レゾンデートル   作:嶌しま

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Chapter.7 硝子の靴は拾わない
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テンガン山でアカギと遭遇する、という一種のハプニングはあったものの、その後通過した208番道路では特に何事もなく、私たちは次の目的地だったヨスガシティへと到着した。このシンオウ地方において、ヨスガシティが毎年一番住みたい町に選ばれている理由としては勿論ポケモンコンテストが開催されている場所、ということもあるが、やはり他の町と比べて圧倒的にバリアフリー化が進んでいることも大きいと言えるだろう。

ちなみに今年一番住みたい町で二位に選ばれたのはトバリシティ、三位に選ばれたのはミオシティだったことも未だ記憶に新しい。ミオシティとは僅差で今回四位だったナギサシティも、テレビで見かけた夜景はなかなか綺麗なものだったが、あちらはジムリーダーによるジム改造で度々停電が起こっているため賛否両論の意見も寄せられているようだ。その話はさておき、ヨスガシティに着いた私たちはこの町を散策する前に、まずはヨスガジムがどんな状況であるのかを確かめにいくこととする。途中、町の至るところでベビーカーを引く母親の姿や、穏やかな表情で歩いているお年寄りを多く見掛け、町全体に漂うどこか和やかな空気に流石は一位に選ばれる町だな、と感心しながらジムを訪れた私が見たものは。

 

 

“ポケモンコンテスト開催準備に伴い、二週間ほどジムを休業させていただきます”

 

 

そんな文章が記載された張り紙と、当然ながら開く気配は微塵も感じられない、閉ざされた扉だけであった。

 

 

(……どうしよう。そんなに急いでもいないけれど、二週間なら先に別の町でジムに挑戦してきてもいいのかな?)

 

 

それこそ、ゲーム中ではいつ、どんな時間帯でも各地のジムやポケモンリーグへ挑戦可能だったものだが、現実であるこちらでは当然そういった都合の良いことが起きるわけもない。とはいえ、現在のヨスガジムが実質休業状態だと知ってしまった以上、これからどのように過ごすべきかを決める必要はあるだろう。そこまで考えた私は一旦踵を返そうとするも、ちょうど通りがかった『とある人』に呼び止められたことで足を止める。

 

 

「あら、セツナじゃないの!久し振り~」

「アヤコさん、どうしてここに……?あっ、もしかして、コンテスト関係ですか?」

「うふふ、その通り!二人とも旅に出ちゃったから、家にいるとちょっと寂しくて……というのもあるけれど、コンテストって聞いたら何だか、居ても立ってもいられなくてね?思い切って、ヨスガシティまで遊びにきちゃった!」

 

 

久し振りに出会ったアヤコさんは、そう言ってにこにこと笑いながら私の方へと駆け寄る。私の手持ちには飛行タイプのポケモンがおらず、そもそもいたとしても『そらをとぶ』が使えるわけでもないので自力でフタバタウンへ戻るにはもう少し時間がかかりそうだが、それにしても彼女が元気そうで良かったことに内心安堵する。

 

 

「この間の電話でも伝えたけれど、ソノオタウンのお花、届けてくれてありがとうね。お母さん、うっかり玄関先で泣いちゃうくらい嬉しかったわ~」

「ふふ……喜んでもらえたのなら、良かったです。そういえば、最近ヒカリと連絡は取りましたか?」

「うん。一昨日くらい、だったかしら?その時ハクタイに着いたばかりだったらしいけれど、ジムバッジを貰えたらフカマルを探しにいくつもりだから、長くて一週間くらいは連絡がとれなくなるかも、なんて言っていたわねえ。駄目元で、ポケモンコンテストがそろそろ始まるけれど?って、さり気なく誘ってみたんだけど……フカマルが私を待っているから、今年は遠慮しておきます、とか言って断られちゃった」

 

 

まさか、あんなにフカマルを追い求める子になるなんて……と呟いていたアヤコさんだったが、少し間を置いて私を見つめた彼女は途端に目を輝かせはじめる。

 

 

「? えっと、アヤコさん……?」

「……いやだわ、私ったら。ヒカリが駄目でも、今ここに逸材がいるということにどうして今の今まで気付けなかったのかしら?」

 

 

がしっ、と強くアヤコさんに手を握られながら一気に詰め寄られて焦りはじめる私を他所に、残念ながら火がついたらしい彼女の勢いは全く止まりそうにもない。

 

 

「お気持ちは嬉しいんですが……その、コンテストについては正直、余り詳しくなくて、」

「大丈夫!誰にだって初めてはつきものよ。それにね、実はヒカリに声をかけたのは、元々あの子と一緒にやってみたいことがあったからなの。代わりに頼めそうなツテも皆無、ってわけじゃないんだけど……ほら、私たち、親子だし。一緒にやり遂げられたなら、きっと素敵な思い出になること間違いなしだわ!」

「は、はあ……」

「うふふ。先に言っておくと、これから順次始まるノーマル・グレート・ウルトラランクのコンテストが終わって……そうねえ、大体今から一週間後くらいに開催されると思うマスターランクの前座として、実はエキシビジョンマッチがあるのよ」

「エキシビジョン、マッチ……?」

 

 

聞き覚えがない単語に首を傾げていると、コンテストについてはベテラン経験者であるアヤコさんが丁寧に解説してくれる。

 

 

「そうそう。いつも公に募集しているわけじゃないんだけど、大体は今までマスターランクに出たことのある人が自主的に立候補してくれる感じ?ある意味、ボランティアに近いかも。これは通常のコンテストと違って、最初からビジュアル審査とダンス審査が省かれていて、単純にポケモンの演技だけでお客さんや審査員……つまりは、マスターランクを控えてうんと熱気が高まった会場の雰囲気を更に盛り上げてもらう、ってことが一番の目的!

基本的に、エキシビジョンマッチは二人のトレーナーがそれぞれ一体ずつ、ポケモンを出してバトル形式で魅せるか、バトルに拘らず互いに協力して統率のとれたパフォーマンスを魅せるのも良し、とされているの。セツナはコンテスト未経験だけど、私と一緒に申込しておけば然して文句言われないと思うわ。審査員の人たちとは元々顔見知りだし、何より」

「な、何より……?」

「私……セツナに一度、着てみてほしいドレスの候補、たっくさんあるんだから!うふふ、あなたは一体どんなドレスが似合うのかしら……ああっ!やっぱり、実際この目で見てみないと分からないわね!王道のプリンセスラインにAラインは勿論、マーメイドラインやタイト系でもぐっと大人っぽくて可愛いでしょうし、いっそのこと、意外性を狙って膝上のミニ丈というのも悪くなさそうだし……う~ん、迷う!ものすごく、迷うわ……!」

「……(まだ一緒に出ます、って返事したわけじゃないんだけどなあ……)」

 

 

やはりヒカリに断られたのが少なからず残念だったのか、ますますヒートアップしていく様子のアヤコさんに思わず苦笑が漏れてしまったが、ささやかながら親孝行として偶には彼女の提案に乗ってみるのもありかもしれない。衣装云々に関してはともかく、一旦コンテスト会場に行って雰囲気だけでも知りたいな、と思いながら、今暫く私はアヤコさんの熱弁に付き合わされるのだった。


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