レゾンデートル   作:嶌しま

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Chapter.2 野の鳥は恋を知るか
007


ゲッコウガの入っているボールをシンジ湖に来る前から腰につけていたホルダーへセットすると、私は一度来た道を引き返しそのまま家まで戻ることにした。ゲッコウガにも言ったとおり、家に置いてきた荷物を引き取りに行かなければそもそも旅にも出られない。今から向かえば、おそらくはもう起きているヒカリやジュンにもゆっくり挨拶していけるはずだ。そう信じて暫く一人で歩き続け、シンジ湖の入口まで辿り着いたとき。私のその考えは、いとも容易く突き崩された。

 

 

「ポッチャマ!これから宜しくね!」

「ナエトル!おれと一緒に旅に出ようぜ!」

「……、あれ?ヒカリに、ジュン?」

 

 

シンジ湖の入口からフタバタウンへ戻る途中、201番道路の片隅でヒカリとジュンがそれぞれポッチャマとナエトルに何か話しかけていた。しかも彼らのすぐ近くには、ゲーム画面ではともかくこの世界ではまだテレビ越しにしか見たことのなかったナナカマド博士と、その助手をしていると思われるコウキ君まで一緒で思わず呆気に取られてしまう。しかし、そこで私はある違和感を覚える。確か、彼らが初めて博士からポケモンを貰ったのはシンジ湖でアカギとすれ違ってからではなかっただろうか、と。

 

 

(ただの偶然?それとも、私の記憶違い?もしも原作通りにヒカリたちがシンジ湖に来たなら、先に来ていた私とゲッコウガが気付かないわけがない。でも、シンジ湖ではアカギらしい人なんて見かけなかったし……)

 

 

「うん?君は……」

「あっ、お姉ちゃん!あのね、私とジュン、そこにいるナナカマド博士からポケモンを貰ったの!」

「へへっ、いいだろ~?」

 

 

私の混乱を他所に、ポッチャマを抱えたヒカリと同じくナエトルを抱えたジュンが自慢するように私の元へ駆け寄ってきて、その素直さにほんの少しだけ微笑ましくなる。けれどもその間、突然シンジ湖から現れた私をナナカマド博士は見定めるようにじっと見ていて、その隣にいるコウキ君はそんな博士にどこかおろおろしている様子だった。このままヒカリやジュンに構いたいのも山々だけれど、相手はポケモン研究界で名のある博士だ。無碍にするわけにもいかず、私は一度ヒカリとジュンの頭を撫でると博士の前まで歩み寄る。

 

 

「初めまして、ナナカマド博士。ヒカリの姉のセツナと申します。どうやらあの子たちが、博士から大切なポケモンを貰ったとのことで……今この場に居ない二人の保護者に代わり、お礼を言わせてください。ありがとうございます」

「……ふむ。見たところ、君はトレーナーかね?」

「いいえ。私もヒカリたちと一緒で、たった今これから旅に出る予定のただの初心者です。この町を出る前にシンジ湖を散歩していたのですが、荷物を取りに家まで戻る途中で」

「あれ、そうなの?僕はてっきり、もうホルダーにボールがついているから普通にトレーナーかと思っていたけれど」

 

 

コウキ君が思わず漏らした言葉を聞きつけ、凄い勢いで駆け寄ってきたジュンとヒカリは私の腰についているモンスターボールを見て驚いたように目を見開いた。隠すつもりではなかったけれど、私がこの一年シンジ湖でゲッコウガに会っていたことは二人にも言っていなかったから、驚くのも当然の反応だった。

 

 

「ええっ……マジで?!」

「お姉ちゃんったら、いつの間に?!」

「うん?さっき、そこのシンジ湖でちょっとね」

「何だってんだよー!てっきり、俺とヒカリがトレーナー一番乗りかと思っていたのに!」

「ジュン、トレーナーは一番乗りするものじゃないと思うんだけど……」

 

 

悔しがるジュンを宥めようとしたのも束の間、ポン、という音がどこからか鳴る。それは、ナナカマド博士の鞄に残っていた一つのボールから放たれて。眩い光が収束すると同時、そのボールから出てきた何かが突然私の体に飛びついてきて少しバランスを崩したが、何とか倒れず持ち直した私はその存在を見て再び呆気に取られてしまった。

 

 

「こらっ、ヒコザル!セツナさんにいきなり何やってるんだ!」

『ポッチャマとナエトルばっかりずるい!ぼくだって、皆と同じように旅がしたいよ~!』

 

 

コウキ君が頑張って私に抱き着いたヒコザルを離そうとしてくれているが、ヒコザルはコウキ君の制止を振り切り更に私にしがみついてくる。このヒコザルに何があったのか分からないけれど、とりあえずはこの場を落ち着かせることが先決だろう。

 

 

「私なら大丈夫。だから、えっと……」

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕、ナナカマド博士の研究所で助手をしているコウキです!宜しくお願いします!」

 

 

ゲームで何度も見かけたから知っているよ、何てことは流石に言えず、曖昧な笑顔で宜しくとだけ答えた私は今もしがみついていたヒコザルに視線を移す。ヒコザルは自分を見てくる私に余程驚いたのだろうか、その表情にはどことなく不安が浮かんでいるようだった。

 

 

「そう、コウキ君ね。コウキ君、良かったら少し時間を貰えないかな?」

「……え?」

「急ぎじゃなければ、の話だけれど。ナナカマド博士もご多忙でしょうし」

「いや、私なら大丈夫だから構わないぞ。どうするつもりかね?」

 

 

それまで事の成り行きを黙って見守っていたナナカマド博士が静かに口を開く。さっきよりは大分ましになったものの、未だにどこか私を見定めるような視線を向けているような気がする博士に内心冷や汗が流れたが、そんな私の気持ちを察したかのように腰の辺りで揺れるボールの存在に気付いた私はゆっくりと一度呼吸してから博士に向き直った。

 

 

「……彼に、頼んでみようと思います」

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