時系列的には一話の直前ぐらいです。
※後で見直してみると新規投稿の場所が分かりにくかったので、話数変更しました。
「ふあぁあ……」
心地よいまどろみに抗いながら目を開くと、そこには見慣れた自室よりも少し高い位置に天井があった。
すこし戸惑って辺りを見回すと、そこが屋敷の居間であることに気が付いた。
どうやら先日はソファでうたたねをしているうちに、そのまま寝入ってしまったらしい。
私はソファから体を起こして、リビングの方へと向かった。
テーブルの上にはベーコンエッグにコーンスープ、トーストやサラダなどのシンプルな朝食が置かれている。
目を擦りながらそれらを皿によそい、席について食べ始める。
今日の朝食当番はめぐみんだったか。今食べているものの冷め具合からして、朝早くに日課に出かけていったようだ。
ダクネスもシンプルな書置きを残して遠出してしまっているようで、私は一人寂しく朝食を口にしているのだった。
…………ああ、この屋敷にはもう一人同居人がいたか。
『その男』のことを思い出すと、先日の出来事も同時に思い出して、私は苛立ちと共にパンの切れはしをスープで流し込んだ。
「ごちそうさま」
食事を食べ終えてソファの方へと戻る。
優雅な朝に不快な感情を持ち込むのは相応しくない。私はひとまず、我が最愛のペットを愛でて気分を紛らわせることにした。
私のペット――キングスフォード・ゼルトマン、通称ゼル帝――は、私の慧眼に敵ったドラゴンの幼体である。
寝ても覚めても、卵に神聖な魔力を注ぎ続けた結果、ゼル帝は高い魔力を持った素晴らしい逸材としてこの世に生を受けた。
いつか彼を駆って空を飛び回るのが私の当面の夢である。
どこぞのアホ男は、この麗しきゼル帝がただのひよこだとかなんとか文句をつけてきていたが、そんなことがあるわけがない。
きっとあの男の脳内は、普段からエロい事しか考えていないから中身がスッカスカなのだ。才色兼備のこの私を見習ってほしいくらいである。
「……って、なんで私はまたあの男の事を考えているのよ」
はぁ、とため息をついてゼル帝の頭を撫でると、ピヨ、とつぶらな瞳で私を見返してくれる。
あの男――カスマ、クズマ、アクセルの鬼畜男等、数々の不名誉な渾名を現在進行形で量産している情けない男。
私をこの世界に無理やりに引き込んだヒキニート、佐藤和真。
ヤツにもゼル帝の愛らしさの1/100でもあればいいのに、と思わざるを得ない。
脳裏に浮かぶのは先日の出来事。
魔王を倒し街に凱旋した私たちは、熱狂と共にアクセルの人々に迎えられた。
老若男女問わず私たちを褒め称え、尊敬のまなざしを向けてきてくれて、熱狂冷めやらぬままに酒場に突入し。
上機嫌な冒険者たちが奢ってくれるというので、言葉に甘えて勝利の美酒に酔っていた。
この日の私の宴会芸は過去最高に出来が良かった。それは魔王討伐を倒した達成感と、胸の内に灯ったよくわからない感情の影響だったと思う。
その感情は、意識すると背筋がむず痒くなってくるけれど、別に不快なものではなくて、……むしろ嬉しくて、とても暖かい感情。
私は心の中に芽生えた未知の感情をそっと確かめながら、勝利の花鳥風月を周りに振りまいていた。
そんな私の耳に届いてきたのは、男冒険者たちと得意げに話しているカズマの声。
「まっさかカズマが魔王を倒した英雄になるとはなぁ。いよっ、伝説の勇者カズマ!」
「おいおいやめろよ、そういう事は……もっと言えよ野郎ども! もっとこの勇者カズマさんを褒めたたえるんだよ!」
「見事に調子乗ってんなー。しっかしまぁ、魔王を倒したとなると金はバカみたいに入ってくるし、女もよりどりみどりになるんじゃないか?」
それを聞いて、私は扇子を動かしていた手を止めて、そちらの方を流し見た。よく見るとめぐみんとダクネスも酒を飲んでいた手を止めてカズマの方に向き直っている。
三人の視線が交わっていることに気が付かないまま、カズマは得意げに胸を張ると、
「金は案外そうでもないんで、報奨金を元手にしてまた増やすとして……、やっぱり魔王を倒した勇者とかモッテモテだよなぁ! いやー困っちゃうな! 俺の身体は一つしかないんだけどなー! まあでも向こうから寄ってくるんじゃあ仕方ない――」
そこまで言って、あの男はふいに立ち上がると、酒場の中に響き渡るような大声で、
「よーしパパ、ハーレム作っちゃうぞー!」
そんな舐めたことを抜かした。
その後の顛末については言うまでもない。楽しい楽しい宴会に水を差した罪で、私たちは宴会のあとにあの男を屋敷から締め出した。
ぶつくさと文句を垂れていたが、完全な自業自得だ。結局その日から、カズマはまだ屋敷に戻ってきてはいない。
カズマなりに反省しているのかもしれない。……いや、あの男が反省なんて殊勝なことをするとは思えない。
大方どこかで時間をつぶして、ほとぼりが冷めるのを待っているのだろう。小癪なあの男の使いそうな手である。
それにしても、どうしてこんなにもイライラするのだろうか。私はゼル帝を両手で包み持ちながら、天井を見上げた。
カズマが性欲の塊であることは、今に始まったことではない。あの男は屋敷にいる時から私たちを嘗め回すような目で見るのが日課のようなものだったのだから。
それを知っているのにもかかわらず、私はカズマのあの発言を聞いてから、胸の中にずっともやもやしたものを抱え続けている。
めぐみんやダクネスが怒るのは理解できる。あの二人はなぜだか知らないがカズマに惹かれている。それは一緒に暮らしていれば嫌でも気付くし、憎からず思っている相手があんなアホな発言をすれば憤りもするだろう。
だけど私は、あんな発言は華麗にスルー出来るはずだった。私はカズマのことなんて何とも思っていない。
何とも思っていない……はずなのだから。
そこまで考えてから、私は正面に戻した視線の先に、カズマのジャージがぐちゃぐちゃで置かれていることに気が付いた。
どうやら二人は、洗濯物を畳むのを忘れたまま出かけて行ってしまったらしい。……わざとかもしれないが。
ふぅ、と一つため息をついて私はそのジャージを畳んでおくことにした。
無造作にほっぽりだされているジャージを手に取って畳もうとして――
「……カズマの匂いがする」
無意識のうちにそのジャージに顔を近づけていた。
そんな自分に気が付いて、慌ててジャージを投げ飛ばす。
「って私は何をしてるの!? バカなの!? そんなことしたら神聖な私の身体が穢れちゃうじゃない!!」
だめだ、顔が熱い。私はあーだこーだと言い訳をしながら投げ飛ばしたカズマのジャージを拾い、上下ともに畳んで膝の上に置いた。
置いてから、少しボーっとしてその場に佇む。
それから、ひとりごちた。
「……カズマのバカ」
そこでもやっぱり口から出てくるのはカズマへの悪態。
口を開けばカズマ、カズマ、カズマ。なんだか、さっきからカズマの事しか考えていない気がする。
どうして私の大事な思考力をカズマのためなんかに使わなきゃならないんだろう。
私は少し躊躇してから、カズマのジャージをぎゅっと胸元で抱きしめた。
……本当は、さっきからカズマのことばかり考えてしまうその理由はわかっている。その事実から目をそらそうとしても、やっぱり思考は堂々巡りしてそこに立ち返ってしまう。
少し前から、カズマの一挙一動が気になるようになった。
カズマと話していると安心する自分がいた。
カズマとの時間を楽しんでいる自分がいた。
それにぼんやりと気付いたのは、セレナの策略から助けてもらった時。
私の言葉を蔑ろにせずに、カズマは一人でセレナに挑んで、ついには打ち破り、私を助けてくれた。
警察に捕まったり、助平な本性をさらけ出したりして、とても格好いいとは言えない姿だったけれど、それでも必死に私を助けようとしてくれたカズマの姿は、とても頼もしかった。
明確に意識し始めたのは、魔王を討伐してから。
一人で飛び出していった私を、全財産を使い切ってまで追いかけて助けに来てくれて。
ついには自分の命まで犠牲にして魔王を倒し、私を天界に返してくれた。
そんなカズマの姿は、悔しいけれど……すごく格好良かった。
それからだ。私の思考のほとんどをカズマが占めるようになったのは。
私のために頑張ってくれる、いろいろなカズマの姿が、脳裏から離れなくなったのは。
カズマの事を想うと、少し背筋がむずむずして、でもとっても胸が暖かくなって。
でもあの時のカズマの言葉を思い返すと、そんな心地よい暖かさに嫌な靄がかかる。
あんな姿を私に見せて、私にカズマの事ばかり考えさせているくせに。
カズマはハーレムを作ろうなんてふざけたことばかり口走っている。
きっとあの男は、お金目当てで近づいてきた女の人ですら、鼻の下を伸ばして受け入れるのだろう。
色情魔のカズマのことだ、目の前の快楽に流されて大切なことなんてすぐに見失ってしまうだろう。
めぐみんがいるのに。ダクネスがいるのに。……私がいるのに。
私たちがこんなに近くにいるのに、ちやほやされて天狗になっているあの姿は、どうにも腹立たしくて仕方がない。
……そこまで考えて、気が付いた。
私の行動や思考は、めぐみんやダクネスとどこか似通ってはいないだろうか。
カズマの発言に腹を立てたり、カズマの一挙一動に視線がつられてしまったり。二人のそんな姿を、私は傍から見続けていた。
今の私は二人と同じだ。カズマの事を憎からず思っている二人と同じだ。それはつまり――
「私はカズマの事が――好き?」
口に出してから、猛烈な恥ずかしさに襲われて、カズマのジャージを抱きしめたまま床をゴロゴロと転がる。
「~~~~~~~~ッ!!?」
ごろごろごろごろごろごろ。
ごろごろごろごろ。
ごろごろ。
ひとしきり転がってから、私は荒くなった呼吸を整えて、改めて座りなおした。
それから、ついさっき自分の中で出た結論を、もう一度口の中で嚙み締めた。
「そっか、私はカズマの事が……好きだったんだ」
それを口に出すと、やっぱり顔が馬鹿みたいに熱くなるけど、不思議とそれは嫌じゃなくて。
私はカズマのジャージをぎゅーっと強く抱きしめて、ぽつりとつぶやくのだった。
「会いたいなぁ、カズマ……」
☆
暫くその場で佇んでから、私はひとしきり部屋の中を片付けた後、再びソファに腰かけていた。
一度意識してしまうと、もう本当にカズマの事しか考えられなくなってきて。
神聖な女神様がヒキニートに惚れるなんて、きっと前代未聞だろう。
だけれど惚れてしまったものは仕方がない。恋には立場の差など意味をなさないのだろう。あのリッチー――キールと言ったか――の話を、私はぼんやりと思い出していた。
胸の内に想いが溢れていっぱいになって、どうしようもなくなってくる。
今すぐにこの気持ちを伝えたい。だけどカズマはここに居ない。そのもどかしさすら少し嬉しい自分に気が付いて、また頬が少し熱くなった。
だけれど、この気持ちを伝えるには、とても大きな問題がある。
今の私は、めぐみんやダクネスと同じ立場には並べていないということだ。
カズマがあの二人を見る目と、私を見る目を見比べてみればわかる。
なんだかんだ言って、カズマは私たちの事を全員大切に思っているだろう、ということはわかる。……素直じゃないカズマは、絶対に否定するだろうが。
だけれど、その「大切」のベクトルは、きっと私とあの二人で違う方向に向いている。
それではだめなのだ。
私だって、カズマとそういう仲になりたい。だけれど今のまま気持ちを伝えても、カズマが感じるのは戸惑いの方が大きいと思う。
だからまずは、二人と同じスタートラインに立つことだ。それから気持ちを伝えても、きっと遅くない。
告白のための計画を頭の中で考え始めた私の耳に、玄関の方からノックの音が聞こえてくる。
心臓がドキッ、と跳ねる音が聞こえた。
もしかしたら、カズマが帰ってきたのかもしれない。そう考えると途端に、胸に湧き上がる嬉しさとともに緩んでしまう頬を必死に抑えた。
もしもカズマが帰ってきたのなら、まずはちゃんとお礼を言おう。
それから、今考えたことをカズマに話してみよう。
上手くいくかどうかはわからないけれど、カズマとの旅行なら、どんなものでもきっと楽しくなるはずだ。
勢いのまま駆け出しそうになる足を押しとどめて、私は両手を組んで祈りを捧げる。
気休めにしかならないかもしれないけれど、始まったばかりの私の恋路が、良きものでありますように、という思いを込めて。
私は高らかに、その魔法を唱えた。
「――『
体を包む光を見届けてから、私は。
大好きなあの人に会えることを心待ちにしながら、玄関へと走っていくのだった。
Twitterにて素敵なイラストを拝見致しましたので、作者の「もにょ」さんに許可を取って挿絵として使用させていただきました。
『それゆけ駄女神珍道中』のラストに掲載しておりますので、よろしければぜひご覧ください。アクア様かわいい。