レゾンデートル   作:嶌しま

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トレーナーズスクールにて、ヒカリやコウキ君も交えて基本的なバトルの知識(ポケモンの身に起きる状態異常やタイプ相性等)をおさらいした後、私は二人と別れて単身203番道路へ来ていた。ちなみにコウキ君は修理に出していたポケッチを取りにポケッチカンパニーへと引き返し、ヒカリは私から聞いた話でテレビ局に興味を持ったらしく、今日はコトブキシティでひとまずゆっくりしていくという。次の目的地であるクロガネシティへ辿り着くには、この道路の先にあるクロガネゲートも通過しなければならない。しかし、クロガネゲートを通る以前に、現在進行形でとある問題が起きていた。昨日202番道路を通ったとき以上に、この道路ではトレーナーや野生のポケモンとのバトルが多く発生していたのだ。

 

 

 

 

「ムックル!『でんこうせっか』!」

 

 

トレーナーである少女の声を聞いて、相対しているムックルがこちらに先制攻撃を仕掛けてくる。相手の素早い攻撃を完全には避けられず、『でんこうせっか』を受けたヒコザルは軽く弾き飛ばされてしまったが、そこから器用に着地すると再びムックルに向き直った。

 

 

「ヒコザル、『にらみつける』」

「……ねえ、さっきから全然攻撃してこないけど、それで大丈夫?私は次で決めるわよ!もう一度、『でんこうせっか』!」

 

 

最初だけ攻撃の指示を出したものの、それから何回か続けて『にらみつける』だけを繰り返していたヒコザルに対し、トレーナーの彼女は話しかけながらも止めの指示を出してくる。しかしヒコザルは勿論のこと、私自身、最初からこの勝負を諦めたつもりではない。

 

 

「ヒコザル!ぶつかってきたムックルをつかまえて!」

「……、えっ?!」

 

 

戸惑う彼女を他所に、ぶつかってきたムックルを後退りながらも小さな体でまっすぐ受け止めたヒコザルは、そこからムックルを抱き締めるように自身の手を伸ばしてつかまえた。

 

 

「そのまま『ひのこ』!」

 

 

指示を聞いた直後、ヒコザルの口からは少量の炎が放たれ、難なくムックルの体に直撃する。一度手を離してから距離を取ったヒコザルに対し、おそらくはやけども負ってしまったのか、先程まで勢いがあったはずのムックルは既にふらついていた。

 

 

「ああっ、ムックル!」

「ヒコザル、続けて『ひっかく』!」

 

 

彼女がうろたえている間に、私は次の指示を出す。ヒコザルはその場からすぐさま駆け出すと、足取りが覚束ないムックルに鋭い爪で攻撃を繰り出した。事前に『にらみつける』を複数回繰り返された影響も受け、防御が下がっていたムックルにとってこれが止めの一撃となり、ゆっくりと地面に倒れていく。そうして慌てて走り寄った彼女の腕に抱きかかえられたムックルは、完全に目を回していた。

 

 

「あーあ、負けちゃったか……でもお姉さんとのバトル、何だかどきどきして楽しかった!」

「私も楽しかったよ。コトブキのポケモンセンターまで少し距離があるけれど、大丈夫?」

「うん、キズぐすりは持ってるから。生憎やけどなおしの方はないけれど、とりあえずこっちを使ってからポケモンセンターに行ってくるわ」

 

 

元々は彼女から提案されたバトルだったが、今も目を回しているムックルを見て少しだけ申し訳なさを感じていると彼女は然して気にした様子もなく、逆にあっけらかんと私に賞金を渡してくる。なお、この賞金についてはバトルをする前にあくまでもお互いが合意の上で敗れた相手から渡すものであり、バトルが片方からの一方的な喧嘩に近い様相であれば適用されない場合もあることを補足しておく。

 

 

「バトルしてくれてありがとう!クロガネシティまであと少しだけど、気をつけてね!」

「ありがとう。あなたも気をつけて」

「うん!バイバイ!」

 

 

宣言通りキズぐすりを使用してムックルを取り急ぎ治療した彼女は、モンスターボールに戻すと元気にコトブキシティの方角へ駆けていった。そんな彼女を見送った私はヒコザルを伴ったまま先へ進み、やがてクロガネゲートの入口に差し掛かる手前で足を止める。野生のポケモンも含め、周囲には私たち以外に誰もいないことを確認してから漸く私はヒコザルに話しかけた。

 

 

「……ヒコザル、バトルお疲れさま。大丈夫だった?」

『うん、平気!……って言いたいけど、ちょっとだけ疲れたかも』

 

 

その場にしゃがみこむと、昨日以上の連戦を受けて確かに疲れたのだろう。困ったように笑っていたヒコザルの体についた砂埃を手で軽く払い落とすと、私は鞄からキズぐすりとポフィンケースを取り出す。

 

 

「あの子の言ったとおり、クロガネシティまでは本当にもう少しみたいだから、この辺でちょっと休憩していこうか。ヒコザル、キズぐすり使うね」

 

 

スプレー型になっているキズぐすりをヒコザルの体にひととおり振りかければ、くすぐったそうにしていたヒコザルが少しずつ元気を取り戻していく。未だにどんな原理でポケモンの体を回復させているのかは分からないながらも、ともかく元気になったヒコザルを見てほっとした私は続いてポフィンケースの蓋も開けた。アヤコさんから家を出る前に一つ譲ってもらったこのポフィンケースには、自分でつくっておいた色とりどりのポフィンが何個か収められている。研究所にいた間はきっと見たことがなかったのだろう、どうやらヒコザルは初めて見るらしいポフィンに興味津々な様子だった。

 

 

『セツナ。それ、なあに?』

「これはね、ポフィンっていうこの地方のお菓子だよ」

『……ポフィン?』

「きのみを使ったお菓子なの。色によって味付けも違うんだけど、どれでも好きなものを食べていいよ」

 

 

ケースに収められたポフィンを眺めていたヒコザルは、少しだけ悩む素振りを見せていたがその内赤いポフィンを手に取り、ゆっくりと一口齧ってみせる。そういえば苦手な味がないか最初に聞いておくべきだったかな、と後になってから気付いたが、幸いヒコザルにとってはこのポフィンが好みの味だったらしく、一瞬できらきらと目を輝かせていた。

 

 

『すっごく美味しい!初めて食べる味!』

「ふふ。気に入ってもらったみたいで良かった。ヒコザルは、辛い味が好きなんだね」

 

 

まだあるからゆっくり食べていいよ、なんて声をかけながらヒコザルの頭を撫でていると、突然ボールから眩い光が放たれる。私が不思議に思うよりも早く、外に出てきたゲッコウガは周囲を数秒見渡した後、今度は私とヒコザルをなぜかじっと見つめてきた。

 

 

「もしかして、ゲッコウガもお腹空いたの?」

『……』

 

 

首を傾げながら聞いてみると、自分から出てきた手前恥ずかしくなったのか、ゲッコウガは私とヒコザルの視線から逃れるように顔を背けてしまう。そんな照れている姿も可愛い、なんて言ったらきっと拗ねてしまうだろうから、敢えて言葉を飲み込んだ私はゲッコウガの前に回り込むとヒコザルの時と同じようにポフィンケースを差し出した。

 

 

「どうぞ。ゲッコウガも遠慮せず食べていいよ」

『……、ああ。ありがとう』

 

 

ちらり、とポフィンケースを見た彼は暫くしてから青いポフィンを手に取ると、それから黙々と食べはじめる。あまり顔には出さないものの、どうやら満足しているらしいゲッコウガとは逆に笑顔でポフィンを食べ続けているヒコザルも見ていると、結局私も誘惑に抗えず桃色のポフィンを手に取った。五年前にアヤコさんから教わった末、自分でつくれるようになったポフィンは我ながら甘すぎず、美味しい味付けになっていて思わず頬が緩む。いくつかのきのみを混ぜてつくるポフィンは、素朴な味ながらも私も大好きなものだった。

 

 

「あっ、そうだ。休憩ついでに先に伝えておくけれど、次に行く町のポケモンジムは岩タイプのポケモンとのバトルがメインなの。だからここから暫くはゲッコウガに頑張ってもらうことになると思うけれど……ゲッコウガは、大丈夫?」

 

 

旅立ちの際、アヤコさんから餞別としてモンスターボールをいくつか貰ってはいたものの、ここまで来た私の手持ちは変わらずゲッコウガとヒコザルだけだった。その理由として普通のトレーナーとは異なり、ポケモンの言葉を理解出来ている私にはこちらを警戒して飛び出てくる彼らのことを進んで捕獲しようと思えなかったというのもあるが、これから折角旅をともにするのならば縁のある子とともにシンオウ地方をめぐりたい、と思っていたということが大きい。つまりは他のポケモンをたくさん捕獲していくよりも、いつか出会う誰かとの出会いこそ大切にしていきたい――という私自身の我儘からきていたが、尋ねられたゲッコウガは真っ青なポフィンを飲み込むと、そんな私に応えてくれた。

 

 

『任せろ。少なくとも、俺だってそう簡単にやられるつもりはない』

「……ふふ、それは頼もしい限りね。ちなみにヒコザルにはその次のジム、えっと、ハクタイシティだったかな?そっちのジムは確か草タイプがメインだったから、そこで頑張ってもらいたいって考えているよ。勿論、私もついているから焦らず一緒に頑張っていこうね」

『うん!セツナと兄さんのバトル、僕も応援しているからね!』

 

 

皆でポフィンを食べながら、穏やかに時間が流れていく。けれども初めてのジム戦まで、その時は着実に近付いてきていた。




休憩でちょっとほのぼのしているオリ主一行ですが、次回、漸くクロガネシティに到着致します。
ただしすぐにジム戦!というわけでもなく、ちょっと意外なあるキャラとの出会いからクロガネシティ編は開始予定です。
初ジム戦もといゲッコウガの活躍まで、今暫くお待ちくださいませ。

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