レゾンデートル   作:嶌しま

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ヒカリやポッチャマと一緒に家まで戻ってきた後、玄関に置きっぱなしにしていた自分の荷物を手に取った私は、当初の予定通りそのままフタバタウンを出発することにした。アヤコさんは私とヒカリがそれぞれナナカマド博士からポケモンを譲ってもらった話にとても驚いていたものの、再び私を笑顔で見送り、ヒカリは名残惜しそうにしながらも私に行ってらっしゃいと言ってくれる。ちなみにヒカリも旅に出るつもりではあったものの、そのための準備が完全に整っていないこと、何よりまずはポッチャマと一緒の時間を過ごすためにも明日旅立つつもりでいるらしい。何かあったら必ず連絡するように、とアヤコさん以上にヒカリから念を押されて言われた理由が特に思い当らず首を傾げた私を他所に、まだボールに戻っていなかったヒコザルはちょうどポッチャマと別れの言葉を交わしていた。

 

 

『それじゃあ元気でね、ヒコザル。また会えたら、今度はヒコザルともバトルしてみたいな』

『うん!ポッチャマも元気でね!』

 

 

笑顔でポッチャマへの挨拶を終えたヒコザルに声をかけ、一度ボールに戻した私はそうして初めてこの家を出る。前世とは似ても似つかない、けれど、今生において血の繋がりがなくとも私にとって既に大事な家族となってくれたアヤコさんとヒカリに感謝しながら、一度も振り返ることなく201番道路へと進んだ。この旅がいつ、どんな形で終わりを迎えるのか。それは私自身にもまだ分からない。しかし、いつかは訪れる旅の終わりで、せめてあの二人に恥じない自分で在れたら良いと――歩みながらも、それだけはもう決めていた。

 

 

 

 

「……それで、これからのことなんだけれど」

 

 

201番道路に到着してすぐ、私は周囲に誰もいないのを確認してからゲッコウガとヒコザルをボールから出すと、鞄にしまっていたシンオウ地方の地図を広げた。ゲームでは特に気にしたこともなかったけれど、これから私と一緒に旅をしていくことになる二人とは出来る限り一日の予定を共有しておいた方が戸惑わせずに済むだろう、という私の独断からの行動だったが、二人はそれを嫌がるどころかむしろ興味を持って一緒に地図を見てくれたことに安堵して言葉を続ける。

 

 

「まず、今いる201番道路を通ってマサゴタウンに着いたら、先にナナカマド博士の研究所に寄るよ。多分そんなに時間はかからないと思うけど、博士に会った後は202番道路も通って、遅くとも夕方までにはここ、コトブキシティまで行くつもり。で、今日の夜はコトブキシティのポケモンセンターで宿泊して……とりあえず明日はゆっくり町を散策、ってところかな?万一博士のところで時間がかかったら、マサゴタウンのポケモンセンターに宿泊するかもしれないけれど。ここまでで、何か聞いておきたいことはある?」

 

 

地図を指差しながら二人に一日の流れを説明すれば、二人は頷きながら私の話を聞いてくれる。ゲッコウガは特に問題ないらしく、無言のまま地図を眺めていたが、代わりにヒコザルが炎の灯った尻尾をゆらゆらと揺らしながら私をじっと見つめてきた。

 

 

『……ねえ、今やっと気付いたんだけど。もしかして、お姉さん、ぼくやお兄さんが何て言っているのか、分かる?』

「ああ、そういえば……まだ言ってなかったっけ。原理は分からないけれど、どうも私はあなたたちポケモンと普通にお話できるみたいなの。といっても、人の中ではかなり珍しいことだろうから、今ここにいるあなたとゲッコウガ以外には誰にも教えてないんだけどね」

『へえ、そうなんだ!ぼくは、お姉さんともお話しできて嬉しいけどなあ』

 

 

純粋な眼差しで私を見つめながらそう言ったヒコザルの頭を撫でれば、ヒコザルはにこにこと笑って私に擦り寄ってきてくれた。出会った当初、何事もなく意思疎通がとれていたことに私よりも先に気付いた冷静なゲッコウガはともかくとして、人だけでなくポケモンの中には私のような所謂異端者を気味悪く思う存在ももしかしたら居るのかもしれないと内心危惧していた私にとって、ヒコザルのこの反応は素直に喜ばしいものだ。

 

 

「それとヒコザル、自己紹介が遅くなっちゃったけれど私の名前はセツナよ。私のことなら遠慮せず、名前で呼んでいいからね。で、こっちはもう知っているけれどゲッコウガ。ちなみに彼は水と悪タイプのポケモンなの。改めて、これからよろしくね」

『うん!セツナ、こちらこそよろしく!』

『……そっちが落ち着いたようだから、俺もちょっと聞いていいか?』

 

 

元気よく頷いたヒコザルに無事自己紹介を終えると、どうやら一通りシンオウ地方の地形を確認できたのか、器用に地図をたたみながら私の鞄に戻してくれたゲッコウガからタイミング良く声をかけられた。

 

 

「うん。どうしたの?」

『いや、今まで単純に聞きそびれていたんだが。セツナは他のトレーナーのように、最終的にこの地方のリーグを目指すつもりなのか、と思って』

『?リーグ?』

『その地方のジムバッジを全て制覇したトレーナーだけが挑める、トレーナーにとっての最難関の試練、とでも言えばいいのか……?正直、俺も詳しくは知らないがバトルを極めるトレーナーなら避けて通れないところだと認識している。お前は自分のペースでこの世界をめぐりたい、と言っていたが。その辺りのことはどうなのか、一応確認しておきたくてな』

 

 

あくまでも原作においては、主人公の旅が辿る最終目的地と言っても過言ではなかったポケモンリーグ。確かにゲッコウガの言ったとおり、ポケモンバトルを極めたいトレーナーにとっては、当代チャンピオンに勝利することが最大の目的且つ栄誉とも言えるだろう。無論この世界でもポケモンリーグのチャンピオン、というのはどの地方であっても社会的に相当地位が上の存在らしく、彼らそれぞれの只ならぬ強さと相まって挑戦者の中で勝利を得るトレーナーというのは昔からごく稀らしい。つまりはそれほどに険しく、厳しい道だがその分勝利したときの喜びや栄光はそのトレーナーにとってきっと何物にも代え難い宝となるのだろう。けれど、私には最初から『それ』を選ぶつもりはまるでない。

 

 

「それも言い忘れていたけれど、私、よほどの理由がない限りリーグには行かないよ?まあ、色々な町へ行くためにジムバッジの方は一通り集める予定だけれど……そもそも私は、最強のトレーナーになりたいわけではないし。私の旅の目的はあくまでもこの世界をめぐりながら、あなたたちと一緒に色々なことを知っていきたい、っていうものだから」

 

 

私の出自も含めてね、というのは心の中で呟き、ゲッコウガの手を取ればひんやりとした感触をしている彼の指に優しく手を包まれ、思わず笑みが零れる。出会った当時からそうだけれど、やはり彼は私に対してとても優しい、と思うのは単に贔屓目からだろうか。

 

 

「ゲッコウガやヒコザルがもし挑戦したい、っていうなら考えてはみるけれど。どう?」

『……いや、俺自身もそこまで興味はないから別にいい』

『ぼくもセツナの考えに賛成!だって、別にバトルだけが全てじゃないもんね。あっ、勿論バトルも最初から負けるつもりなんてないけど!』

「ふふ、そっか。じゃあ、シンオウ地方をめぐるためにジムには行くけれど、今後リーグに行く予定はなしってことで。話もある程度纏まったことだし、まずはナナカマド博士の研究所へ向かいましょうか」

 

 

ゲッコウガとヒコザルの二人とも今後のことについて同意を得られた後、私は再び二人をボールに戻してから201番道路を歩き出す。研究所へ向かうべくすっかり足取りの軽くなった私をまるで見守るかのように吹いた風は穏やかなもので、ただ私の髪を優しく撫でていった。


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