レゾンデートル   作:嶌しま

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――どうして、ボクはここにいるのかって?

――あの子を待っているんだよ。ここは、ボクとあの子が一緒に遊んだ、最後の場所だから。

――ボクが探している間にあの子が戻ってきて、行き違いになったら悲しいでしょう?

――それに、……外も、怖いから。

――ここを出て、もしも誰かに捕まえられたら二度とあの子に会えなくなるのが、一番怖い。

 

――……大丈夫。分かっているよ、ヒトはボクらより忙しい存在だと。

――もう大人になったあの子だって、きっと、今を生きるので精一杯だろうから。

――それでもいつか、あの子がボクを思い出してくれることをボクは今でも信じている。

――だって、どれだけ時が流れても。ボクとあの子は、ずっと、××××だもの。

――もう一度出会えたら……その時は、またボクと遊んでほしいなあ。ねえ、   。

 

 

 

 

「あっ……目が覚めた、かな?」

『……?』

「ゲッコウガ、気分はどう?大丈夫?」

 

 

突然の強烈な光に目が眩んだ自分は、どうやら今の今まで情けないことに気絶してしまっていたようだ。その証拠に、視界に映るのはどこか見覚えがある室内とセツナの心配そうな表情で、とりあえずここがもうあの館の中ではないということだけ一早く理解する。

 

 

『ここ、は……?』

「ハクタイシティのポケモンセンターだよ。ごめんね、流石に無理させすぎちゃったね」

 

 

その呟きに平気だ、と返そうとしたものの、自分の頭を優しく撫でている彼女の手が余りに心地良かったので、ついそのまま黙ってしまう。そうして少し落ち着きを取り戻したところで、漸くセツナに膝枕されている体勢で寝かされていたことにも気付いたが、どうやらこちらを気遣ってくれている彼女の厚意に敢えて甘んじることにした。力尽きるほどに疲弊したわけでもなかったが、この状態でセツナと視線を交わすのも、偶には悪くないものだ。

 

 

『そういえば、どうやってあの館から出てきたんだ?』

「ん?玄関まで直接案内してもらったの。あなたを気絶させちゃったお詫び、なんだって」

『……やはり、あの部屋に潜んでいたのはポケモンだったか』

「怒らないであげてね。向こうも、びっくりしただけで敵意はなかったそうだから」

 

 

(確かに、もしもあちらに敵意があったなら……俺とセツナは最悪、あの館で一晩過ごすことになっていたのかもしれない)

 

 

そんな想像をすれば今頃になって寒気がしてきたが、不覚にも気絶した自分はさておき、とりあえずセツナが無事で良かったと思うと自然に安堵の溜め息が出ていた。

 

 

『ところで、お前が探していた痕跡、とやらもそのポケモンに関することだったか?』

「……、うん」

『……その様子だと、どうやら捕まえてはこなかったみたいだが』

「うん。私はね、あの子に会えただけでもう、満足したから」

『そうか。まあ、それでお前の目的が達成されたのなら、俺にも特に文句はない』

 

 

本当は、なぜセツナがそうまでして調べようとしていたのか、元々の理由について全く興味がなかったわけでもない。おそらくこちらが尋ねさえすれば、可能な限り彼女なら答えてくれるだろう、という確信だって持っていた。けれども、今日一日俺とセツナがふたりで歩いた距離はそれなりであり、他の人目もない空間でやっと落ち着ける現状を思えば、そんな些細な疑問をぶつけるという行いさえ無粋な気がして。つまりは文句がない、なんて啖呵も既に切ってしまった手前、口を噤んだ俺はただ彼女からの温もりを享受するだけに留まる。

 

 

「もう夜も遅いし、明日の予定は一旦寝てから考えるとして……実は一つ、ゲッコウガにお願いしたいことがあるんだ。聞いてくれる?」

『お願い、だと?』

「うん。えっと、ゲッコウガはあの子以外のポケモンに出会わなかった、と思うんだけど」

『……?』

「その、ね?私、帰り際に幽霊っぽい人影を見掛けた気がして……今になって、一人で寝るのは怖くなってきた、というか……。それでまた、一緒に寝てくれないかなあ、と思って」

『……つまり。あの館へ乗り込んだ時の度胸もどこかに行ってしまった分、心細い、と?』

「そ、そうだけど!別に、そんなじっくり確かめるように言わなくてもいいんじゃない?」

 

 

先程まで俺を心配していた時の表情とは打って変わり、件の幽霊とやらを思い出したのか、若干涙目になっているセツナの年相応な姿に思わず笑ってしまう。それは決して、怖がっている彼女を馬鹿にしているからではなかったのだが、当の本人にはそれと然して変わらない反応をされたと思われてしまったようだ。鞄からタマゴを取り出したセツナは、やや恨めしそうに俺を見つめながらも腕に抱いたタマゴに頬を寄せる。……未だその中で眠っている存在が、もしも俺たちのこんなやりとりを聞いていたならどんな風に思ったのだろうか。ふと、そんなことが気になってしまった。

 

 

『……く、くくっ。悪い、な。俺はてっきり、あの時何ともなさそうな顔をしていたから。お前は元々、こういったものが平気な性分、なのかと……』

「……もう。その表情、絶対悪い、なんて思ってないよね?ゲッコウガが駄目なら、今夜はコリンクにお願いしてみようかなあ……」

 

 

若干拗ねた様子でそんなことを呟くセツナは、続いてコリンクが入っていると思われるボールにも触れようとしていたが、結局その手が届くことはなかった。なぜならば、途中で俺の手が彼女の腕を軽く掴んだことにより、行動そのものを阻止されてしまったからだ。

 

 

『まあ待て。誰も嫌だ、とは言ってないだろう?』

「?そうだけど……あなたには今日も頑張ってもらった分、ゆっくり休んでほしいし」

『今回は思わぬところで不覚を取ったが、俺にとってはこの程度、本来何てこともないんだ。それにゆっくり休むべきなのは、お前にも言えることだ。それほどに闇が怖いと言うのならば……、……望み通り、一緒に、寝てやってもいい』

 

 

照れくささゆえに少々言葉が詰まってしまったが、セツナはそんな俺を気にも留めず、普段と何ら変わりない笑顔で頷く。その微笑みを間近で見て、改めて彼女の身を脅かす事態が起きなかったことに俺が安堵していたなんて――本人は、ちっとも想像していないだろうけれど。不思議と、今の自分たちはこのくらいの気安さがちょうど良いのだろう、とも思えた。

 

 

「ふふっ……やっぱり、ゲッコウガがいてくれると、頼もしいね」

 

 

間にタマゴを挟んだ状態で、俺と彼女は再びともに寝そべる。万一寝ている間に潰してしまわないだろうか、という空恐ろしい可能性を一瞬考えてしまったが、それもタマゴを優しく撫でるセツナを見ていれば無用な心配でしかなさそうだ。

 

 

『さあ、安心して休むといい。万一何かが現れようと、その時は俺が返り討ちにするだけだ』

「……お願いだから、ゲッコウガも今夜はちゃんと休んでね?」

 

 

じっ、と訴えかけるようなセツナの真っ直ぐな眼差しに、思わず息を呑む。

 

 

『……まあ、……善処、はする』

「だーめ。ちゃんと約束して?」

 

 

苦し紛れに答えたこちらの返事さえ、無防備な彼女はいつも難なく受け取ってしまうものだから。全く以て、この世はままならないものである。おそらく、いや間違いなく今夜も眠りに落ちるまで相当の時間がかかるだろうことを察し、溜め息を吐いていた俺は決して悪くなかった……と、思いたい。

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