レゾンデートル   作:嶌しま

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クロガネジムにて、ジムリーダーのヒョウタさんとのバトルに勝利した私たちはコールバッジを受け取ると、まだ十分日が高いこともあり早速次の町に向けて移動を始めることにした。順当に行けば次に向かうべき町はハクタイシティなのだが、クロガネシティから見て北側の207番道路にはどうやら自転車がないと上れない急な坂道があるらしい。そのため今回は一旦コトブキシティまで戻り、そこから花の町とも名高いソノオタウンとハクタイの森を経由してハクタイシティへ向かうことにする。ちなみに私たちのジム戦を見守ってくれていたゲンさんは、本来の目的だったヒョウタさんとゆっくり話をしたいとのことで、そんな彼に簡単な挨拶を済ませてから私たちはコトブキシティに向けて歩き出していた。

 

 

『……それにしても、少し意外だったな』

「うん?何が?」

『俺はてっきり、セツナはあのリオルもどうにかして一緒に連れていくかと思っていたが』

 

 

クロガネゲートを抜けてすぐ、念のためソノオタウンまでの道順確認を兼ねて道端で少し休憩していると、ボールから出てきていたゲッコウガが周囲に誰もいないことを確認してからリオルについて尋ねてきた。

 

 

「うーん……それも、選択肢の一つとしてありだった、かもしれないね」

『……その言い方だと、余り乗り気ではないみたいだな』

「ああ、えっとね。決してあのリオルが気に入らないとか、そういう意味じゃないんだよ?ただ、今まで色々とあったみたいだし……急に誰かとたくさんの場所を見て回るより、どこかでゆっくり過ごせる時間がリオルに必要なんじゃないかな、と思って。そういう意味でも、今はリオルのことをよく見ているゲンさんと一緒にいた方が、リオルの身にとっても安全かと考えていたんだけれど……」

 

 

ゲッコウガに答えたとおり、なぜかよく私にひっついてきたリオルに対して、私自身全く心動かされなかったわけではない。むしろゲンさんに挨拶していたときも、ずっとこちらを見つめていたリオルの眼差しに後ろ髪引かれる思いになったくらいだ。けれど、そんなリオルだからこそまずはゆっくり心身を休めてほしい、というのが私の一番の願いだった。仮に私ではなく、いつか他のトレーナーと旅するとしても、それはリオルの負った傷が癒えてからでも決して遅くない話のはずで。それに今はまだ心を閉ざしていても、ゲンさんのように良識あるトレーナーの元にいれば、少なくともリオルの身に危険が及ぶ可能性は格段に低くなると思う。

 

 

『なるほど。だったら、……俺の牽制も、然して意味なかったかもな』

「……もしかして、リオルと何かあったの?」

『別に大したことじゃない。ただ俺は、今のあいつが気に食わないってだけの話だ』

「……、……十分、大したことになるんじゃないかしら。それは」

『ふふ。俺が気に食わないのは“今”のあいつであって……この先、どうなるかなんてまだ誰にも分からないからな。まあ、成長の仕方次第ではむしろ見直すことも有り得るだろう』

 

 

余り自分が嫌いなものについて語らないゲッコウガの、かなり珍しい本音を聞かされて驚いていると不意に目を細めた彼が私にどうしてだと思う、と聞いてくる。

 

 

「つまり、……リオルが気に食わない理由?」

『そう。俺だって、何も理由なくそう見做しているわけじゃない』

 

 

どうやら気に食わない、と感じるからにはそれなりの理由があるようだけれど、正直全く分からない。それでもゲンさんから聞いた話を可能な限り思い出しつつ、首を傾げて考えはじめた私を見かねたのか、ゲッコウガはくすくすと笑い声を漏らした。

 

 

『教えてやろうか?あいつはな、心が死んでいるんだよ』

「……えっ、」

『……空っぽなんだろうなあ、自分じゃどうしようもないくらい。本気で自分が生きている理由、とやらが分からないし、検討もつかない。だから、いつ死んでも自分は後悔しないと思っている。声が聞こえなくても、あの目にはとても見覚えがあるんだ。あれは、生きる意志のないものの目だ。あわよくば流れに身を任せて、生きるも死ぬも、自分の意志では決めきれない。そういう目を見るのは、……嫌なんだよ』

 

 

――まるで、昔の俺を見せつけられているみたいで。気分が悪くなる。

 

 

「……」

『……なんて、俺の話はさておき。今日はどこまで行く予定なんだ?』

「え、っと……とりあえず、このままコトブキシティは素通りして、ソノオタウンまで行けたらいいな、って感じ……?」

『そうか、分かった』

 

 

今日の行き先を確認した彼はそれから何を言うでもなく、またあっさりとボールに戻ってしまい、その場に私だけが取り残される。木々や叢を穏やかな風が通り抜けていき、一見周囲はとても穏やかなように見えるけれど、反面私の心臓は煩いくらい脈打っていた。

 

 

(ゲッコウガの“過去”、か……)

 

 

いつか、彼がそれを教えてくれる日は訪れるのだろうか。

そんな私の疑問について、残念ながら親切に答えてくれる存在は今ここに皆無だった。


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