レゾンデートル   作:嶌しま

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「……お疲れさま。真っ直ぐにぶつかりあう、実に清々しいバトルだったよ!」

 

 

気絶したロズレイドをボールに戻したナタネさんの発言には、負けたトレーナーとしての悔しさではなく、こちらを労わりながらも互いの健闘を称えるジムリーダーとしての意思が多分に込められていた。その言葉を受けて、彼女とのバトルが終わったことを今になって実感出来た私は漸く、ゲッコウガの隣まで歩み寄る。未だしっかりと立ってはいるが、思い返せばこちらが出した無茶な指示に何度も従ってくれた反動か、流石に疲れを隠せない様子のゲッコウガを見ていると心の奥底がじくりと痛んだ。バトルの最中、モウカザルがわざを受けて傷つく場面を見たこともあり、気を抜けばこの場でうっかり泣いてしまいそうな勢いだ。そんな苦々しい痛みを必死に抑えていると、見かねたゲッコウガが私の頭を軽く撫でた後で自らボールの中へと戻っていく。……この一瞬、トレーナーとして私もまだまだであることを痛感させられたが、同時に優しい彼への感謝も改めて募らせることとなった。

 

 

「さて、お節介ながら次に向かうジムのアドバイスとして……順当なのは、ヨスガシティのヨスガジム、と言っておこうかな。キッサキジムも近いけれど、あそこへ行くにはテンガン山と216番から217番にかけての雪深い道路もあるから、準備に万全を期してからの方がいいと思うね。シンオウの中でも、特に寒いし。ただ、ヨスガジムのジムリーダーは時々コンテストに出ているから、その関係で何日間かジムを空ける場合もある。そんな時は212番道路の先にあるノモセジムか、更に遠いけどいっそトバリジムまで行くのもありかも。ノモセには大湿原があるし、トバリならデパートやゲームコーナーもあるから……きっと、どちらに行っても暫くは楽しめるんじゃない?」

 

 

フォレストバッジと『いあいぎり』のひでんマシンを渡した後、親切に他のジムに関する情報も教えてくれたナタネさんへ十分お礼を伝えてから、ハクタイジムの入口に向かう。今回バトルに出なかったコリンクはともかく、まずはモウカザルとゲッコウガにゆっくりと休んでもらうことが必要だ。外に出れば、相変わらず小雨が降り続けていたがそう考えた私は雨も気にせず、真っ先にポケモンセンターの方角まで走った。

 

 

 

 

「あっ、お姉ちゃん!」

 

 

ポケモンセンターに着いてすぐ、彼らのボールを預けて一息ついていると少々懐かしく感じる声に呼び止められる。てっきりこの雨の中、わざわざハクタイの森を抜けてきたのかと思ったが、何日か振りに会えた妹のヒカリはどうも違うルートを辿ってきたようだ。

 

 

「クロガネシティから207番道路の方に向かってみたら、サイクリングロード付近限定で誰でも使える貸出自転車があってね。ハクタイシティ側の、サイクリングロードの入口にもいくつか置かれてあったよ!」

 

 

かつての知識に従い、少なくとも自力で自転車が手に入るまでクロガネシティからハクタイシティには行けないと思い込んでいたのだが、実際はソノオタウンとハクタイの森を経由せずともここには辿り着けたらしい。ただ、私の場合は元々ソノオタウンの花畑とあの洋館にも行ってみたいと考えていたので、実質遠回りをしたことについての後悔はない。ポケモンセンターのロビーで、適当に飲み物を飲みながらこれまでのヒカリの道中も聞いたところ、彼女自身も既に様々な経験をしてきたという。ちなみに私と別れてから、ヒカリがいざクロガネシティへ向かおうとした折、ちょうどナナカマド博士に言いがかりをつけていたギンガ団のしたっぱたちもコウキ君と二人で撃退してきたらしい。……姉としては、なるべく無茶をしないでほしいものだが。かくいう自分も、ソノオタウンの花畑でヒカリと似たような事態に見舞われたことを思い出すと、残念ながら強く注意することは出来なかった。

 

 

「本当は、サイクリングロードの下にある噂の洞窟にも行ってみたかったけれど……そっちは、天気が回復した頃に改めて行こうかと思って。それで、ハクタイシティに来たんだ」

 

 

噂の洞窟、の噂とは一体何を指していたのか。最初は分からなかったが、にこにこと笑みを浮かべているヒカリを観察していればその内、自ずとあることに思い当たる。

 

 

「そういえば、……ヒカリは昔から、シロナさんの大ファンだったものね」

「うん!シロナさんとガブリアス、テレビで見てからずっとかっこいいな~って思って!だから私も、いつかトレーナーになったら一度はフカマルを育ててみたかったの!」

 

 

ヒカリは私が知る限り、コンテストにも多少興味を持っていたが、そのコンテスト以上に興味津々なのは専らこの地方における現チャンピオンとそのポケモンたちのことであった。家で過ごしている時も、時折テレビでチャンピオンのバトルが放送された場合には毎回欠かさず録画を行い、そうしてきらきらとした眼差しで彼らの雄姿を見つめるのが日課となっていたことを思い出す。

 

 

(確かここで、彼女にも出会えたはずだけれど……ヒカリ、喜びすぎて卒倒しないかしら)

 

 

大分朧気になりつつあるが、単に遭遇するだけでなくハクタイのジムバッジを得た後には彼女からポケモンのタマゴを託されるイベントもあった、ように思う。その時、彼女の大ファンだと自他ともに認めるヒカリは果たして大丈夫だろうか、と聊か失礼なことを想像していると、ポケモンセンターに一人の男性が入ってきた。茶色のトレンチコートを身に纏った彼は、一通り周囲を見回して私たちを見つけると、なぜかこちらの方へと歩いてくる。

 

 

「?」

「……その白髪。君は、もしや……?」

「あっ、コトブキで見かけた変なおじさんだ~」

「むむっ?!私は変なおじさん、ではないぞ!世界を股に掛ける国際警察、ハンサムだ!」

 

 

面識がない相手だったのでひとまず様子を窺っていると、何とも率直な呼び方をしたヒカリに向き直った彼が呆気なく自身の正体を告げる。……何とも元気よく発言してくれた彼には悪いが、自らをハンサム、と名乗るのはたとえコードネームだとしても大人の男性としてどうなのだろうか。とはいえ、子ども相手でも臆せず自己紹介している辺り、おそらく悪い人物ではないのだろうが。

 

 

「ところで、……万一、人違いだったら申し訳ないのだが。君はもしかして、ソノオタウンに現れたギンガ団を食い止めたトレーナーではないだろうか?」

「……、……あれを食い止めた、と言っていいものかどうか迷いますが。確かに、ギンガ団の人たちと遭遇はしました。ただ、最終的に彼らを連行したのはあの町のジュンサーさんであって、私はむしろその場に居合わせていただけ、とも思えますね」

「ああ、突然不躾な質問をしてすまない。実は、ソノオタウンの花畑で君に大変感謝していた老人を見掛けたものでね。私もギンガ団の動向を探っているのだが、何はともあれ、善良なトレーナーがいてくれて本当に良かった、と個人的に思っていただけなんだ」

 

 

そのことを伝えたかった、と告げた彼に僅かでも警戒してしまったことを申し訳なく思ったが、彼はそんな私を気にも留めずまたすらすらと言葉を語る。

 

 

「このハクタイシティには、ギンガ団の所有するビルがあるだろう?私はこれから、そこへ情報収集も兼ねてちょっと潜入するつもりだ……おっと、国際警察の私は何を隠そう、変装が大の得意だからね。無論、君たちの心配は無用だとも。

残念ながら、未だ連中の目的そのものが掴めない手前何とも言い難いが……極力、ギンガ団の奴等に絡まれないよう、注意することだ。君たちにポケモンがついているのと同じように、奴等もまたポケモンを連れている。ポケモンがいるとはいえ、大人と子ども、という視点でみれば単純に力の差があるからね。なるべく人気の少ない道や夜の移動を避けるだけでも、自分の身を護る一歩に繋がる、と私は思うぞ!」

 

 

そこまで言い切った彼は、私とヒカリの返事も待たずさながら嵐のようにポケモンセンターを去ってしまう。結局、ポケモンの回復もしないままでギンガ団のテリトリーに向かった彼が、なぜここに訪れたのか理解が及ばなかったが、彼の背中を見送るヒカリはぽつりと、ただ一言呟いた。

 

 

「やっぱり変、というか……何だか、愉快なおじさんだったね?忠告はありがたいけれど」

 

 

……子どもの目とは、どんな世界であろうと斯くも厳しいものらしい。


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