……どうして、こうなってしまったんだろう。
「お前たち!こんな風にポケモンを傷つけて、本当に何とも思わんのか?!」
「だったら何だって言うんだい、じいさん。俺たちギンガ団には崇高な目的がある。それを達成するために、邪魔する奴がいたらそいつをコテンパンにする。至極当然のことさ」
「さあ、大人しくあまいミツを全部寄越しな!ついでにじいさんの後ろにいるそいつらも、折角の機会だ。まとめて俺たちギンガ団が使ってやるからよ!」
「くそっ、何て横暴な連中なんだ……!」
わたしの話を全く聞く気がなかったムクバードに連れられて、花畑の入口に向かっているといきなり知らないポケモンたちから攻撃を向けられてしまった。それに一早く気付いたムクバードが咄嗟にわたしを地面に下ろしたから、わたしはほぼ無傷で済んだ代わり攻撃を受けた彼の方はぐったりとしている。騒ぎを聞きつけて、この花畑に元々住んでいた人が駆けつけてわたしたちを庇うように立ってくれてはいるけれど、……どうやらわたしたちに攻撃してきた人と違い、自分のポケモンを連れているわけではないようだ。
『ううっ、いってぇ……』
『ムクバード、しっかりして……!』
一匹だけでなく、複数のポケモンたちから一度に攻撃を受けた所為かムクバードの顔色はとても悪い。わたしは自由に空を飛べる彼と違い、今まで他のポケモンと戦う機会なんてまともになかった。だって、そんなことしなくてもこの美しい箱庭の中だけなら、皆争う気も起こらず仲良く暮らしていけたのだから。けれどムクバードが傷つき、わたしたちの前に立っている人もポケモンを持っていない今、動けるのはわたしだけだ。何とか、しないと。
「お?……まさか、たった一匹で俺たちとバトルするつもりか?」
「それにしてはこいつ、震えているんだが……びびっているくせしてわざわざじいさんの前に出てくるとは、正義の味方にでもなったつもりか?ふん、笑わせてくれるぜ!」
「全くだ。その気概だけは買ってやらんでもないが、始まる前から震えが止まらないとは……くくっ、話にもならんな!まあとりあえず、望み通りいたぶってやるとしよう」
「そうだな。あまいミツを戴くのは、こいつをいたぶってからでも遅くはない」
そんなこと、わたしだって勿論分かっているわよ。あなたたちの言うように体の震えが止まらないし、出来ることなら何もかも忘れて逃げ出してしまいたいくらい。でもね、一緒にこの花畑で生きてきた大切なともだちを見捨てたら絶対後悔するのも分かっているから、わたしはここで逃げられない。……せめて、わたしとムクバードを庇おうとしてくれた人がここから離れられる程度には、時間を稼げるといいのだけれど。
「ズバット、『つばさでうつ』」
「ケムッソは『どくばり』、ニャルマーは『だましうち』だ!」
揃って歪な笑みを浮かべた人間たちが命じたとおり、ムクバードを傷つけた三匹のポケモンがわたしに向かってそれぞれのわざを放ってくる。そんなときでもなお震えを止められないわたしが、まともにわざを防ぐ手段を都合良く思いつくはずもなく――このまま直撃するのだ、と悟りながらも思わず強く目を瞑った、その刹那。
「『たたみがえし』」
どうしてか、ここにいるはずのないあの人の声が聞こえて。
……目を開けると、さっきまであの人の膝で眠っていたポケモンたちがわたしに背を向けるように立っていて、わたしは傷一つ負っていないことに気付く。
「なっ、何なんだよ、あのポケモン……!」
「まさか、全てのわざを防がれるとは……面白い。もしあいつもここで捕まえられたら、俺たち一気に幹部へ昇格出来るかもな」
「おい、今そんなこと言っている場合かよ?!」
「……残念だけど、嫌な予感ほど当たってしまうものね」
溜め息を吐いたあの人は心底憂鬱そうに呟くと、わざを防がれたことに驚きを隠せない人間たちに視線を移す。そんな緊迫した状況なのに、不思議とわたしは叢から垣間見た、あの人の優しくて温かな微笑みについて思い出していた。