レゾンデートル   作:嶌しま

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Chapter.4 花冠のつくりかた
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コトブキシティまで戻ってきた私たちは、そのまま204番道路も通過して当初の予定通りソノオタウンに到着した。その道中、ひでんわざの一つである『いわくだき』が必要となる場所もあったが、ひでんマシンについてはクロガネシティでジムバッジとともにヒョウタさんから貰っていたため別段問題なく進むことが出来た。私が覚えている限り、ゲームにおけるひでんマシンとは自力で探す、或いは誰かから渡されなければ得られないものだと認識していたが、こちらの世界ではどうやらジムリーダーとのバトルに勝利することでバッジとひでんマシン両方を受け取ることが可能になるらしい。正直、その方が旅を続けていく上でひでんマシンの所在を探す手間も省けて助かるので、内心安堵しながら今回はヒコザルだった彼に『いわくだき』を覚えてもらっていた。

 

 

「大丈夫だとは思うけど、もし具合が悪くなったらすぐに教えてね」

『ふふっ。心配性だねえ、セツナは……でも、初めて僕らの進化するところを見たっていうんなら、それもしょうがないのかな?』

 

 

204番道路も終盤、ソノオタウンの手前辺りから私の隣を歩いているモウカザルは、随分と機嫌良さそうに炎のついた尻尾を揺らしていた。コトブキシティを経た先にある、204番道路で待ち構えていたトレーナーたちとのバトルでは次のジム戦に備えてほとんどヒコザルに任せていたのだけれど、そんな折ヒコザルの進化が突然始まったのは実際に見ていて驚かされたものだ。ヒコザルの頃より幾分か身長が高くなったモウカザルは、私とともにソノオタウンへ足を踏み入れると笑顔で町中に咲いている花々を見つめる。周囲にはまるで色とりどりの花々に吸い寄せられるようにバタフリーやアゲハント、それからミツハニーたちも飛んでいるようだ。町中で既にこの状態なら、奥にある花畑ではきっと更に多くのポケモンたちが生息しているに違いない。

ヒコザルが進化したこともあり、ソノオタウンへ着いたら真っ先にポケモンセンターへ行っておこうと考えていたにもかかわらず、私の足はついソノオタウンの中心部に位置していた花屋さんの方に向かっていく。モウカザルも店先のお花に興味があったのかそのままついてきてくれたけれど、もしこのとき隣にいたのが今はボールの中で休んでいるゲッコウガだったなら、寄り道する私に対して或いは溜め息を吐いていたかもしれない。

 

 

「いらっしゃいませ。良かったら、店内のお花もゆっくり見ていってくださいね」

 

 

モウカザルと一緒に花屋さんのお花を眺めていると、その内私たちの存在に気がついた店員さんから声をかけられたため、お言葉に甘えて店の中に入らせてもらうことになった。外には小振りな鉢植えがいくつか置かれていたけれど、店内にはお花だけでなく木の枝や太い幹なども用意されてあり、まさに花の町と呼ばれるに値する品揃えの良さを感じさせる。

 

 

「こんにちは。初めてこの町に来たんですけれど……とっても、綺麗なところですね」

「うふふ、そうでしょう?住んでいる私たちにとっても、本当に自慢の町なんです。ここはいつも花に溢れているから、特に虫タイプや草タイプのポケモンを見かけるんですけれど……不思議と争いが起きるでもなく、皆仲良く暮らしているの。花を見ていたら和やかな気持ちになってくるのは、人もポケモンも、案外同じなのかもしれませんね」

 

 

私たちに声をかけてくれた店員さんに改めて挨拶してみると、ちょうど他にお客さんがいなかったこともあってか、彼女は嬉しそうに微笑みながら応じてくれた。

 

 

「ところで、ここに来るのは初めてとのことですが、どちらからいらっしゃったんですか?」

「えっと、フタバタウンからです。テレビでここの花畑の映像を見たことは何回かあるんですが、なかなか来る機会がなかったもので」

「まあ、そうなんですね!それなら是非、花畑の方も見てもらいたいですね。ここもお花が多いけれど、あちらの景色はきっと一度見ただけで心に残るものがあるんじゃないかしら。場所自体とても広いし、天気が良ければゆっくりピクニックに行くのもおすすめですよ。あとは、花畑であまいミツを売っていらっしゃる方もいるので、記念のおみやげとして買っていくのもありかもしれません」

 

 

店員さんと引き続き話をしながら店内を見回していると、ふとある花の存在が目に留まる。今贈るにしては大分季節外れかもしれないけれど、敢えておみやげの一つとして贈ってみるのもありだろうか。そんな風に考えた私は、目に留まったその赤い花にもっと近寄った後で再度店員さんに声をかける。

 

 

「あの、ちなみになんですけど……ここで花束を頼んだとして、別の場所に送ってもらうことって出来ますか?」

「ええ、勿論!配送のための鳥ポケモンもいますので、いつでも承っていますよ」

「それじゃあ、こちらのカーネーションと……カスミソウで花束をつくってもらって、フタバタウンまで配送をお願いします」

「かしこまりました。無料でメッセージカードをお付けすることも出来ますが、そちらはどうされますか?」

「そうですね。折角なので、カード付きでお願いします」

 

 

相変わらず私の手持ちはゲッコウガとモウカザルだけであるのを考えると、フタバタウンのあの家へ帰ってくるのはもしかしたら私よりヒカリの方が断然早いかもしれない。そのお詫びも今の内に兼ねて、なんて伝えたらきっと拗ねられてしまうのが目に見えているから本人に言うつもりはないけれど――せめて、これまでの感謝の気持ちだけでも伝えられたらいいな、なんて思いながら私は店員さんからカードとペンを受け取った。

 

 

『セツナ、誰かにお花贈るの?』

「うん。私が一番お世話になった人に、ね」

 

 

早速花束の用意に取り掛かってくれている店員さんの背中を眺めながら、借りたペンでアヤコさんに宛てたメッセージをカードに書き連ねていく。そんな私を他所にモウカザルはお店の入口まで歩いていくと、ただ風に揺られている外の花々へ再び目を向けていた。

 

 

 

 

店員さんに花束をつくってもらえた私は、書き終えたカードも添えてアヤコさんの家宛てに配送をお願いすると漸くポケモンセンターへ向かった。いつの間にか日が暮れていたことに驚いてしまったが、よく考えれば昼過ぎにはクロガネシティを出ており、その上トレーナーたちとバトルもしながらやって来たのだからそれだけ時間が経っていても別段おかしい話ではない。ゲッコウガとモウカザルの入っているボールを預け、ひとまず今日の分の宿泊手続きも済ませてからアヤコさんに連絡をとる。クロガネジムのジムバッジを貰えたこと、今はソノオタウンまで来ていることを伝えるとまるで自分のことのように喜んでくれたアヤコさんの声を聞いているだけで、何だかこちらが気恥ずかしくなってきた。結局今日送った花束については何も伝えないままで会話を終えたが、おそらく明日中にはアヤコさんの手元に届くだろうし、花束の感想はまた後日連絡するときにでも聞けたらもうそれだけで十分な気がする。

 

 

「明日、明後日は晴れているみたいだけれど……明々後日から雲行きが怪しくなりそうね」

 

 

ジョーイさんに預けたふたりの回復が終わるまでの間、ポケモンセンターのロビーでテレビを見ているとちょうどソノオタウン周辺の天気予報が発表されていたので簡単にメモをとっておく。先程出会った店員さんにおすすめされたソノオタウンの花畑は、私自身一度訪れてみたいと思っていたところだったので明日はそこへ行ってみようと考えていたものの、なるべく雨が降り出す前にハクタイの森を抜けておきたいところでもある。少なくとも、体力を奪われる雨に打たれながらあてどなく森を彷徨い続ける……なんて最悪の状況にだけはならないよう、念のため野宿を見越した準備も出来る限り整えておきたい。

 

 

(ともかく、明後日からの予定はまた皆に相談しながら決めようかな)

 

 

そこまで考えをまとめた辺りでジョーイさんから呼び出された私は、残念ながらこのときまだあることに気付けていなかった。

――この町へ、ある目的を果たすためにやって来るギンガ団と遭遇する可能性は、決してゼロではなかったことを。


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