レゾンデートル   作:嶌しま

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「つい先日、亡くなりました。私の目の前で」

「……えっ、」

「……六年ほど前から、でしょうか。それまで、フィールドワークに行くにしても私には必ず報告を送ってくれていた彼女と、全く連絡が取れなくなったんです。当時の私は、彼女のことだからどうせまたどこか遠い地方の砂漠か遺跡にでも集中して潜り込んでいるのだろうと、然して気にしていませんでした。サファリゾーンに生息するポケモンたちの研究に追われて私自身、暫く多忙だったこともありましたが、それだけ彼女が打ち込める研究対象が見つかったのだろうと思って。ところがそうではなかった。彼女はある時を境に完治不能の重い病にかかり、病院に通いながらも一人で研究を続けていたそうです。私のところに連絡が来たのも、つい一週間ほど前のことでした。慌てて病室まで会いにいくと、学生の頃の面影がまるでない、やつれ果てた彼女がベッドで横になっていて。どうしてこんな状態になるまで何も言ってくれなかったんだ!って、……そのとき、恨みがましく怒鳴ってしまったんです。そんな私に彼女は、力なく笑ってこう言っていました。『決して許されないことをしたから、その罰が当たっただけだ』と」

「許されないこと……?」

「それが、具体的には何なのか……私が何度問い質しても、彼女は一切口を割りませんでした。ただ、自分の部屋に残してきたあるタマゴの世話と、残してはいけない資料があるからそれをどうか処分してほしい、と。それだけ伝えて、三日前、息を引き取ったんです」

 

 

予想だにしない話を聞かされ、私は何と言えばいいのか分からず沈黙する。

 

 

「……重い話で、さぞや驚いたことでしょう」

「……、」

「いいんですよ。どうか気を遣わず、何も仰らなくて。その方が私も助かります。ただ、彼女の遺言、と言ってもいいものかどうか……彼女には身内がおらず、唯一最期に立ち会った私が必然的にこの部屋の鍵を譲り受けることになりました。それも、どうやら事前にそうするよう、このマンションの管理人が彼女から強く頼まれていたようです。彼女の言っていた資料とやらは処分したものの、正直、彼女の死を一人で受け止めるのは荷が重くて。タマゴのことだって、今まで研究一筋だった自分にいきなり世話なんて出来るわけがないって自棄になりかけていた。そんなときに、……セツナさん。あなたを、見掛けたんです」

 

 

そこまで語ってから深く溜め息を吐いた彼は、隣に置かれてもなお微動だにしないタマゴを大きな手で撫でてから、静かに私を見つめる。その瞳にどこか、羨望が込められているように思えたのは――私の気の所為、だろうか。

 

 

「本当に驚きました。髪の色こそ違いますが、セツナさん、学生の頃の彼女とよく似ているんですよ。性格だって多分、セツナさんの方が当時の彼女よりずっと大人びていますけれど、何よりポケモンに向けるひたむきな愛情が彼女とそっくりすぎて……それで、先程声をかけてしまったんです。彼女が、目の前で亡くなったにもかかわらず」

「そう、だったんですか……」

「……もしかしたら既にお察しかもしれませんが、もしセツナさんが良かったら私はこのタマゴをあなたに譲りたいと、そう考えています」

「それは、……私が、彼女と似ているからですか?」

「正直、それもあります。ですが一番は、私のような研究しか取柄のない男が育てるよりもセツナさんのように未来あるトレーナーにこそ育ててほしいと、本気で思っているんです」

「ちなみに、そのタマゴは何のポケモンなのかニナさんは言っていましたか?」

「……、いえ。生まれてくるまでの楽しみにしていてほしいからと、最後まではぐらかされてしまいまして。結局親のポケモンも何なのか、残念ながら託された私ですら知りません」

「……、」

「やはり、何のポケモンなのかも分からないのに引き取るなんて……無理、ですよね」

「っ、そんなことないです!あの、一度そのタマゴ、抱いてみてもいいですか?」

「……?ああ、はい。どうぞ」

 

 

ソファに置かれていたタマゴを両手で持ち上げたトオルさんは、テーブル越しにそのまま私へと手渡す。思わず立ち上がり、落とさないように気をつけながらも慎重に受け取ると、タマゴから僅かに温もりを感じて一瞬息が詰まった。全く動いていないけれど、この中には確かにポケモンが存在している。そう、誰に言われずとも直感したのだ。

 

 

「すごく失礼な質問ですけど……このタマゴの子、まだ元気なんですよね?」

「ええ。彼女が亡くなってから、一度ポケモンセンターのジョーイさんに診てもらったのですが、ちゃんと生体反応はあるようです。ただ、元の持ち主である彼女が傍にいない時間も長かったのか、孵化するまでの時間は通常以上にかかるかもしれないと言われました」

「そうですか。元気なら、良かった……。トオルさん、」

「はい」

「お言葉に甘えてこのタマゴ、本当に譲ってもらっても良いでしょうか?」

 

 

タマゴを両腕に抱きかかえてソファに座りなおしていると、トオルさんはそんな私を見ながら目を見開いていた。

 

 

「それは、こちらからすると願ってもないことなんですが……セツナさんこそ、いいんですか?そのタマゴ、一体どんなポケモンが生まれてくるかも分からないのに」

「こう言うのも何ですが、……分からないこそ、楽しみでもあるんです」

「楽しみ……?」

 

 

首を傾げるトオルさんとは裏腹に、私は笑いながら腕の中のタマゴを見つめる。この気持ちを言い表すとすれば――そうだ、昨日私がゲッコウガにモンスターボールを渡されたあのときの嬉しさと、とてもよく似ているんだ。

 

 

「実は私、昨日旅立ったばかりで。この世界について知らないことの方がずっと多いって、自分ではそう考えています。大人のトオルさんから見れば、きっととても未熟です。けれど、始まったばかりだからこそ、この子が無事に生まれてきたら同じペースで世界を知っていくことも出来るんじゃないかな、って。どんなタイプなのか、どんな性格なのか、生まれてから何を感じて、何を好きになるのか……もしかすると、ニナさんはそういうことも想像しながら、この子の誕生をトオルさんに見守ってほしかったんじゃないでしょうか?」

「……、」

「……あっ。す、すみません!憶測で色々言ってしまって、」

「いいえ。そうか、そういう考え方もあるんですね。確かに私が知っている彼女ならば、そういうことを考えつく可能性だってあるかもしれない。完全に盲点でした。私だけでは、決して考えつかなかった……」

 

 

ソファから立ち上がったトオルさんは私の近くまで歩み寄ると、まじまじとタマゴを見つめる。その間もやっぱりタマゴは動く気配すらなかったけれど、彼はそんなタマゴを眺めながらもただ優しく笑っていた。

 

 

「そこまで言われてしまったのなら……私からは、もう止める理由もありません。改めてセツナさん、どうかこのタマゴのこと、彼女や私に代わってお願いしても宜しいでしょうか?」

「……!はい、喜んで!」

「……ありがとうございます。きっと、彼女もセツナさんの手に渡ったと知ったら、喜んでくれたことでしょう」

 

 

まだびくともしないタマゴを、それでも私は大切に抱き締める。いつかは分からないけれど、この温かさと直接触れ合える日がこれから訪れると思うと心から楽しみだ。そのときがくるまで、託してくれたトオルさんやニナさんに代わり私がこの子を守っていかなければならない。そういった責任もあって全くどきどきしないと言ったら嘘になるけれど、たとえどれだけ時間がかかっても構わない。ただ、無事に生まれてきてさえくれたなら、それでいい。

 

 

「確か、セツナさんは旅立ったばかりとのことでしたが、そうなるとこれからクロガネジムに向かう予定でしょうか?」

「そうですね。シンオウのジムは、ひととおりめぐる予定でいます」

「なるほど。それでは今後、ノモセシティに来るときは私にご連絡ください。長時間は難しいかもしれませんが、サファリゾーンの中でしたら喜んでご案内致しますよ」

「本当ですか?そうしていただけると助かります」

「いえ、特別大したことでもありませんが……、こうして私の話を聞いてくださっただけでなく、そのタマゴも、引き取ってくださるというんです。セツナさんには、本当に感謝してもしきれません。もし今後旅先で困ったことがあったら、遠慮せず教えてくださいね」

 

 

トオルさんは微笑みながら、私の抱えているタマゴをもう一度だけ優しく撫でる。私によく似ているという彼女のことを思い出したのか、彼の瞳からは音もなく涙が零れていた。

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