マサゴタウンへ向かうナナカマド博士とコウキ君を見送った後、201番道路に取り残された私たちの間には何とも妙な空気が流れる。ここはこの中で年長の私から何か声をかけるべきだろうか、と頭の中で考えながらも私に抱き着いたままだったヒコザルがずり落ちないように抱えなおしていると、意外にも最初に声をかけたのは妙に興奮しているらしいジュンだった。
「セツナ、すっげー!流石おれが認めただけのことはあるぜ!ヒコザルに加えてそのポケモン……えっと、ゲッコウガだったっけ?そんな見るからに強そうなポケモン、一体どうやって捕まえたんだ?なあ、おれにも教えてくれよ!」
少し前のヒコザルと同じように、目をきらきらと輝かせたジュンがナエトルを連れたままゲッコウガの周囲をくるくると駆け回る。彼については私が捕まえた、というよりも私と一緒に来てくれることになった、といった方が正しいので何と答えればよいか迷っていると、ゲッコウガはどこか呆れたような視線をジュンに向けてから無言でボールの中へ戻ってしまった。あ、と声を上げるも時既に遅く、再びゲッコウガが外へ出てきそうな気配はない。基本的に寡黙な彼のこと、もしかしたらジュンが元気すぎてちょっと疲れたのかもしれないと私は考えていたが、ジュン本人はそんな彼の性格を全く知らないこともあって不思議そうに首を傾げていた。
「……ジュンがあんまり元気すぎて、引かれたんじゃない?」
「んなっ?!」
「ヒカリ、何もそこまで厳しく言わなくても……」
「そう?あたしはあながち、間違ってないと思うけどなあ」
あからさまにショックを受けてしまったジュンに対し、ヒカリは更に容赦ない言葉を浴びせる。そのまま俯いたジュンは体をわなわなと震わせながらも、次の瞬間には再び顔を上げたかと思えば、今度はヒカリを真っ直ぐと見据えていて。その眼差しの強さに私だけでなく、ヒカリ本人も少し驚いた様子でジュンを見遣る。
「く~っ、こうなったら……ヒカリ!おれとポケモン勝負しようぜ!」
「ジュン、本気?あたしが貰ったポッチャマと、ジュンの貰ったナエトルじゃ、お互いまだ簡単なわざしか使えないと思うけど……」
「それがどうした!ポケモントレーナーなら、バトルをやってみてなんぼだろ!それともヒカリ、お前、おれとナエトルに勝つ自信もないってことか?とんだ腰抜けだな!」
あくまでも強気な態度でいるジュンとは異なり、ヒカリの方は眉間に皺を寄せながらポッチャマをぎゅっと抱き締める。どうやらヒカリはバトル自体にそこまで乗り気ではないものの、ジュンに腰抜けとまで言われたのが彼女にとって大変気に食わなかったらしい。その証拠に、ヒカリの腕に抱かれたポッチャマも厳しい目付きでジュンとナエトルを見つめている。私が覚えている限り、原作における二人の初めてのバトルは確かここまで険悪な空気じゃなかったはずなんだけれど……。
「いいわ。そこまで言うなら、受けて立ってやろうじゃない!」
「よおし、そうこなくっちゃな!それじゃあ早速バトル、始めようぜ!」
すっかり熱が入ってしまったらしいジュンとヒカリはそのままゆっくり向かい合うと、それまで腕に抱いていた互いのポケモンを地面に下ろす。そして完全に戸惑っている私とヒコザルをさておき、混じりあう視線の中央でいっそ激しい火花が聞こえてきそうなほど真剣な眼差しをした二人は、そのままどちらからともなく声を張り上げた。二人の指示を聞いたポケモンたちも同時に走り出し、周囲に砂埃が舞う。
「何だってんだよー!途中まではいい感じだったのに……!」
「ふふ。あたしが腰抜けじゃないってこと、これで分かった?」
「あー、はいはい分かりました……っでも!次会った時は、おれが絶対勝つ!そんでもって、セツナ!おれ、強くなったらお前にも挑むから、今の内に覚悟しておけよな!」
二人のバトルに関して、結末から言ってしまえば今回はヒカリが勝利した。ジュンは攻撃だけでなく、ナエトルが覚えていた『からにこもる』も適宜指示してナエトルの防御も強化していたのだけれど、始終攻撃に徹したヒカリとポッチャマに惜しくも敗れてしまったのだ。ナエトルをボールに戻した後、悔しそうな表情を浮かべながらもヒカリとなぜか私にも宣戦布告したジュンは、私たち二人を置いてフタバタウンへと駆けていく。きっと、バトルで傷ついたナエトルを治療したらすぐにでも旅に出るつもりなのだろう。原作を思い起こさせるように、相変わらずせっかちなジュンも見送った後でヒカリへと視線を移せば、ヒカリはどこか安堵した様子でポッチャマの頭を撫でていた。私は最後まで見ていることしか出来なかったが、きっと少なからず緊張していたに違いない。
「ヒカリ、ポッチャマ。初めてのバトルお疲れさま」
「あっ、お姉ちゃん!ごめんね、あたしとジュンのバトルに付き合わせて」
「ううん、いいよ。二人のバトル、見応えがあったし、参考になったから。ね、ヒコザル」
折を見て声をかけた私と、私の言葉に笑顔で頷いたヒコザルを見てヒカリがほっと息を吐く。突然始まった二人のバトルには驚かされてしまったけれど、何はともあれ無事に終わったのは良いことだったと思いたい。
「ヒカリ。とりあえず、私たちも一旦家に帰らない?ポッチャマも初めてのバトルで疲れただろうし、私も荷物を取りにいかないといけないから」
「あ……、そうだね。うん、ここにいても仕方ないし、帰ろっか」
ヒカリもポッチャマをボールに戻そうとしたものの、あくまでもヒカリと一緒が良いのか横に首を振ったポッチャマを見て、ボールを直す代わりにポッチャマと手を繋いだヒカリが一度だけ私を呼ぶ。それに返事をしたものの、何でもないとだけ答えたヒカリは敢えて私の一歩前をいくように意気揚々と歩き出した。日の光を受けて仲良く歩くヒカリとポッチャマの姿が、何だかとても眩しく思える。それは今まさにこの瞬間、トレーナーとしての一歩を踏み出した妹の成長を間近で見たからこそなのだろう。