プラターヌ博士とパソコンを通じたテレビ電話を終えてからも、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。研究所ではナナカマド博士の好意に甘えてコウキ君と三人でお昼をご馳走になってしまったり、研究所を出た後はコウキ君にポケモンセンターやフレンドリイショップについて簡単に案内してもらったりしている内に、気がつけばおやつ前の時間帯にまでなっていた。
今日は元々夜までに202番道路を通過し、コトブキシティのポケモンセンターで宿泊する予定だったからそろそろマサゴタウンを出発しないとぎりぎりの到着になる可能性がある。日が暮れるまでまだ時間もあるが、途中でトレーナーに勝負を挑まれる可能性もあるし、何よりゲッコウガやヒコザルがついてくれているとはいえ、ぱっと見少女の一人旅にしか見えない今の自分が夜遅くまで行動するのは好ましいことではないと自覚していた。回避できる危険ならば、用心するに越したことはない。
ちなみにコウキ君はヒカリの案内も控えているために今日はマサゴタウンで宿泊するらしく、私がコトブキシティへ向かうと知ると少しだけ残念そうにしていたが、おそらくまた明日も会うと思うと伝えれば途端に目を輝かせていた。そんな彼に博士の助手といっても、彼もジュンと同じくまだまだ年相応の男の子なのだなあ、とこっそり微笑ましくなったのは秘密にしておこうと思う。
さて、結論からいえば私たちは夜までに無事目的だった町、コトブキシティまで辿り着くとポケモンセンターの宿泊施設でゆっくり体を休めていた。道中、やはり予想していた通りトレーナーからバトルを挑まれることも何回かあったが、相手の大半がトレーナーになったばかりの子どもたちだったこともあり、幸い私たちがそこまで苦戦する事態はなかった。とはいえ初めてのバトルで少なからず緊張していたのか、夕飯を食べて早々うとうとしはじめたヒコザルは既にベッドの中央で丸くなっており、今ではすっかり熟睡している。そんなヒコザルを、私とゲッコウガは起こさないように気をつけながらお互いただ見つめていた。
「ヒコザル、今日バトルでいっぱい頑張っていたね。旅立ったばかりなのにすごいなあ」
『……そうだな』
余程眠かったのか、尻尾の炎さえ消えて深い眠りに落ちていることから相当疲れていたのか。或いは初めての旅ということで、無意識にはしゃぎ疲れていたのか。もしかしたらその両方だったのかもしれない。何にせよ、明日の朝にはまた元気な姿を見せてくれるだろう。
「何だか、ヒコザルを見てたら私も眠くなってきちゃった。ゲッコウガは?」
『俺はそこまで眠くはないが、セツナがこのまま寝るなら俺も眠っておく』
「そう。じゃあ、私も今日は早めに寝ておこうかな……、あれ?ゲッコウガはボールに戻っちゃうの?」
勿論ボールの中で休めないこともないが、てっきりポケモンセンターで部屋を借りてからは一緒に室内で寛いでいたゲッコウガが戻るのも不思議だったので声を掛けてみる。
『ヒコザルはまだ子どもだから構わんだろうが……何だ、俺もそこで寝ていいのか?』
ボールを手に取る直前、振り返ったゲッコウガが私を見て目を細める。種族が違えど、どうやら彼は彼なりに私のことを心配してくれていたらしい。そういうところでもやっぱり優しいなと思いながら、私は考えるまでもなく素直に頷いていた。
「うん、いいよ。ゲッコウガも良かったら一緒に寝よう」
『……、……えっ』
「駄目なの?」
『いや、だ、駄目……ではない、が』
「?嫌なら強制はしないけど」
他人の体温を感じると逆に落ち着かない場合もあるのかもしれない。そう思って首を傾げれば、うっ、となぜか息を詰まらせたゲッコウガが暫くして、ボールからそろそろと手を離し私の方へと近付いてきた。
『……嫌じゃ、ない』
「そっか。じゃあ、はい。こっちにどうぞ」
『……、』
ベッドに敷かれた布団の端を捲ると、無言でゲッコウガが私の隣に寝そべる。こんなときまで別に足音を消さなくたっていいのに、もしかして彼は緊張しているのだろうか。いつも冷静な彼にしては、正直かなり珍しい姿だと思う。部屋の明かりは既に消したから私の目に彼の表情は良く見えず、代わりに互いの呼吸とヒコザルの寝息しか聞こえてこない。そういえばゲッコウガに会っていたのは大体朝や昼が多かったから、こうして一緒に夜を過ごすのも実は今日が初めてだとふと気付く。それなら彼が緊張するのも、若干分かる気がした。
「間にヒコザルがいるから、かな。何だか、あったかいね」
『……そうだな』
「……、……ねえ」
『ん?』
「ありがとうね」
『……何が』
「何となく。これからの旅で何があるか分からないけれど、やっぱり、ゲッコウガが居てくれてよかったなあって改めて思って。ちゃんと伝えておきたかったの」
『……もう十分伝わってるから、いい』
「そう?ならよかった」
ふふ、と柔らかな笑みが零れる。私も少なからず疲れていたのだろうか、何だか気分がふわふわとしている。
「おやすみ、ゲッコウガ」
『……ああ、おやすみ』
「……、……」
『……セツナ?』
ぼんやりと見えてきた視界を頼りにゲッコウガの頬、と思われる場所へ手を伸ばす。触れた皮膚はやはりひんやりとしていて、彼が私と同じ人間ではないことを実感させた。それにも構わず、私は自分から手を離そうとはしない。ただ、今私の心にあるこの気持ちが彼に少しでも伝わればいいと、それだけを願い夢心地で想いを告げる。
「……すきよ、ゲッコウガ」
『……、……は、』
「あなたの過去なんて、何ひとつ、知らないけれど……わたしは、一年前からわたしとただ一緒に居てくれたあなたが、すき。だいすき。だから嬉しかった。わたしと、一緒に来てくれるって知って、ほんとに、嬉しかった」
『……』
「……おやすみ。いいゆめ、みてね」
プラターヌ博士やナナカマド博士から、そもそも私たちがどう出会ったのか。彼がこれまでどんな風に育ったのか、そう尋ねられたときにボールから彼も出していたのだけれど、そのときの彼が一瞬悲しそうに目を伏せていたことを隣にいた私はすぐに気付いてしまった。けれど彼の過去を私は知らないし、彼もまた私の秘密、かつてこの世界をゲームとして知っていた前世があったことだって知らない。お互いに、知らないことはまだたくさんある。それでも今のあなたがすきだと思う人間が目の前にいることを、彼には知っていてほしかった。
『……、なんてやつだ、まったく』
こんな状況で呑気に夢を見るほど眠れるわけ、ないだろうに。
――そう呟きながらも私を見つめていた彼の顔がこのときうっすらと赤かったことを、眠りに着いた私はとうとう、気付かないままだった。
12話にきてゲッコウガと主人公の初イベント編でした。
既に甘い空気が漂っていますが、残念ながらまだ付き合ってはいないふたりが過ごす初夜(健全)をお楽しみいただけたら幸いです。
さて、フタバタウンから出てようやくコトブキシティまでやって来ましたが、最初のジムがあるクロガネシティへ行くまでもうちょっと話が続きます。
【手持ち紹介その2】ヒコザル ♂
Chapter.2から登場。
【やんちゃ】な性格で好奇心旺盛。
201番道路でジュンとヒカリのどちらにもパートナーとして選ばれず、気落ちしていた際セツナの手持ちに加わる。
バトルでは失敗してもめげず、逆にその経験を吸収し常に成長を心がける努力家。
ゲッコウガを兄のように慕っている。