ナタネさんのポケモンで倒れていないのは、今私たちの目の前に佇んでいるロズレイド一体のみとなった。
対して私の手持ちは三体とも健在だが、タイプの相性で有利なモウカザルがチェリムの『ソーラービーム』で少なからず体力を消耗していることを考えれば、ロズレイドとのバトルを長引かせるのは決して得策だとは言えないだろう。モウカザル自身の状態にもよるが、もしかすると土壇場でゲッコウガの『あのわざ』に頼ることになるかもしれない。何にせよ、相手側が最後の一体という状況だからこそ、これまで以上に用心して臨んだ方が良さそうだ。
「あらあら、さっきまでの勢いはどうしたのかしら?何だか悩んでいるみたいだけど……そっちが来ないなら、遠慮なく行かせてもらうわよ?ロズレイド、『まもる』!」
「(!)モウカザル、行ってみましょう!『フェイント』で攻撃!」
「何っ?!」
こちらが考えていた隙を突かれ、先んじて展開されていた『まもる』は生憎『フェイント』によって無効化されるとともに、ロズレイドへのダメージも与える。『フェイント』自体はノーマルタイプのわざであるため『ばつぐん』の効果を与えられなかったが、それでもこのわざが成功した、という事実は私とモウカザル両方に一種の高揚感を齎していた。しかし、そうして私たちが喜んでいる束の間でも、ジムリーダーたる彼女は決して対処を怠らない。
「まあ、それもそうか……炎タイプ以外のわざも、選択肢にあって当然だよね。でも、こんなに近付いてくれたのはこちらにとっても好都合!ロズレイド、『しびれごな』だ!」
『ぐっ……!』
「モウカザル!」
「この至近距離で浴びる『しびれごな』を避けるのは、なかなか難しい芸当だろうね。さあ、続けていこう!『どくづき』!」
互いの距離が近付いたことを利用し、ロズレイドから『しびれごな』を浴びせられたモウカザルは咄嗟に避けることも叶わず、どうやらまひ状態に陥ってしまったようだった。それから休む間もなく、更に容赦のないロズレイドの『どくづき』も迫ってくるが、ただでさえ体が痺れて動けないモウカザルには回避行動を取ることさえ出来ない。結果として、『どくづき』を受けてより苦しむモウカザルの姿を目の当たりにすることとなった私は再び声を上げそうになるが、それを堪えながらも必死でどうすべきかを考える。
(ルール上、回復薬は使えないし、モウカザル自身が状態異常を治すようなわざは覚えていない。自力回復もまず難しそうだし、このままロズレイドの『どくづき』を受け続けていたら今度はどく状態になってしまう可能性だって十分に有り得る……だったら、私は)
「モウカザル、……初めてのジム戦で、よく頑張ったね。ありがとう。ゆっくり休んでいて」
これ以上の無理はさせられないと判断し、未だまひ状態にあったモウカザルを一旦ボールへと戻す。タイプ相性では不利、という共通点こそあるが、バトルの経験が他の二体と比べて格段に少ないコリンクは元々今回のジム戦を休んでもらおうと考えていた。だから、モウカザルの次に私がこの場で出すポケモンといったら――彼以外には、有り得ない。
「行くよ、ゲッコウガ!」
気を取り直し、モウカザルに代わって今度はゲッコウガのボールを手に取ると、臆することなく姿を現したゲッコウガがこちらに背を向けた状態で佇む。昨日話しかけた時の内容を覚えていたからだろうか、ナタネさんはそんな彼を見るなり随分と嬉しそうに微笑んだ。
「うん、昨日も見ていて思ったんだけれど……やっぱり、素敵なポケモンだね。その強い眼差しから、君のことを強く信頼しているんだってこと、こっちにもよく伝わってくる!」
「……、ありがとう、ございます。そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
「ふふふ。ロズレイドも、そんな君たちが自分の相手になると知ったから、かな?いつも以上に張り切っているみたい!」
思わぬところでナタネさんの発言を受け、たどたどしくお礼を伝えながら気恥ずかしくなってきそうな気持ちを今はどうにか鎮める。ここからは背中しか見えないが、ゲッコウガが自分を信じている、という言葉はモウカザルのことで気落ちしそうになっていた自分の心へ波紋のように広がっていくような気がした。そうだ、私を信じてくれる存在がいるのなら落ち込んでいる暇なんてない。私もまた、ここから報いなければ。
「よ~し、いい感じにお互い戦意も高まってきたところで、バトル再開だね。それじゃあロズレイド、早速彼にも『しびれごな』をお見舞いしてあげて!」
「ゲッコウガ、『みずのはどう』で防御!」
再びロズレイドから放たれた『しびれごな』を、こちらも今度はただ受けるのではなくわざを出すことで相殺させる。まひ状態を狙って振り撒かれた『しびれごな』は、ゲッコウガの周囲を包むように展開された多量の水滴とぶつかり合うことで十全な効果を発揮させるに至らず、その粉末は私たちの視界から溶けるかのように消えていった。
「おっと、防がれちゃったか。仕方ない、それならもう一度『どくづき』だ!」
『みずのはどう』によって防がれてしまったために、モウカザルの時と同じく『しびれごな』でまひ状態にさせるのは難しい、と判断した彼女は即座に次の指示を伝える。無論私もゲッコウガへ指示するわざについて考えるが、ふと走り寄るロズレイドの片手に括りつける形で持たせられていたとあるものを見つけた時、敢えて無謀とも思われる言葉を口にした。
「……ごめん、ゲッコウガ!そのまま“わざを受けて”!」
攻撃でも、防御でも、まして現在の状況に何らかの変化を齎すでもなく。傍目から見ればきっと滑稽だった指示をされても、ゲッコウガは動じることなく私の言われたとおりにロズレイドの『どくづき』を受ける。一方、攻撃を指示したナタネさん本人はといえば驚いた表情で私の方を見つめてきたが、私自身は自棄になったわけでも、勝負を諦めたわけでもない。
「この近さだったら、あなたにも見えるかな?そう、そこで『どろぼう』よ!」
『どくづき』を放つため間近まで接近されたことを逆に利用し、それまでロズレイドが片手に隠し持っていた“オボンのみ”を奪いとることに成功したゲッコウガは、私が言うまでもなく一口できのみを平らげる。もしもロズレイドが『まもる』を使用していたら、『どろぼう』自体を無効化されてしまう可能性もあったので今更ながら危なっかしい作戦であったが、あちらに回復の手段が残された上で長期戦に持ち込まれるのを避けるためにもある程度、ナタネさんの注意を私の言動で引き付けておく必要があった。
(……そのために、ゲッコウガにも無理をさせたところはトレーナーとして褒められたものではないでしょうけれど)
反省と、彼に対する労いはこの勝負が終わった後で存分に行うことを己の胸に刻み込みながらも、今はただ対峙する彼らを見据えることに集中する。
「……なるほど。ロズレイドに持たせておいたきのみを奪うことで、受けたダメージ分は回復出来ると見込んだからこその指示、か。やれやれ、まんまと利用されちゃったね」
よろけたロズレイドが体勢を整えるところを後ろで見守っていたナタネさんの目に、少なくとも怒りや焦りといった感情は見られない。その代わり、笑みを浮かべながらもいつしか真剣な眼差しを携えた彼女もまた、私とその前に立つゲッコウガを真っ直ぐ見据えている。
「奪われちゃったのは残念だけれど、それで決定打となるダメージを与えられたわけでもない。ロズレイド、下手な小細工はなしでいこう!全力で『マジカルリーフ』!」
これまで以上に声を張り上げたナタネさんの指示により、まさに気合を籠めた『マジカルリーフ』がロズレイドから放たれる。相手を追跡する上、攻撃は必ず命中するわざから逃れる手段なんて都合良く見つかりはしなかったが、相手からわざを仕掛けられたこの瞬間はむしろ、私たちにとっても好機であった。
「ゲッコウガ、ロズレイドに向かって走って!」
「(あの子の『マジカルリーフ』を受けながら、怯んでいない?!何て、タフなんだ……!)」
本来ならば、効果が『ばつぐん』である草タイプのわざを受けてゲッコウガが何の痛みも感じていないはずがない。しかし、それでも私が何を伝えたかったのかおそらくは察していたのだろう、彼はやはり文句の一言も零さずロズレイドの元へと駆けていく。『まもる』で防御されてしまうよりずっと早く、それこそあっという間に距離を縮めながらも『マジカルリーフ』で傷ついたゲッコウガの頼もしい背中に向けて――私もまた、形振り構わず声を上げた。
「ナタネさん、私たちも全力で行かせてもらいます……!ゲッコウガ、『れいとうパンチ』!」
瞬く間に冷気を纏ったゲッコウガの拳から渾身の『れいとうパンチ』が放たれ、明らかに動揺を隠せない様子だったロズレイドとぶつかり合う。『まもる』を発動出来ずとも、せめて少しでも自分の身を護るべく両手を前に出したロズレイドにはその勢いを抑えることさえ能わず。
結果として、『れいとうパンチ』を真正面から受ける羽目となったロズレイドは、すっかり目を回した状態でナタネさんの足元まで盛大に吹き飛ばされていたのだった。
〆はゲッコウガに決めてもらう形で、何とかハクタイジム戦も終了。
わりと大真面目にナタネさんの手持ちを変更してみようか悩んだのですが、元々作者が戦闘描写大の苦手マンということもあり、結局原作同様の手持ちで落ち着きました。
ただし、使用するわざ(特にロズレイド)は原作からかなり改変させていただきましたが。
ちなみにジムリーダーの手持ち変更は、後々別のジムでやる可能性が高いです。
具体的にいうと、マキシマム仮面(の手持ち)VSゲッコウガによる、漢と漢の熱い真剣勝負はいっぺん書いてみたいな~なんて夢を見ています。
……しかし、両者の対峙を想像するだけで、暑苦しい空気になりそう(;´・ω・)