとう!!」

 「はいはい、ありがと」

 

 わしゃわしゃと、ウェーブのかかるたっぷりの髪を掻き撫でる。狼どころか大型犬だ。

 ――全く。皆まで言うでもなく、大和の合格を祝ってくれているのだ。足柄にも、随分と心配をかけていたらしい。手触りの良い髪、胸元に押し付けられる頭。

 昔から足柄は甘え上手で、私は密かに指を咥えたものだ。よく提督にもこうして……。

 

 「ううん? 小町ったら、だっこされたいの?」

 

 へいかもぉん、と身を離して両腕を広げる足柄。舐めんな。

 

 「……小町」

 

 えっ。

 先輩までも控えめに、両腕を広げている。何、何それ。

 酒精に押されてか何時もより先輩が積極的だ。突然乱入した足柄によるものもあるだろうが、何時も厳しく節度を保ってきていた先輩のこういう姿はとてもとても稀だ。即その腕の中に飛び込んだ。

 

 「せんぱい……」

 

 ぎゅう、と抱きつく。

 割と教育の厳しかった幼少、周囲に比べ背も高めだった少女時代。艦娘となってからはその艦種から誰よりも立派に、大人で在り続けてきたこれまで。そして今は教師として範を示す立場。

 互いに酒という後押しを得て、おふざけという免罪符を得て漸く出来ること。

 暖かい、柔らかい。

 とても良い匂いが鼻腔に届く。いつまでもこうしていたい。

 

 「なんでよぉぉぉぉおおおおッ!!」

 

 私にフられた足柄が、抗議の叫びを上げる。

 難しいこと、責務に追われる日々を一時忘れられる宴席。こちら以外でも先生たちの乱恥気騒ぎとなっている。

 大人達の休息。

 ありのままで遊んで、騒いで。

 明日からの日々の糧にする。

 

 前期が終われば、僅か一週間の夏季休暇を挟んで後期となる。

 卒業まで、残り半分。教えるべきは山積みで、越えてもらう関門はいくつもある。自身が越えるのではなく、教え子達に越えさせる。それは歯がゆく、不安に塗れている。

 正面から受け止め続ければ、耐え切れない程の重圧。

 だから生徒達には知れず大人達はこっそりと、肩の荷を一旦下ろす。また、担げるように。

 決して、その荷に押し潰されないように。

 

 うん、大丈夫。

 

 明日からも頑張れる。明日からも、私は私でいられる。

 生徒達に対して、先生でいられる。

 その幸福を確かめる。

 

 前期が終了し明日からは夏季休暇……生徒達にとっての初めての長期休暇だ。外出許可届けはみっしりと隙間なく埋められて、保護管理責任者である私に休む間などない。

 けれど、頑張れる。

 自身の義務感からでもなく、誰かに強要されるでもなく。

 手を患わせられる、世話を焼かなければならない。それがこんなにも、嬉しい。手がかかることが、こんなにも嬉しい。

 

 あの子達が、生粋の艦娘達が自身の意志で戦い以外のことを求めることが。

 

 ドロップ組でなく建造組という後付の艦娘である私が、あの子達に世界の広さを教えられること。

 

 ――先生で、良かった。

 

 先輩の少しぎこちない腕に包まれ、再度それを確認する。疲れなんて、微塵も残っていなかった。

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