レゾンデートル   作:嶌しま

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目立った外傷はなくとも、なぜか自ら動く様子のないポケモンをそのまま観察していると、唐突にお腹が鳴る音が辺りに響きわたる。私のでも、ましてやゲッコウガのでもないそれはどうやら目の前のポケモンから発せられた音らしく、そこで私は漸く向こうが動けなかった理由を察した。鞄を漁り、幸いいくつか持っていたオレンのみとオボンのみを取り出して今なお倒れているポケモンのすぐ傍に置いてみれば、ちょうど怪訝そうにこちらを見遣る彼と目が合う。ぱっと見てコリンクと同じくらいの体格だが、目付きはあちらの方が断然鋭く、万一道中で遭遇していたならバトルに発展する事態も有り得たかもしれない。

 

 

「……先に言っておくと、私はあなたを捕まえる気はないよ」

『……?』

「お腹、空いているんでしょう?口に合うかは分からないけれど、それ食べて、少しでも早く元気になれたらいいね」

 

 

忙しなく、置かれたきのみと私を交互に見つめるポケモンに背を向けてその場から離れていくと、私についてきたゲッコウガが後ろで重い溜め息を吐く。

 

 

『お前も相変わらず、野生の奴等に対する警戒心が薄いな……』

「ごめんね。わざと倒れている風には見えなかったし、よほど空腹だったのかと思って」

『そういう考え方もお前らしいが。本当に、このまま立ち去るつもりか?』

「? だって、私たちに見られながらじゃ向こうも食べづらいんじゃない?」

『……俺には、あいつがセツナ自身にも興味を持っているように見えたんだが』

「そうかな?案外、他にもきのみを持っていないか気になっただけかもよ?」

 

 

歩きながら振り返るも、先程のポケモンが私たちの後をついてきているような気配はなく、周囲の空気も相変わらず穏やかなものだった。それでもゲッコウガ自身はどこか納得がいかないような表情を浮かべていたものの、私自身は特に気にせず鞄からポケモン図鑑を取り出して生息地について調べてみる。

 

 

(ノモセ大湿原……確かに、他の町と比べれば距離は近いかもしれないけれど。うーん、元々生息していたとして、わざわざここまで足を運ぶ理由が分からないなあ……)

 

 

首を傾げながらポケモン図鑑を眺めていると、その内探検を終えたらしいモウカザルとコリンクが私たちの元へ戻ってくる。どちらもにこにこと楽しそうな表情を浮かべていたが、よく見ると身体の端々に綿毛や羽のようなものもくっつけてきた辺り、どうやら相当夢中になって遊んできたようだ。そんな彼らの無邪気な姿に笑いかけながら、しゃがみ込んだ私はふたりの毛並を整えるべくゆっくりと手を伸ばす。その直前、鞄に仕舞われた図鑑には私とゲッコウガがここで見かけたポケモン――即ち、スコルピの姿が表示されていた。

 

 

 

 

「いやあ、それにしても親子でエキシビジョンマッチ出場とは。アヤコ君も、なかなか粋なことを思いつきましたね?」

「本当は、もう一人娘がいるので三人で出来たら理想的だったんですけれど……あの子は今回、残念ながら都合がつかないそうで。でも、どちらかとだけでもいつかは一緒に参加してみたいなあ、と思っていて。実はここ数年、ずっと楽しみにしていたんです!」

「そうでしたか。ふむ……今のところ、あなた方以外にエキシビジョンマッチへの出場を申し出ている方もいないようですし、我々審査員側としてもベテランのアヤコ君が出てくれるというのならむしろ有難いお話です。お嬢さんは未経験者とのことでしたが、そう不安がらなくとも大丈夫。初めてだからこそ、まずは基礎を身に着けた上であの舞台に立てば、きっと大いに楽しんでいただけると思いますよ」

 

 

コンテスト会場から戻ってきたアヤコさんとも合流した私は、現在二人でとある人の家にお邪魔している。アヤコさん曰く友人と言っていたその人は、シンオウのポケモンコンテストにおいて長年審査員を務めており、その関係で会場近くに一軒家を構えている優しそうなおじいさんだった。

 

 

「ところで、ご一緒に参加するとなればお二人にはそれぞれどんなポケモンと出るのかも決めていただく必要がありますが。その辺りは既に、候補も絞っているのでしょうか?」

「ええっと……私としては、セツナのポケモンによってどうするか考えていきたいと思っていましたが。そもそも、あの子の手持ちでコンテストに出てみたいポケモンがいるのか、というところから確かめないといけませんでしたねぇ……」

「おやおや。まあ、エキジビジョンマッチに関してはどれだけ場を盛り上げられるかという点が当日の肝であって、いざとなれば私のポケモンをお貸ししても問題ないとは思いますが……こればかりは、お嬢さんに聞いてみないと分かりませんなあ」

 

 

居間で和やかに会話を続けていた二人の視線が、縁側で座っている私の方に向けられたのを察して思わず苦笑いが零れる。コンテストに関して、ゲッコウガはまず目立つことそのものが苦手なようだし、内気なコリンクにも荷が重い……とくれば、唯一好奇心旺盛なモウカザルなら一緒に参加してもらえそうな可能性はあった。ただし、バトルと違って彼に自分を着飾るという行為が許容出来るのかどうかが怪しいところではあったが。ひとまずモウカザルと話だけでもしてみようか、と考えていれば突如、ボールの中から誰かが出てくる。

 

 

「……コリンク?」

『ええっと……もし良かったら、セツナと出てみたいな、と思ったんだけれど。だめ?』

 

 

意外な申し出で驚く私をさておき、私の膝に乗ると小首を傾げた彼女が続けてこんなことを語る。

 

 

『だって、せっかくあの花畑から出て、外に何があるのかを知っていけるようになったんだもの。どうせなら、一度くらい怖がらずに楽しんでみたいし……偶には戦うだけじゃなくて、一緒に思い出をつくりたいと願うのは、贅沢なことなのかな?』

「……、ううん。私はむしろ、嬉しいよ」

『本当?いやじゃ、ない?』

「うん、本当。挑戦してみることって、今まで知らなかったことが分かる大きなチャンスでもあるんだよね……それに、コリンクだって女の子だもの。偶にはふたりで、着飾ってみるのもお互い、素敵な経験になるだろうなと思って」

 

 

どこか不安そうに私を見上げるコリンクの頭を撫でながら振り返れば、穏やかに微笑むおじいさんとは対照的にきらきらと瞳を輝かせたアヤコさんの姿を目の当たりにしてしまい、これからちょっとだけ覚悟しておいた方がいいのかもしれないと考える。

 

 

「うふふ、どうやらセツナはあの子と参加するみたいですね。それなら早速、あと一週間程度と時間も限られていることだし、まずは肝心の衣装を決めていかないと!」

「……はて、アヤコ君。君はどのポケモンと出るのか、そこは検討がついたのかね?」

「ええ。とっておきの子がいるので、明日にでもセツナと一緒にポケモンたちのわざを調整していくつもりです。ああ、それにしてもセツナには一体どんなドレスがいいのかしら……ビックさん、ちょっとそちらのカタログをお借りしますね!」

 

 

鼻息荒くカタログをめくっていくアヤコさんに対し、おじいさんと私たちはお互い何とも言えない視線を送ってしまったが、既にエキシビジョンマッチのことで頭がいっぱいになっている彼女には効果のない代物だったらしい。ともあれ、これから最低一週間はヨスガシティに滞在することが決まり、その間暇を持て余すと思われるゲッコウガとモウカザルにはどう過ごしてもらおうか、今夜にでも決めておきたいと私はぼんやり考えるのだった。


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