レゾンデートル   作:嶌しま

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「いやあ、君たちがここにいてくれなかったら真面目に危ないところだったかも……本当に、ありがとうね!」

 

 

モミさんとラッキーの助力もあり、出会った当初より大分落ち着いたナタネさんは現在にこやかに微笑みながら、ハクタイの森出口に向かって私たちと歩みを進めていた。流石ハクタイのジムリーダーと言ったところか、彼女の足取りは私やモミさんと比べて実に軽やかなものであり、傍から見ている分には全く迷いがないように見える。おそらく、今まで何度もこの場所へ訪れたことがある人なのだろう。ちなみにモミさんとナタネさんはそもそも顔見知りであったらしく、久し振りの再会ということもあって彼女たちの会話は随分と弾んでいるようだった。

 

 

「ところでナタネさん、今日はお一人でこの森に?ジムはお休みなんですか?」

「ん?ううん、完全に休みってわけでもないよ。一応時間を決めて、それまでに戻ってくるって約束してから、ジムにいる皆に少しだけお留守番を頼んできたの。今日こそは、例の洋館に関する噂を確かめよう!と思って……で、ひとまず入口から様子を見ていたらさっきのゴーストが近寄ってきて、ね?余りに勢いがすごかったものだから、思わず頭が真っ白になった挙句、自分のポケモンを出すのも忘れてがむしゃらに逃げてきた、ってところだね。いやはや……恥ずかしながら、ジムリーダーとしては情けないところを見せてしまった」

 

 

そこまで言って苦笑いを零した彼女は、ふと私の隣で歩いていたゲッコウガの方をじっと見つめる。コリンクとモウカザルは移動時に一旦ボールへと戻したものの、また何かあった時でもすぐ動けるように、という理由から唯一戻らずにいたゲッコウガは、自分を見つめてくる彼女を何とも訝しげに見ていた。

 

 

「……もしかして、さっきのゴーストを止めてくれたのは君、なのかな?」

「気付いていたんですか?」

「いやあ、雰囲気的に?何だか貫禄あったからそうなのかな~って……それにしても、」

 

 

一歩踏み出した彼女はゲッコウガの目の前で止まると、真っ直ぐな眼差しで彼と、なぜか私を交互に見てから満足そうに頷いてみせる。

 

 

「うん。やっぱりいいねえ、君のその目!静かだけれど、奥底には煌めいているものがある。さしずめ、その正体は……」

『……、……余計なお世話だ』

「おっと、気に障ったのかな?じゃあその先は秘密ってことで」

 

 

少し気に食わなさそうに呟いたゲッコウガとは対照的に、ますますにこにこしているナタネさんはあっさり自分から引き下がると、再びモミさんとの会話に戻ってしまった。一体何だったんだろう、と疑問に思いながらゲッコウガを見てみると、ちょうど向こうも私を見ていたのか一瞬互いの視線が交わる。

 

 

(……そういえば、花畑では結局あれから寝かせてあげられなかったっけ)

 

 

ゲッコウガ自身はきっと気にしていないだろうけれど、クロガネジムでバッジを得てから大して彼を労われていなかったことを思い出す。だから自然と、私たちの前を歩く二人がこちらを見ていないことを確認しながら、私の口からは咄嗟にこんな言葉が出ていた。

 

 

「ねえ。ゲッコウガには欲しいものか、私にしてほしいことってある?」

『……また唐突な質問だな』

「そう?クロガネのジム戦に続いて、ソノオの花畑でも前に立ってくれていたでしょう?だから、出来る限りのことは叶えてあげたいなあ、と思って聞いてみたんだけれど」

『……、……』

「……なあに?そんなに考えこんじゃうくらい、実はたくさんあったの?」

 

 

冗談に近い私の発言を受けてなお、無言で深く考え込む彼との間に沈黙が流れる。けれども気まずいわけでもなく、むしろそれほどまでに考えているゲッコウガを微笑ましい気持ちで見守っていると、やがて彼からは返答、というより更なる問いかけを貰うこととなった。

 

 

『……それは、今すぐ、でなくとも構わないのか?』

「うん?決めきれないなら、決まった時に教えてくれてもいいよ」

『セツナに出来る限りのこと、だったら……何でも?』

「そうね。勿論、度を超えない程度に、という前提ありきだけれど」

『……、……分かった。だったら今は、敢えて何も言わないでおく』

「……あれ。まさか本当に、数が多かった感じ?」

『ふふっ……、さあ?精々、そこも含めて今後のお楽しみ、と言ったところだな』

 

 

ナタネさんに話しかけられた時とは打って変わり、若干機嫌が良くなったらしいゲッコウガはそれでも周囲の警戒を怠ることなく、こうして私の隣で歩いてくれている。……今は言わない、という返答を貰ってしまったばかりではあるが、こちらから膝枕させてあげるくらいなら今夜辺り提案してみても構わないだろうか。そんなことを考えながら、前を行く彼女たちに続いて更に森の奥へと進む。幸い、未だ雨が降ってくる気配はないようだ。

 

 

 

 

「さて、と……ここまで来れば、ハクタイシティはもうすぐそこ、なわけだけど」

 

 

そのまま暫く歩き続けて森の出口――もとい、洋館の手前辺りまで何事もなく辿り着くと、先導してくれていたナタネさんが私の方へと歩み寄る。

 

 

「……?」

「セツナさん、だったね。ここまで来る途中、モミさんから教えてもらったんだけれど……君、あの洋館について少なからず興味があるんだって?例の噂も、聞かされたところで余り怖がっていなかったそうだね」

「えっ、……ああ、はい。可能でしたら少し、調べてみたいことがありまして」

「ふ~ん、そうなんだ?」

 

 

まさか彼女たちが私のことを話していたとは露知らず、驚きながらも正直にナタネさんからの質問に答えると、彼女は尚も真正面から私を見つめ続ける。……調べたい、という発言から不審な印象でも持たれたのだろうか。そう考えると、これ以上自分から何か言うのは逆効果になってしまいそうで、思わず口を噤んだまま私も彼女を見つめ返す。しかし、そんな微妙な状況に耐えられなくなったのは意外にも、私より彼女の方が早かったようで。

 

 

「……ふふっ、あははっ!そんなに心配そうな顔しなくても、大丈夫だよ」

 

 

怖がらせちゃったのならごめんね?なんて言いつつ、にっこりと微笑んだ彼女は懐から何か取り出すと、丁寧に私の手を取った上で持たせてくれる。見るとそれは古びた質感の鍵であり、どうやら久しく使われた形跡がないように思えるものだった。

 

 

「そう。お察しの通り、これがあの洋館の鍵!本来なら、君がジムバッジを受け取ってから渡すべきものなのかもしれないけれど……そもそも、先にこちらが助けてもらっちゃったからね。それに、君は見たところ肝試しが目的の無謀且つ、やんちゃなトレーナーさんってわけじゃなさそうだし?だから今回、特別に貸してあげる。ただし、この鍵も一応私が管理しているものだから、うちのジムへ来た時に一旦返却してもらう条件付きではあるけれど……どうだろう?決して、悪い話ではないと思わない?」

 

 

言われたままに頷き、たどたどしくも彼女にお礼を伝えられたところで、それまで黙って成り行きを見守っていたモミさんがほっとした様子で口を開く。

 

 

「良かったわねえ、ナタネさん。あなたの苦手なお化け屋敷、きっとセツナさんたちだったらしっかりと見てきてくれるんじゃないかしら?」

「うっ……それ言っちゃうと、私が無理矢理押し付けた悪い人みたいになるような……?」

 

 

笑顔から一転、困惑した表情になったナタネさんのおかげで私たちの周囲にはやや和やかな空気に包まれる。しかしながら、実はゲッコウガの心中が全く穏やかではなかったことを、残念ながらこの時の私には知る由もなかった。




余り気にする方はいないかもしれませんが、念のために補足を一つ。
プラチナではハクタイジムのバッジ獲得後、ひでんわざの『いあいぎり』を使用することで例の洋館に出入り可能となりますが、この話では
「ナタネさんがハクタイシティのジムリーダーという立場から、洋館の鍵を管理している」
=「洋館に立ち入るには、彼女から許可を得た上で鍵を借りるor鍵を持った彼女に(少なくとも)洋館入口までついてきてもらわなければならない」
というところで、作者の独自設定が含まれています。

より現実的に考えれば、警察機関で管理されている可能性もありそうなところですが……。
ゲームでは彼女自身(お化けが怖いにもかかわらず)洋館を見にきていた描写があることだし、時にはこんな解釈もありかな?と思った作者が一応自分なりに考えてみた部分として見ていただけたら幸いです。

【手持ち紹介その4】コリンク ♀

Chapter.4から登場。
【さみしがり】な性格で少々内気。
ソノオタウンの花畑で生まれて以降、バトルとは無縁の穏やかな日々を送りながらも本当はトレーナーと旅することにずっと憧れ続けていた。
女の子らしく可愛いものや綺麗なものが大好き。

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