ふりーと・すくーる   作:蒼樹物書

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トラウマやPTSDについて作中で扱っておりますが
作者は専門家ではなくネットで拾い読み程度の知識です。
また症状や治療も創作の関係上、独自解釈や改変を行っております。
決して参考にはされないようお願い申し上げます。


【5】

 「やぁ、品野先生。ようやく私のハーレムに加わる気になったのかい?」

 

 これだ。

 

 翌日。相談するなら早い方がいいと思い時間を作り、保健室を訪ねると開口一番『彼女』から理解に苦しむ発言が投げられた。

 

 学園の保健室。

 教室と同じくらいの広さで、通常の学校よりも大きい間取り。清潔に整えられたベッドがカーテンレールに区切られて四台並んでいる。消毒薬の、匂い。

 艦娘の利用を前提とするということで専門的な用意が求められるせいだろうか、壁に沿って置かれた棚には多種多様な薬品が並んでいる。それらの隙間に何とか捻じ込んだといった印象の大きなデスク。

 その椅子について私を迎えたのは当学園の保険教師、宮元先生だった。

 

 小麦色に焼けた肌と肩まで下ろした銀髪。白衣を羽織ってはいるがその下、深紅色のシャツはボタンを上から数個外して豊満な胸元を大きく肌蹴ている。スリット付の黒いタイトスカートから伸びる同じく黒のガーターストッキング、繊細な装飾がされているそれに包まれた肉感的な太腿は女の私でもどきどきするくらい扇情的だ。

 

 前職は艦娘を研究対象とした研究者であり、自身にも適正があったことから躊躇なく艦娘への改造手術を受けた建造組。筋金入りの艦娘博士だ。

 艦娘となったのも純粋に研究目的であり、自身の身体を最も身近な実験体とする為だと聞く。この学園設立にも関わっており、多くの艦娘と接することが出来る保健教師の席を望んだという噂。

 

 ……マッドなイメージを持ってしまうのは不可抗力だが、その上、彼女はその、同性愛を隠しもしない。更に複数と関係を持っているらしい。全員と同意の上であると断言しているが。

 私とて教育者、そういった性的嗜好について偏見を持たないよう留意している。だが、それが自身に向けられるとなると、とても……ちょっと、困る。

 

 「いえ……生徒のことで、相談させて頂きたいのです」

 「む。そうか、かけたまえ」

 

 そう切り出すと、すぐさま仕事の顔になって椅子を勧めてくれる。腕は、確かなのは間違いないし教育の場であることを弁えてくれている。こういう所はとても好感が持てる。ハーレム入りする気はないけれど。

 

 「ふむ。トラウマ持ちの大和、か」

 

 これまでの経緯、疑念について説明する。

 水上に立つことに恐怖する艦娘。本来なら艤装制御に問題が起こるはずのない戦艦、大和の艦娘が碌に水上を航行できない現状。出来る限り客観的に、事実だけを説明する。

 

 「君は寮の方も管理していたな。大和には何らかの嗜好はあるか?」

 「どうでしょう、私は彼女についてまだ深く……」

 「質問の仕方が悪かった。酒や薬物、それらへの欲求や禁断症状を感じている様子は?」

 

 否、と答える。少なくとも生徒に酒、ましてや薬物は所持も許されていないし、今日までの様子を見るにそういったことは確認していない。

 

 「もしその傾向が見られたらすぐに教えてくれ。これは前置きになるが」

 

 まず、艦娘の心理や病について研究途中であること。

 事例が足りず推論に立っていること。

 さらに自身は専門ではないことを前提とされる。

 

 そして、トラウマについて。

 トラウマとはストレス反応であり、その影響で急性ストレス障害が起こり、それが長引けば心理的外傷後ストレス障害、いわゆるPTSDと診断される。

 

 「さて、ここまではあくまで『人間』の場合だ」

 

 宮本先生が言うには艦娘はドロップ組、建造組に関わらず精神的に強い傾向があるとのことだ。

 正しく超人的である身体能力に合わせ精神的にも強固になるというのが、現在最も有力な説とされている。

 

 「君も、戦場帰りだろう?」

 

 そう問われ、ああ、と納得する。

 私も元はただの学生だった。教師となることを夢見た一般学生。国防がどうだの、過去の大戦について特に思うことのない平和な国の住人。鉄火の戦場に耐え得る精神を育んだ人間ではなかった。

 私と同じく建造組の娘達も大体がそうだろう。だが私含め誰一人、砲弾神経症などを始めとする戦争後遺症にはなっていない。一応の訓練を受けたとはいえ、だ。

 確かに現役の頃にはあまりいい思い出はない。しかし日常生活に支障をきたすような悩みとまではなっていない。夜はいつもぐっすりだ。

 

 「つまり、大和が水上を恐怖するのは……」

 「結論を急ぐべきではないな。可能性がある以上、処置を試みてもいいだろう」

 

 心理的外傷に対する処置について説明してもらう。

 まずは安全で、安心できる環境。これは学園という環境がそうであると思う。ただし実際に海上に出ることになる、卒業試験の時には留意が必要だ。

 そして恐怖の源について話を聞くこと。

 この時、こうすればいいとか出来ないことを決して責めてはいけない。

 

 「私、大和に別の道もある、と……」

 

 は、とする。

 正にこうすればいい、と勧めてしまっている。ゆっくり決めればいいと言ったが、大和はそれに反発している。

 

 「大和自身は前向きに訓練しているのだろう? なら、それは最後の手段でいい」

 「……はい、気をつけます」

 

 後はあまりにも酷いようならば薬物による治療もあるが、これも最後の最後。

 その理由は艦娘への薬理が完全に確立していないことが大きい。特にそういった薬物は作用と副作用が紙一重な物が多いから、出来る限り使用は避けるべきとのことだ。私も、艦娘となった後は風邪薬すら専門医から処方された物を使わなくてはならない。風邪引いたことないけど。

 

 「一進一退のようだが、訓練は続けて様子を見るべきだな」

 

 その間、軍から大和の資料を取り寄せてくれるらしい。

 今の宮元先生はただの保健教師という立場だが、艦娘の研究者であったことから伝手があるとのこと。もしかしたら、発見時や軍での訓練に原因がある可能性もある。

 

 「ありがとうございます。相談させて頂いて、本当に良かったです」

 「何、大和の艦娘というのなら他人事ではないからな」

 

 軽巡洋艦矢矧の艦娘である先輩と同じく、この宮元先生も戦艦大和と縁のある艦娘だ。建造組とはいえ『姉』のことを他人事と思えないらしい。

 

 艦の記憶。

 研究目的の艦娘化をした彼女は、適合率があまり高くなかったらしい。だから、大和型に適合しつつも戦闘力はほとんどなく兵役も免れている。研究者として優秀だったこともあるそうだが。

 

 「タイミングを見て面談したいものだな。大和型は希少だ」

 

 あわゆくば、と口を滑らせた彼女の眼の奥、暗い炎。

 興味を引かれたかのような口ぶりは、研究者のそれというよりも。

 

 「……宮元先生?」

 「いや待て品野先生。学長から生徒には手を出すなと誓約書まで書かされている。冗談だ冗談」

 

 従兄弟同士は鴨の味というからな、と付け足す彼女を信用してもいいのだろうか。何時の世も教師と生徒の関係は危うい。しっかり線引きさせねば。

 

 「本当に、お願いしますね……では、失礼します。ありがとうございました」

 

 お礼を言って保健室を後にする。

 それにしても誓約書まで書かされているとは、彼女は本物だ。保健教師させてていいのだろうか。

 

 

 

 授業中で静かな廊下を歩きつつ考える。

 どうにも私は急いでしまう性分なのかもしれない。大和に別の道を示してしまったのは早計だったのかなぁ……艦娘となって尚、教師となる夢を叶えられた私は後進達にも可能性を示したい。それは大人の義務とさえ思っている。

 ただ、一年とはいえまだまだ時間はあるのだ。それこそ、ゆっくり決めてもらえばいい。

 夢の実現。大小はあれど、厳しい道となることもある。

 私とて一度は諦めたことがある。現役時代、鉄火の海に身を置いていた頃。生き残ることに、必死だった。

 幼い夢なんて、掻き消えるほどに。

 

 そんな所へ私は生徒達を送り出さねばならない。別の道もある、とは言ったが基本的に兵役を回避することは難しい。余程の問題を抱えていたり、本人が確固たる意思でもって拒否でもしない限り。

 後者は条約によって保護されている彼女達の権利だ。だが、艦娘は戦う存在。艦の記憶を宿す者の本能として戦いを忌避する者は少ない。大和も、訓練に前向きなことを考えればそうなのだと思う。これまで送り出してきた子も皆戦場へ、鎮守府へと着任している。

 

 「はぁ……」

 

 思わず溜息をついてしまいながら、教員室の扉を開ける。次の授業の準備と……あ、いた。

 

 「……浮かない顔ですね、品野先生」

 「その、ちょっと色々と考え込んでしまって……」

 

 丁度席についていた先輩、私も隣、自身のデスクについて宮元先生と相談した内容について話す。トラウマの可能性、その傷の浅深。訓練継続と経過観察を勧められたこと。

 しかし、私自身はそれが大和にとっていいことなのか悩んでしまっていること。

 

 「難しい問題、というより明確な答えはないでしょうね……」

 

 一通り話した後、先輩は考え込むように自身の長い黒髪の先端を指先で弄りながら天井を見上げる。

 

 「やはり本人にやる気のある内は、挑戦させてあげることが良いかと私には思えます」

 「そうですね……」

 

 往く先が戦場であっても。彼女が、生徒が望む以上はそれを手助けする。

 ここは訓練学校でありながら完全な訓練学校ではない。そのあやふやが私の惑いの理由なのだろうか。単純に戦場へ送り出すことのみを目的とする場所であれば、ただただ訓練をさせればいい。

 しかしその目的を持ちつつも、別の可能性を艦娘達に持たせる場でもある。

 

 「本当に、難しいな……」

 

 ぼやきながら冷たいデスクの上、頭を横向きに乗せて熱した頭を冷やしていると。

 

 「はい」

 

 唇に、硬い感触。

 それが唇を割って押し込まれる。たちまち舌の上に、優しい甘みが広がった。

 

 「……あ、ありがとうございまひゅ」

 

 先輩に手ずから頂いたのはマスカット味のキャンディー。

 大粒なそれを頬に入れたままお礼……え、えっ?

 

 「ゆっくり、一緒に考えましょう。その為の副担任、その為の先輩なのですから」

 

 ……本当に、この人は私をどうしたいのだろうか。こくこくと頷きながら、顔の表面が別の意味で熱くなってしまった。敵わないなぁ、と思いつつ口内で飴玉を転がす。

 助けて欲しい時いつだって手を差し伸ばしてくれる先輩は、私にとってやはり王子様だ。本人には口が裂けても言えないが。

 そうこうしていると。

 

 「磯風です、品野先生はいらっしゃいますでしょうか」

 

 三回のノックの後。

 何時の間にか休み時間になっていたらしい、磯風が浜風を連れだって訪れた。

 

 

 

 「……部活、ですか」

 「はい、部員二人以上と顧問がいれば活動できると聞いています」

 

 私のデスクまでやってきた二人の目的は、クラブの設立だった。

 一般的な学校体験という名目にもあるように、授業や各イベントと同じようにクラブ活動も認められている。生徒数が安定しないことから、クラブ設立の要件は顧問となる教師、そして部員は二名以上。活動内容は顧問と教頭先生の許可が下りれば自由となっている。私自身一年目、二年目と顧問の経験もあった。ちなみに教師は顧問の兼任も許されているが、あくまで業務に支障のない範囲とされている。

 

 「それで料理部を創りたいと」

 

 女の子の部活動としてはメジャー、人気の高いクラブだ。まだ入学して日が浅くはあるが、うちのクラスの子達が最初に動くとは。

 この学園は一年で艦娘達が卒業して入れ替わりとなる為、クラブは毎年設立され直すことになる。人気のある料理部は毎年設立されていた。

 

 「はい、とりあえず部員は私と浜風で」

 

 同じクラスである曙と漣は誘いを辞退、部活動自体する気もなかったらしい。大和の方は興味はあるが特訓のこともあるので、とのこと。声をかけていたことからクラスメイトの関係は良好のようで先生安心。

 

 「先生に顧問をお願いしたいんです」

 「ん、わかりました。それじゃあ届けの用紙を渡しますので、記入して下さい」

 

 クラブ設立の申込書、顧問の欄に自分の名前を書いて磯風に手渡す。後は二人のサイン、私と教頭先生の判を加えれば無事設立となる。あまり一般的でないクラブであれば趣旨の説明など手続きはあるが、毎年創られている料理部ならば必要ない。

 その場で二人が名前を書き加え、再び手元に。部長は磯風、副部長に浜風か。

 さて、料理部となると活動場所は当然調理施設のある場所、家庭科室となる。

 

 「それじゃあ今日の放課後……あ」

 

 しまった、今日も大和は特訓したいと言っていたのだ。

 複数の部活の顧問をする場合が多いので放課後はダブルブッキングする頻度が高いのだが、少なくとも初回は設備利用の説明などが必要だ。昼休みに済ませてしまおうかな……。

 

 「大和のことなら、今日は私が監督しましょうか」

 

 隣で聞いていた先輩が助け舟を出してくれる。

 まだ直接、水上での状態を見ていないのでちょうどいい、と加えてくれた。

 素直に感謝してお願いすることにする。他の先生からの視点というのも大切だ。

 

 「では、放課後教室に残るように。家庭科室を案内しますね」

 

 はい、と嬉しそうに返事をして教員室を後にする磯風と浜風。

 しっかりしている印象の二人だが、やはり教員室というのは緊張するもののようだ。一気に彼女達の顔が綻んだことに、微笑ましい気持ちになる。

 そうなると、意欲が湧いてきた。せっかくだし、初日から何か作ろうか。

 設備の説明も実際に使いながらの方がいいだろうし、簡単で時間のあまりかからないもの……いくつか頭の中でピックアップしていく。お菓子がいいかな。

 

 「楽しそうですね、品野先生?」

 「あはは、すみません……早速何か作ってみるので、後で持っていきます」

 

 お菓子作りはいくつになっても楽しいものだ。それが生徒と一緒となれば尚更。

 大和のことも心配だが、そればかりへかかりっきりになってもいけない。私は、みんなの先生なのだから。

 それを手伝ってくれる先輩に、お礼の品を約束して授業の準備を進める。 

 

 そういえば料理自体久しぶりだ。母から一通り、特に洋食は花嫁修業として仕込まれており学生時代は自炊もしていた。艦娘となってからは軍での訓練、鎮守府への着任。そして度重なる出撃とする暇もなく。

 ようやく時間が取れるようになったのも教師の業務に慣れた、ここ最近のことだ。しかし今の生活も、食事が食堂で三食用意されることに甘えて包丁すら握っていない。

 ……腕、落ちてないだろうか。

 不安を覚えつつも、放課後の楽しみを思いながら仕事を進めた。

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