CLANNAD〜AnotherEpisode〜   作:々々

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5か月も前に書いてたやつを推敲して投稿。


僕と君と貴女とそして……

「暑い」

 

 半ドンを終えた次の日。カーテンを閉じないまま寝落ちした僕の顔に、太陽の光がさんさんと降り注いで目が覚める。変な体勢で寝たため少し痛む体をほぐすべく、肩を回す。バキバキと心地の良い音がする。

 

「よーし」

 

 カーテンをそのままに窓を開け、風を室内に取り込む。生ぬるい風が入ってくる。それもそのはずで、時間は既に十時くらいになっている。どうしてこんな時間まで日の光で起きなかったのかと自分でも疑問に思う。

 台所に行って食パンをトースターに入れタイマーをセットする。それから冷蔵庫の中を見て、中身の無さに顔を顰める。卵と薄切りのベーコンを取り出す。ベーコンを先に敷いた後で、卵を割って上に乗せる。それからは普目玉焼きを作る要領で焼いていく。

 出来たベーコンエッグを焼き上がったトーストの上に乗せ、口に運ぶ。普通だ。やはり一人で食べる飯は旨くもなければ不味くもない。

 

 ちゃちゃっと片付けをして時間を持て余す。勉強と少年野球の観戦以外に趣味がない僕にとっては、この日曜日は暇すぎてしょうがない。昨日寝落ちして読み切れなかった本に目を通すが、目が滑って頭に内容が入ってこない。

 仕方ないかと呟き、寝間着を脱いで外出するような格好に着替える。特段オシャレなわけでもなく、無難に黒のスキニーパンツに同色のTシャツを着て薄手の淡い色のカーディガンを羽織る。

 

「行ってきます」

 

 誰も居ない部屋の中に僕の声が寂しく響いた。

 

 

 

 日曜日ということもあって、街は一週間の中で一番の賑わいを見せている。何処を見渡しても幸せそうな笑顔が目に入る。一方僕はと言えば、何も考えずぼーっと道を歩くだけ。特段行きたいところも無いのに、外に出たからには何処かに行かなくては。

 そうして辿り着いたのは古河パン。日曜日なので平日のように混んでいないだろうと予想して店のドアを開く。

 

「どうもおはようございまーす」

 

 お店の中はもぬけの殻で、ただパンだけが並べられていた。ちなみに、今日の早苗パンもなかなか癖が強い。今日も売れ残りそうだから、夕方にまた寄ろうかな。

 殆どの人が早苗パンは地雷だなんだと言っているが、そこまでのものだろうか。確かに手放しに旨い、なんて言えるほど素晴らしいとは思う。

 挨拶から数十秒経って家の方からパタパタと足音が聞こえてきた。これは秋生じゃなくて早苗さんのものだな。

 

「いらっしゃいませ。……あら伏見さん!」

「お久しぶりです早苗さん」

「ついこの間会ったばかりですけどね」

 

 お店で立ち話もなんだから、と店の奥の自宅の居間に案内される。居間まで案内されると早苗さんは奥の台所で何かをし、どこかへ行った。

 何だったのだろうと居間を見ると、そこには煙草をふかしている秋生がいた。パン屋の店番はいいのか?

 

「お邪魔しまーす」

「邪魔するなら帰れ」

「ははは! そんなに歓迎してくれるなんて思ってもいませんでした」

 

 なんてテンプレなやり取りをして、それがジョークと分かっているので気にせず座る。どこかから戻って来た早苗さんからお茶を受け取る。早苗さんも座り、三人でテーブルを囲む。

 

「それで。今日はどうしてウチに来た?」

「何もすることがなかったので遊びに来ちゃいました。それと、古河……渚さんの友達をつくろう作戦がどんな感じなのかなっと」

「あら? 伏見さんは渚と知り合いなのですか?」

 

 聞かれるのはそこなのか? 秋生には言ったからてっきり早苗さんに伝わっていると思ってたんだけど、そんなことは無かったようだ。

 そこら辺はどうなのかと尋ねるように秋生に目を向ける。

 

「テメェ! ウチの愛娘と知り合いなのか!?」

 

 僕が前に言ったことを忘れてやがったな。

 たしかにその後に少しシリアスな雰囲気を醸し出して話をしていたが、親バカのアンタがそれでいいのか?

 

「秋生には前に言ったけど、僕の友達が知り合いになったみたいでソイツ経由で僕も」

「言われりゃそんな気もするな」

 

 本当に忘れてたのか。

 僕の言葉に何か気になる所があったのか、早苗さんが訊いてくる。

 

「もしかして伏見さんの言ったお知り合いとは岡崎さんですか?」

「そうですけど」

「やはりそうでしたか!」

 

 話を聞くと古河が岡崎を食卓に連れてきたそうだ。

 不良の岡崎も丸くなるくなったもんだ、と不意にも涙が溢れることは無かった。

 

「そういえば、渚さんは?」

 

 こんなに明るい家庭なら自室にいるより居間で話をしている方が楽しいので、わざわざ自室にいるようなことはないと思う。

 となると外に出かけてるのか?

 

「アイツは体調崩して寝てる。 お前には言ったがアイツ体弱いからよ」

 

 マジですか……。タイミング悪いとしか言いようが無い。僕がこっち来てすぐに早苗さんが何処かに行ったのは古河の部屋だったのかもしれない。

 申し訳ないからとお暇する旨を伝えようとしたタイミングでパン屋に客が来たみたいで、秋生さんがお店の方に行ってしまった。

 

「渚も眠っていますし、変に気を使わなくて良いですよ」

 

 過去に早苗さんにお世話になった僕は早苗さんに強く出れない。そのニコニコした表情が眩しすぎて直視できない。

 

「本当に良いんですか?」

「他人行儀ですよ。私が先生で伏見さんは生徒ですから、もう少し砕けた喋り方でいいんです。私にも秋生さんみたいな口調で喋ってくださっても」

 

 流石にそれはね。僕と秋生は……まぁ、色々あったからあん感じの喋り方になってるわけであって。それを早苗さんに対してやるというのは心臓に悪すぎる。

 

「あはは。それはこれから頑張りますね」

「ふふふ、では楽しみにしてますね」

 

 秋生がいる前でそんなことしたら、血祭りなることは容易に想像できる。その血はきっと周りにいた人(古川ファミリーを除く)のものだと思うけれど。

 

「去年はうちに来る回数も少なかったですし、今年は期待できるのかしら」

「そ、それも頑張ります……」

「これからは沢山来てください」

 

 どうやって早苗さんのお願いを叶えようかと頭の中で考える。早苗さんの前だと素になってしまうと言うか、嘘をつけない感じになってしまう。

 それを言うなら古川もそんな感じがする。まぁ、でもそれは僕じゃなくて岡崎に対してって感じだけれどね。

 

 

 

 

「おーい青葉! お前さんの知り合いが来たぞ」

 

 早苗さんが何回か古河の様子を見に行きながら、僕がお世話になって以降の話をした。より具体的には1年生の秋から2年生の春にかけてお世話になってから、諸々の事情で学校をサボった事の『諸々』の部分について話をした。

 こんなことを話すのは、話せるのは早苗さんと有紀寧くらいだ。このことを知ってるのも二人だけだ。

 

「誰ですかね?」

「行ってみましょうか」

 

 コップを台所のシンクに入れて、再びパン屋の方に移動する。話を終えて既に店の外にいると思ったのだが、まだパン屋の中で話を続けている。

 

「知り合いって誰ですか? ……って岡崎じゃん」

「あら岡崎さん! 渚のお見舞に来てくださったのですか?」

 

 いたのは岡崎だった。

 古河が体調を崩したと聞いてやってきたのだろうか。そうだとしたら、岡崎は古河に入れこんでるというか何というか。変わったな、というのが僕の感想。

 

「寝込んでるって聞いたけど」

「いえ、微熱なんです。……ただ」

 

 早苗さんは2階へと続く階段を見る。 

 先程も階段を登りする音がしていたから、2階に古河の自室があるのだろう。

 

「渚は元々体が弱いんです。去年は長いこと学校を休んでしまって。だから念の為に今日は寝てるようにってお医者様が」

「何にせよお前が運んでくれたお陰で大事にならずに済んだ。ありがとよ」

「いや、悪いの俺だから」

「おい青葉! コイツを連れて何処か行け。コレをやるからよ」

 

 スニーカーに履き替えた僕に岡崎が何かを話したそうに視線を向けるが、秋生が間に入って来てそれは叶わなかった。

 どうせコレから話せる機会は沢山から今は我慢しとけ。

 

「いいって!」

「良いから持ってけ感謝の印だ」

「だからそんなつもりじゃ」

「どうせ売れ残るに決まってるんだし」

 

 秋生アウト。

 隣にいる早苗さんに目を遣ると目に涙を溜めて裾を掴んでいる。

 

「私のパンは……私のパンは、古河パンのお荷物だったんですね!!」

 

 早苗さんはサンダルのままお店の外に出て行ってしまった。

 

「俺は大好きだーーー!!!」

 

 早苗さんに続いて秋生も飛び出す。

 残されるこの店とは部外者の僕と岡崎。

 

「どうするんだこれ?」

「あはは。いつもの事だから、帰ってくるまで店番でもしようか」

 

 

 ◆

 

「こっち来い!」

 

 嗚呼これは何かの罰なのだろうか。やっぱり、岡崎を残して古河パンから抜け出したのが行けなかったのだろうか。あそこに居たら何か嫌な事がありそうな気がしたから抜け出したんだが、現に今嫌な目にあってるんだけど。

 

「たらたら歩くな」

 

 散歩をしていたらガラの悪い奴らに路地裏に連れて行かれた。スプレー缶で落書きされたコンクリートの壁に体を押し付けられる。

 相手の数は3人。柄の悪さと高校生に見えないが社会人としては若いため、どこのグループのやつか想像は容易い。

 

「俺らこれから遊ぶ予定なんだけど金ないんだよね。だから金貸してくんない?」

「いいだろ?」

「てかコイツ、どっかで見た事あるな」

 

 ニヤニヤと笑った口元から溢れる下卑た声。自分らが優位に立っているという自信から来るもの、と言うよりは何処かのグループに入って力を手に入れたから、という感じだろう。新入りの育成ぐらいちゃんとしとけよ。

 コイツ等が喧嘩を売って怪我なんかしたら、アイツが悲しんでしまうだろ。

 こちらとて、ただやられる訳がない。こちらも煽るように唇を三日月状に歪め、興味なさ気に顔を向ける。

 

「舐めてんのか?」

「さぁて。何のことかねぇ?」

 

 正当防衛を盾にボコしてやろうなんて思っていたら、予想以上に煽った感じになってしまった。だってほら、目の前の奴なんてピキピキ聞こえるくらい血管浮き出ちゃってるし。

 

 

 どうしよう。

 

 

「ふざけんなよテメェ」

「歯ァ食いしばれよ!」

 

 僕から左側の奴が右フックを放つのが見て取れる。僕の体を抑えつけてる奴を脚で押し、そのまま腕で押し倒して右フックを躱す。そのまま鳩尾に膝を食い込ませる。苦痛の声が漏れている。まずは一人。

 立ち上がり、肩を回しコチラは喧嘩する気満々だという事を見せつける。さっきまで強気でいたのに、仲間が一人倒され少しビビっている。

 先程殴ってきた奴を睨むとソイツは少し後ろに下がる。

 

「覚悟しろよ」

 

 声を低めて威圧した後、人の多い大通りの方へと駆けて行く。流石に三人の相手をして勝てるなんて、よっぽどコンディションが良くなきゃ無理だ。それに、この先で僕らを見ている人がいるからだ。

 正当防衛での誤魔化しが出来なくなるのは辛かった。それに、変に正義感があって来られても困る。ソイツの隣を通り過ぎると一緒に、手引いて一緒に逃げる。

 手を握っていない右側から後ろを見て、アイツ等が来ていないことに一安心する。でも、チラッと視界の端に写った銀色の髪は何かの見間違いだと思いたい。

 

 

「じゃ、僕はこれで」

「ちょっと待て」

 

 なんで今日は上手く行かないのか。厄日なのか? 現実を見る覚悟を決める、前に僕の視界に映り込む様に坂上が移動した。ここ数日、会いたくないランキングトップを独占している坂上と会うとか運が悪すぎるだろう。

 漏れそうになる溜息を飲み込んで、きちんと坂上を視界に捉える。私服でも変わらずその大人びた、凛とした雰囲気を纏っている。近づきがたい感じなんだよね。

 それに引き換えこっちは、知り合いとすれ違っても話しかけられない事を前提とした着こなしなので、無難中の無難であった。

 

「何かな?」

「この前言われた事を私なりに考えてみたんだ」

「この前?……あの時か」

 

 僕が歳下に説教された時の事か。何って彼女に言ったかな。そこあたりの記憶がふわふわしていて、思い出せない。

 考えていると、両手で頬を挟まれる。

 

「なんのつもりだ」

「さっきから表情が硬いぞ」

「うるひゃい」

「顔は整っているのだからそんな顔をしているのは勿体無いぞ。笑顔とまでは言わないが、明らかにつまらなそうな顔はやめろ」

「それって、何か君に関係するのかな?」

「どうして私がお前についてあれこれ言われたか考えた結果だ。お前から取っ付きにくさを無くせば、いいと思った」

 

 確に理由を考えろと言っていたのを思い出す。だからってこんな結果になるなんて思ってもいなかった。

 ってか、挟む力を弱める位なら早く手を放して欲しい。

 

「早く帰りたいんだが」

「つまり、私がお前をみんなに馴染むようにする。そうすれば誰もお前のことを邪魔だとは思わない」

「それだと、君が他の奴らに勘違いされて要らない悪評を貰うことになる」

「気にしない」

 

 言っても言っても埒が明かない。これだから意志の強い人、特に女性は苦手なんだ。

 

「はぁ。好きにしろ」

「分かった!」

 

 こうして折れるのはいつも僕の方だ。

 今まで我慢していた溜息がついに漏れてしまった。


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