レゾンデートル   作:嶌しま

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026.5

かつてぼくの主となったヒトは、ぼくを見てとても楽しそうに笑っていた。

もっと強くなりたいのだと言っていた。

だからそのために、これからぼくと一緒にがんばっていきたいんだと……差し伸べられた手を疑いもせず、愚直に信じてしまったことを今ではほんの少しだけ、後悔している。

 

 

――どうして、いつまで経っても『ルカリオ』に進化しないのか。

 

 

どれだけバトルで勝とうとも、一向に進化する様子がないぼくを見ていていつからか、あのヒトはそんなことを吐き捨てながらひどく顔を歪めるようになった。

期待とか、希望とか。

そういう、ぼくにも向けてくれた楽しい感情は時間を経る毎にどんどんと擦り減って、代わりにぼくの姿が視界に入ると苛ついたり、不機嫌になったりする頻度ばかりが増えていく。

そんな主の変わりようを見ている内に、ぼくもまたとある事実を察してしまう。

このヒトは、何もぼくという存在を望んでいたわけではなく、あくまでも”ルカリオ”に進化する”リオル”という種族が欲しかっただけだったのだ、と。

 

 

……幸い、と言うべきか、直接手を上げられることは一度もなかったのだけれど、あのヒトが持っていた他のポケモンたちからも随分と白い目で見られるようになってしまった。

中には哀れみを込めてぼくを見ていたポケモンもいたけれど、だからって積極的に助けてくれるわけでもない。

きっとあのヒトがぼくに抱いた苛立ちを、自分にまで向けられたくなかったんだろう。

ぼくを除いて、他の皆はとうの昔にそれぞれ進化を終えていたこともあり、ぼくはそんな皆の態度も仕方のないことなのだと思い込むことにした。

結局、一緒に同じものを食べても、眠っても、バトルでともに立ち向かう日々を過ごしても。

仲間と信じていたのは、ぼくだけだったみたいだ。

 

 

だからあの日、……目の前で、主”だった”あのヒトに自分が入っていたモンスターボールを壊されても、不思議と悲しくはならなかった。

やっぱり捨てられちゃったな、なんて思いながらぼくに背を向けて遠ざかっていくあのヒトを、ぼくは追いかけもせず最後まで黙って見送っていた。

いつかはきっとこうなるだろう、と予想していた所為もあったかもしれない。

悲しくない。それは本当のことだ、嘘じゃない。

でも、……何だか、胸が空っぽになって、声も出せなくなってしまって。

どうしたら治せるかなんて分かるわけもなく、諦めたぼくはその場でゆっくり横になった。

何もかもどうだって良くなったから。

そう、自分の命でさえ。

 

 

 

 

ろくに自分から食べ物を探しもせず、壊されたモンスターボールの隣で寝転んでいただけのぼくを拾った何とも物好きなヒトに出会ったのは、それから少し後のことだ。

ぼくに失望して去っていたあのヒトがずっと欲しがっていた、ルカリオも連れている物好きなヒトは何の見返りもないっていうのに、甲斐甲斐しくぼくの世話を焼いてくれた。

多分、こういうのをお人好しって呼ぶんだろう。

たくさん話しかけてくれるけれど、生憎今のぼくは声が出せないので返事すら出来ない。

それは、相手がルカリオだって同じことだ。

ルカリオから何度かテレパシーで意思疎通が出来ないか試されたものの、ぼくの心が空っぽになっているのもあって……というのはあくまでも”建前”で、ぼく自身がルカリオのことを強く拒絶しているがために一度も上手くいった試しなんてない。

だってそうでしょう?

よりにもよってその姿は、ぼくがあのヒトに捨てられた原因そのものなんだから。

きみには会いたくなかったよ、なんて、敢えて伝えるつもりもないけれど。

それでも、今はまだ目を背けていたいと、そう思ったぼくは決して間違っていないはずだ。

 

 

 

 

あの日以来、すっかりボールそのものが嫌いになってしまったぼくは物好きなヒトに連れられ、初めて訪れる町にやって来た。

そこで、意図せずある気配を感知したぼくは居ても立ってもいられず走り出し、そのままぶつかるようにその存在へとしがみついてしまう。

 

 

「どうしたの?迷子?」

「トレーナーさんとはぐれたのかな?どっちから来たか、分かる?」

 

 

真っ白な髪の女の子が、屈みながらぼくを見下ろす。

姿はヒトのそれなんだけれど、どこかポケモンであるぼくともすごく近い”何か”を持っているような気がしてならない彼女は驚いたようにぼくを見ていて。

その瞳には憐憫も、嘲りも、何もなかった。

ただぼくを、ぼくとして認識している。

それだけの視線がどうしようもなく嬉しくて、ぼくは久し振りに安心したんだ。

……彼女に一番近いところにいる、あのポケモンから鋭い目を向けられるまでは。

 

 

(何で、どうして……っ)

 

 

進化していなくても、バトルを積み重ねてきたぼく自身は決して弱くないはずなのに。

彼女の頭を撫でているあのポケモンに一瞬、見られただけで体が震えて止まらない。

彼は何も言っていない。

一言も口に出してすらいなかったけれど、その目は全てを語っていた。

 

 

『俺はお前を“認めない”』

 

 

一歩踏み出しさえすれば、また触れられるほどすぐ近くに彼女がいたのに。

ぼくは、ぼくに向けられた彼の意志が恐ろしく、そして何よりもそんな彼に真正面から対峙できないほどに弱かったぼく自身を最も許せず、ひたすら歯を食いしばるしかなかった。




境遇が大分ハードモードなリオルの独白でしたが、また後の章で(ゲンさんやルカリオ含め)主人公たちと再会予定ですのでどうかご安心ください。
クロガネシティ編は今回で終了致しまして、次章、ソノオタウン編では漸く新たな手持ちが登場予定です。
そちらもどうぞお楽しみに。

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