レゾンデートル   作:嶌しま

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最初の方に載せている「諸注意とオリ主設定」を除き、今回が実質50話目となります!
あっという間ですね。
それでは記念すべき50話、遂に迎えたコンテスト本番をコリンク視点からどうぞ。


045

数えきれないほどにたくさんのスポットライトが、もうすぐわたしたちが立つ予定のステージを眩しいくらい照らしている。この後で何でも一番難しい、『マスターランク』と呼ばれるコンテストも控えているためなのか、会場内は既に多くの人々で賑わっていた。みんな、わたしがあの時花畑から出なければこうして顔を見ることもなかった人たちだと思うと何だかとても不思議な気分だ。子どもからお年寄りまで、年代に限らず誰もが楽しそうな表情を浮かべながら、コンテストが始まる瞬間を今か今かと心待ちにしている。わざわざここまで観にやってくるような人たちは、おそらく花畑を荒そうとしたあの人間たちほど悪い人ではなさそうな気がした。

――それでも、わたしがついていくと決めたのは、たったひとりだけなのだけれど。

 

 

「わあ、思っていたよりたくさん人がいるね……ちょっとだけ、どきどきしてきたかも」

 

 

ステージの裏側から、わたしと一緒に会場の様子をそっと眺めていたセツナはそんなことを言いながらも、決して不安そうな顔はしていない。淡い水色のドレスを着て、きらきらと光る髪飾りもつけている今日の彼女はいつもに増して華やかで、ここへ来るまでにすれ違った何人か(特に人間の男)が鼻の下を伸ばしていたところをわたしは何度か目撃していた。もしもわたしではなく、控室で現在モウカザルと一緒に待機しているゲッコウガがセツナに付き添っていたとしたら、きっと誰が相手であろうと遠慮なく睨んでいたに違いない。それをすんなりと信じられるくらい、わたしの隣に佇む現在の彼女はとても魅力的だったのだ。

 

 

『わたしには、今のセツナが不安そうには見えないけれど……緊張、しているの?』

「それは勿論。私だって、今までこんな大勢の人の前に出たことはないし……でも、緊張していても怖くはないよ?私一人じゃなくて、アヤコさんやあなたが一緒だからね」

 

 

その場で少しだけしゃがんだセツナが、控室で彼女と同じく盛大に飾り付けられた私の頭にそっと触れると、そのまま優しく指先で撫でてくる。正直くすぐったいけれど、彼女の手はいつもほんのり温かくて、触れられると幸せな気持ちになってしまうものだから。少なくとも、わたしは自分からこの手を拒むようなことだけはこれからもしないのだろう。

 

 

『ふ、ふふっ……セツナ、くすぐったい!』

「ああ、ごめんね?コリンクの頭、撫で心地がいいからつい触っちゃった」

『もう。仕方ないなあ』

「とはいえ、いよいよ本番も近付いてきたし……私たちも、アヤコさんの近くにいようか」

 

 

本当は、離れてしまったセツナの指先がとても名残惜しかったけれど。

これから始まるコンテストが終われば、またいつだって彼女に撫でてもらうことが出来る――そう思ったからこそ、わたしは大人しく着飾ったセツナの後をついて歩く。ステージを照らすスポットライトの眩しさも、会場に段々と満ちていく喧噪も、わたしひとりだけならばとても心細く思えただろうそれらが今では然して気にならない。

 

 

(ああ、そっか……わたしも、今のあなたと同じ)

 

 

あなたと一緒だからこそ、初めて立つこの場所でも、何一つ怖くなかったんだね。

 

 

 

 

「シンオウ地方、ポケモンコンテスト・マスターランク大会へようこそ!私は審査員の一人、及び司会を務めるビックと申します。遠路遥々、ポケモンコンテストを愛するがゆえに、本日はシンオウ以外の地方から集った方々も多くいらっしゃることでしょう。審査員を代表して、この場にお越しくださった皆様へ、改めて心よりお礼申し上げます。

さて皆様、早速お待ちかねのメインイベント……の前に、本大会を盛り上げるべく、とある親子が今回エキシビジョンマッチに名乗り出てくれました。微々たる時間ではありますが、どうぞ彼女たちとポケモンたちによる演技も併せてお楽しみいただけたら幸いです」

 

 

開幕の挨拶が済んだ後、舞台裏から一瞬暗くなったステージに向けて歩いていくと、万遍なくスポットライトの光がわたしたちに向けて照らされる。その瞬間こそ、わたしたちにとっては初めての、晴れ舞台の始まりだ。

 

 

「さあ、始めるわよミロカロス……うふふ。初めての共演、一緒に楽しみましょう!」

「コリンク、こっちも予定通りにやっていこう。練習の時を思い出して、しっかりね」

 

 

相対するセツナの母親がパートナーとして選んだポケモン、長い胴体と煌びやかな尾を持つミロカロスが『アクアリング』を身に纏うのと同じく、わたしも『じゅうでん』によって身体に流れる電力を集中させる。そしてお互いに準備を済ませたところで、一早く動いたミロカロスから『みずのはどう』が放たれた。但し通常のバトルとは異なり、こちらを傷つける意図が含まれていないそのわざ目掛けて、今度は『スパーク』で電流を纏ったわたしが何の躊躇いもなく突進していく。当然、多少水を被る結果になってしまったが、水と電気が合わさって生まれた派手な光景を眺めていた人々の口から感嘆の呟きが漏れたのが聴こえた。練習の通り、この電撃でミロカロスまで麻痺していないかだけ心配だったが、そちらを見れば『しんぴのまもり』で更に防御を重ねていたと分かりわたしの心配は杞憂に終わる。あとは、わたしがあれを決めるだけ。

 

 

「……コリンク、頑張って!」

 

 

ふと、後ろからわたしを応援するセツナの声を聴いた途端、身体がかっと熱くなるような感覚に襲われた。決して不快ではない。それどころか、わたしを見てくれている彼女がいることが嬉しくて、胸がいっぱいになりそうなほどの幸せを感じている。今日を迎えるまで、何度も練習に付き合ってくれていたミロカロスでさえ、私の身に起きた急激な変化に目を見開きながらも驚いていた。あんなに美しく、強いポケモンに対しても一応怯ませる程度の効果はあるんだな、なんて場違いかもしれないことを思いながら、わたしは静かに微笑む。

 

 

(そういえば、……セツナの膝に乗るのは、流石に難しくなっちゃうかな)

 

 

今まで小さかったからこそ出来たことが、これから出来なくなる場合もあることは僅かに残念だったけれど、この変化についてわたしは微塵も後悔していなかった。このまま大きくなれば、わたしを受け入れ、一緒にいてくれるセツナを護れることが――これからのわたしにとって何にも代え難い、誇りになるだろうと強く確信していたから。

その想いを込めて、幼いコリンクからルクシオへと進化したわたしは、一瞬静まりかえった人々を他所に力強く吠えるのだった。


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