レゾンデートル   作:嶌しま

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Chapter.4から登場していた彼女の独白。
ひとまず、ソノオタウン編はこれにて終了です。


030.5

今までが不幸だった、とは決して思わない。

むしろわたしは恵まれている。飢えない程度に食べ物があって、ともだちがいて、誰かと争う必要もない。

ここは、わたしが生まれてくる前からそんなところだ。

争いを好まないポケモンたちが皆穏やかに生きていける、箱庭のような世界だった。

 

 

だけど、――優しい声で、優しい眼差しでタマゴに語りかけていたあの人を、偶々叢から見かけたとき。

まだ生まれてきてさえいないのに、わたしはあの人が持っていたタマゴのことがどうしようもないくらい羨ましくなってしまった。

だって、あんな風に生まれる前から待っていてくれた存在がわたしにはいなかったから。

いいなあ、って思ったんだ。

きっとタマゴから生まれた後も、あの人にたくさん愛してもらえるのだろう。

うんと大事にされながら、育っていく姿を一番近いところから見守ってもらえるのかな。

それにタマゴだけでなく、あの人の膝で一緒に熟睡していたポケモンたちも何だか心地良さそうで、それがまたわたしに羨望を搔き立てる。

この花畑の空気ともまた違う、まるで、ひだまりそのもののようなあの人の傍に寄り添えたなら……或いはわたしも、幸せになれるのだろうか。

そんなことを考えていた自分に気付いて驚いたものだけれど、それからムクバードと遭遇した変な人たちとのバトルも見たことで、更に色々と驚かされてしまった。

 

 

『……姉ちゃん、さっきからずっと黙っているけれど、大丈夫か?』

『……ええ。大丈夫よ』

『実は、あいつらの攻撃が当たっていました……とか、ないよな?』

『心配性ね。大丈夫だってば』

『なら、いいんだけどよ……』

 

 

今はわたしたちに背を向けて、この花畑に住んでいた人からお礼のあまいミツを受け取っていたあの人は、わたしが思っていた以上にとても不思議な人間のようだった。

自分からはっきりそうだと明かされたわけではないけれど、どうもあの人には他の人間と違ってわたしたちの会話が聞こえていたらしい。

そんな人間はわたしよりもずっと外の世界を見てきたムクバードも他に見たことがないようで、一緒に驚いたわたしたちに微笑んだあの人から今も尚、わたしは目を離せずにいる。

 

 

『姉ちゃん、……本当はあの人間と一緒に、外へ行ってみたいんだろ?』

『!』

『やっぱりそうか。まあ、いきなり黙りこくる理由なんて、それくらいしかないよなあ』

『で、でも!あなたを置いていくわけにも、』

『おいおい。おれだって、いつまでも生まれたてのムックルじゃあないんだぜ?ていうかもうムクバードだし。何なら、姉ちゃんよりも先に進化だってしているし』

『……』

『……だ、大丈夫だって。姉ちゃんも、あの人間と一緒ならその内でっかくなれるだろうしそう落ち込むなって!多分!』

 

 

多分、と付けられたら余計説得力に欠けてしまうと思うのだけれど、それを口に出す代わりに溜め息を吐いたわたしは、若干慌てているムクバードにとある疑問を投げかけた。

 

 

『……意外ね。わたしはてっきり、反対されるかと思っていたのだけれど?』

『あー……そりゃあ、相手がおれに攻撃してきた変な奴等の方だったら妨害していた自信もあるけど。おれを回復してくれたあの人間なら、とりあえずめちゃくちゃ悪い奴でもなさそうだったし、なら別にいいかなって』

『あら。人嫌いなあなたにしては、珍しく高評価なのね』

『姉ちゃんに言われたとおり、助けてもらったのも事実だし……って、おれのことは良くて。姉ちゃん、おれならもう大丈夫だよ。さっきも言ったけれどムクバードになっているくらいだし、ここならおれだけでものんびり生きていける。あの人間も言っていたけれど、今日みたいなことは当分起きないだろうし。それに、……これでも、姉ちゃんには感謝しているからさ!これからは、姉ちゃんがやりたいこと、めいっぱい楽しんでもらった方がおれとしても嬉しいんだ』

『ムクバード……』

『でも、……万一、ないとは思うけど虐められたり、泣かされたりすることがあったら。そのときは、いつだってここに帰ってきていいんだからな!』

 

 

あくまでも毅然とした態度を崩さず、わたしの背中を押してくれるムクバードを見ていると、そう遠くない昔のはずなのに生まれたばかりの彼のことが思い出される。

いつからかわたしを姉と慕い、後ろをついてきた可愛い弟のようだった彼が今では涙を堪えながらも、わたしを送り出そうとしてくれている。

そんなムクバードの姿に、やはり今までのわたしは不幸ではなかったのだと、改めて思う。

 

 

『……ありがとう、ムクバード。次に会える日を、心から楽しみにしているわ』

『おう。姉ちゃんよりもでっかい男になってやるんだから、覚悟しておけよな!』

『ふふ、そうね……ちゃんと覚悟、しておくわ』

 

 

さよならは言わない。

もう一度、この場所でいつかまた会えると信じているから。

それはわたしだけでなく、ムクバードも思っていることだから。

 

 

『行ってくるわ、ムクバード』

『……ああ。行ってらっしゃい』

 

 

生まれ育った花畑の外には、一体、どんな景色が広がっているのかな?

今すぐバトルに順応できるほど今の私は決して強くないけれど、それでも、……ひだまりのようなあなたを護れる程度に、わたしも少しずつ成長していけたらいいな、とは思う。

そうして願わくは、いずれあなたの下で生まれてくる子をわたしも見守っていたい。

今日、この場所で出会えた、あなたの傍で。

 

 

「……あれ?どうしたの、コリンク。何かあった?」

 

 

やがて、駆け寄ってきた私に気付いたあなたが、不思議そうにわたしを見下ろす。

その頭上には雲一つない、真っ青な青空がどこまでも広がっていた。




わりと短めであっさりした展開になりましたが、原作でおじいさんが拾っていた発電所のカードキーが今回拾われなかったため、実は発電所でのギンガ団幹部とのバトルが思い切り省かれる、という事態になっていたり。
ちなみに原作主人公であるヒカリもまだコトブキ~クロガネのどこかにいる設定なので、実際この後発電所まで乗り込んだのは連行されたしたっぱたちから情報を聞き出した(と思われる)ソノオタウンのジュンサーさん+α(捜査中のハンサムさんとか?)辺りを想定。
その辺の動きは次話くらいでも一応ちらっと出す予定でいますが、とりあえず当面(少なくとも次の章が終わる辺りまで)ギンガ団の出番はなさそうです。
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