レゾンデートル   作:嶌しま

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コリンクと一緒にポケモンコンテストのエキシビジョンマッチへ参加する、と決まってから、時間はあっという間に過ぎていった。アヤコさんの宣言通り、ヨスガシティに到着した翌日からお互いのポケモンがどんな風にわざを出していくのか、その順序やタイミングをとことん話し合ったり、そのまた翌日には完全に張り切っている彼女とコンテスト用の衣装を探すべく、一日かけて買い物に出掛けてみたり。その後数日間、本番に向けた予行練習を繰り返し行ってきた甲斐もあり、どうにかコンテスト初心者だった私たちもそれなりに映えるパフォーマンスが出来るようになってきたのではないか、と思っている。

勿論、これは手厚く私たちをフォローしてくれたアヤコさんや、審査員としてコンテストを熟知しているおじいさん……もとい、アヤコさんの友人でもあるビックさんの助言があってこそ成し得た成果なので自惚れるつもりはない。しかしながら、緊張しすぎて頭が真っ白になるという最悪の事態を避けるためにも、まずは楽しむということを念頭に置いてこれから臨みたいところだ。

 

 

「いよいよ本番間近ね。でも、これまでの練習を意識してやったら大丈夫よ!いざという時は私たちも手助けするし、とにかく明日は一緒に素敵な舞台をつくりましょうね」

「はい、アヤコさん。こちらこそ宜しくお願いします」

「それにしても……、……うふふっ」

「?」

「そのドレス、やっぱりセツナによく似合っているわね!何だかウエディングドレスに見えなくもないから、このコンテストが終わった時に誰かさんから求婚されないか……お母さん、今頃になってちょっぴり心配になってきたわ~」

 

 

本番前日、コンテスト会場の控室でドレスを試着している私を見て一緒にいたアヤコさんが、満足気に何度か頷く。私自身、然してドレスの希望がなかった代わりに俄然やる気を出した彼女が見つけてきたのは所謂マーメイドラインのドレスで、全体が淡い水色且つ袖には繊細なレースも刺繍されている何とも豪華なものだった。当初料金的な都合もあり、もっとシンプルなものをさり気なくすすめた私の意見が残念ながら即刻却下されてしまった結果、現在のアヤコさんはこれ以上ないほどに満面の笑みを浮かべている。

 

 

「あはは……求婚、って。大袈裟ですよ、アヤコさん」

「ええ~、そう?それこそ、頭にベールでも被せたら花嫁さんに見えそうだけれど……まあ、今回はコンテストだし、実際ベールは被せられない代わり髪飾りでうんと華やかに仕上げていきましょうか!」

 

 

その言葉通り、意気揚々と私の髪飾りも選ぼうとしていたアヤコさんだったが、ちょうど控室の外から誰かに呼びかけられたことで扉の方へと駆け寄っていく。そのまま控室を出てからすぐには戻ってこない辺り、もしかするとコンテスト関係者の人と明日のことについて話しこんでいるのかもしれない。そう考えた私は三つのボールを手に取ると、一つずつ開閉スイッチを押していく。明日は本番が終わるまで一息つく暇もなさそうだし、折角なのでアヤコさんが席を外している今の内に皆の感想を聞いてみたい、と思ってのことだった。

 

 

「いきなり出てきてもらってごめんね。明日、一応こんな感じでコンテストに出る予定なんだけれど……皆はこの恰好について、どう思う?」

『わあっ、いいんじゃない?セツナによく似合っていると思う!』

『わたしも~!おめかししたセツナ、すっごく可愛い!明日が楽しみだなあ』

『……、……』

 

 

ボールから出てきたモウカザルとコリンクからは、幸いすぐさま肯定的な感想を貰うことが出来た。しかし、残るゲッコウガはといえばなぜか無言を貫いており、はしゃぐふたりとは対照的にどこか気まずそうな表情をしているようにも見える。

 

 

「ゲッコウガ、どうしたの?どこか、変なところでもあった?」

『あ、いや……、違うんだ。そういうわけじゃなくて、』

『ちょっと兄さん~?何も言われないと、セツナだって不安になっちゃうでしょ?ここはむしろ、兄さんからもいっぱい、それこそ僕ら以上に褒めてあげるべきじゃないかな~』

『そうね。あなたに褒めてもらえたら、セツナも絶対嬉しくなると思う!』

『ぐっ、』

「ふたりとも、そう言ってくれる気持ちは嬉しいけれど……私はその、気になるところがあるなら教えてもらえたら助かるなあ、と思っただけで」

 

 

自分より幼いふたりから捲し立てられるゲッコウガを見かねて、別に無理矢理褒めてほしいわけではないことを伝えればその瞬間、目を見開いた彼から距離を縮められる。急に接近されたことで驚く私を他所に、ゲッコウガはいつになく真剣な眼差しで私を見つめながらも、とうとう重い口を開いた。

 

 

『変だなどと思ってはいない。ただ、……お前にそういう恰好をされると、その。俺としては、余計な虫がつくのではないか、と勘繰ってしまっただけで』

「虫?うーん、今回マスターランクのコンテストに出場する人たちって、誰も虫ポケモンは連れていなかったと思ったんだけどなあ……」

『……、……いや。俺が言っているのはそういう意味での虫、ではなくてだな……?』

『つまり、おめかししたセツナがとっても魅力的だから~、人間の男に言い寄られそうで今の兄さんは心中穏やかじゃない、ってこと!』

「……ん?」

『!!』

 

 

ゲッコウガの発言を受けて、咄嗟にマスターランク出場者の手持ちポケモンについて思い浮かべていた私はどうやらかなり見当外れなことをしてしまったらしい。というのも、基本どんな時でも冷静な性格を崩さない彼が目を泳がせつつ、うっすらと頬も染めるという何とも珍しい姿を目の当たりにすることとなったからだ。……つまり、先程モウカザルが代弁してくれたゲッコウガの考えは図星そのもの、と判断しても良いのだろうか。

 

 

『モウカザル、流石にからかいすぎじゃない……?』

『だってさあ、このままだとセツナはずっと気付かなさそうだし。それなら潔く言っておいた方が、いっそ清々しいかと思って』

 

 

焦るコリンクと、あくまでもにこにこしているモウカザルが言葉を交わしている間も、ゲッコウガは動揺が大きすぎたのかぴくりとも動く気配がない。本当に、かなり珍しい姿だ。可愛い、と言ったら拗ねられてしまいそうだから、それは一旦自分の胸に仕舞っておくとして。

 

 

「ありがとう、ゲッコウガ。心配してくれたんだね。すごく嬉しいよ」

『……っ、』

「仮に、そういう人が現れてもついていく気は一切ないから大丈夫よ。外見だけで好意を持たれたところで、少なくとも私の心には響かないし……それに、皆との旅を途中で投げ出す、なんて勿体ないことだけは、一番したくないもの」

 

 

ゲッコウガの手をそっと自分の両手で包み込めば、依然として彼は言葉を語らない代わり、目を伏せながらも一度だけ頷く。そうして自分を案じてくれる存在が傍にいる今の私は、とても恵まれているのかもしれない、なんて考えがふと頭に過ぎった。




※なお、この後アヤコさんからもそういえば求婚的な意味で心配されたんだった、と彼女に告げられたグレニンジャは再び(色々想像した結果)硬直する羽目になった模様。

マーメイドラインのウエディングドレスは実際デザインも可愛いので、作者としては読んでいる方にも是非一度チェックしていただけたらいいな~と思っています(`・ω・´)

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