「……私と、デート、してくださいっ」
その言葉を受けた俺は、甘酸っぱい雰囲気に流されたまま、二つ返事で了承しようとして――
(いや、ちょっと待て)
そこでふと気が付いた。
ここのところこういうラブコメ的イベントが増えてきたことは確かだ。めぐみんやダクネスとも、仲間とも家族とも恋人ともつかない微妙な関係を築いていることも事実である。
しかし、俺はこういう雰囲気になるとどうしても雰囲気に流されて本質を見失う傾向にある。故に一度頭を冷やして考えるべきだ。
よく考えろ。目の前にいるのはあの駄女神だぞ?
少し女神様らしい雰囲気を醸し出したところで、それは所詮一時のまやかしに過ぎない。
そうだよ。俺にお礼をすると言っているのに「私とデートしてください」というのはよくよく考えればおかしな話だ。
こいつのことだ、「高貴なこのアクア様とのデートはあんたにとってはご褒美でしょう? お礼よ、ありがたく受け取りなさい」なんて舐めたことを抜かすに違いない。
そう思った俺は、一つ咳払いをしてから冷静に返事を返した。
「ちょっと待て、アクア。お前とデートすることがお礼になるって言うのが俺にはよく理解できないんだが」
「あっ、デートって言うのは、その言葉の綾っていうか。まあ要は、一緒に観光でもして、疲れを癒しましょう、って言いたかっただけでね!? もちろん、費用は私が全部出すから」
手を顔の前でわたわたと動かしながら殊勝なことを言い連ねるアクア。
……あれ。ものすごくまともなお礼じゃないか? 先ほどまでの自分の穢れた思考が恥ずかしくなってきたんだが。
「もちろん、無理強いはしないわ。私が個人的にお礼したいと思ってるだけだから」
そう言って微笑むアクアを見て、俺は自分の中の邪念が取り払われていくのを感じた。
アクアはどうやら純粋に俺に恩返しがしたいだけのようだ。いくら普段の行動や言動がアレだからと言って、今のアクアの善意を信じてやらないのは、アクセルの鬼畜男たるこの俺でもさすがにダメだと思う。
俺は黙り込んだ俺に少し不安そうな視線を向けているアクアに、返事を返した。
「いいぞ。ここのところ落ち着いて過ごすことがなかったからな。ゆっくり羽を伸ばすのも悪くない」
「い、いいの?」
念を押すようにこちらを覗き込んでくるアクアは、しかし先ほどとは打って変わって笑顔を浮かべている。
俺は相変わらずわかりやすいこの女神に、表情を緩めてもう一度了承の意を告げて――
「それじゃあすぐ出発しましょう! 水と温泉の都、アルカンレティアに!」
「断る」
にこやかに手のひらを返した俺の言葉に、アクアは満面の笑みを凍り付かせるのだった。
☆
アクアは固まった笑顔をギギギ、と擬音が付きそうなぎこちなさで無理やり動かすと、どうにか言葉を紡いだ。
「や、やだもーカズマさんったらー。相変わらず冗談がお上手なんだからーウフフー」
「いやだなーアクア。俺が本気で言ってることがわからないお前じゃないだろー? そういう訳で俺は寝る」
ああ、無駄な時間を過ごした。
俺は少しでも疲れた体を癒すために瞳を閉じてソファに寝っ転がり、羊を数えながら夢の世界に旅立とうとした。
「ふああああああああああああ!! あああああああああああ!! うあああああああああああああああああ!!」
「ちょっ、なんだよいきなり、やめろ、首元を掴むな!」
しかし、次の瞬間、泣き声を上げながら掴みかかってきた駄女神により、俺の安息の時間は再び阻止されてしまった。
駄女神は俺を掴んで前後に揺さぶりながら、嗚咽交じりの抗議の声を上げる。
「酷すぎるんですけど! いくらなんでも酷すぎるんですけど! 何が不満なのよ勇気だして頑張って言ったのにあんまりよぉ!!」
「うるせえこの駄女神が! お前は俺の慰労の為に提案したつもりだろうが、どう考えても俺の心労が差し引きプラスになる未来しか見えねえんだよ! 大体よくよく考えたらお前と二人で出歩くとか何の罰ゲームだ、歩けばトラブルに当たる体質のお前と二人だけで旅行とか真っ平御免だボケ! まして行き先がアルカンレティアとかバカか? お前俺の胃をストレスで溶かしつくすつもりか、あぁ!?」
「また駄女神って言った! しかも私とのデートが罰ゲームだって言ったぁ!!」
不毛な言い争いをしながら、俺は暫くの間アクアと取っ組み合いの喧嘩を繰り広げる。
「大体お前さっき無理強いはしないつったよな!? だったら俺が断ってもいいだろ別に! とっととこの手を離せよ俺は寝るんだよ!」
「一回OKって言ったのに即手のひら返すのは考えてなかったんですけど! 普通に断られたのなら引き下がりもするけれど、こんなの納得できないわよ!」
「俺がOKっていう前に行き先を告げてなかっただろうが! こういうのは詐欺って言うんだ詐欺って! 信者と似たような手を使いやがって、ペットは飼い主に似るというが、飼い主もペットに似るもんなんだな!」
「私だけじゃ飽き足らず私の信徒まで侮辱したわね!? しかも私のことをペット扱いしたわね!? もうほんとにあったま来た、ぶっ殺してやる!!」
「人のセリフをパクってんじゃねーよ!」
どこぞの脳筋クルセイダーのようなセリフを吐き始めたアクアが、血走った目で先ほどよりも力強くこちらに掴みかかってきた。
お互いの頬を引っ張り合ったりプロレス技を掛け合ったりしながら、先ほどの甘酸っぱい雰囲気よりも、こんな時間の方がどこか安心できる自分がいることに気付いて、俺は内心でため息を吐いた。
☆
「はぁ、はぁ……。くそ、思ったより手こずらせやがって」
「グス、ひっぐ、うえぇ……。あんまりよぉ……」
ソファに腰かけて汗をぬぐう俺と、縄で後ろ手に縛られ、地面に転がされているアクア。勝者と敗者がはっきりとわかる素晴らしい構図である。
このバカはステータスだけは高いので、まともに戦っては俺に勝ち目はない。そのため、もちろん搦め手をつかわさせてもらった。
普通にバインドを掛けるだけではブレイクスペルで解除されてしまうので、まずドレインタッチで体力の底を尽かせてから、改めてバインドを掛けた。
こいつの魔力は底知らずなので、そちらをいくら吸っても焼け石に水だった。相変わらず、カタログスペックだけは優秀な駄女神である。
「我が敬虔なるアクシズ教徒たち、ごめんなさい……。私はこの性獣に汚されてしまったわ……」
「誤解を招く言い方はやめろ! 普通にドレインタッチ掛けても抵抗されて吸えないからくすぐったりしただけで、不可抗力だ!」
「嘘おっしゃい! 私のあんなところやこんなところをまさぐったくせに!」
「まままさぐってねーし! 脇とか腰とかくすぐってるときにたまたま当たっただけだし!」
「あくまでそう言い張るのなら、あの二人にもその言い訳を聞いてもらおうじゃないの!」
「ごめんなさい、俺が悪かったです」
あっさりと折れる俺。所詮、女性側がセクハラを主張したとき、男に言い訳の余地など残されてはいないのだ。
俺はアクアのバインドを解くと、すっかり冷えた紅茶を一気飲みして、思い切り脱力した。
「はぁ、体を休めようと思ってたのに、逆にものすごく疲れたんだが」
「私もすっごく疲れたんですけど……。ちょっと、ドレインタッチで吸った体力返しなさいよ」
「しゃーねーな、ちょっとだけだぞ」
俺はアクアの手を握ると、先ほど吸ったアクアの体力を、普通に動ける程度には返してやった。
アクアはそのまま俺の手を借りて立ち上がると、手を握ったまま隣に腰かけて、身体を寄せてきた。
さっきあれだけもみくちゃになっていても、特に何も感じなかったというのに、たったこれだけの触れ合いで、俺はまた自分の顔が熱を持ってきているのを感じていた。
本当にどうしちまったんだ、俺は。こいつにドキドキするなんて普通にあり得ないだろ! しっかりしろ、俺。
自問自答する俺の心中を知ってか知らずか、アクアは片手で握っていた俺の手に、もう一方の手を重ねて、ぽつりとつぶやいた。
「ねえカズマ。どうしてもだめかしら?」
「……別に俺だって、お前と出かけるのが本当に嫌ってわけじゃないけど。でも、アルカンレティアじゃおちおち観光もしていられないのも事実だろ。ダクネスと居た時ですらあれだけ絡まれたんだから、ましてお前と一緒じゃあ……」
「信徒の子たちには、私からよく言っておくから。私の言うことならよく聞いてくれるはずよ」
「……でもなぁ」
「カズマさん、カズマさん」
アクアの説得を受けてもまだ思い悩む俺に、アクアは俺の手を両手でぎゅっと握り、祈りを捧げるような姿勢を取り。
こちらを不安げに見つめながら、上目遣いで言ってきた。
「…………どうしても、ダメですか?」
……それはずるいぞ、アクア。
その姿が、セレナの陰謀でアクセルから排斥されそうになった時、俺に見せた姿と重なり。
アクアをそんな表情にさせたのが自分だと思うと、言葉で言い表せないもどかしい感情が湧いてきて。
俺は、こいつにはいつでも、悩みとか不安とは無関係だと声高々に主張するような、アホっぽい笑顔を浮かべていてほしいと思ってるから。
俺はガシガシと頭を掻いて、一つ大きなため息を吐き――
「――しょうがねえなぁ!」
その言葉を聞いたこの駄女神の表情を見て、俺も釣られて笑みを浮かべるのだった。