王都の中を歩いていく俺たちには、先ほどとは違って人が駆け寄ってくることはない。
また、先ほどまでは尊敬の念が籠った視線が投げかけられていたが、今はどうにも生暖かい目で見られている気がする。
その理由は明白だ。この駄女神がこの街のど真ん中でも握った手を離そうとしないからである。
それも俺たちの手の握り方は所謂恋人繋ぎというやつだ。普通の握り方なら単に仲が良いくらいに思われるかもしれないが、この握り方をして街中を歩いていては傍から見ればどう見ても恋人である。
俺は読唇術を発動する気にもなれず、とても気まずい思いをしながら手を引かれて歩いていた。
前を行くアクアは、先ほどの恥じらいと不機嫌はどこへやら、機嫌がよさそうに鼻歌すら歌いながらどんどんと歩いていく。
俺はその背を恨めしそうに見ながら、ふと思い出したことを問いかけた。
「そういや、王都でちょっと買い物するとかなんとか言ってなかったか?」
「……あっ! すっかり忘れてたわ。カズマ、私ちょっと先に行って買い物してくるから、この周辺で待ち合わせね」
アクアはパッと手を離して俺から離れると、スキップをしながら町の雑踏へ消えていった。
俺は自由奔放な駄女神を白い目で見送った後、周囲の店の物色に励むことにした。
「あれ、助手君? そんなところで何してるの?」
そこに、見覚えのある銀髪の少女が声を掛けてきた。俺は気の置けない友人であり、尊敬できる女神様であるその人に手を上げて答えた。
「おう、クリス。お前こそこんなところで何してるんだ?」
「あたしは色々と商品を物色しに来たのと、……例の仕事でね?」
「……ああ」
面の顔は盗賊の少女であるクリスだが、その裏の顔はこの国の国教であるエリス教のご神体、女神エリスその人である。
そして彼女の言う例の仕事と言うのは、アクアのアホが転生者にポンポン渡しまくった強力な装備――神器が悪意ある存在の手に渡り、世界を脅かすことを防ぐため、それらを回収し、然るべき場所に封印することである。
俺も何度か彼女と共に神器の回収に赴いたことがある。あんな危険な仕事を、この世界の人々の為に人知れず行い続けるこの人は、俺がこの世界で最も尊敬できる人物である。いや、神物か。
「んで、助手君は何の用なのさ? ここのところアクセルで宴会ばっかりしてたじゃない」
「ああ、俺はな……」
事の経緯をかいつまんで説明すると、クリスは興奮したように身を乗り出してこちらの肩を掴んできた。
心なしか目がキラキラして、頬も赤く上気している。
「うわぁー! ふわぁあ! あの先輩とカズマさんがそんな! そんな関係になるなんて!」
「ちょっ、落ち着けクリス。俺とアクアは別にそういう関係になったわけじゃ……」
「もう、そんな照れなくてもいいですよカズマさん。そっかぁ、あの先輩が……。ふふ、これはいいことを聞きました」
「……あの、エリス様。素が出てますよ」
「お、おっと、これは失礼」
ゴホン、と咳ばらいをして顔を赤くする女神様はとても可愛らしい。可愛らしいのだが。
エリス様がこういう話を好んでいるという事実は、特に知りたくもない情報だった。
「……エリス様、恋バナとか好きなんですか? 意外と俗っぽいところがあるんですね」
「女の子はいくつになってもそういう話が好きなものなんだよ? わかったら助手君、少し黙ろうか」
「……ああ、天界みたいなところに居ちゃ恋愛とは縁があまり……。エリス様、俺が恋愛相手、いや結婚相手になっても」
「うるさいですよ、うるさいですよカズマさん。あまり私をからかうと恐ろしい罰を当てますからね」
エリス様は顔を赤くしながらこちらを睨んでくる。特に怖くはないのだが、この人の当てる罰は割とシャレにならないものが多いので、女神様いじりはこの辺にしておくことにしよう。
「そもそもデート中にほかの女性をからかうなんて言語道断です。以前から思っていましたが、カズマさんにはデリカシーというものが少し欠けて……」
「エリス様、エリス様。アクアが帰ってきちゃいそうですし、その辺で……」
「……それもそうだね。まあ助手君を説教するのはまたの機会にしよう」
そう言って、クリスは目を伏せてため息を吐く。毎度思うが、この切り替えの早さは見事だと思う。
俺はそのまま手を振ってその場を立ち去ろうとしたクリスに、今思いついた相談事を投げかけることにした。
「クリス、実は俺、アクアに渡す贈り物と、めぐみんやダクネスに渡すお土産を探してるんだが、何かいいものは無いかな?」
「ほう、助手君。デート中の贈り物はポイント高いね。女神ポイントを5ポイント上げるよ」
クリスはしたり顔でそんなことを言った。女神ポイントってなんだ。前にアクアも同じようなことを言っていた気がするが、女神の間で流行ってるのか。
「まあめぐみんとダクネスへのお土産はアルカンレティアで買うとして、アクアに渡す贈り物は食い物か酒でいいと思うんだけど、何かおすすめの……」
「あーだめだめ。デート中に飲食物をプレゼントするとかデリカシー0だね。女神ポイントマイナス10だよ」
今度はやれやれといった表情でかぶりを振るクリス。女神ポイントマイナスになっちゃったよ。というかノリノリですねエリス様。
「こういう時の贈り物は装飾品とかが良いと思うんだけど、ここらで装飾品を扱ってる店と言うと少し遠いね。そうなると、うーん……」
クリスは顎に手をあてて考え込むようなポーズをとると、暫くののちに何かひらめいたように顔を上げて、身に着けたポーチをゴソゴソと探り始めた。
少し経って、クリスは目当てのものを探し出したのか、ポーチから何やら指輪を二つ取り出して、こちらに差し出してきた。
「なんだこれ? 結構高価そうな指輪だけど」
「……ここだけの話だよ? これは神器の一つでね。この指輪を持っていると、魔力を流し込むことでお互いにお互いがどこにいるのかを感知できるんだよ。まあ、日本で言えばGPSみたいなものかな」
「そりゃまた便利アイテムだな。……悪用しようと思えばいくらでもできそうだが」
「本当は神器を一般人に受け渡したりしちゃダメなんだけど、今回ばかりは特別。助手君、これを君にタダであげよう。アクアさんにプレゼントするにはぴったりのものでしょ。この事は内緒だよ」
「……いいのか? 俺がアクアに渡さずに、悪用しないとも限らないぞ?」
「長い付き合いだ、君が根っこは善人だってことは良く知ってるよ。それに……」
クリスは悪戯っぽい笑みを浮かべて、小さな声で囁いてきた。
「……先輩の事だから、いつまたフラッと居なくなるかもわかりません。先輩がどこかに行ってしまったら、カズマさんがちゃんと探し出してあげなきゃいけないでしょう?」
「…………」
以前、アクアの大馬鹿が俺たちを置いて魔王討伐へと向かった時。
あいつを追いかけて、俺たちのところに連れ戻すには、確かにとてもとても苦労した。
あのバカは、めったなことでは屋敷を動かないだろうが、いつまた思い詰めてどこかへ消えてしまうかもわからない。俺たちがどれほど苦労してあいつを見つけ出すのかも知らずに。
確かに、あの駄女神がフラフラしないように、俺たちがしっかり手綱を握っておいてやる必要があるとは思う。
俺はクリスに軽く礼をして、その指輪を受け取った。
「……そういうことならありがたく頂くよ。こんな貴重なもの貰っちゃって、今度何かお礼をしないとな」
「このデートがどうなったか、後で聞かせてもらえればいいさ。それじゃ、あたしはそろそろ行くとするよ」
クリスはひらひらと手を振って、その場を立ち去ろうとして。
そこでふと思いついたように、こちらに踵を返すと、祈るように両手を胸の前で組んで、笑顔で俺を見上げ、
「……今日の二人が上手くいくように、あたしからも一つ贈り物をあげよう。……『祝福を!』」
この女神様が司る、幸運を授けてくれる魔法が俺の身体を包み込んだ。
そうして今度こそクリスは、にこやかに頷いて、その場から足早に去っていった。
「はぁ、本当に女神様だなぁ」
エリス様のあまりの女神ぶりに感嘆のため息が出てくる。流石に、俺が思うこの世界のメインヒロインは伊達じゃない。
今、あの駄女神とエリス様を交換出来たら楽しいだろうな、と考えて、さすがにこれはダメだなと自分を律する。
まあなんだかんだ言ってあの駄女神とのデートも楽しいと言えば楽しい。これからアルカンレティアに行くことを考えると少し憂鬱だが。
俺が手渡された指輪をまじまじと眺めて時間をつぶしていると、アクアの声が遠くから聞こえてきた。
「カズマー? 待たせちゃってごめんねー」
「おうー。……あれ? お前何も買わなかったのか」
アクアは手に何も持たずに帰ってきた。こいつの事だから酒とか食いものをたくさん買ってくるものだと思っていたのだが。
その言葉を聞いたアクアは途端にしたり顔になり、腕組みをして言った。
「私だってバカじゃないわ。さすがにデート中に大荷物で飲食物を持ち歩くなんて下品なことはしないわよ」
「……おう、そうか」
俺はこいつ以下の品性の持ち主だったのか。地味に傷つく。
そのままアクアはピッ、と人差し指を立てて、言葉を続けた。
「ちゃんと宅配サービスを使って、屋敷に高級酒と霜降り赤ガニを送ってもらったわ。これでデートの終わりには、ちょうど美味しいおつまみで美味しいお酒が飲めるって寸法よ。どうどう? 頭いいでしょ?」
「うん、安心した」
今日は俺の中でのこいつの印象の乱高下が激しいが、やはりどうあっても中身は駄女神であることがよくわかって、少し安心した。
アクアはその言葉を聞いて、不満そうに何かを言おうとしたので、俺はその言葉を制止させた。
「まあ待て。俺も一応プレゼントを買ったんだよ」
「え。カズマさんがプレゼントなんて気の利いたことをするなんて、超意外なんですけど」
「はったおすぞお前」
本当に意外そうに眼を見開いている駄女神。俺はこいつらの中でどういう扱いなんだ。
「私の審美眼は厳しいわよ? さあ見せてみなさい! 女神ポイントで採点してあげるわ!」
だから女神ポイントってなんなんだよ。
そんな疑問をぐっと飲みこみ、俺はポケットから先ほどもらった指輪を片方取り出して、アクアに手渡した。
「ほれ、これをやるよ。新品じゃないから、傷とかあるかもしれないけど……」
「…………」
アクアはその指輪を受け取った瞬間、黙りこくったままぽーっとその指輪を眺め、惚け始めた。
俺が声を掛けることもできず、手持無沙汰になっていると、アクアが指輪を空にかざして、ぽつりと一言、
「……きれい」
そう呟いて、頬を赤くしたままこちらを向いて、ほほ笑んだ。
「ありがとうカズマ。大切にするわね」
その笑顔は、エリス様とも負けず劣らず、綺麗な笑顔で。
俺は思わぬアクアの反応に、その笑顔を直視できず、ただそっぽを向くのだった。
はい、まだ王都です。
あと何とは言わないけど被りました。