レゾンデートル   作:嶌しま

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満を持してあのお方が登場。
また、終盤では036.5にも出てきたある人物の一端が判明致します。
真相が明かされるのはまだまだ先のことになりますが、『その時』がある意味彼女の精神にとって最大の山場となるかもしれません。
なお、このお話は元々ゲッコウガとのハピエン仕様につきご安心ください。

……最も、エンディングまでずっとハッピー、とは限りませんが。


040

ヒカリや自らをハンサムと名乗る彼に出会った後、ポケモンセンターでゆっくり休息をとった私たちは天気が回復してきたこともあり、翌朝ヨスガシティに向けて出発する。ヒカリの助言通り、サイクリングロード入口付近に置かれていた貸出自転車に乗ってクロガネシティ方面へ下っていけば、あとは207番から208番道路にかけて真っ直ぐ歩いていくだけなので然程時間もかからないはずだった。サイクリングロード真下にはヒカリが行きたがっていた洞窟も存在する206番道路が広がっていたが、私は彼女ほどフカマルを捕獲したいという気持ちが強くなかったこともあり、今回敢えてそこに立ち寄るのは見送った。元々急ぎの旅ではないが、ヨスガジムのジムリーダーに近々ジムを空ける予定があるのか、そちらの情報を確認してからでも寄り道は可能だと考えていたからだ。しかし、今になってむしろ寄り道しておくべきだったのかもしれない、なんて無駄な後悔をしている。その理由は、私の目の前に存在する『ある人物』とここで遭遇してしまったことにある。

 

 

「……君は、世界の始まりを知っているか?」

 

 

想定外の遭遇で動揺する私を他所に――アカギはただ、静かな口調で語りかける。

気にしていないのか、或いはテンガン山内部におけるこの薄暗い空間ゆえにそもそも私の様子に気付いていなかっただけかもしれないが、少なくとも未だあちらからの敵意は感じない。安堵するには早すぎるが、同時に彼の前で取り乱すのも極力避けるべきである、と直感した私は未だ一言も口を挟まず、彼が語る内容を聴き取ることだけに集中していた。

 

 

「このテンガン山は、シンオウ地方始まりの場所。そういう説もあるそうだ。出来たばかりの世界では、争いごとなどなかったはず……だが、どうだ?人々の心、というものが不完全であるために皆争い、世界は駄目になっている……実に愚かな話だ……」

 

 

周囲が薄暗いこともあり、彼がその言葉通り世界の現状を憂いていたのかどうか、表情もよく見えなかった私には分からない。ただ、生前の記憶に誤りがなければ、ここで出会った時点でバトルすることはなかったはずだ。この一方的な会話が終わったら、彼は一人何処かへ去っていくばかりだと――そう信じきっていた私に対し、現実は、その結末さえも覆す。

 

 

「……、折角の機会だ。ここで一つ、与太話でもしてやろう」

 

 

相変わらず敵意は向けられていない代わり、話が“続いてしまった”ことにいよいよ驚きを隠せない。テンガン山に生息するポケモンたちもちょうど近くにいなかったのか、おかげでこちらが息を呑んだ音もアカギには聞こえてしまったようだ。覚えていたかつての結末が、その記憶通り上手くいくとは限らないと考えることもあった。だが、あくまでも考えるだけだったがために、何とも言えない恐怖で身が竦む。

これから一体、何が始まるというのだろう。

 

 

「そう怯えなくてもいい。ここには、私と君以外の誰一人も潜んでおらず、まして私が君相手に何か危害を加える予定も無い。これから聞かせるのは、言葉通りただの与太話に過ぎないものなのだから」

「!」

「とは言っても……“そちら”に警戒されるのは、致し方ないことか」

『……』

「……、……ゲッコウガ、」

「ふふ。逃げるどころか、一歩も退く気がなさそうな辺り。余程君のことが大事らしい」

 

 

アカギに向けられる視線から庇うかのように、無言でボールから出てきたゲッコウガは凛とした佇まいで私の前に立っていた。

……何一つ言えずにいたのに、どうして、彼はいつも頼もしく私を助けてくれるのだろう。その答に思い至る前に、アカギはゲッコウガを一瞥して尚自分のポケモンを出すこともせず、彼曰く与太話とされるものを私たちに向けて語りはじめる。

 

 

「ある時、裕福な家庭に生まれ育った男がいた。

裕福な環境ゆえに、ただ生きていくだけならば一生困ることはなかっただろう。だが、男はいつからか常人には思いも寄らぬ、一つの夢を望むようになっていく。

 

人とポケモン、この世界に存在する二つの生命を仮に“融合”させられたのならば――その時、我々にどんな可能性が齎されるのか?

 

……言葉通り、大層な夢だと思うだろう。

ほとんどの人間が“有り得ないこと”だと、真っ向から否定したものを、その男だけは長年追い求め続けた。

どれだけ周囲の人間が離れようとも、ずっと夢を見続けた。夢の結末を知る、ということに大層執着していたのだろうな。

最も、ごく少数だが夢を否定しなかった者もいた。男の家族、というやつだ。

血と絆によって生まれた繋がり……それもまた、かつての男を支える支柱だった。悍ましい真相を知る、その時まで。

 

愛するがゆえに、一度抱いた憎悪はより深まる。

愛していたがゆえに、人は容易く狂人へと至る。

ああ、そうとも。心というモノがあるからこそ――悲劇は、この世に幾度も生み出される。

 

その度、我々は性懲りもなく己が身に降りかかった苦痛に苛まれる。

他者に裏切られ、挙句の果てには絶望の底へと容赦なく突き落とされるのだ!

私は……私には、そのような世界が今でも間違っていると思えてならない……!」

 

 

アカギが与太話と言ったとおり、それは余りに突拍子もない話だったにもかかわらず、自ら語る本人の声音はいっそ熱が籠っていくようにも感じられる。私以外の誰もが聞いたら普通は空想だと思うだろう、そんな狂った夢について――不思議と、私は嫌悪するどころか異質なことに“受け入れて”いた。おかしい。そんな人物と、面識なんて全く無いはずなのに。

 

 

「“時よ止まれ、おまえは美しい”……これは、いずれ自身を裏切る妻と子を得て幸せの絶頂、とやらを味わった男が遺した言葉だという」

 

 

どこか、それに覚えがあると確信している自分自身は。

この“肉体”は――いつ、どのように形作られたのだったか?考えた瞬間、頭が割れるような痛みに襲われる。知っているはずでも今の自分には思い出せない、何一つとして。

 

 

「うっ、……!」

『?!セツナ、どうした?しっかりしろ!』

「この私の誘いまでも断り、ただ最期まで、一途に己の夢を見続けてきたその男は――かつて“ファウスト”と、呼ばれていたのだ」

 

 

痛みに耐えられず、その場で蹲ってしまった私に呼びかけるゲッコウガの声を遠く感じる。薄く微笑むアカギとは裏腹に、私の中ではいつまでも、警鐘が鳴り響いていた。




※ネタバレを避ける程度にお伝えしておくと、ファウストはBW2のアクロマさん以上のマッドサイエンティストであり、このお話において色々な意味で元凶的な人物です。
但し、当分出番がないので今は忘れてもらっても特に問題ない模様。

残念ながらSAN値チェックに失敗した主人公ですが、シリアスな空気は一旦終了致しまして、次章は基本的にほのぼの(を目指したい)ヨスガシティ編になります。

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