「……あれ、リオルとルカリオだけ?ゲンさんは?」
特に何事もなく、無事ヒコザルとゲッコウガのモンスターボールをジョーイさんから受け取った直後のこと。ゲンさんには気が向いたら、と言われていたがやはりあのリオルの様子がどうしても気にかかり、早足で再び食堂に戻ってくるとゲンさんの姿が見当たらなかった。そこで先程と変わらずリオルを抱えていたルカリオに尋ねてみると、簡素な答が返ってくる。
『お手洗いに向かいましたよ。直にまた、こちらへ戻ってくるでしょう』
「そうなんだ。ありがとう、ルカリオ」
『いえ、……』
「……?どうかしたの?」
『……、不思議ですね。あなたは、姿こそヒトですが、どこか我々にも近い何かを感じます』
「え、」
椅子に座った私を眺めていたルカリオから、突然思いもよらない言葉をかけられて驚く。ポケモンに近い何かって、……何のことだろう?自分ですら、よく分からない。
『ああ、今のは決して悪い意味で言ったわけではないのです。それどころか何となく、あなたは他のヒト以上に我々ととても波長が合う、とでも言えば良いのでしょうか。テレパシーを使わずとも、直に言葉を伝えられるヒトに出会ったのは、私もあなたが初めてです』
「!……気付いて、いたんだね」
『不快にさせたのなら申し訳ありません。しかし、滅多にないことでしょうから……あなたがあくまでも秘密に、と望むのであれば私からこのことをゲン様にお伝えするつもりはありません。それだけは、誓って言えます』
時にエスパータイプのわざも使えるルカリオならば、私が直接ポケモンと意思疎通がとれる人間であることを気付かれていても別段不自然だとは思わなかったが、ルカリオ自身は真剣な眼差しで私の返答を待っている。その眼差しがどことなく今ここにはいないゲンさんを思い出させて、もしかするとゲンさんとルカリオは似た者同士なのかもしれない、なんて失礼なことを考えながらも私はルカリオにこう答えていた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて。今はまだ、そうしておいてもらえると助かる、かな」
『承知致しました。それにしても……こうして言葉を交わしてみると、この子が自分からあなたに会いにいったわけが漸く、分かったような気もします』
ルカリオに抱えられていたリオルは、いつの間にか穏やかな寝息を立ててすっかり眠っているようだった。もしかすると私が席を立っていた間にどうにか寝かしつけた可能性もあったが、仮にそうだったとしてもおそらくはリオルを思ってこそ、そうしたのではないだろうかと予想する。その証拠に、リオルを見つめるルカリオの眼差しはとても穏やかなものだったから。
「もしかして……波長が合う、ってこと?」
『ええ。リオルは“はもんポケモン”、そして私たちルカリオは“はどうポケモン”と称されている辺り、生き物が持つ気そのものに元々敏感な種族だったのでしょう。私もゲン様も、このリオルの身に何が起きたのか、今はただ想像することしか出来ません。けれども当時の状況からして、……幸せとは遠くかけ離れたものであっただろうことは、察しています』
「……、」
『長らく心を閉ざし続けている彼だからこそ、我々と波長が合うあなたに何かを感じ取ったのかもしれません。勿論、これも私の意見でしかありませんので真実とは限りませんが』
「……そっか。正直、私自身は旅立ったばかりの新米トレーナーだから、自分のことをそんなに凄いとも何とも思っていないけれど。もし、リオルに今までつらいことがあったのなら、これからはその分たくさん幸せになれるといいよね」
『……、そう、ですね』
今も目を閉じて眠っているリオルの寝顔はあどけなく、ゲンさんやルカリオからこうして話を聞いていなければ、私がリオルの過去の一端を知ることもなかっただろう。未だ声を出さないリオルが心に受けたその傷は、私が想像しているよりも遥かに深く、同時に痛みも伴うのかもしれない。それでも、これからの幸せを願うことなら私にも出来るから。いつかこの子にも、心から笑えるような日が訪れたらいいのにと、寝ているリオルを見守りながらそんなことを思う。
「おやおや、いつの間にか私だけ除け者扱いかい?寂しいから混ぜておくれよ」
「あら、ゲンさん。お帰りなさい」
何となくしんみりとしていた空気を払拭するように、極めて明るい足取りで戻ってきたゲンさんに声をかけると、とても驚いた表情を浮かべたゲンさんがぎこちない動きで足を止める。そんなゲンさんに対し、なぜかルカリオが静かに溜め息を吐いていた。
「ああ、……た、ただいま。すっかり、ルカリオとも仲良くなったんだね?」
「ルカリオから色々話しかけてくれたんです。おかげで助かりました」
「だって。良かったね、ルカリオ」
『そうですね。私としても、リオルの理解者が増えたのは純粋に喜ばしいことです。しかし……この辺りで退いておかなければ、そろそろ彼に怒られてしまいそうですね』
「……、彼?」
ルカリオが呟いた彼、という言葉に首を傾げた私に対し、当のルカリオは明言すらしない。眠っているリオルの頭を起こさない程度に優しく撫でてやりながら、ルカリオはただ曖昧に微笑んでいるだけだった。