この恋する女神様に祝福を!   作:山童

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夜のとばりが降りる頃

 アクアから大分遅れて風呂から上がった俺は、浴衣に袖に通して旅館の玄関へ向かう。

 そこには俺と同じように浴衣に身を包んだアクアが物憂げに佇んでいた。

 湯上りで上気した頬や、しっとりと濡れて少し肌に張り付いている髪。

 その横顔は、どこか儚げな美しさを醸し出していて、俺は思わず数秒の間見惚れてしまった。

 ……と、いかんいかん。

 いつまでも色ボケしていては、感づかれた時にアクアが調子に乗ってなにをやらかすかわからない。

 それにしても、やっぱ見てくれだけはとんでもなく綺麗なんだよなぁ、このアホは。

 これで中身がまともなら……と遠い目をしながらアクアに歩み寄っていくと、こちらに気付いたのか、少し頬を染めて声を掛けてきた。

 

「お、遅かったわね。待ちくたびれちゃったんですけど」

「いや、そんな大して待たせてないよな?」

「女の子を待たせて開き直るとかありえないんですけど! まあ私は寛大だから許してあげるわ」

「女の子とか――」

「封印」

「はい」

 

 ……そもそも、アクアはいつでも調子に乗っているということを忘れていた。

 だがのぼせ上った頭を覚ますにはちょうどいいやり取りだった。

 俺は普段通りのやりとりのお陰で冷静さを取り戻すと、所在なさげに置かれているアクアの手を取って――

 

「ひあっ!!」

 

 思い切り振り払われた。

 いくらアクアが相手とは言え、そんなばっちぃものを触ったような反応をされると普通に傷つくのだが。

 ……右手はばっちくないようにちゃんと念入りに洗ったぞ。しかも手を取ったのは左手の方だし。

 訝し気な目で挙動不審な駄女神を見ていると、暫くぶつぶつと呟いていたアクアは俯いていた赤い顔を上げた。

 

「いきなり触ってこないでほしいんですけど。ビックリするじゃないの」

「なんなんだいきなり。さっきは別に手を繋ぐのくらい気にしてなかっただろ」

「そ、それはそうなんだけど……」

 

 アクアはもじもじとして、よくわからない言語をもごもごと言いよどんでいる。

 まともに相手をするのが面倒くさくなったので、俺は踵を返して歩き始めた。

 

「わかったわかった。もうなんでもいいから早いとこ土産でも買いに行こうぜ。いつの間にか日も落ちて来たから、暗くなるまでには旅館に帰りたいし」

 

 そのままアクアを置いてスタスタと歩いていると、突然浴衣の袖を引っ張られる感覚があって俺は思い切り前につんのめった。

 危うく地面とキスするところだったところを辛うじて持ちこたえて後ろを向くと、アクアがちょっと涙目でジトーッとこちらを見てきた。

 

「……なんだよ」

「…………」

「だからなんだよ!」

 

 何を言うでもなくただジト目でこちらを見てくるアクア。

 ダメだ、いつも以上に面倒臭いぞ、こいつ。

 俺が如何すべきかわからず、途方に暮れて立ち尽くしていると、アクアは視線を彷徨わせながらおずおずと囁いてきた。

 

「て、手、繋ぎましょ」

「んあ? さっきは手振り払ってきたじゃねーか」

「あ、あれは、照れ臭かったというかなんというか……」

 

 そしてまたもにょもにょとよくわからない言語を呟き始める。

 いい加減痺れを切らした俺は、アクアのほっぺたを掴んでぐにゅぐにゅと引っ張ってやった。

 

「ええいめんどくさい! はっきり言えはっきり!」

「い、いひゃいいひゃい! ほおをひっふぁらないれ! はなひゅ! はなひまひゅ!」

 

 ようやく観念したようなので頬を離してやると、アクアは半ベソをかきながら頬をむにむにと撫でてから、ぼそぼそとしゃべり始めた。

 

「……だから、照れ臭かったというか……」

「それはさっき聞いた」

「だ、だからぁ! ついに告白しちゃったんだなぁ、って思ってたらなんか恥ずかしくなってきちゃった、って言うか!」

「うお、おぅ……」

 

 予想以上に乙女な返答が返ってきたので、俺も思わず照れて口ごもってしまう。

 それに目ざとく気が付いたアクアは、真っ赤な顔でいつもの調子で煽り始めた。

 

「ほ、ほら! カズマだって照れてるじゃないの! やっぱり童貞ニートにはこの麗しの女神様との混浴からの告白は刺激が強すぎたかしらね!」

「別に照れてねぇし!? これはあれだよ、湯上りだから体温が上がってるだけだし! というかお前こそ何乙女みたいなリアクションしてるんだよ。お前そういうキャラじゃねーだろ!」

「はぁー!? 花も恥じらう乙女に対して失礼ねヒキニート! ちょっとたまたま偶然奇跡的にモテ期が来たからって調子乗ってんじゃないわよ!」

「花も恥じらう(笑)乙女(笑)」

「ふ、ふわぁぁぁぁぁ! 笑った! 今鼻で笑ったぁ! あんた本当に後で覚えてなさいよ!」

 

 そのまま普段通り言い争いながら、俺とアクアは街の方へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前にも言った気がするが、アクシズ教徒のいないアルカンレティアは本当に美しい。

 夕暮れのアルカンレティアは昼間とはまた違った姿を見せて、やさぐれた心を大いに癒してくれた。

 今度来るときにはアクシズ教徒が復活していると考えると気が滅入るほどだ。

 もう見ることのできない真なるアルカンレティアの情景を目に焼き付けてから、俺は手に持ったお土産と共に旅館の方へと歩いていた。

 

 アクアは王都の方で酒と食い物を買い込んでいたので、こちらでは飲食物には手を付けずに、よくわからないガラクタやらなんやらに目を輝かせていた。

 以前もドラゴンの卵と銘打ったあからさまに怪しそうな卵――実際ただの鶏の卵だったわけだが――を全財産をつぎ込んで買っていたこともある。

 おそらくアクアに財布のひもを任せればそれはもう凄まじい勢いで俺の財産が食いつぶされていくことだろう。それほどまでに壊滅的な金銭感覚である。

 そのため俺はガラクタを見つけては即決で買おうとするアクアを制止することに注意を割かなければならなかった。

 なんで観光の場でまでこいつのおもりをせにゃならんのだ。

 その上途中ガラクタを買えないことに文句を垂れてきたので、おみやげで買ったアルカンまんじゅうを一箱やると大人しくなった。

 ちょろい。

 その後はアクアが大人しくなっているうちにお土産を買い漁り、そのまま帰路へと着いたのだった。

 

「ふぅ、とりあえず着いたな」

 

 到着した宿の玄関で、手荷物を置いて一息つく。

 俺たちの足音を耳にしたのか、旅館の仲居さんが俺たちを出迎えに来た。

 

「おかえりなさいませ、アクア様、カズマ様。お食事の準備が出来ております」

「もうお腹ぺこぺこなんですけど。早く行きましょ、カズマ」

「そうだな。それじゃ、よろしくお願いします」

 

 仲居さんたちが部屋に荷物を運んでくれている間に、食堂の方に向かう。

 腹を空かせて訪れた食卓の上は、豪勢な食事で彩られており、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 

「こ、これはたまらん……!」

「ふふん、今日は私の奢りよ! 存分に食べなさい!」

「ありがとうアクア様!」

 

 みなまで言う前に食事にがっつく。

 とりあえず皿の上にドンと置かれてある霜降り赤ガニにかぶりついていると、視界の端にアクアがお酒を受け取っている姿が見えた。

 ……なんだろう、嫌な予感しかしないんだが。

 

「お、おいアクア。お前それ……」

「ん? ああ大丈夫よ。さすがに今日は控えめに飲むわよ。アクセルじゃあないんだから」

「そ、そうか……」

 

 さすがにアクアも自分を崇める宗教の総本山でゲロをぶちまけるような真似はしないか。

 それに、せっかくの楽しい旅行の場だ。

 あまり無粋なことを言って水を差すのはよろしくないだろう。

 

「そんじゃ、あんまし飲みすぎんなよ」

「わかってるわよ。すみませーん! おかわりちょうだい!」

「…………」

 

 俺は悪寒を振り払うように、豪勢な食事に舌鼓を打つのだった。

 

 

 

 

 

 ……まあ、事の顛末は言うまでもなく。

 

「かじゅま~。にゃんれ止めたのよぉ。わらひはまだまだいけるわよぉ」

「ああもうキリキリ歩け酔っ払い!」

 

 案の定、と言うか。

 この駄女神様は見事に出来上がってくださりやがった。

 高そうな酒をじゃんじゃん頼んでは飲み干し、周囲の高そうな食器を宴会芸に使い始め、久々の豪勢な食事を楽しんでいる俺にうざったく絡んできて。

 挙句の果てにはとんでもない金額の高級酒を気軽なノリで注文しそうになったので、俺は慌ててストップをかけて、食堂からアクアを引っ張り出したのだった。

 そうして、この酔っ払いに肩を貸しながら、俺は寝室へと歩いている道中という訳である。

 あまり揺らすとリバースする可能性が否めないため、慎重に運んでいると、思いのほか時間がかかってしまった。

 ようやく着いた寝室のドアを開いて、ベッドの方にアクアを誘導して、横たわらせる。

 

「う、ぅーん……」

「ったく……。何が自重する、だ。このバカ」

 

 軽くデコピンを食らわせてやると、アクアは軽くうめき声を上げて、蕩けた瞳でこちらを見る。

 俺は半分眠ってる様子の駄女神に布団を掛けると、とりあえず夜風にでも当たってくるか、と部屋を出ようとして。

 そこで思い切り後ろに引っ張られる感触があって、ベッドの方へと倒れこんでしまった。

 またか、と軽くデジャヴを感じながら手を引っ張った張本人の方を向くと、アクアはにへらとふやけた笑みを浮かべて、

 

「かーずま。一緒に寝ましょ?」

 

 甘えたような声色でそんなことを囁いてきた。

 ……正直ちょっとキュンと来てしまった自分が憎い。

 ここで抵抗するのは簡単だが、今日の旅行を提案してくれたり、費用を出してくれたりしたアクアには、一応それなりに感謝の気持ちは感じている。

 はぁ、と一つため息をついて、俺はいそいそと布団の中にもぐりこんだ。

 思えば、アクアとこうして二人きりで枕を並べて寝るというのは、駆け出し冒険者の頃ぶりかもしれない。

 あの頃は金もなくて、この駄女神と二人きりで糞寒い馬小屋の中で寝泊まりしていた。

 今とは比べ物にならないほど貧乏で、日々あくせくと働いては泥のように眠る日々。

 だが、今となってはそれなりに楽しい思い出だ。

 こうして天井を眺めていると、あの日々が脳裏に蘇ってくる心地がする。

 

 ……こっぱずかしいから絶対に本人には言わないが。

 もしも俺が、転生の時にアクアじゃなく、普通のチートを選んでいたとして。

 それはそれで、今とは比べ物にならないほど楽に異世界生活が出来ただろうし、馬小屋で寝泊まりするなんてこともなかっただろう。

 あのマクラギ……あれ、マツルギだったか? まあなんでもいいが、あいつらのように苦も無く高レベルになり、パーティーメンバーにも恵まれて、名声を欲しいままにできたのかもしれない。

 だが、そんなあったかもしれない日常が、今の日々よりも楽しかっただろうか、と考えると、俺はそうは思わない。

 このアホを選んだからこそ、めぐみんやダクネスとパーティーを組んで、ウィズやアイリスたちと出会うことが出来た。

 ここは碌でもない世界で、一緒にいるのは碌でもないパーティーメンバーだけれども、俺はあいつらのことを思いのほか気に入っているのだ。

 そしてその出会いは、あの時アクアを選ばなければおそらく成しえなかったことだ。

 だから、俺はこいつに、結構本気で感謝してしまっていたりする。

 ……絶対に本人には言わないが。

 

 これまでの日々を振り返りながら物思いに耽っていると、くい、と袖が引かれる感触がして、またそちらに身体を向けた。

 その瞬間、胸に押し付けられる柔らかい感触と、鼻腔をくすぐる甘い匂い。

 アクアが胸の中に飛び込んできたのだと気が付いたのは、少し意識を飛ばした後だった。

 アクアは相変わらずとろけたような表情でこちらを見上げてきて、俺の背に手をまわしながら、囁く。

 

「ねぇ、かずま。今日の朝のこと、覚えてる?」

「あ、ああ……。って、思い出させないでくれ、あれは……」

 

 気恥ずかしくなって目線をそらすと、アクアに無理やりに目を合わせられる。

 戸惑う俺をじっと見据えてから、アクアは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、

 

「ね、あの時しようとしてたこと――して?」

 

 そう言って瞳を閉じた。

 

 ……はい死んだ。俺死んだよ。

 童貞がこんなこと言われてノックアウトされないわけがない。

 うるさいぐらいに鳴り響く心臓の鼓動が恨めしい。

 なんということだろう。

 アクアが。あのアクアが。

 めちゃくちゃかわいい。

 

 ……今日を除いても、魔王を討伐する少し前位から、不覚にもアクアにときめいてしまう機会は稀にあったのだが。

 外見だけは絶世の美少女であるアクアが、まともな言動で迫ってきたら、こんなに破壊力があるものなのか。

 先日までの自分に言っても絶対に信じなさそうではあるが。

 

 瞳を閉じるアクアは、唇を突き出したまま俺の胸の中で身じろぎ一つしない。

 ここまでされて、しないという選択肢は存在するまい。

 据え膳喰わぬは男の恥と、俺は一つ息を吐くと、そっとその唇にキスを落とした。

 

「んっ……」

 

 アクアは鼻に抜けるような声を漏らして、そのキスを受け止めた。

 暫くののち、俺が唇を離すと、アクアは目を開いて、ぽーっと惚けたような瞳でこちらを見上げてくる。

 やめろ。そんな表情をされると我慢できなくなる。

 自制心をフルに働かせて耐えていると、アクアはさらに体を押し付けて、俺の顔に顔を近づけてきた。

 

「お、おい。何を」

「まだ。もっと、ちゅー」

 

 そう言って、また瞳を閉じて唇を突き出してくる。

 もうなにこいつ、可愛すぎるんですけど。

 こいつ本当に俺の知ってる駄女神か。

 知らないうちにエリス様と中身が入れ替わってるとかないだろうな。

 気を紛らわそうとしてそんな戯れな考えを思い浮かべても、全身から伝わってくる柔らかさと、女の子特有の甘い香りが、思考を溶かしてくる。

 結局俺は知らず知らずのうちに、またアクアの唇に吸い寄せられてしまったわけで。

 

 ――求められるがままに何度も何度も、ただ唇を触れ合わせるだけのキスを交わす。

 その内、募りに募った情欲はもはや抑えきれないぐらい膨らんできていた。

 というか、こんなスタイル抜群の美少女に迫られて我慢できる童貞なんてこの世に存在するわけがない。

 居たとしたらそいつはただのホモだ。

 俺はホモじゃないし、まして性欲だけで生きているような思春期男子である。

 いい加減我慢の限界が近くなってきた俺は、体勢を変えてアクアに覆いかぶさると、その瞳を見据えて――

 

「くー、すぴー……」

「ってやっぱこういうオチかよぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 思い切り脱力してそのまま横に倒れこんだ。

 なんとなくオチが付く予感はしていたが、案の定である。

 このまま寝ているアクアに手を出すという手も……いやそれはない。

 初体験が寝てる相手を……とか言い逃れできない完全な犯罪である。あと、そういう趣味は俺にはない。

 

 結局、卒業の好機を俺は再び逸することになったのだった。

 何時になったら魔法使いの恐怖に怯えずに済む日は来るのだろうか。

 ……夢の中をカウントするのなら、もうセーフなのだが、さすがにそれはノーカンだよな。

 そんなくだらないことを考えていると、アクアがもぞもぞと、腕の中で身じろぎをした。

 

「んふふ……かじゅまぁ……」

 

 幸せそうなニヤケ面でそんな寝言を呟くアホを見ていると、なんだかいろいろとアホらしくなって、俺は苦笑を漏らした。

 

「アホ面で寝てんじゃねーよ、バーカ」

 

 ぬか喜びさせた代償として、この夜の間は俺の抱き枕になってもらうとしよう。

 そう思って、アクアをぎゅっと抱きしめて瞳を閉じてみる。

 ……なんだろう、ものすごく落ち着く。女神抱き枕すげぇ。

 

「おやすみ、アクア」

 

 どうにかその言葉を絞り出すと、俺はあっという間に夢の世界へと沈んでいくのだった。

  




ラブラブちゅっちゅって難しい
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