黒煙が立ち上っていた方向へ駆けつけると、この花畑に元々住んでいたと思われるおじいさんの前にたった一匹で立っていたあの子めがけ、ギンガ団のポケモンたちが一斉にわざを放とうとしているところだった。そこでゲッコウガに『たたみがえし』の指示を出し、あの子に直撃しそうだったわざを全て無効化させたところで、漸く私たちの存在に気付いたギンガ団のしたっぱ二人から揃って睨みつけられる。しかし私はそんな彼らの視線を無視すると同時に振り返り、驚いた表情で未だ立ち尽くしていたおじいさんへジュンサーさんを呼んできてほしいと伝える。少し迷ったものの、町の方に走っていったおじいさんの背中を見送り改めて前を向けば、ゲッコウガとモウカザルの両方ともやる気に満ちた様子で佇んでいた。実に頼もしいふたりの姿にほんの少しだけ嬉しくなったが、今はそんな喜びを抑えてギンガ団、ひいては彼らのポケモンたちとのバトルに頭を切り替えなければならない。
「ちっ、余計な真似を……まあいい、ならばここでお前のポケモンたちも捩じ伏せるまで!」
「ケムッソ、『たいあたり』!ニャルマーは『さいみんじゅつ』だ!」
したっぱから受けた指示通り、ケムッソはモウカザルに向かってたいあたりしてきたが、攻撃の当たる直前にモウカザルが躱したことで逆に地面へと叩きつけられる恰好となる。それと同時にニャルマーも指示されたわざを繰り出そうとしていたが、こちらはゲッコウガが独断で『ちょうはつ』を行っていたためか不発に終わってしまっていた。数だけ見れば向こうに分があると思っていたのだろう、したっぱの二人はどちらも戸惑った表情を見せるも、私たちにとってはむしろチャンスが訪れた瞬間でもある。これを活かさない手はない。
「モウカザル、ニャルマーに『マッハパンチ』。ゲッコウガはズバットとケムッソに向けて、『みずしゅりけん』!」
即座に動いたふたりは、相手のポケモンたちに向けてそれぞれのわざを放つ。特に弱点である格闘タイプのわざを受けてしまったニャルマーはひとたまりもなかったようで、そのまましたっぱの足元まで吹き飛ばされることになった。ゲッコウガの『みずしゅりけん』も、二匹を相手にしながら相変わらず威力が衰えていなかったが、モウカザルもフタバタウンを出発した頃に比べて着実に力をつけてきているようだ。本当に、こんな状況でさえなければ喜ばしい成長具合なのだけれど、とりあえず今はバトルの行く末を見守ることに徹する。
「くそっ、一匹やられたか……!ケムッソ、『いとをはく』!」
「ズバット、『あやしいひかり』で奴等を混乱させろ!」
ニャルマーが早々に倒され、焦ったしたっぱたちから再び指示が出されるが、残念ながら未だ『ちょうはつ』の効果が残っていたためどちらも指示通りのわざを使えずにうろたえる。せめてこの時、どちらかだけでも攻撃技を指示していればまた状況が違っていたかもしれないが、こちらにとっては一気に勝負を決める最良のタイミングが来たと言っても良い。
「モウカザル、ケムッソに『かえんぐるま』!ゲッコウガはズバットに『みずのはどう』!」
炎の赤と水の青――対照的な色が私の視界いっぱいに広がり、それぞれの攻撃が直撃する。
地面に為す術もなく相手のポケモンたちが倒れ込んだかと思えば、ちょうどタイミングを見計らったかのように花畑のおじいさんもジュンサーさんを引き連れて戻ってきた。手持ちが全員戦闘不能になった現状において、最早この場からの逃走も困難であると早々に察したのだろう。したっぱの二人は力なく座り込むと、それから大人しくジュンサーさんに連行されていった。
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「まさか、長いこと争いとは無縁だったこの花畑が荒らされるかと思ってはらはらしたが……君が来てくれて助かったよ。若いトレーナーさん、本当にありがとう!そうだ、お礼にうちでつくっている特製のあまいミツ、良かったら持っていってくれないかい?家にあるのを取ってくるから、ちょっとそこで待っていてくれ!」
ギンガ団のしたっぱたちとジュンサーさんが花畑から去っていった後、満面の笑みを浮かべた(心なしか、テンションも上がっているらしい)おじいさんもこちらが引き留めるより早く自宅に向かってしまったため、唯一この場に残っていた私はそこで漸く沈黙していた彼らの方へと歩み寄る。当然ながら、倒れ伏していたムクバードからは真っ先に警戒と敵意が込められた厳しい視線を向けられたが、敢えて気にする素振りも見せず鞄から取り出したキズぐすりを使用した。先程相対したギンガ団の手持ちにケムッソがいたため、毒状態になっている可能性を危惧していたのだが、幸い状態異常に陥った様子はないらしい。体力を回復させたムクバードは地面から起き上がると、何度か翼をはためかせた後で再び私を見つめてくる。敵意は消えたものの、完全に警戒を解いたわけでもないムクバードの視線は決して優しいものではなかったが、それでも幾分かましになったような気はする。
『……、変な人間だな。おれを捕まえずに、わざわざ回復もさせるなんて。おれが襲い掛かってきたら、そっちが怪我するかもしれないのに。呑気な奴もいたもんだ』
やや間を置いて聞こえてきたムクバードの声音は実に率直なものだったが、私はそれを聞いて怒ることもなく、むしろ発言の一部について納得していた。確かに、既に体力を消費していたムクバードをボールで捕まえて直接ポケモンセンターまで連れていった方が、回復させるという意味でもより万全な方法だったかもしれない。しかし、私は一方的にポケモンを捕まえることはしたくないばかりか、折角ならお互いが納得した上で一緒にいられたらいいな、なんて考えてもいる部類の人間なのだ。こうして自分のことを振り返ってみれば、呑気と称されても仕方がないのかもしれない。そう思った末に苦笑いが洩れそうになったところでぺしり、と小さな音が鳴る。何事かと思ってムクバードの方を見遣ると、なぜか不機嫌そうな彼女の尻尾に軽く叩かれていたようだった。
『姉ちゃん?どうしたんだよ、急に』
『……ムクバード。助けてもらったんだから、そうやって文句を言う前にまずはお礼を伝えるのが先でしょう?』
『え、でも、こいつさっきの奴等と同じ人間だし……おれが何を言ったところで、どうせ分からないじゃん』
『そうだとしても。もしこの人が駆けつけてくれなかったら、わたしたちはきっと更に危ない目に遭っていたと思うわ。それに、助けてくれた相手とあなたを傷つけた相手を一括りにされるのは……少なくとも、わたしにとっては悲しい、から』
不機嫌な表情から一転して、今にも泣き出してしまいそうな様子で俯いた彼女の姿はどうやらムクバードにとってかなり動揺させられる光景だったらしい。必死に何か言おうとするが、咄嗟に上手い言葉が出てこないのかムクバードはおろおろと彼女の周りを行ったり来たりしている。種族が違っても、彼女を姉と呼んで慕っている辺り本当に姉弟のような関係性なのだろう。そんな彼らの様子を見ていると少し微笑ましくなったが、このまま放っておくのもどうかと思うので、とりあえずここで独り言でも言ってみることにする。
「別に、無理にお礼を言う必要はないのよ。私が気になって、勝手にあなたたちの様子を見にきただけであって……さっきの煙を見ていれば、私でなくとも誰かしらは駆けつけていたでしょうし。まあ、最悪の事態になる前に間に合って良かった、とは私も思っているけれど」
こんな独り言を聞いた彼らは、揃って穴が開きそうなくらいに私のことを見つめる。まさか、自分たちが今まで話していた内容が私にも筒抜けだったとは思っていなかっただろうことを踏まえれば当然の反応なのだけれど、それにしてもどちらも全く同じ表情をしていた所為でつい笑い声が洩れてしまった。
「当分、さっきの人たちがここまで来ることもないだろうし、あまり喧嘩せずに仲良くね」
そうこうしている内に、宣言通り自宅からあまいミツを持ってきてくれたおじいさんの姿が見えてきたので、未だ呆然としていたふたりに背を向けた私は駆けるように花畑を歩んでいく。少し前までギンガ団のしたっぱたちとバトルしていた、とは思えないほどに穏やかなこの場所はやはり美しく、いつかもう一度訪れる時が既に楽しみで仕方なかった。