目が覚めるとそこは、崩壊した道路のド真ん中だった。
街を形成する要素であるビル群や家屋なんてものはことごとく廃墟となっていて、更にはいたるところで炎が燃え続けている。
そこはネオンの煌きによって出来上がった人の住む街ではなく、全ての命を轟々と燃やし尽くす地獄の中であるようにも思えた。
立ち上がろうとして、全身が軋むように痛んだ。
駆け巡る痛みに歯を食いしばり、近くにあったガードレールまで這いずって移動する。
そして歪みきったガードレールを支えにして、ようやく立ち上がる事が出来た。
深く息を吐いて、ここでようやく自分の身体の無事を確認する。
痛みを堪えながら、腰や首を動かして周囲を探る。
見れば見るほど、この場所は地獄めいていた。
人の気配もない。カラスやネズミと言った、都会にならば居そうな生命ですら見かけることが出来ない。
空を見上げる。黒々とした煙なのか雲なのかわからないそれが、天を覆い尽くしていた。
地上から立ち上る炎によって、所々赤く照らされていた。
痛みはするが、思い通りに動く体がある。
仮にコレが“
俺は普通に、布団の中で眠っていたはずなのに。
何の変哲もなく、何の異変もなく、何の前触れもなく、こんなわけもわからない世界に飛ばされる妄想など御免だ。
というか、そもそも明晰夢であるならば俺の思い通りに出来る筈なのだ。
それすら出来ないのに、体の自由だけハッキリしているのは些かおかしいだろう。
仮にこの目の前に起こっていることが現実ならば、こんな場所で悠長に一人佇んでいれば蒸し焼きになる。
ならば、することがあるとすればひとつだけ。
痛む体に鞭を打ち、なるべく炎から離れた安全な場所まで退避することだ。
歪んで曲がったガードレールを辿り、なるべく炎から遠ざかりながら歩みを進める。
その際にも、誰かがいないかを確認しているが――残念ながら音も形もない。
どんなホラーゲームだと内心で愚痴を漏らしていると、乗り捨てられているらしい車が一台ガードレール沿いに停まっているのが見えた。
もしかしたら、中に非常用の道具が残っているからもしれない。
どこかで見たような覚えがあるのだが、こういう災害めいたことや危険な状況に遭遇した際、車はキーを差しっぱなしで放置するらしい。
俺はそろそろ慣れて来た痛みに堪えながら、車へとのそのそと近寄る。
せめて杖がわりになるようなものがあれば。そう思いながら車のドアに手を掛けた時、驚愕した。
「な、な、なっ……!」
多少スス汚れていた車のガラスに映っていたのは、紅く長い髪と碧い瞳。童顔ではあるが整った顔立ちの青年だったのだ。
「なんじゃこ――いってぇぇぇえええええええっ!!?」
叫ぼうとして全身に力が入った為か、痛みが駆け巡って別の声へと変わる。
どういうことだ? 何の冗談だ? それより、今見えたものが幻覚ではないのなら。
そんな事を思いながら、もう一度、今度は車に備え付けてあるサイドミラーを使って確認する。
紛れもなく、俺ではなかった。毎日、洗面台の鏡で見ている顔ではなかった。
だが、俺じゃない俺の格好には、見覚えがあった。
――カルデア戦闘服。
スマートフォン用ゲームアプリ、“Fate/Grand Order”に登場する、マスター用魔術礼装のひとつとまったく同じ格好を俺はしていたのだ。
◆
車にもたれ掛かる形で痛む体を休めていた俺は、その間に現状を整理していた。
カルデア戦闘服、ということは間違いなくこの世界は“型月”と呼ばれるゲーム会社が作り出した世界だ。
人外から異能、魔法や魔術といった題材でゲームを作っているこの会社の作品の中に、“Fate/Grand Order”――通称“FGO”という作品がある。
俺はどうやら、その世界へと来てしまったらしい。この体の持ち主を乗っ取って。
よくある異世界転生や召喚及び転移のひとつとして扱われる、“憑依”というのが今の俺に起こった状況に近い言葉なのだろう。
俺にはこの体の持ち主の記憶などない。知識もない。技術だって引き出せない。あるのは、俺が自分の人生の中で蓄えて来た知識のみである。
せめて、この体の持ち主だった奴の記憶とか意識が残っていれば……。
いや、意識が残っていた場合、記憶が共有される恐れもあるので余計な種火になるかもしれないか。
俺はFGOを結構やっていた。勿論、最終章までクリアしている。つまり、ストーリーを見ているので誰が黒幕で誰がどんな目に遭うかも知っているのだ。
これが余計な種火と言わんでどうするか。
それはそうとして、“FGO”の世界ということは、魔術が存在し、伝奇や伝説に語られるような過去の英雄を使い魔として呼び出した“サーヴァント”が存在し、それらを操る魔術師……“マスター”と呼ばれる存在がいることになる。
それはこのカルデア戦闘服、FGO内で主人公が装備する魔術礼装という物のひとつを俺が着ていることが何よりの証拠だ。
“人理継続保障機関フィニス・カルデア”。
時計塔の天体科を牛耳る魔術師の貴族であるアニムスフィア家が管理する、魔術だけでは見えず、科学だけでは計れない世界を観測して、人類の決定的な絶滅を防ぐ為の各国共同で成立された特務機関、だったか。
短く“カルデア”と呼称するが、この機関に所属するマスター候補の魔術師はいわゆる
ならば、この体の元々の持ち主はカルデア所属であり、
体中が痛んだというのも、爆風による影響からなのかもしれない。カルデアにある体が心配でならない。
さて、元々やり込んでいたゲームというのもあり、原作知識をフル稼働させながら現状を把握して推測を組み立てていく。
ここがFGOにおけるプロローグの舞台、“炎上汚染都市冬木”なのだろう。ということは、主人公とマシュ、それにオルガマリー所長が居るはずだ。
合流出来れば、生存率が一気に上昇する。まぁ、その時に俺の状態をどう説明するかという問題はあるけど。
だが、合流以前に俺には契約しているサーヴァントがいない。そんな状態でこの土地に居るのは、地雷原でタップダンスを踊っているようなものである。
更に、俺というイレギュラーが居る以上、なにが起こるかまったくの未知であること。俺の知っている展開があるかもしれないし、そうじゃない可能性もある。
ここら辺は全て上手くいった場合に対処するべきだろう。というか、今は何も出来ない。俺がここで死ねば、その限りではないのだろうが……自分の命は惜しいのでそれだけは嫌だ。
例え夢であったとしても、自殺するのも殺されるのも御免だ。
「どうしたものか……」
聞き慣れた自分の声ではない声に若干の違和感を覚えながら、独り言を呟く。
サーヴァントとの契約、主人公勢との合流、それまでの生存。
「あれ、これ俺詰んでね?」
火を見るよりも明らかなピンチ具合に、俺の顔から血の気が引いていくのがわかった。
今はまだこの土地に跋扈しているエネミー、“竜牙兵”という武装した骸骨たちと出会っていないがこれから出会う可能性もある。
そうなった場合、俺に何が出来ようか。否、何も出来ないのである。
悲しいことだが、魔術の使い方などの心得など俺にはない。
そこらへんを元の体の持ち主さんから継承されていれば何とかなったのかもしれないが、現実は非情である。
ああ、後ひとつ確認するべきことがあった。
カルデアの職員には、通信機が配られているはずだ。カルデアの状況が俺の知っている通りならば、何とか操作してDr.ロマンに緊急を伝えられるかもしれない。
「……ああ、壊れているな」
それも見事に、画面など液晶が割れて何の反応もない。
やっぱり詰んでね?
「ああ、畜生! 痛え! なんで、こう、なるんだよ!」
あまりの理不尽さに苛立ちながら、痛む体を立ち上がらせて移動を再開することにした。
取り敢えず、炎と瓦礫を避けながら歩く。痛みは休んだことにより最初よりかはマシになり、結構動かせるようになっていた。
この体は少し、頑丈なようだ。
とは言え、無闇矢鱈と歩いていれば骸骨たちと鉢合わせて襲われるかもしれない。ここは慎重に、燃えていない物陰に隠れながら移動しよう。
そう思いながら歩みを進めていると――。
「わかってる、わかってたわよ、そんなことは!」
聞き覚えのある、ムキになった所長の叫び声が聞こえて来た。
やった! ということは、今は主人公が所長と合流するイベントの真っ最中か!
ここで合流出来れば、ドクターとの通信でカルデアにある俺の体がどうなっているかとか、サーヴァントを召喚する方法とかわかる!
俺は胸に灯った希望へと縋るように、聞こえた方向へ走り出す。
体の痛みなんて気にしていられない。足元に骨の残骸が転がっているとかも関係ない。
取り敢えず、合流。これが最優先なのだ。
そうしていると、足元に大きな盾を置いて出来上がったサークルの光が見えた。
いきなり走り出したのとやっぱり痛みが走るのとで、息も上がっているが何とか呼吸を整えて叫ぶ。
「おーい! あんたら、生存者かーっ!!」
一応、見ず知らずの人物を装っておく。これから俺が自分のことを説明しておく時のために、必要な処置だ。
そうすると、サークルの中に立っていた銀髪の少女が振り向いた。
続けてサーヴァントの姿に変身しているマシュちゃんや多分主人公である少年がこちらを向く。
俺は彼らの顔色を見る余裕もなく、手を振りながら必死に足を動かして合流しようとするが――
パチュン。
と、何かが足元に着弾した。足元を見ると、ひび割れた道路に黒い焦げ跡から小さな煙が上がっていた。
恐る恐る顔を上げると、サークルの前に立っているオルガマリー所長が指をさすように構えており、物凄く冷ややかな視線をこちらに向けているのがわかった。
「ルーク? ルーク・レイナードね? 生きていたのね、会えて嬉しいわ。……だけど、どういうつもりかしら。その
は? と間の抜けた声を、出さざるを得なかった。
いきなりの出来事に、思考が追いつかない。オルガマリー所長はいったい何を言っているのだろうか。
まさか、俺は初歩から何か間違えたとでも言うのだろうか。
マシュちゃんが少年を守るように、一歩前に出る。
「ちょ……マシュ、所長! どうしたんですかいきなり!?」
「マスター、下がってください。ルークさんはもっと寡黙な人です、様子がおかしい」
何事かと戸惑う少年に、マシュちゃんが真剣な表情でこちらを見ながら言う。
性格からして間違っていたと申すか!
そりゃ仕方ないわ、そもそも俺はこの体の元の持ち主についてまったく知らないのだから。
だが、都合が良い。彼女たちとこの体の元の持ち主がどういう関係にあったのかは知らないが、俺を受け入れてもらうための手段に使える。
まぁ、ちょっと、元の持ち主には可哀想だけど。俺が元の体に戻れる保証がない以上、この体で生きていくしかないのだから、目を瞑って欲しいと思う。
「ま、待ってくれ! 俺にもわけがわからなくて、さっぱりで! ここはどこなんだ!? あんたたちは、誰なんだ!?」
半分は嘘、半分は本当のこと。
何とか無理やり自分のことは納得させたが、どうしてこんなことになっているのかは本当にさっぱりなのである。
だが、俺は彼女たちのことを知識として思いっきり知っている。この場所のことも、この後に何が待っているのかも。
ここで踏み外すわけにはいかないのだ。ここで彼女たちに置いていかれるわけにも、この世界で生きていくためにも。
「それに、俺のことも知ってるみたいだが……教えてくれ。俺はいったい、誰なんだ?」
俺という見知らぬ体のことを、知るためにも。