レゾンデートル   作:嶌しま

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いつの間にかお気に入り登録が100件超えていたことにとてもびびった作者です。
評価もありがとうございます!
今回~次回は025(クロガネジム)以来のジム戦です。
タイプ相性上、モウカザル主役回になりそうですが果たして、すんなりと進むかどうか。
展開含め、楽しんでいただけたら幸いです。


Chapter.6 誰かが月を射らねばならない
037


しとしとと、朝から小雨が降っているハクタイシティの町並みを眺めながらジムまでの道のりを歩む。あの洋館を出てから昨夜、ポケモンセンターに辿り着いた際はすぐ真後ろの位置にギンガ団のビルがあったことに少なからず驚いてしまったが、流石に雨の中でも立ち尽くしている団員は現在見当たらないようだ。それどころか、この雨のおかげで自分以外に出歩いている人がいない光景にどことなく安堵する。

ソノオタウンの花畑では、コリンクを助けるために止むを得ずギンガ団のしたっぱたちとバトルすることになってしまったが、あの時は相手が二人だけだったために私も大して恐怖を覚えていなかった。しかし、よく考えてみればあんな大きさのビルも建つ程度にギンガ団の構成員が多く存在するならば、これからは極力目立つ行動を避けた方が良いのかもしれない。勿論、私について来てくれたゲッコウガたちを信じていないわけではないが――万一、ギンガ団のポケモンたちに周囲を囲まれて逃げ道を失った場合、トレーナーになったばかりの自分に未だその状況を打破出来る判断力があるとは言い難い。それに、彼らにも無用な争いを経験させたいとは露ほども思っていない。この考え自体、或いは生温いものかもしれないが、他者との対立自体避けるに越したことはないはずだ。そんなことを一人で考えながら歩き続けていると、いつの間にか今回の目的地であるハクタイジムへと到着していた。

 

 

 

 

「……やあ、昨日振り。君ならきっと、ここまで辿り着くと信じていたよ」

 

 

ハクタイジム内にいるトレーナーたちとのバトルも終え、一番奥まで進んでいくと笑顔でこちらを見据えていたナタネさんと再会する。外では未だ雨が降っていたが、草タイプのジムだからか室内は緑が多いこともあり、和やかな雰囲気につい気も緩んでしまいそうだ。

 

 

「その様子だと、どうやら納得いくまで調べられたみたいだね」

「ええ。昨日は、快く鍵を貸してくださってありがとうございました」

「どういたしまして!それで、ええっと……肝心の幽霊、はどうだったかな……?」

 

 

借りていた洋館の鍵を返却すると、笑顔から一転、やや不安そうな表情でこちらを窺っているナタネさんに何と答えるべきか少しだけ悩んでしまう。けれど、私は別に彼女を怖がらせたくてここに来たわけではないので、とりあえず不要な情報は省いた上で昨夜分かったことを伝えるだけに留めておいた。

 

 

「私が見た限り、あの場所はゴーストタイプのポケモンにとって大事な住処となっているようなので、これまで通りそっとしておくのが賢明かと思います。もし興味本位で侵入した人がいたとして……その時は、仮に何が起きても自己責任、としか言えないでしょうね」

「つまり、こっちが余計なちょっかいをかけない限りは、向こうからも手を出してくることがない、って認識でいいのかな?」

「まあ……そんな感じ、ですね」

「そっかあ、なるほどね。ポケモンの住処になっちゃっているのなら、今後も私は見守るに徹するだけで良さそうだ。今更だけど、見てきてくれてありがとう!本当に助かったよ!」

 

 

こちらの話を聞いたことで、どうやら憂いが晴れたらしいナタネさんは徐に私の手を握ると、嬉しそうに何度か頷いてみせる。本当は、……ゲッコウガにも言ったように幽霊に似た人影を見掛けたので、もしかすると本物の幽霊が未だ潜んでいる可能性はゼロだと言い切れなかったのだが。わざわざ蒸し返すべき話題でもないので、敢えて無言のまま握手に応えた私のこの真意に幸い、上機嫌な彼女が今のところ気付く気配はなさそうだ。

 

 

「さて、と。雨が降る中、ここまで足を運んできてくれたそのお礼も兼ねて、早速バトルといこうか。あっ、ところでそっちの準備はもう万端かな?」

「はい。宜しくお願いします」

「それは良かった!実は君とのバトル、私も昨日から楽しみにしていたんだよね~。だからこそ、今日は全力でお相手させてもらうよ!」

 

 

にこにこと微笑みながらも、その実眼差しに力が入っていたナタネさんは握っていた私の手から離れた後、審判役のトレーナーも呼び寄せてバトルの準備へと移る。そんな彼女といい、以前立ち寄ったクロガネジムのヒョウタさんといい、この世界のジムリーダーを務める人々は今更ながら皆しっかりしていることに感心する。……前世で彼らの年代だった頃、自分もこんなにしっかりしていたか、と聞かれたら正直余り自信がない。ポケモンが傍に居る、という環境そのものによる違いも当然あるだろうが、それにしてもかっこいいなと思う。

 

 

「そうそう、始める前に一応ルール確認しておきましょうか。まず、使用ポケモンは君の所持数に合わせてこちらも三体、で行わせてもらうね。お互いにバトル中の回復薬は使用不可、ポケモン一体につき使用するわざは最大四つまで!それと、挑戦者側はポケモンの入れ替えが可能な点も他のジムと共通だけど……ここでは、審判から声がかからない限り特に回数制限は設けていないわ。つまり、入れ替え自体を利用した余程めちゃくちゃな戦術を用いるってわけでもなければ、タイミングを見て自由にしてもらって構わない、ってところね」

 

 

大体はクロガネジムの時と大差のない説明を聞きながら、入れ替えの回数に対して細かく制限があるかどうかは各ジムリーダーの個人的判断に委ねられているのかもしれない、ということを念のため頭の片隅に入れておく。今後役に立つか分からない情報だが、トレーナー同士で行われる比較的自由度が高いバトルとは異なり、ある程度のルールが設けられたジム戦に慣れるためにも思考することに決して損はないはずだから。

 

 

「外は生憎の雨模様だけど……そんなの忘れちゃうくらい、楽しいバトルにしましょう?さあ、私の一番手はあなたよ!ナエトル!」

「行っておいで、モウカザル!」

 

 

確認も済んだところで、随分と楽しそうなナタネさんの一声をきっかけにとうとうハクタイジムでのバトルが始まる。暫く会っていないが、彼女の一番手はジュンの最初のポケモンでもあるナエトルに対し、こちらはモウカザルに出てもらった。相手がどんなわざを指示してくるのか分からないが、まずは様子見も兼ねてこちらから近付くのは控えることにする。

 

 

「モウカザル、『ひのこ』!」

「うん、当然炎タイプのわざで来るでしょうね。でも……ナエトル、『こらえる』よ!」

 

 

草タイプにとって、効果が『ばつぐん』だった炎タイプのわざを受けても尚、彼女の指示を受けたナエトルが未だ倒れることはない。しかし全くの無傷、というわけでもなく、むしろナエトル自身は気合でどうにか立ち続けているように見えた。

 

 

「あと少しだけ頑張って!『にほんばれ』!」

 

 

外の雨にも関わらず、ナエトルの『にほんばれ』によって私たちの周囲だけが僅かに明るさを取り戻したが、私はこのタイミングで『にほんばれ』を指示した彼女に対する違和感を拭えずにいた。陽射しも強くなるこのわざを使えば、炎タイプのわざの威力も上げられる。それを、よりにもよって草タイプのジムリーダーである彼女が知らないはずもないのだが――敢えて指示してきた、となればそうするに値する大事な理由があるのだろう。だが、今は一旦理由を気にせず、まずは彼女の策略そのものをこちらでも利用させてもらう。

 

 

「モウカザル、チャンスよ!ナエトルに『かえんぐるま』!」

 

 

私の指示を聞き、すぐさま駆け出していったモウカザルの『かえんぐるま』が直撃したことによって、ナエトルは目を回しながらも倒れる。そんなナエトルを静かにボールへ戻したナタネさんは、特別傷ついた表情を浮かべているわけでもなかったが、代わりに真剣な眼差しが私とモウカザルを真っ直ぐに見つめていた。

 

 

「『にほんばれ』の効果もあるんでしょうけれど、その子の炎、なかなかに強力ね。気を引き締めて……次はあなたよ、チェリム!」

 

 

ナエトルの代わりに放たれたボールから、つぼみのような姿のチェリムが出てくる。しかし、今も『にほんばれ』の効果によって降り注いでいた強い陽射しを受けた瞬間、そのポケモンはまるで花が開くように華やかな姿へと変じ、見ていた私とモウカザルの両方を驚かせた。

 

 

「驚いているみたいだけど、余所見していていいのかしら?チェリム、『ソーラービーム』!」

「しまった……、モウカザル!」

 

 

私が指示を出すより早く、チェリムから放たれた『ソーラービーム』は容赦なくモウカザルへと注がれると、勢いに耐えきれなかった彼の体が容易く宙を舞っていた。思わず悲鳴を上げそうになるが、モウカザル自身は器用に体勢を整えると再びチェリムと真っ向から対峙する。相性上は『いまひとつ』とされていても、『ソーラービーム』は草タイプのわざの中でも特に威力の高いわざだったはずだ。炎タイプのモウカザルでも、受け止めるにはきついわざだったと思う。迂闊だった。天候の操作と組み合わせて使用するわざの脅威を、すっかり忘れきっていた自分自身に歯痒く思うが、それよりずっとモウカザルの状態が気に掛かる。

 

 

「……解説させてもらうと、チェリムはね、天気によって晴れの時ならつぼみが開いた状態、それ以外の天気ではつぼみが閉じた状態になるの。更に、『フラワーギフト』という特性も合わさってとっても可愛くなるから、まさに『にほんばれ』さまさま、ってところかな?」

 

 

ナタネさんの解説に耳を傾けながらも、私はモウカザルの背中から決して目を離さない。

 

 

「モウカザル、大丈夫?」

『うん。大丈夫。僕はまだ、平気!』

 

 

声を潜めて尋ねた私に対し、当のモウカザルはこちらに振り返ると、力強く相槌を打ってくれる。その姿に、私は思い出す。反省は後でいくらだって出来る。けれど、モウカザルと如何に目の前のバトルを乗り越えるか――それは、今この時にしか出来ないということを。

 

 

「……なら、もう一度『かえんぐるま』をお願い!」

「チェリム、“いつも通り”でいこう!『しんぴのまもり』!」

 

 

ナエトルと同じく、『にほんばれ』によって強化されたモウカザルの攻撃を受けたチェリムもゆっくりと地面に倒れていったが、それで安心するにはむしろ早すぎることを私とモウカザルはともに理解する。なぜなら、最後の三体目であるそのポケモンこそ、挑戦者である私たちにとって間違いなく強敵と思われる存在だからだ。

 

 

「これで、当分状態異常は防げるはず。その炎は確かに脅威だけど、俄然やる気が出てきたわ……私たちだって、まだ終わってはいない。待たせたわね、出番よ!ロズレイド!」


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