ふりーと・すくーる   作:蒼樹物書

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【18】

 ――卒業試験。

 艦娘学園その卒業を前に、その成果を示す為のものだ。

 中間試験と同じく筆記と実技が行われるのだが、後者のそれはより実戦に即したものとなっている。

 

 「B組、帰還したわ!」

 「お疲れ様です」

 

 学園裏、波止場で足柄と彼女の担任するB組の生徒達を出迎える。

 その表情は皆笑顔で、航海の成功を教えてくれた。

 

 実技の試験は、海上での艦隊運動と実弾による射撃試験だ。

 とはいっても学園裏の制海域、そこに設置された目標ブイを撃って帰ってくる。おおよそ一時間程の、実戦に身を置いている艦娘にとっては散歩のような内容ではある。

 

 試験の監督は基本的にクラス担任が行い、旗艦として指揮も執る。出発は各クラス順番。

 次はA組。そちらが出発したら今現在、射撃試験を行っているD組の帰還を待って私のC組が最後に出発する。

 それなりに時間のかかる実技試験、一日で終えるのには時間がかつかつだ。冬の短い陽のある内にやりきらなければならない。

 

 「……品野先生、ちょっといいかね」

 

 試験を終え艤装を外していくB組の面々、その手伝いをしていると宮元先生から声をかけられる。

 

 「え、香取先生が?」

 「ああ、恐らく食あたりだろう」

 

 A組のクラス担任、香取先生が急に体調を崩してしまったらしい。大事はないが、保健室で休養中。既に出発時間が迫っているというのに、何でこんなタイミングで……言っても仕方がないことだが。

 

 「分かりました。A組の指揮と監督、お預かりします」

 「ちょっと小町……じゃない品野先生。自分のC組はどうするのよ?」

 

 会話に足柄が割り込んでくる。

 

 「副担任の矢矧先生にお願いしようと思います」

 

 矢矧先生……先輩は明石先生と、倉庫で弾薬や燃料の監督をしてくれている。もう試験も終盤、手の空いてくる頃だろう。

 

 「そうじゃなくて。C組の試験、自分で見たいでしょ? 私が行くわよ」

 「ううん、大丈夫。あの子達なら問題ないって、私分かってるから」

 

 そう、彼女達は日々の特訓で充分に成果を上げている。今回の試験も何ら問題はないと断言出来るほどに。

 

 「それに足柄も疲れてるでしょ。じゃ、準備してくるから」

 

 ありがとう。その気遣いにお礼を言ってから波止場を後に、倉庫へ。先輩に事情を話して、C組の監督をお願いする。そうして、続いてC組の子達にも。

 

 「……ということで、試験は矢矧先生が監督します」

 

 教室で待機していた大和、曙、漣、浜風、磯風。

 皆、その言葉に不安を感じていないようだ。思った通り、彼女達も充分な自信を身につけている。先生嬉しいけどちょっと寂しい。

 

 「では、皆さんの成果に期待しています!」

 

 告げて、私も艤装を用意して波止場に向かう。A組の成績はうちに負けないくらい優秀。こちらも問題ないだろう。むしろ、鈍足な私が足を引っ張らないかが心配なくらいだ。

 そういう意味では、C組の監督を出来なくなったのは情けない所を見せずに済んでよかったのかな……と苦笑する。

 

 「出発します」

 

 艤装を手早く装着し、A組の子達を引率し出発する。

 陽は既に大きく傾いており、日没までそう時間はないだろう。しかし焦らず、しっかりと。

 天気は快晴、海も穏やか。

 実技試験もあと少しで全ての行程を完了する。

 

 「……」

 

 なのに。

 何かが、ちりちりと背筋を焼いていた。

 

 

 A組を引率し、射撃試験を終えて波止場へ。

 みんな、良い腕をしていた。標的ブイへの弾着率、艦隊運動も完璧と言っていい程だ。卒業試験、その実技。自身の担任するC組で成績一位を狙えると、密かに思っていたのだが難しいかもと思えるくらいに。

 

 「A組、帰還しまし……あれ」

 

 そう思いながら波止場へと辿り着く。

 妙に、慌しい。

 

 「……一体、何が」

 

 とにもかくにも、陸に上がりA組の生徒達に艤装を外すよう指示をしておく。

 

 「宮元先生」

 「ああ、そうだ。即応部隊をV-284,144地点に」

 

 携帯電話でどこかに伝える宮元先生を捕まえる。

 まずは状況把握だ。

 

 「――戻ったか。いいか、端的に状況を説明する」

 

 通話を終え、私の到着を確認した宮元先生の表情は厳しい。告げる口調も穏やかではない。

 すぐさま切り替えて、続く言葉を待つ。

 

 私達の出発後、C組の面々は矢矧先輩と共に予定通り卒業試験に挑んだ。

 標的ブイまでの航海、艦隊運動。そして実弾での射撃。そこまでは、何一つ問題はなかった。

 

 「C組。大和、曙、漣、磯風、浜風は」

 

 接敵した。

 その言葉に混乱する。卒業試験、その実技の場である学園裏の海上は制海域。敵、深海棲艦を殲滅済みの海域だ。艦娘によって撃破した深海棲艦は一定期間、新たに現れることはない。

 

 まだ、再出する頃にはほど遠い。

 深海棲艦が現れるはずがないのに。

 

 「理由は不明だ。しかし」

 

 何故、と混乱する私に宮元先生は容赦なく言葉を続ける。

 

 「状況は待ってくれない。現在、直近の警備府から救援が向かっている」

 

 救援到着まで、およそ五十分。あまりにも、長い。

 制海が確保されているはずの近海。そこに突然現れた敵艦隊に即応する部隊が展開するには、時間が必要だった。

 

 「待つしかない……待つしか、ないんだ」

 

 言い聞かせるように、私の肩に手を置く宮元先生。

 ぎちり、と噛み締めた歯が鳴る。

 自身の握り締めた拳から血が滴る。

 

 「……」

 

 本当に。

 本当に、待つしかないのか。

 

 

 「――みんなッ」

 

 波止場から望む水平線。睨み続けたその先。

 浮かんだ影、それを認めて溜まらず声を上げる。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

 

 待ち望んだ数には、足りていない。

 

 「せ、せんせい……!」

 「やはぎ先生が、やまとが……!!」

 

 次々と陸に辿り着くクラスの生徒達。曙、漣、磯風、浜風。

 揃って満身創痍。艤装のあちこちはひび割れ、煙を上げている。艦娘の身を守る衣服も所々が破れ痛ましい。ただ、誰もが自力で航行出来る程度だったのだけが幸いだった。

 

 「――教えて。状況は」

 「は、い……」

 

 彼女達を迎えながら、一番混乱が少ない磯風に尋ねる。

 今は、余裕がない。

 磯風を怯えさせてしまっているということを自覚はしている。きっと今、私は酷い顔をしている。

 

 「皆、射撃試験を終えて。帰ってくる途中に、いきなり……」

 

 羽音のように、遠くから届くその異音。

 人の、艦娘の航空機から発せられない羽ばたきの音。異常な速度で迫る黒。

 その黒は状況の変化を先輩と、その指揮下にあるC組の生徒達に理解させる暇もなく襲い掛かった。

 

 「大量の、深海の航空機が爆弾と魚雷を」

 

 爆音と暴風。

 襲来したその黒……深海棲艦の航空機。異形のそれらは攻撃を開始した。

 

 「最初は皆で、迎撃したのですが」

 

 すでに射撃試験を終えた後。ただでさえ対空攻撃に向かない装備、その上学園の財布事情から弾薬は必要最低限だ。そもそも深海棲艦との接敵を想定していない。

 経験も少ない生徒達、彼女達を率いて対応するにはあまりにも数の多い深海の航空機。結果は火を見るより明らかだった。

 

 それで。

 先輩は、矢矧先輩は生徒達の安全を優先した。

 

 「先生が、全員すぐ逃げろって……それで、私達は」

 

 磯風達の表情が歪む。

 

 曙の奥歯が鳴る。

 漣も消沈している。

 浜風も俯き黙している。

 磯風の頬が、涙に濡れている。

 

 「……逃げて、きたんだ。気づいた時、大和は着いてきていなかった」

 

 懺悔するように。

 そう言葉を繋ぐ磯風。つまり。

 先輩は生徒達を守るために足止めすることを決意した。しかし、大和はそれに逆らい一緒に残ることを選んだということだ。

 

 「分かりました」

 

 簡潔に応える。

 そして、磯風を抱き締める。言葉よりも、多く伝える為に。強く、強く。

 何も、間違っていない。

 貴女達の判断は間違っていないのだと。震える肩を、それが止まるように願いながら強く抱き締める。

 

 「……大丈夫」

 

 呟いたその言葉は、誰に言い聞かせる為か。

 私にも分からなかったが、自然と口に出た。

 

 私が帰還し、先輩達の危機を知って。軍の救援到着まで、残り三十分。

 航空機による攻撃が続けられているのならば、先輩と大和の身が持ち堪えるにはあまりにも長過ぎる。

 

 「明石先生」

 

 戻った生徒達の救護の為、学園各所に指示を飛ばしている明石先生を呼び止める。

 もう、選べる方法はこれしかない。

 

 だが。

 

 出来ることがある。その幸運に、感謝する。

 

 

 『……本当に、いいんですね』

 「はい」

 

 迷わず即答する。

 波止場から少し離れた所、そこにある艦娘専用の『出撃口』。

 この学園は、元々は艦娘運用の為の基地だった。この国の近海その制海を得たことで、一応の役割を終えたここは艦娘学園として再利用されることとなった。

 そうしてもう使われることのないはずの出撃口に、私は立っていた。

 

 「既に十以上の法に違反しています」

 

 出撃口、艦娘用カタパルトレーン。

 初速を最大まで一気に加速させる、艦娘の為の設備だ。今なお動いてくれる幸運に感謝する。

 

 『教員免許剥奪、強制解体……状況が状況とは言え、情状酌量が認められるとは限りません』

 「構いません」

 

 即答。

 巻き込んでしまう明石先生達には、申し訳なさを感じない訳ではないが。

 後悔は、しない。

 

 『はぁ……』

 

 明石先生は溜息を隠しもしないが、その声色には何一つ暗いモノはなかった。

 

 『――時間がありません。一度だけ説明します』

 

 缶を温めていく私に、どこか楽しそうに告げる。

 これだから技術屋という奴は。

 

 『まずは右舷の艤装。試製51cm連装砲』

 

 何時だったか、明石先生の倉庫で目にした巨砲と表現する他ないそれ。

 私の本来の砲……世界最大最強であるはずの46cm砲を超える、超砲口径。二本の砲身も私の体躯より長い。

 

 『威力は保証しますが、弾数は三発のみです』

 

 赤貧の学園、卒業試験の為に用意された実弾は底をついている。

 使えるのは明石先生が半ば趣味で学園に持ち込んだ、試射用の弾のみ。

 それも、たった三発だけだ。

 

 ――上等だ。

 

 『左舷。大型艦用増設バルジ』

 

 左手側に装備された鉄塊を動かす。盾のような形状のそれも、私の身を覆い隠せる程に巨大。

 超重量を支え得る私の艤装であっても、かなりの重量を感じる。

 

 『……51cm砲に対するカウンターウェイトとして用意しました。盾として機能しますが過信しないで下さい』

 

 なるほど。

 これなら危ういながらも、重い砲に体勢を崩して海上で転倒ということにはならないだろう。弾薬が碌に残っていない以上、飾りとなる砲でバランスを取るよりは盾として使えるこちらを選んだのは理に叶っている。

 

 『そして新型高温高圧缶、改良型艦本式タービン』

 

 私の艤装、足のそれと缶を不細工にしてくれたそれ。以前明石先生によって、勝手に改造されていたことが偶然発覚していた。元に戻せと言ったはずだがそのままだったらしい。けれど、その悪戯に今は感謝する。

 

 『これらにより金剛級に並ぶ速力、高速を得られます』

 

 実際、背の缶と足の推進器から今までに無い力を感じる。私が今まで感じたことのない速さ。それを実現できる装備。

 今、必要な速さを実現してくれる装備だ。

 

 『燃料は残念ながら足りていません』

 

 大飯食らいの、私本来の艤装。更に過重積ぎりぎりの重装備に新型缶だ。

 実技試験も終盤。連続で出発する生徒達の為に、学園の僅かな備蓄は弾薬と共に残っていなかった。

 本当ならば、出撃すら出来ない。

 

 だが。

 曙、漣、磯風、浜風。

 彼女達が帰って来てくれた。

 その場に残ると言う先輩の言葉、その意味を理解した上で帰って来てくれた。

 

 彼女達は弾薬こそ使い切っていたが、燃料は僅かに残っていた。

 それらを掻き集めることが出来た。

 だから、私の出撃に間に合った。

 

 「――はい」

 『戦闘は出来る限り回避。行って、帰って来ることだけを考えて下さい』

 

 祈るような明石先生の言葉。

 分かっている。実弾はたった三発。勢力不明の深海棲艦に対してあまりにも足り無すぎる。

 燃料も現場に残っている大和と先輩、二人を連れて安全圏まで逃げ切れるかどうかの量。

 

 『品野、絶対帰ってきなさいよ!!』

 『……頼んだ』

 

 通信機に、足柄と宮元先生の声が響く。この二人も、私の共犯だ。

 私の我侭に、付き合ってくれた。

 

 今在る物で、大和と先輩の救援に向かう。

 そう言った私に、足柄達は何一つ異論を挟まず協力してくれた。間に合うかどうか分からない。そもそも、二人がまだ無事かも分からない。

 

 そんな賭けに、乗ってくれた。

 

 「――はいッ!!」

 

 精一杯で以って、答える。

 缶の出力は漸く張り詰めた。カタパルトの拘束を食い千切らんばかりに咆哮を上げている。

 上体を屈め、クラウチングスタートをするように構える。左手にバルジの盾を、右手に51cm砲の槍を。

 これから突撃をかける中世の騎士の如く。

 

 身に纏うのは純白のセイラーに真紅のプリーツスカート。

 現役時代最後まで慣れなかったそれは、短い丈で太腿を晒している。露になっている素肌を幾ばくかでも隠してくれるのは、黒の非対称。

 右はソックス程の長さ、左はニーソックスと呼べる長さだ。その長い方には、黒字を抜いて白で『非理法権天』と大きく印されている。

 

 『カタパルト射出――3、2、1……今ッ!!』

 

 加速。

 初速から、最大速度になるよう走るカタパルト。ぐん、と上体が仰け反りそうになるのを堪える。

 圧し掛かる正面からの重力を受け切ってから、推進器の枷を解き放つ。

 

 「……ッ」

 

 載り切ったはずの速度が、更に加速。

 これが、高速艦の世界。

 金剛さん達に嫉妬してしまう。これが、鈍足の私が初めて知った世界か。

 

 海上を駆ける。飛沫が爆裂して、大きく立ち上がる。

 全てを背後に置き去って。遥か遠くに伸びていく波。

 一本に束ねた黒髪を棚引かせ、誓うように、声にする。

 

 

 

 

 

 

 「――戦艦『大和』、出撃しますッ!!」

 

 

 

 

 

 

 何時ぶりだろうか。

 その言葉を自身に刻むようにして、叫ぶ。

 自身の、艦娘としての名。

 大和型一番艦大和。

 

 既に学園の出撃口を大きく離れてそれを聞く者はいない。けれど、それは必要なことだった。

 

 ――こんな日が、続けられるようにしたいです。

 

 あの日、学園祭の夜に。

 私と同じ艦の名を頂く彼女が、口にした言葉。それが蘇る。

 何でもない毎日が続けられる。その日常を守る為の力。

 

 「お願い、間に合って――!」

 

 艦娘。護国の力。

 もう前線に立つ存在ではないけれど。今は、再び。

 

 

 「う、げ……!」

 

 そう、格好つけて出撃したものの。

 ちょっとこれ、速過ぎない?

 

 加速が止まらない。世界全てが知覚する前に背後へと去っていく。

 こんなのが高速艦の世界。

 明石先生によって改造された艤装、金剛型の感じる速度とはこれ程にも速いものだったとは。高速でこれとは最速の島風はどんな世界に在るというのか。超重量の装備であっても経験したことのない速さ。胃がひっくり返そうになる。

 

 「でも……ッ!!」

 

 顔面に圧し掛かる風圧に歪めながらも搾り出す。

 これなら、きっと。

 

 間に合う。

 これならば、間に合う。

 

 「――視えたッ」

 

 大和と、矢矧先輩。

 その上空には深海棲艦の航空機が取り囲むように展開し、爆弾や魚雷を降り注ぐように撃ち込んでいる。

 対空射撃で応戦しながらも分は悪いようだ。しかし、焦る気持ちを落ち着ける。

 今の私の装備、彼女達の対空戦に参戦しても状況は好転しない。狙うべきは、あちら。

 

 「――」

 

 視えた。

 必死の対空迎撃を行う二人のその先。艦載機を放って制御する白い人影。撃つべきはそれだ。

 右側の巨砲が唸り声を上げながら稼動する。

 この高速移動状態での砲撃、加えて初めて運用する試作砲。停止し、しっかりと狙う撃つべきだ。

 

 でも。

 

 今は時間が惜しい。

 何よりも速く、彼女達の元に辿り着かなければならない。その上、目前の脅威を排除しなければならない。

 

 「……薙ぎ払え!!」

 

 視えているのならば、当たる。

 日々磨き続けた狙い撃ちの、自身の能力。それを信じて、たった三発の内一発をベットする。

 

 爆音。

 

 艦娘でなければ、鼓膜どころか衝撃に身が裂けそうな程の衝撃。その反動に海面が炸裂する。

 

 命中。

 二人のその先、艦載機を放って制御していたらしいヲ級が『消滅』する。試作51cm砲、その威力に一瞬混乱する。ヒト型を持つ上位存在の深海棲艦。奴らは見た目以上に硬い。

 私本来の艤装……46cm砲でもこれほどの火力は得られない。

 

 直撃した目標は、文字通り消し去られた。

 それに制御されていた艦載機が糸を切られたように、海面へ次々と堕ちていく。

 

 「先生!」

 「小町……ッ」

 

 駆けながらの砲撃。とりあえずの、目前の脅威を排除しながら辿り着いた二人の声がようやく届く。

 

 「良かった……!」

 

 大和、先輩の二人は艤装も衣服も損耗しているが持ち堪えてくれていた。

 

 「先輩、状況を!」

 「残弾僅か、燃料は持ちますが――」

 

 手早く応答してくれる矢矧先輩の声を、轟音が遮る。

 私達三人を囲うように立ち上る水柱。

 これは。

 

 「そんな」

 

 先輩が見据える水平線の向こう。そこには。

 

 「戦艦……それも、姫級」

 

 幸い、まだ直撃弾はない。

 しかし周囲に上がったのは、天突くような水柱。それらを生む大火力砲撃。見紛うことはない、これほどの火力を持つ砲撃を可能とするのは奴だ。

 

 「深海棲艦、戦艦棲姫……!!」

 

 異形の巨体を従える漆黒の姫。見据えた水平線、そこに数えるのも馬鹿らしい程の従者を並べて奴が嗤っていた。

 風に揺れる墨を流したような長髪。幽鬼のように薄ら寒い肌色。その額には異形の印、二本の角が伸びている。

 背後には影のように黒の巨人。両肩にある連装砲からは、砲撃が奴からであったことを証明するように砲煙が伸びている。

 

 本来ならば制海を確保しているはずのこの海域、そこに姫級の奴がいるはずがない。そこにこれ程の戦力が在るはずがない。

 

 そう信じたい弱音を押し殺して、本能的に応射する。

 即応の一撃であっても狙いは寸分違い無い。

 

 「そんな……!」

 

 空母ヲ級相手に見せた大火力、51cm砲の威力を確認している大和が悲痛な声を上げる。

 

 これを受けて、それか。

 直撃したはずの一撃。しかしそれは戦艦棲姫の背にある巨人の防御体勢、それだけで塞がれた。奴を守るように左右から回された剛腕。

 その防壁、皮膚は弾け衝撃に体勢を崩しているが、それでも本体の姫は嗤っている。

 

 「先輩」

 

 頼みの試製51cm砲。残弾、一。

 私のすべきは、二人を連れての戦線離脱。しかし、背に帆を架けて逃げ出せば奴の大火力に晒される。高速化した私と、元々高速の足を持つ先輩だけならば兎も角大和の足では逃げ切れない。

 奴の従える周囲の有象無象にも囲まれて終わりだろう。

 

 なら。

 私は、教師であり生徒である大和の為に働くのが仕事だ。

 

 「大和を、お願いします」

 「……小町。まだです」

 

 搾るように、願う。

 なのに覚悟を以って発した言葉が遮られる。私が前に出て、二人を逃がす。それしか方法が思いつかない。けれど。

 

 「全員で、還るべきです」

 

 先輩の言葉は、とても厳しい言葉だ。

 自己犠牲という楽な道を拒絶しろと言う。

 

 「先生……私も、諦めたくありません」

 

 背に庇った、大和が声を上げる。

 思えば彼女はずっと諦めなかった。理由不明の、水上に立つということに対する恐怖。その理由を思い出した後にあっても、彼女は諦めなかった。恐怖に挑戦し、僅かであっても前に進むことを選び続けてきた。

 

 ――守りたい。

 

 必要だからと、切り捨てることをしない。愚直と嗤われようと前に進むことを選び続ける。

 

 「……そう、ですね」

 

 全く。

 先輩に、生徒にこうまで言われ、諦める訳にはいかないじゃないか。

 

 「――先輩ッ! 周囲の深海棲艦の注意、一瞬引いて下さい! 正面を開きます。着いて来て下さい!!」

 「了解」

 

 簡潔に答えてくれる先輩。もう彼女も残弾僅か、私の無茶な要求に答えられる状態とは言えないはずなのに。そう、答えてくれる。

 

 「大和、私の背にしがみ付いていて下さい」

 

 それも、艤装は全て解除した上で。

 砲も、缶も、推進の為の艤装すらも。それは大海原のこの場にあって命を、存在全てを預けさせる行為だ。

 

 「はいっ!!」

 

 なのに、大和はすぐさま私の言葉に従ってくれる。

 

 「……では、行きます」

 「砲雷撃戦、始めます!」

 

 私の声に、先輩が海上を駆ける。残弾は少なく、牽制以上のことはしようがない。

 けれども前に出た先輩に深海棲姫の号令の元、有象無象の深海棲艦が群がっていく。

 軽巡特有の足の速さ、学園教師として教導艦として磨いてきた技巧。一発の被弾もなく周囲の敵、その注意が集まっていく。ここだ。

 

 「しっかり、掴まっていて下さい!!」

 

 機はここだ。

 背に大和を抱えたまま、駆ける。動き始めた私達に深海棲姫が、その砲の標準を向ける。

 

 ちりちりと首筋が焦げる。

 

 爆音、爆音、爆音。

 久方ぶりの戦場、まだ生きている。まだ当たっていない。何時途絶えるか分からない自身の命に興奮が昂ぶる……だが。

 

 「こ、のぉぉぉッッ!!」

 

 今は、そうじゃない。

 背に感じる熱。私が背負っている熱、背負うべき熱。それを感じて、もう一度信じていられる。今私は、戦場の灼熱それに焦され狂うべきではない。彼女を、背負った彼女達を守る為に。

 

 ――正面。

 深海棲姫、その装甲はあまりにも硬い。しかし奴を抜いてこの場から離脱する、その為には素直に撃ち合うのでは叶わない。ならば。

 

 「――ッ」

 

 襲い掛かる奴の砲撃。構わず前へ、前へ。左舷の防壁が崩壊する。身を焦す灼熱。

 構わず、漸く辿りついたこの距離。

 

 その距離、零。

 

 巨砲、その長い砲身を最速に至ったままで駆けた勢いのままに『突き刺す』。

 その衝撃と、その意味に奴の眼が見開かれる。静止する時間。

 突撃により突き刺さり至った、その零距離のまま。

 

 

 

 「ッてぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」

 

 

 

 声の限り叫ぶ。同時、炸裂。

 深海棲姫、その腹に突き刺さった試製51cm砲。砲身が爆裂する。音と衝撃、熱が広がる。

 大和型、かつて世界最強を体現した戦艦の砲。それを超越する巨砲。

 

 その一撃は、正面を貫いた。

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