レゾンデートル   作:嶌しま

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月の光さえ届かない、しんと静まり返った館の扉は長い間まともに出入りした者がいなかった所為か、鈍い音を立てて閉まる。日が沈んで久しい時間帯、それもほぼ廃屋と化した建物で都合良く明かりがつくわけもなく、目の前に広がるのは当然真っ暗闇だけであった。だがそれも、セツナが持ってきていた懐中電灯という道具によって多少ましなものとなり、周囲を照らした彼女は二階の探索から始めていくことにしたらしい。玄関から入ってすぐ、右側の階段を選んだセツナ共々なるべく慎重に歩みを進めるも、不思議と他のポケモンが潜んでいる気配は感じられない。もしかすると、昼間俺たちが森で出くわしたゴーストと何らかの関係があったかもしれないが、正直セツナに何ともないならどうでも良かったので今は放置しておくことにする。それよりも、俺がさっきから気になっているのは――。

 

 

(意外だった。てっきり、もっと怖がるものかと思っていたんだが……)

 

 

ゴーストタイプのポケモンだけでなく、幽霊とやらが出るらしいと聞かされても尚怯えるどころか、平然とこの館に足を踏み入れた彼女はどうやら俺の予想以上に肝が据わっている人間だったようだ。そんな新しい発見について声を出さずに笑っていると、暗闇のおかげで俺が笑っていることに未だ気付けていないセツナは階段を上がりきった先、見えた扉を何の躊躇いもなく開けた。いくつかの本棚が雑然と並ぶだけのそこにも、やはりポケモンの姿は見当たらなかったが、それでも懐中電灯片手に彼女は部屋の隅へと歩いていく。

 

 

『……なあ、』

「ん?どうかした、ゲッコウガ?」

『こんなところで、セツナは一体何について調べたいんだ?』

 

 

館に入る前に聞きそびれたことを尋ねると、片隅に積まれていた一冊の古びた本を手に取った彼女は首を傾げながらも唸る。

 

 

「うーん……何て言えばいいのかな。敢えて表現するとしたら、痕跡、ってところかな?」

『痕跡?』

「そう。あるかもしれないし、ないかもしれない。はっきり言って……これから探そうとしている私の行動そのものが、きっと自己満足に過ぎないだろうね」

『……?探し物にしては、随分ぼんやりとした代物なんだな』

「ふふっ、だから言ったでしょう?敢えて表現するとしたら、って。ああ、ところでゲッコウガこそ、もしかしてこういうところは苦手だった?」

『……いや。別に得意、というわけでもないが。仮に俺を引っ込めてお前一人でここを調べさせる、なんて状況では万一何かあった場合、間に合わないかもしれないじゃないか。勿論、何もないに越したことはないが、こういう場所は奇襲にも絶好の機会だろうしな……まあ、警戒程度はしておいて損もあるまい』

 

 

内気なところがあるコリンクは言わずもがな、モウカザルとて好奇心旺盛と言えどこの不気味な雰囲気漂う館には自分から入りたくなさそうだった様子を思い出せば、幼さが残る彼らとの交代は少なくとも俺の中で有り得ない選択肢となっている。そこも踏まえて、この館にいる間はセツナを一人きりにさせる気がないということを伝えてやれば、僅かな明かりに照らされた彼女がいつの間にか微笑みを浮かべていたことに気付いてしまった。

 

 

『……、……どうした。俺は何か、おかしなことでも言っていたか?』

「ん?ううん、えっと……心配してもらえたみたいで、嬉しかったから。ありがとう。でも大丈夫、例え見つからなくても一通り確認したら、切りの良いところで帰るからね。だからもう少しだけ、私に付き合ってもらえたら嬉しいな」

 

 

ちょうど手に持っていた本に視線を落としたセツナは、一瞬驚いた表情を見せるもどこか懐かしそうな表情で、優しく本の表紙を撫でる。そこに何が書かれていたのか、生憎、ポケモンである俺にはちっとも分からなかったけれど。おそらくセツナの言う『痕跡』が存在する可能性が高いと判断した俺にはもう、無言で頷く以外に出来ることはなかったのだろう。

 

 

 

 

(もし、……もしも。俺が、人間の男だったなら、)

 

 

こんな場所まで、セツナと行動を共にする機会はそもそもなかったかもしれない、と二階の長い廊下を移動しながらも考える。

夜、異性の男と二人きりになる、ということについて。聡い彼女であればなるべく回避する道を選択しているだろう。自分がポケモンだからこそ、こうして信頼されて今セツナのすぐ傍にいられるという事実は確かに嬉しくもあったが――同時にほんの少しだけ、胸が痛むような何とも言えない感覚から逃げたくて、せめてもの足掻きに頭を振った。それでも彼女が人間で、俺がポケモンであるという現実は一切変わらないしこの先も変わるわけがない。正直、この暗闇に覆われた空間で、セツナが前を向いていてくれて助かった心地さえしてきた。昼間に見られていたなら、間違いなく彼女は俺のことを心配していたに違いないから。

 

 

『その部屋は見ておかなくていいのか?』

「うん。一応、ちゃんと見ておきたい部屋の目星は付いているから」

 

 

端の部屋から少しだけ扉を開けて中を覗くも、目当ての部屋ではなかったらしくその隣の扉に手をかけるセツナを見て思い起こされるのは、今日森で彼女から言われた『あのこと』に他ならない。

 

 

――ねえ。ゲッコウガには欲しいものか、私にしてほしいことってある?

 

 

(……、あんな風に、言われたら。期待してしまうのは、果たして俺だけなのだろうか)

 

 

唐突すぎた提案のおかげで、その時思わず黙りこくってしまった俺にたくさんあるのか、などと聞いてきた張本人はとても楽しそうに笑ってくれたが。答はむしろ、その逆である。俺が欲しいと思ったものは最初から、ただ一つだけしかない。

しかし、……仮に己の願いを口走ったところでセツナを混乱させてしまうのも想像に難くない。だからこそ、折角彼女から貰った貴重な機会を敢えてすぐに使わないことを選んだ。使うにしても、時と場合をよく見極めた上で――ただ、こうしてセツナの隣にいられるだけで十分なのだと、納得するに留めたことで今の俺と彼女の関係性に至るのだ。

 

 

「……あっ。この部屋、かも」

 

 

そうこうしている内に、とうとう目当ての部屋を見つけたらしいセツナが先に奥へと進み、そこに鎮座していたテレビの前へとしゃがみ込む。懐中電灯によって一瞬照らされた真っ暗な画面の向こうに、何かポケモンらしき影が見えて俺が身構えるよりも早く、室内は眩い光に満たされていた。

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