ふりーと・すくーる   作:蒼樹物書

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【13】

 「そして、建造組と呼ばれる人造の艦娘が誕生しました」

 

 蝉の声もいつの間にか止んで、朝夕に涼を感じる頃。

 夏季休暇も終え提出された課題のチェックを抱えながら、自身の担任するC組での授業。

 連休明け、その生徒達の倦怠感を感じながら行うのは歴史の授業だ。

 

 「ただの人を艦娘と変える技術の開発により、艦娘の配備は加速しました」

 

 実際には、誰もが艦娘となれる訳ではない。いくつかの条件が課せられる。

 まず、女性であること。年齢も適齢が存在する。大抵は若い女性であることということだ。

 例外もあるそうだが極稀。

 

 対深海棲艦において有効な艦娘、その『増産』に軍は躍起になった。

 適合者は掻き集められ、様々な手段で艦娘となっていった。

 その一人である私は自身の意志で以って選んだつもりだが、そこに何らかの。誰かの意志が介入した可能性は否定できない。

 

 ただの女学生には破格の待遇。

 

 深海棲艦による海の封鎖、その困窮の中でそれは余りにも魅力的だった。

 何より軍ならば、食うには困らない。食べ物も燃料も配給制となり、じりじりと追い詰められ続ける日々。飽食と、無制限の娯楽にあった現代が突然閉ざされた時代。

 そんな激動にあって、幾ばくかであっても許される待遇はあまりにも魅力的だった。

 

 「とはいえ当時、適合者が実際に艦娘として運用に耐えるレベルとなったのは三割程度でしたが」

 

 あまりにも非効率な艦娘の発見による編入……ドロップ組と呼ばれる彼女等以外の、艦娘配備手段。無尽蔵に注ぎ込んだ火力で以って深海棲艦を沈め続け、奇跡のような確立でようやく現れる彼女達以外に頼る手段。

 ――建造。

 国は、実に上手く希望者を集めた。

 

 その好待遇で。更に情報で世論を扇動し、印象を誘い。

 教育も、歪めた。

 

 マインドコントロール。

 かつての体制を、再び。

 湧き出る反吐を教科書を読み進めることで飲み込む。

 

 「……現在は技術の進歩により、適合者はほぼ全てが艦娘として機能できるようになり……」

 

 教え育てるということ。

 私はそれを、可能性を示すことだと信じている。

 数多の可能性があるのだと子供達に、示す。

 世界は広いのだと、示す。選べたはずの世界を、潰して狭めることをしてはならない。

 

 「艦娘の配備拡大によって、我が国の近海。その制海域確保は成り、輸出入ルートは一部ですが確保されるようになりました」

 

 国を支えるには、仕方なかったのかもしれない。

 ようやく開発に至った艦娘増産の為の技術。困窮する日々の生活、悪化を続ける治安。様々な問題を孕んでいても急務であったことは想像に難くない。

 

 それでも。

 

 私は未だにそれを許すことが出来ない。教育の場という聖域。

 その一線を犯すことが本当に必要だったのか。

 彼女達の可能性を歪めることが、本当に必要だったのか。

 

 私は、艦娘になったことに後悔していない。

 

 だが訓練で脱落していった子達。本当なら、海に沈んでいくことがなかったはずの子達。

 彼女達には、他に選べた道があったのではないだろうか。

 こんな時代でなければ。

 こんな、道が示されなければ。

 

 「先生」

 「はい、漣」

 

 沸騰しかける頭に、漣の声が刺さる。

 発言を許可。

 

 「艦娘化って、どんな感じでした?」

 

 おっと。

 説明に困る質問が飛んできてしまった。艦娘適合については軍機に関わる部分が多い。その手術については散々黙秘事項の説明を受け、その漏洩は極刑もあり得る。

 

 「ううん、難しいですが……『重なる』という感覚ですね」

 

 自身に、別のモノが重なる。

 私が艦娘となった際に感じたのはそういう感覚だった。

 建造組も、ドロップ組も全ての艦娘が持つ艦の記憶。

 その名を頂く大戦期の艦船の名が経験した、戦歴や事故といった記憶のことだ。艦娘ごとにその大小に差はあるが、性格に影響することが多い。

 

 重なる、というのはその艦の記憶が上書きされたような感覚と言えば良いだろうか。

 経験したはずのない記憶が根付く。

 不退転の覚悟での出撃、雲霞のごとき大量の敵航空機。降り注ぐ爆弾が巨体を揺らし、魚雷が次々と突き刺さる。止まらない傾斜。

 

 知っているはずのない記憶、艦船の身体での記憶。

 それらをおぼろげながら覚えているようになった。

 

 「なるほど……そういえば、先生は」

 「――授業が遅れていますので、脱線はこれくらいで。そして確保した制海域ですが……」

 

 続く予想された質問、磯風の言葉を遮って授業を進める。

 現役時代の話は少し苦手だ。そして、実際に進行が遅れていることも確かだった。

 歴史の授業は本来なら夏季休暇前に終わっているはずなのだが、ここまで縺れてしまっている。

 

 「国内四ヶ所の鎮守府を中心として、数多くの警備府が日々哨戒に当たり保持しています」

 

 鎮守府の所在について、曙に問う。

 

 「横須賀、呉、佐世保、舞鶴」

 

 起立し、知っていて当然とばかりに答えて着席。

 よく勉強している。答えた順番もちゃんと鎮守府の設立順だ。

 

 「……ヨコチン、クレチン、サセチン、まいっちんぐ」

 「漣、立ってなさい」

 

 小声で各鎮守府の略称……いや最後のは何だ。

 囁いて、大和の顔をトマトみたいに赤くさせた漣を立たせる。駆逐艦は下ネタを好む傾向にある。この学園は女性ばかりなので耳年魔と思えば可愛らしいものだが、授業は真面目に聞け。

 

 「ああ、タつってそういう」

 「元気が有り余っているようで結構なことです。校庭十周」

 「憎い! ボケずにいられない自分が憎いです!」

 

 その芸人気質、先生は嫌いじゃありませんよ。

 泣きながら走って出て行く漣を見送る。あー、後で漣に補習しておかないと。

 

 「さて、来週にはその鎮守府へ見学へ行くことになります」

 

 一般的な学校で言うところの社会科見学。

 年に一回、鎮守府の設備や訓練を見学させてもらうことになっているのだ。

 卒業後そのほとんどが着任を選ぶことが多い、ドロップ組の艦娘である生徒達。彼女達にとっては将来の職場見学にもなる。

 引率は毎年クラス担任が行う。つまり、今年初めて担任を任された私は初めての引率というわけだ。

 

 「先生、お邪魔する鎮守府というのは……」

 

 強張る私の表情に、何かを察したのか。

 大和がおずおずと尋ねる。この学園から一番近い鎮守府となると。

 

 「横須賀です……」

 

 何もかも諦めて答える。覚悟はしていたが、実際その日が近づくとなると憂鬱が止まらない。

 横須賀鎮守府。

 艦娘運用、その最初にして東京最終防衛ラインを担う国内最大の鎮守府。

 

 私の、前の職場だった。

 

 

 陽が傾くのが早くなった。

 一日の授業を終え、放課後。そこかしこでバレーボールやバトミントンに興じる生徒達を脇目に見ながら、学園の敷地、その片隅に向かう。

 そこにはぽつん、と小さな。けれど頑丈な造りの小屋が建てられている。扉一枚で、窓一つない。扉の上には地下倉庫と刻まれたプレートが飾り気もなく掲げられていた。

 

 「あら」

 「あ、お疲れ様です。先輩も倉庫に?」

 

 鍵を取り出し、開錠して扉を開こうとすると矢矧先輩がこちらに向かっていた。どうやら彼女も地下倉庫に用があったらしい。

 

 「ええ、明日のA組の分を用意しておこうかと」

 

 先輩は今年、担任クラスを持たず複数のクラスの副担任を任されている。新人の初担任である私のサポートを兼ねて、という人事らしいが他のクラスの仕事も多い。

 二人で小屋の中へ。電灯をつけると、がらんどうの室内、その中心の床にある地下への階段。その奥までが一気に照らされる。

 かつん、かつん。

 鉄製の無骨な階段を二人分の足音で鳴らしながら下っていく。

 そこそこ深いのだから、エレベーターでもあればいいのに。こういったところでも学園の予算不足が透けて見える。

 

 「小町も訓練の準備ですか?」

 「はい。明日朝一から射撃訓練です」

 

 ようやく降りきって地下倉庫。

 広々とした倉庫だが、保管物はそう多くない。

 保管物……ここには、弾薬や燃料が並んでいる。といっても、実弾はないけれど。

 弾薬は全て模擬弾。燃料だって必要最低限の量だけだ。

 

 「えーと……あったあった」

 

 棚から模擬弾が入った木箱を取り出す。

 

 「よっと」

 

 明日の訓練で使う量を取り出してまとめ、倉庫の奥へ。

 こちらには貨物用のエレベーターが設置されている。ぎりぎり人間が一人入るくらいの大きさ。

 模擬弾の入った木箱を載せる。エレベーターの行き先は学園裏の波止場だ。

 

 学園裏の波止場は、海上訓練の場として用意された専用のものだ。

 警戒ブイに囲まれた学園の管理区域に突き出しており、ここから生徒達は海に立つことになる。

 外見上はほとんど一般的な波止場と変わらない。海から陸に上がるためのスロープや、いくつかの梯子が架けられていることくらいだ。

 

 「あ、先輩のも載せておきましょうか」

 「お願いします、小町」

 

 続いて木箱を抱えてやってきた先輩の分を受け取って、エレベーターへ。これで準備完了。

 燃料の方は明石先生が艤装に充填しておいてくれている。腕時計を見るとそろそろ夕飯時。

 

 ぐう。

 

 「……ごはん、行きましょうか」

 

 恥ずか死。死ねたら死にたい。

 苦笑する先輩の声に力なく頷く。気持ち足早に、学園側の階段へ二人で戻っていく。

 

 「C組は、海も初めてでしたよね」

 「すみません、訓練も少し遅れ気味でして……」

 

 話題を変えてくれたのだろうか、担任クラスのことを歩きながら聞かれる。先輩は副担任としてサポートはしてくれるが、あくまで補助。授業や訓練の進行、その遅れは私の責任だ。

 

 「仕方ありません、大和のこともあります」

 

 例年、学園で行われる訓練はドロップ組にとって簡単な部類だ。

 着任後に行われる訓練の為の、基礎を確認する意味合いが強い。ドロップ組というのは生まれながらに一兵士として、艦娘として即戦力なのだ。

 

 しかし、その例外が大和だった。

 特訓で何とか水上に立てるようになり、中間試験ではその可能性を示してくれたがそう易い道ではなかった。クラスには天才肌の漣、努力家の曙。磯風と浜風も、訓練においての成績は悪くない。

 そうなるとどうしても、訓練の進行に遅れが発生してしまうのだ。ただでさえ低速の戦艦である大和と、足の速い駆逐艦達となると訓練内容も工夫が必要となってくる。

 

 「大和といえば……やはり46cm砲は、手配できませんでした」

 「そうですか……」

 

 46cm砲。大和の基本装備となる、最大級の口径を持つ三連装砲だ。

 ドロップ組の艦娘は海上での発見時に、基本となる艤装を身につけている。駆逐であれば12.7cm連装砲だったり、魚雷だったり。この学園に在籍する生徒達は生まれながらに持つ艤装を用いて訓練を受けることになるのだが、大和の場合はその出自から本来の砲を持っていない。

 

 記憶を封印する前……ドロップ直後の出撃にて喪失している為だ。

 推進装置関係こそ無事だったが、砲は破損し海没。回収できなかったそうだ。

 訓練の際は中口径砲に重りを追加して本来の砲と重量を合わせている。艦隊運動の訓練だけならばそれでも問題ないが、射撃訓練となれば実戦で使うことになる戦艦用主砲が欲しい。

 

 「着任すれば砲は配備されるでしょうけれど、やはり戦艦の砲となると」

 「難しいですよねぇ……」

 

 貴重な戦艦用装備、軍からすれば訓練学校未満のようなここに回されることはないだろう。

 46cmや41cmなんて贅沢は言わないから、せめて35.6cm三連装砲があればなぁ……。

 戦艦用の砲……あ。

 

 そういえば明石先生の所に。

 

 「どうしました、小町?」

 

 イエ、ナンデモナイデス。

 あれは駄目だ。あんなもん、いくら超弩級戦艦たる大和でも載せられない。

 まぁあんな化け物砲で使える模擬弾もないだろうし。そう結論し忘れることにした。

 

 とにかく、大和の射撃訓練はこのまま中口径砲で行うしかないだろう。20.3cm連装砲なら使えるはずだ。

 ちなみに。

 私の本来の艤装、その砲もこの学園には持ち込めていない。生徒の訓練の為、水上に立つことはあるといえ一教師。巨砲は必要ないからと提督に引っぺがされて、今はたぶん長門さん辺りが使っているだろう。

 

 「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ……」

 

 頭を悩ませながら、愚痴っていると。

 

 ぐう。

 

 「腹が減っては戦はできぬ、ですね。空腹で考えると悪いほうばかりになりますよ」

 

 ……はーい。

 再び苦笑する先輩と共に、食堂へと急いだ。

 

 

 「今回は静止状態での射撃訓練となります」

 

 翌朝。

 よく晴れた朝、凪いで穏やかな海。初の海上訓練としてはベストコンディションだ。

 内心それを喜びながら学園裏の波止場、桟橋の上に並ぶ生徒達に訓練内容を説明する。私と同じく、大和を始め五人の生徒達は既に艤装を装備済み。みんな直立で真面目に聞いて……漣、欠伸噛み殺せてませんよ。

 

 「波のある海上、そして初めての射撃訓練です」

 

 艦娘の艤装は水上でなくては稼動しない。当然、砲もだ。

 だから陸上では射撃の訓練はできないし、プール上で行える設備もない。よって海上からの射撃訓練となる。

 

 「海上航海の訓練はこれからですが、まずは海上に立って静止状態を保つこと。安定した体勢での射撃精度向上を目指します」

 

 今回の訓練の目的、その二つ。

 前者は大和以外問題ないはずだ。その大和も今日までの訓練を見る限り、この程度の小波なら問題なく立てるだろう。

 後者が本命だ。射撃精度は錬度がモノを言う。

 ドロップしたての艦娘と、熟練した艦娘のそれでは大きな隔たりがあるのだ。残り半年の訓練は、射撃や魚雷発射といった火器使用を集中的に行う。今回の訓練はその試金石となるだろう。

 

 「一人ずつ、標的を狙って十回砲撃。まずは私が手本を見せます」

 

 主機を起動、桟橋から海面へと飛び込む。

 艤装で重くなった身体を、艦娘の力で以って沈むことなく海面に立たせた。ちょ、ちょっと沈んだかな?

 そういえば海上に立つのは久々だった。さり気無く主機を調整、バランスを取る。

 

 気を取り直して各部のチェック、特に背負った砲はしっかりと。

 背中側から身を包むように左右に伸びる艤装、その先に二基ずつ取り付けられた20.3cm連装砲を動かしてみる。

 一基二門、合計八門の主砲が意思通りに動く。訓練で使う為この中口径砲も慣れたものだが流石明石先生、よく整備されている。

 

 「では、始めます」

 

 ゆっくり、ゆっくりと出力を上げながら桟橋から離れていく。

 前方の海には赤色の標的ブイをいくつも流してある。穏やかな海でそれらはほとんど動かない。

 桟橋から充分距離があることを確認してから全ての砲に模擬弾を装填。

 目標となるブイを一つ、見定める。一番遠い距離の奴にするかな。

 

 「……」

 

 四基の連装砲が、標的に向かって砲口を向ける。呼吸を整え、集中。

 ゆっくりと自身の身と、標的が波に揺られる。合わせる。合わせる。合わせる。合わせる。

 

 ここ。

 

 八門の砲が一斉に砲火を上げる。轟音が一度に重なる。

 艦娘であって初めて視認出来る距離にあるブイ、それに。

 八発の模擬弾が『全て』吸い込まれるように直撃した。

 

 「……このように」

 「先生、無理だ」

 

 手本を終えた私が桟橋の方へ戻り、生徒達に声をかけた瞬間磯風から否定の言葉が返される。

 えー。

 

 「どうやったら初弾、しかも全弾あの距離当てれるのよ!?」

 「先生の変態」

 

 続いて曙、漣。酷い。

 誰が変態か、いいところ見せてやろうと張り切ったのは否定しないが。体育祭の時にはずいぶんと無様を晒してしまったので、自尊心の回復を図っただけだ。

 

 砲撃の精度にはちょっと自信がある。

 

 水上でも足が遅く、硬い方ではあるがそれでも不沈ではない。そんな私が欠点を補うべく研鑽したのは砲撃だった。

 大火力での精密砲撃。それが現役時代の私が出した、生き残る術だった。そして、何より仲間を守る術だったのだ。初期の訓練で赤点続きだった私が見出した光明、それに縋り鍛えに鍛えた結果。

 精鋭揃いの横須賀で呆れられるくらいには、使えるものになった。

 ただの教師となった今、こうして曲芸に使ってみせるくらいしか使い道はないのだけれど。

 

 「……大和も、できるようになりますよ。保証します」

 

 口を半開きにしたままの大和に微笑みながら伝える。建造組の、出来損ないの私にもできたのだから頑張り屋の彼女にできないはずがない。

 

 「――はい!」

 

 表情を引き締めて、いい返事。鍛えがいがある。

 そして、生徒達の番。私はこのまま海上で見守る。

 最初は曙。海上に立ち、砲撃。手に持った駆逐艦用の連装砲が十回砲声を上げる。命中三。悪くない。

 

 「撃ち方やめ! 測定はしっかりしています。ですが、砲撃の間隔はもう少し空けた方がいいですね」

 

 予習復習もしっかりしている曙だ。教本通りで基礎は守っているのだが、後半熱が入ったのか連射のようになり標的から外れる距離が大きくなっていた。これは性格かなぁ……しかし矯正できる範囲だろう。

 

 「……命中七。お見事です」

 

 続いて磯風。驚いた、初回の射撃訓練でここまで当ててくる子は初めてだ。泣き言を言った割りにはやってくれる。センスという他ない。

 これは要注目……この精度なら、駆逐の本懐である高速機動状態での射撃や雷撃も早い段階で出来るようになるかもしれない。

 

 「漣?」

 「……なんもいえねぇー」

 

 命中零。零だ。なくはないことなのだが、これまでの訓練で漣はクラスどころか学園内でもトップクラスの成績だったのに。これも、天性の物というしかないのだろうか。いや、砲撃、特に長距離となると測定の正確さが求められる。それには経験ももちろんだが、知識が必要。つまり勉強するしかない。

 

 「補習しましょうね」

 

 恐らく碌に教本を開いたことの無いのだろう。今までの成績は動物的直感によると考えると末恐ろしいのだが、砲も魚雷も当てられないのでは意味がない。

 私の言葉に絶望する漣を下がらせて、次。

 

 「命中弾五。狙いはよく絞れていますが、反動後の修正を意識しましょう」

 

 浜風もよく当てている方だ。

 ただ経験が足りないせいか、反動のブレを補正し切れていない。反動といえば、砲撃する度ぶるんぶるんしていた。何がとは言わないが。本当に駆逐艦なのだろうか。

 

 「では、大和……海上へ」

 「は、はい――!!」

 

 桟橋へ上がる浜風を見送り、最後となる大和を促す。

 彼女も私と同じく20.3cm連装砲四基を背負い、その大柄を海へと飛び込ませる。今までの訓練通り、艤装の重さも実砲であってもこれまでと変わらない。

 訓練で、特訓で。

 何度も何度も繰り返して、中間試験でその成果を見せた大和。彼女の見せた自信。

 私はそれに。

 

 「……う、み」

 

 油断していた。

 

 海面に触れた瞬間、響いたその声は。

 大和の口から漏れた小さな声は。

 

 「――大和!!!!」

 

 駆ける。

 飛び降りた足場が、降りた瞬間崩れ去るように。

 大和の身体が傾く。海が拒絶するように、迎え入れるように大和を沈ませる。

 

 「や、だ……あ、あ、あああ……!」

 

 膝下まで沈みかけた大和の腕を取り、脇下に自身の肩を潜り込ませて力の限り引き上げる。

 間に合った、だが。

 

 震えている。その顔は蒼白。大きく見開いた眼はただ一点を、海を。海の底を、見つめている。

 『それ』に、大和は眼を逸らすことができない。

 日々の特訓で得た、自信で以って蓋をした『それ』。

 

 その名は、恐怖。

 トラウマとなり、植えつけられた怪物だった。

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