レゾンデートル   作:嶌しま

46 / 54
040.5

「いずれ君も、私の語った者が味わった苦しみを理解したその時、一体何を思うのか?あの男のように、奴自身にとっては地獄そのものだった世界を真っ先に呪うのか、それとも……否、私がここで断言するのは止めておこう。幸か不幸か、私にもまだ数多くのやるべきことがある。せいぜい、それが全て終わるまでによくよく考えておくことだ。

……私が創生する、心なきゆえに安寧を齎す理想郷と。心あるがゆえに、誰もがいつでも苛まれる世界。どちらが真に、必要とされるべきなのかを」

 

 

結局、アカギは“ファウスト”という人物について語ることで一通り満足したのか、蹲った私に最後まで敵意を見せることもなくテンガン山を去っていった。なぜ私相手にあのような話をわざわざ聞かせたのか、その真意が掴めずただ困惑するばかりではあったが、ひとまずこのまま居座ったところでどうにもならないのは私自身にも良く分かっていた。アカギがいない今、突如として生じた頭の痛みも多少和らいではきたものの、早く明るいところに出なければいっそのことどうにかなってしまいそうだ。そんな恐怖から何とか立ち上がってはみたが、直後にふらついた自分を支えてくれたのは他でもない、私の傍に居てくれた彼で。

 

 

「っ、ごめんね、ゲッコウガ……ありがとう」

『……』

「?……えっと、歩くくらいなら大丈夫だから」

 

 

もう支えなくても平気だよ、と言いかけた自分を遮るかのように持っていた鞄が奪われた後、あくまでも無言を貫くゲッコウガに手を引かれて歩き出す。

 

 

(……、怒って、いるのかな)

 

 

そうだとすれば、きっと心配させたことが理由としては大きいのだろうけれど。何となく、自分から言葉をかけるのも憚られて歩みを進めながらも俯く。すると、そんな私に応えるかのように一瞬だけ、強く手を握られた気がして――わけもなく、泣きそうになった。

 

 

 

 

『わ~!すっごい、迫力のある滝だね~!』

『これが、滝……?わたし、初めて見たわ』

『そうなの?まあ、僕も今までそんなに見たことないんだけどさ。ああいう滝の下って、兄さんが修行とかしていてもそんなに違和感なさそうだよね~』

『確かに。夜に颯爽と出てこられたら、ちょっとだけ、怖いかも』

『あはは、それはきっと僕が見てもびっくりするだろうね!……、……ところで、コリンク。あのふたり、この後どうしたらいいと思う?』

 

 

二つ目のジムを乗り越えてきた僕たちは現在、テンガン山の一部を通った先、208番道路と呼ばれる場所の片隅で各々休憩している最中だった。僕とコリンクは橋を渡って暫く、滝が流れる雄大な景色を仲良く眺めていたのだけれど、問題は僕の言った『ふたり』――セツナと兄さんが、お互いに対してほんのちょっとだけ、ぎこちなくなっているところにある。

 

 

『う~ん……どっちも、自分から何かした時に相手を驚かせたり、もしくは拒まれたりされるのが怖い、と思っているのかもね』

 

 

コリンクのその意見には僕も概ね賛成であり、その上であのふたりをどうしたものか、なんてぼんやりと考えてみる。セツナは自分が兄さんに迷惑をかけた、とでも思ってしまったのか、テンガン山を出てからは申し訳なさそうな表情を浮かべていたんだけれど。対する兄さんは決して怒っているわけではなく、自分がセツナの手を引いて歩く、なんて行動を無意識でとっていたことについて動揺していただけのようだ。

 

 

(……ヒコザルだった頃は、まさかね、と思っていたけれど)

 

 

兄さんがセツナに抱く想いは、僕やコリンクのそれとも違う種類なんだろうなあ、ということを、今日の僕は何となく察していた。セツナもまた、兄さんのことを全く意識していないわけではないだろうが、彼女の場合は仲間として向ける『信頼』の比率が高い所為でそもそもそういう可能性に気付けていないような気がする。要するに、ふたりの関係性を一言で表すとすればもどかしいのだ。互いを気遣い、距離感を保っているのならば、なおさら。

 

 

『とりあえず、折角次の町ももうすぐなのにふたりがあのまま、っていうのも嫌だから……ここは僕が、ふたりを何とかする番、ってことなんだろうね!』

『……モウカザル、一応言っておくけれど、何かするにしてもほどほどにね?』

『ふふふ、大丈夫!少なくとも、悪戯するつもりじゃないから』

 

 

心配そうに言うコリンクを他所に、一つ決意した僕は取り急ぎ橋からセツナの元へと駆け寄る。テンガン山入口付近に腰掛け、どうやら地図を見ていたらしいセツナは駆け寄ってきた僕に気付くと若干微笑んでくれたが、隣に佇む兄さんとの雰囲気は今も改善されていないようだ。それも分かった上で――僕は彼女の胸元目掛け、思い切って飛び込んでみた。

 

 

「わっ?!……ど、どうしたの、モウカザル。何かあった?」

 

 

突飛な行動をとった僕を叱るでもなく、驚きながらもしっかり受け止めてくれたセツナはやっぱり出会った時と変わらず優しくて、人知れずそのことにほっとする。軽く抱き着いたままセツナを見上げてみると、視界の隅にはちょうど目を見開いて固まった状態の兄さんも映ってはいたが、そちらのフォローはまた後でさせてもらうことにした。兄さんには悪いが、僕から先にセツナへ伝えておきたいことがあったから。

 

 

『強いて言えば、セツナが元気なさそうに見えたから……僕なりに元気付けたかった、ってだけ!』

「……え、」

『難しいことは、正直僕にもよく分からないけれど。誰が何を言ってきても、僕はセツナと一緒に旅が出来て楽しいし、嬉しい、っていつも思っているよ。それはきっと、コリンクや兄さんも同じさ!もしもセツナのことが嫌いなら、皆今頃ここにはいなかったはずだもの』

 

 

目の前の彼女を嫌いになる、だなんて。

……それこそ、僕にとっても一番考えたくはない可能性だったが、敢えて言葉にした後で再び兄さんへ目を向けてみると、やっと硬直が解けたらしく何度か頷いてくれていた。そして僕の後を追ってきたのか、戻ってきていたコリンクもセツナの膝元に身を寄せるなり喉を鳴らしてさり気なく甘える。

 

 

『まあ、兄さんと比べたら、まだまだ頼りないかもしれないけれど……これからも、一緒にいることなら出来るからさ。ほら、この体勢なら暖も取れるし!僕って結構お得じゃない?』

『……でも、進化して同じことをやろうとしたら、今度はセツナが火傷しちゃう気がするわ』

『確かに……』

『うぐっ……!コリンク、それは分かっていても敢えて言わないでほしかったかな~……』

「……、ふふ。ありがとうね、モウカザル。その気持ちだけで十分だよ」

 

 

三者三様な僕らの反応を見ていたセツナは、僕の思惑通り少しは元気になってくれたのだろうか。

僕とコリンクの頭を撫でると、穏やかに微笑んでいたが――肝心の、兄さんが僕らへ羨ましそうな視線を向けている意味にはやはり気付いていない辺り、ふたりの距離が縮まるまでまだまだ時間がかかりそうだ。そう考えた僕は溜め息を吐きそうになりながらも、このささやかなひとときを皆で一緒に楽しんでいた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。