レゾンデートル   作:嶌しま

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タマゴを受け取った後、自分の涙を見られて少しだけ恥ずかしそうにしていたトオルさんからよければ昼食もここで食べていかないかと尋ねられ、私はそんな彼の誘いに喜んで了承した。声を掛けられたばかりのような気まずさは既に私たちの間になく、それよりはむしろ大切な秘密を共有出来たような、ある意味親近感をもって私はトオルさんと接している。冷蔵庫からいくつかの野菜に生クリームとチーズ、更には戸棚からパスタの麺を取り出したトオルさんは自前のエプロンを着けながら手早く昼食を仕上げていく。私はここに初めて来たということもあり、野菜の下拵えや教えてもらった食器の用意など、比較的簡単な手伝いをやっていった。

 

 

「凝ったものでなくて申し訳ないんですが、少しばかりポケモンフーズも用意しました。良かったら、セツナさんのヒコザルや他の子にも分けてあげてください」

「あ、ありがとうございます」

 

 

タマゴが置かれたソファがあるリビングのテーブルにポケモンフーズの入った皿を一旦置くと、私はボールを手に取ってヒコザルとゲッコウガに出てきてもらう。ふたりともどうやらボールの中から私とトオルさんの会話を聞いていたらしく、ポケモンフーズよりもソファの上で未だ微動だにしないタマゴを揃って興味深そうに見つめていた。

 

 

「いつ会えるかは分からないけれど、この子もこれから私たちと一緒に旅していくことになったから。ふたりとも、宜しくね」

『うん!弟かな、妹かなあ?どっちにしても楽しみだね!』

『ああ。そう、だな……』

「……?ゲッコウガ、どうかした?」

『……、いや。何でもない』

「そう?何かあったら、いつでも呼んでね」

 

 

タマゴに対して何か言いたげなゲッコウガが気になったが、トオルさんを待たせていたこともあり、私はリビングから少しだけ離れたキッチンの方に戻っていく。キッチンの近くにはまた別のテーブルが置かれており、備え付けの椅子に座るとトオルさんは驚いた表情でゲッコウガのことを眺めていた。

 

 

「すみませんトオルさん、お待たせしました」

「ああ、いえ……。あのポケモンって、私の見間違いでなければゲッコウガ、ですよね?」

「知っていらっしゃるんですか?」

「まあ、これでも研究者の端くれですから。とはいえ、カロス以外ではまず見かけないポケモンですね。シンオウ地方在住の一般人に限定すれば、認知度はまだ低い方かと思われます。ケロマツの頃から一緒だったんですか?」

「いえ、私が初めて出会った頃から彼はあの姿でした」

「……?!それはまた、珍しいケースですね」

 

 

どちらからともなく手を合わせ、パスタを食べながらも会話を続けていると私の返事を聞いたトオルさんがますますゲッコウガを見つめて唸る。そんなにも珍しいことなのだろうか。口にせずとも、そんな私の疑問が伝わったのかトオルさんはゆっくりと説明しはじめた。

 

 

「たとえば……、そうですね。この地方ですと、ヒコザルやムックルのように進化前のポケモンの方が一般的にはより懐きやすいとされています。なぜだか分かりますか?」

「えっと、……幼いから、でしょうか?」

「簡単に纏めるとそうですね。総じて、タマゴから生まれたばかりのポケモンは皆基本的に警戒心が低く、我々人間を信じやすい傾向にあります。だからこそ初心者のトレーナーには、ヒコザルを含めた三種族のポケモンのいずれかが最初のパートナーとして選ばれ、次に捕まえるポケモンもムックルやスボミー、コリンク辺りが代表格となってきます」

 

 

あくまでも一般論ですが、と言って一区切りつけてからも、更にトオルさんの解説は続く。

 

 

「進化を重ねていけば当然のことですが、そのポケモンが本来持つ能力も進化前と比べて各段に強化されていきます。ここで、先程挙げたポケモンたちの進化後……ムクホークとロズレイド、レントラーが揃って目の前に出現したとしましょう。すると、一匹だけでも捕まえるのはおろか、三匹が相手となれば熟練したトレーナーでも一気にバトルの難易度が上がります。それぞれが進化に即した強さを身に着けているのですから、それだって当然の摂理なわけです。つまりは、最終進化に達するまでの強さを身に着けたポケモンが旅に出たばかりのトレーナーに自ら着いていく、というのは何もシンオウに限らず、世界的に見ても極めて珍しい事例と言えるでしょう。まして、セツナさんはジムバッジをこれから集めていくという段階。理論だけで考えれば、普通はまずポケモンがセツナさんの指示を簡単に聞かないでしょうし……そもそも捕獲の時点で、かなり困難を極めているはずです」

 

 

そこまで語ったトオルさんはグラスに入っていた水をゆっくり飲んでから、一息つく。私自身は今まで良く考えたこともなかったけれど、相手がゲッコウガでなかったら出会った瞬間に攻撃されていた可能性だってもしかしたらあったのかもしれない。そんな可能性、想像すらしたくなかったけれど。

 

 

「しかし、……これらは私が述べたとおり、あくまでも理論だけで考えた場合の仮説にしか過ぎません。見たところ、あのゲッコウガはセツナさんのことをとても信頼しているようですね」

「えっ……?」

「だってそうでしょう?バッジの有無に関わらず、自ら望んだからこそ、今こうしてあなたの傍にいる。その事実だけで、知り合ったばかりの私でも既にセツナさんを認めているということはよく分かりました。単純なポケモン同士での力比べでなくて、何と形容するべきか……ポケモンの方から寄り添いたいと思わせる何かを、セツナさんは持っているんじゃないか、って。少なくとも、私はそう思うんです」

 

 

真面目にそう言い放ったトオルさんの視線に射抜かれ、私はフォークを持っていた手が止まるとともに顔が熱くなっていくのが分かった。決して異性的な意味合いではなく、自分を褒められることそのものに普段慣れていないからか、どうしても照れてしまう。

 

 

「何だか、……気恥ずかしいですね。そこまで思われるほど、私には大したことをした覚えなんて全くないんですが」

「ふふ。自覚がなくとも、セツナさんと一緒にいることこそが何よりの答えではないでしょうか?研究者としても勿論ですが、私は純粋に一人の人間としてセツナさんの将来が楽しみです。トレーナーとして、きっとあなたは稀有な存在になることでしょう。今の内に予言しておきます」

「よ、予言……?」

「……なんてね。まあ、私の希望的観測はともかく、折角つくったパスタが冷めてしまいます。美味しい内にいただきましょう」

 

 

にっこりと笑ったトオルさんに促され、それからはパスタを食べることに専念させられる。自分の将来――本来ならば一度死んだ時点で、とっくの昔に失われていたはずのそれを考えるのはまだ早いと思っていたことを突き付けられ、内心冷や汗をかく私をさておき、時間はただ緩やかに過ぎていった。

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