この恋する女神様に祝福を!   作:山童

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夢はいつか覚めるもの

「んん……」

 

 鳥のさえずりと朝食の香りで、俺は重い瞼を開いた。

 多少の倦怠感と眠気に耐えながらのそのそと体を起こそうとするも、自分の腕の中に収まっている感触に気が付いて断念する。

 どうやら、あのまま一晩中アクアを抱き枕にしたまま寝ていたらしい。

 これが音に聞く朝チュンか。……いや、言うまでもなく何もなかったわけだが。

 ベッドとアクアの頭に挟まれた右腕は感覚がない。あとで壮絶な痺れが来そうだ。

 

 相変わらずだらしない顔で、むにゃむにゃと寝言を漏らすアクア。やたらと幸せそうだったので毒気を抜かれ、なんとなしに感覚のある左手で頭を撫でまわしてみた。

 透き通るような水色の髪を梳いても、引っかかるような感触はなく、上等な絹糸のような手触りがする。

 気持ちよさそうに喉を鳴らす姿はさながら猫のようである。

 起き上がるのも億劫なので、暇を持て余してそのままアクアの頭を撫で続けていると、小さなうめき声と共にアクアがゆっくりと目を覚ました。

 

「ふぁ……カズマ、おは、よ……」

 

 そうして寝ぼけ眼のまま、目覚めの挨拶をしてきたかと思うと、俺の顔を見て目を見開いて固まった。

 ……さっきは寝起きだからあまり気にしていなかったが、よくよく今の状況を思い返すと。

 俺とアクアは同じベッドで寝ていて。

 おまけに俺はアクアを抱きしめたまま頭を撫でている。

 あれ? 客観的に見れば完全に事後じゃね?

 そして、朝起きてすぐその状況に直面したアクアが、どういう勘違いをするのかも、また自明の理だ。

 

「な、なななんで私とカズマが同じベッドで寝てるのよ!?」

 

 アクアは頭からボン! と湯気を噴き出しそうな勢いで顔を赤くして、あたふたと視線を泳がせている。

 ギャルゲだとここは突き飛ばされたり殴られたりするところなのだが、意外にもアクアは暴力を振るってきたリはしなかった。

 とりあえず涙目で右往左往しているアクアが面白いので、更に抱き寄せて頭を撫でてみるテスト。

 

「ちょっ、なんか言いなさいよカズマ……んっ、黙って頭撫でないでよぉ……」

 

 追及して来ようとするアクアを無視して頭を撫で続けると、アクアはぼそぼそと抗議の声を上げているものの、強く抵抗することもなくされるがままになっている。

 愛い奴め。

 まるでペットの猫か何かを撫でているかのような気分でナデナデを継続すると、アクアが上ずった声で、されど不安そうに声を掛けてきた。

 

「ね、ねぇ……何か言って欲しいんですけど……」

「なんだ、嫌だったか?」

「いや別に、嫌ってわけじゃ……ないけど……」

 

 最後の方は消え入りそうな声で呟く。

 ……あれ。

 酔いが覚めてもアクアが普通にかわいいんだが。バグかな?

 

「あ」

「な、なによ、いったい何……が……」

 

 ……マズい。

 こいつが普通にかわいいと、今のこの状況は非常にマズい。

 密着した体の柔らかさやらなんやらが本能に訴えかけてきて、生理学的に所謂「反応」をしてしまう恐れが――

 

 というより、もうしてました、はい。

 

「……ねえ、ヒキニート?」

「な、なんでせうか」

「さっきから私のお腹の当たりに何か生暖かいものが当たっているのだけれど、……これ、なに?」

「い、いやそれは、男の朝の生理現象というものでだな、別にお前に反応してそうなった訳では――」

 

 アクアは俺の思いっきり地雷を踏み抜いて行った発言に、にっこりと綺麗な笑顔を浮かべると、

 

「どっちにせよギルティに決まってるでしょ、このセクハラニート!!」

 

 次の瞬間、股間を未曽有の激痛が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「潰れた……! 今絶対潰れたぞ……!!」

「ヒールかけてあげたんだから問題ないでしょ。封印しなかっただけ有難いと思いなさいなカスマ」

 

 下手したら渾身のゴッドブローで封印(物理)されるところだったのだが。再起不能になってたらどうするつもりだったんだ。

 次からは、寝起きにあんなことをするのは自滅の可能性が高いから自重することにしよう。高い勉強料だった。

 アクアは冷たい瞳で地面に座るこちらを睨みつけながら、自分を守るように体をかき抱いている。

 畜生、不可抗力だろあれは。

 ……起きてすぐ離れれば、確かに避けられた事態ではあったのだが。

 女神抱き枕の抱き心地が良すぎたのが悪い。そのせいでなんとなく離れづらかったのだ。

 

「それで、何があって同じベッドで寝てたのよ。納得のいく説明を聞きたいんですけど」

「……お前から誘われたから同じベッドで寝ただけなんだが」

 

 正直にそう答えると、アクアはあからさまに動揺してこちらに詰め寄ってきた。

 

「わ、私からカズマを誘った!? そんなわけないでしょ、適当言わないでよ!」

「いや本当だっての……なんならあのチーンって鳴るやつ使ってもいいぞ」

「うう……なんてこと。この性獣と一緒のベッドで寝るなんて、丸腰でライオンの檻に入るようなものだわ」

「言っとくけど俺は何もしてないからな? 前にも言ったがお前相手じゃ食指が動かん」

「……それはそれで腹が立つんですけど」

 

 ……本当は手を出しかけたのは一生の秘密だ。

 俺はなおも納得できないという表情を浮かべているアクアに、呆れながらなおも言いつのった。

 

「ちゃんと忠告したのに、アホみたいに酒飲んでベロベロになったのは自分だろ」

「そ、それは悪かったと思ってるわよ。でも料理もお酒もすっごくおいしかったから、つい……」

「リバースしなかっただけまだマシだったけどな……。それで、その後の事は覚えてないのか?」

「んん……なんかぼんやりとしてて、はっきりとは覚えてないんだけど……」

 

 アクアは記憶の糸を手繰り寄せるように腕組みをして考え込むと、暫くしてピタっ、と動きを止めた。

 何事かと動きを見守っていると、みるみる顔を赤くして、ぎこちない動きでこちらに振り向いてきた。

 何に思い当たったのか、大方予想は付くが。

 

「……ねぇ、カズマさん。ひ、ひとつ聞きたいんだけど……」

「なんだ?」

「昨日、私、カズマとその、き、キ……」

「キスならしたぞ」

 

 俺の言葉を聞いて、アクアは暫く固まったのち、こちらに掴みかかってきた。

 

「わああああああーっ! なんてことしてくれてるのよっ!」

「いや、そっちもお前から誘ってきたんだが」

「確かにそんな記憶はあるけど……、なんでそのままキスしちゃったのよ! 私初めてだったんですけど!」

「貰えるものは貰っておこうかなって」

「そんな無料配布のティッシュ貰うみたいな感覚で女神のファーストキス奪ってるんじゃないわよぉ! うわあああああああん! カズマのバカバカバカバカ! 謝って! 軽い気持ちで私の初めてを奪ったことをちゃんと謝って!」

「別にいいだろキスぐらい。スキンシップのうちだろ」

「軽いんですけど! 軽すぎるんですけど! この鬼畜! ゲス! ヤリ〇ン!」

「ちょっ、人聞き悪いこと言うなよ! アクシズ教徒が聞きつけたらどうするんだ!」

「うるさいうるさい! 信者のみんなにいいつけてやるーっ!」

「うわあああああああ! それだけはやめろ! すみませんでした俺が悪かったですアクア様!」

 

 俺のスライディング土下座を見たアクアは、部屋を飛び出そうとしていた足を止めて、その場に立ち止まった。

 幸い最悪の自体は免れたようで、内心でほっと一息つく。

 頭上からはアクアのぐずぐずとすすり泣く声が聞こえてくる。今回ばかりはすこし罪悪感を覚えざるを得ない。

 アクアがキス未経験だとは思っていなかった。男性経験豊富な感じはまったくしなかったが、長く生きているんだからキスの一つぐらいしているものかと……

 ……絶対口に出しちゃダメな奴だな、これ。

 どうやったら許してもらえるのか思案しながら額を地面にこすりつけていると、頭上から涙声のつぶやきが聞こえた。

 

「……顔、上げていい」

 

 恐る恐るアクアの顔を仰ぎ見ると、涙がいっぱいに溜まったジト目で見つめられて、バツの悪さを感じた。

 アクアは俺の前に座り込むと、瞳をじっと覗き込んでぽつぽつと話し始めた。

 

「……私も、カズマとキスするのが嫌ってわけじゃないわよ。ファーストキスも、カズマとなら、その、いいって思ってたし……」

 

 ちらちらとこちらを見ながらそうつぶやくアクアに、否応なしに胸が高鳴ってしまう。

 

「だけど、あんなお酒の勢いで初めてって言うのは嫌っていうか……。だから、その……」

 

 そこまで言ってアクアは、俺の頬を両手で掴むと、昨晩のように瞳を閉じて、

 

「ちゃんと、してほしい」

 

 そう言って唇を突き出した。

 ドクン、と胸がひと際高く高鳴る。

 昨日は夜の闇の中でのキスだったから、暗くてあまり見えなかったが、こうして明るいところで改めてアクアの顔をまじまじと見ると、びっくりするぐらい綺麗な顔立ちだ。

 長いまつげ、すっと通った鼻筋、桃色の唇。赤く上気した頬、涙ですこし腫れた瞼すら、美しさの一助となっている気がする。

 まるで女神のような美貌だ。……いや女神なんだけれども。

 まさかこのろくでもない世界でまともなラブコメをする日が来るとは思わなかった。

 

 俺は昨日と同じようにゆっくりと顔を近づけて、アクアの唇にキスを落とした。

 少し経って唇を離すと、アクアはおそるおそる目を開いて、自分の唇を指でなぞってから、恥ずかし気ににへらと笑った。

 

「……こっちが、ほんとのファーストキスだから。ありがたく受け取りなさいよね」

 

 ……どうやら、認めざるを得ないらしい。

 俺は、はっきりと意識してしまっている。

 アクアが可愛いということを。

 アクアが女の子だということを。

 雰囲気に呑まれたりだとか、お酒に吞まれたりだとか、そんなのは関係なく。

 間違いなく、アクアは一人の可愛い女の子なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか、ここにきてアクアをヒロインとして意識する日が来るとは思わなかった。

 それだけは天地がひっくり返ってもないと思っていたんだがなぁ。

 人生はわからないもんだ。

 遠い目をしながら今までの道程を思い返していると、アクアが客間の方から歩いてくる。

 どうやら荷物はまとめ終わったようだ。

 

「そういや、ここの支払いってどうなってるんだ?」

「後で屋敷に請求がくるみたいよ。この場では支払わなくていいんだって」

「そっか。それじゃ、そろそろ出るか」

 

 一晩お世話になった仲居さんたちにお礼を言って、旅館を出ると、清々しい朝の陽光が降り注いできて、思わず手をかざした。

 アルカンレティアの空気には、おいしい、という形容詞がぴったりあてはまるだろう。それほどに澄んだ清浄な空気である。

 アクセルも田舎の方にあるので空気がきれいな方ではあるのだが、ここアルカンレティアとはやはり比べ物にならない。

 次いつ訪れるかわからない、この美しき水の都の空気を胸いっぱいに吸い込んでから、俺はずっと手を繋いでいるアクアに向き直った。

 

「……帰るか」

「――うんっ」

 

 俺はアクアの手をしっかりと握りしめて、アルカンレティアの情景を目に焼き付けながら、ゆっくりとテレポートを発動した。

 

 

 

 

 

 アクセルの門から屋敷までは、特に何を話すわけでもなく、ただ手を繋いで二人で歩いた。

 だがそこにあるのは、どこか安心できるような、心地よい沈黙。

 アクアと過ごす時間に、こんなにも安らぎを感じられたのは、この世界に来て初めてだった。

 ……いや、気づかなかっただけで、俺はこの駄女神の存在に、随分と助けられていたのかもしれない。

 大抵どんな時でも、こいつは俺の隣にいて、トラブルを持ち込んで、場をひっかきまわして、借金をこさえて。

 ……今思い返しても碌でもないことしかしていないけれども。

 こいつが居たおかげで、どんな時でも俺は思い詰めることなく、どこか心に余裕を持っていられたのかもしれない。

 

 昨日は、この気持ちをアクアに伝えるつもりは、絶対になかったが。

 少しだけ、少しだけ伝えてやってもいいかもしれない。

 見慣れた屋敷の入り口に立って、俺は、後ろにいるアクアの方を見ないようにしながら、ぼそりと呟いた。

 

「なぁアクア。……ありがとうな」

 

 それを聞いてアクアは、顔を見なくてもわかるように、クスリと笑って。

 

「また一緒に、行けたらいいわね」

 

 そう答えるのだった。

 

 らしくないやりとりにどうにも気恥ずかしくなって、俺はやや乱暴に屋敷の扉を叩くと、

 

「めぐみーん、ダクネス―。カズマさんが帰ったぞー」

 

 中にいるはずの二人に呼び掛けた。

 暫く経って、ドタドタと慌ただしく誰かが玄関へと走ってくる音がした。

 もしかして、怒ってたりするのだろうか。

 俺が扉から少し離れて、静かに様子を窺っていると、めぐみんとダクネスが焦燥した様子でドアを勢いよく開けて飛び出してきた。

 二人は俺たちの顔を視界に捉えると、怖いくらいの勢いで詰め寄ってきた。

 

「か、カカカズマ! ようやく帰ってきたのですか! って、アクアも一緒!? なんですか、二人で暢気に旅行でも行っていたのですか!」

「な、なんだよ。別に急ぎの用があるわけでもなし、たまには旅行で羽伸ばしたって――」

「そんなことをしている場合じゃない、火急の要件だ! 最重要だ! ある意味魔王征伐以上の大事だぞ!」

「ちょっと二人とも、具体的なことを言ってくれないと何が何だかわからないんですけど」

 

 アクアの言葉を聞いて、二人は一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、俺の瞳をまっすぐ見据えてきた。

 

「……カズマ、落ち着いて聞いて下さい」

「な、なんだよ急に、改まって」

「いいか、カズマ。絶対に軽率な行動に出るなよ。下手な真似をすれば、魔王を倒した英雄といえども、簡単に首が飛びかねんからな」

「だから、なんなんだよ」

 

 めぐみんは続きを催促する俺に、少し逡巡した表情を見せた後、遠慮がちに言った。

 

「……二人がいない間に、屋敷にこの手紙が届いたんです。差出人は、アイリス。内容は――婚約の申し込み」

「……え?」

 

 言葉を受けて固まる俺に、めぐみんは手に持った手紙の文面をこちらに見せながら、なおも続ける。

 

「魔王を倒したものが、第一王女と結婚できる資格を持つのはカズマも知っているはずです。だけど、カズマは今までその権利を行使していなかった。それにしびれを切らしたのか、向こうの方からこちらに手紙を寄こしてきたんです」

 

 めぐみんの言葉を受けて、ダクネスが真剣な表情で続けた。

 

「ベルぜルグ王家は、代々勇者と結婚し、その力を増してきた家系だ。だがその歴史上、王女の側から勇者に結婚を申し込んだ例は存在しない。これは前代未聞のことなのだ。受けるにせよ断るにせよ、無礼があれば本当に首が飛ぶ。……カズマ」

 

 ダクネスは俺の肩を掴んで、

 

「真剣に考えて、どうするかを決めてくれ。私は、お前の選択に従う」

 

 そう言った。

 ……オイオイオイ、平和な旅行から帰ってきたら、なんでいきなりこんな超ド級の事件に巻き込まれてるんだよ、俺は。

 脳内が混乱してまともにものを考えられない。俺がなんと言葉を返すべきか考えあぐねていると、さっきまで右手を握り返していた暖かな感触が、突然消えた。

 俺がそちらを見ると、アクアが少し離れた場所で両手に扇子を持って、不自然な笑顔を浮かべていた。

 

「あ、あっははー! よかったじゃないのよ、カズマさん! これで念願の王宮でのニート生活まっしぐらね!」

 

 乾いた笑い声を上げるアクア。誰がどう見たって、無理をしているのが丸わかりだった。

 

「三人とも、何そんな真剣な顔してるのよ。めでたいことじゃない! カズマさんが王族になったら、私たちも一生働かなくて済むものね! いよっ、祝いの花鳥風月!」

 

 いつもはこれ以上ないほど場を盛り上げる宴会芸も、どこか虚しさを感じさせるだけで。

 

「この屋敷ともお別れかしら! もっと凄いお屋敷に住んで、毎日おいしい食事が食べられて! あー、今から楽しみでしょうがないわ!」

「おいアクア、今はふざけてる場合じゃ……」

 

 見かねたダクネスが声を掛けようとするのを制止して、俺はアクアの方に向き直った。

 

「おいアクア、こっちを見ろ」

「何よカズマさん、柄にもなく真剣な顔しちゃって超ウケるんですけど! プークスクス!」

「アクア」

 

 めぐみんがおずおずと呼びかけると、アクアは扇子を振り回した手を止めた。

 俯いている顔はここからでは見えない。

 だがめぐみんは、ゆっくりと歩み寄り、その顔色を伺って、心配そうに眉尻を下げた。

 

「アクア、泣いて――」

「――ッッ!!」

 

 めぐみんが言い終わる前に、アクアは止める暇もなく、屋敷の中へと走り去っていった。

 俺たちはそれを止めることもできず、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の暖炉の薪がぱちぱちと燃えるのを、ただただぼーっと眺めていた。

 アクアの涙の真意はわからない。

 女心がわかるのならば、俺はここまで悩み考えることもないのだから。

 だがあの涙は、いつもの子どものように泣きじゃくるようなものではなく、もっと深刻で、思い詰めたようなもので――

 思い出すと、胸の奥がズキッ、と痛む。

 いったい何なんだ。訳の分からない苛立ちと焦燥が胸中を支配して、俺は大きなため息を吐いた。

 

「……アクア、心配ですね。結局、昼食にも夕食にも降りてきませんでしたし……」

 

 知らぬ間にソファーの後ろに立っていためぐみんが、物憂げな声で呟く。

 結局アクアはあの後、ずっと自分の部屋に閉じこもったまま、今まで何も音沙汰がなかった。

 心配じゃない、と言えば嘘になる。だが下手に声を掛けては逆効果になるかもしれないと思うと、結局どうにもできず、今に至っている。

 だが、あのアクアが、食事もとらずずっと引きこもっているのは、やはりおかしい。

 俺はソファから体を起こすと、めぐみんの方を向いて言った。

 

「めぐみん、アクアの様子を見に行ってやってくれないか」

「……いえ、カズマ。私はカズマが行った方が良いと思います」

 

 めぐみんは、俺の言葉にそう返してきた。

 

「……なんでだ? 同性の方が、そういうことは相談しやすいと思うが」

「……アクア、カズマに告白したんでしょう?」

「んなっ」

「図星ですね」

「……どうしてわかった?」

「女の勘を舐めちゃいけませんよ。それに――同じ恋する乙女なんですから」

 

 そういってウインクして、めぐみんは俺の手を取って立たせた。

 

「さ、ここはカズマの優しさの見せどころですよ。ツンデレはツンデレらしく、落ち込んでいる女の子には優しくしてあげて下さい」

「……誰がツンデレだ誰が。わかったよ、上手く宥められるかはわからんけど、行ってくる」

「ん。それでこそ、私の大好きな人です」

 

 めぐみんはにっこりと笑って、踵を返して談話室のテーブルの方へと歩いて行った。

 ……こいつは、たまにこういう直球勝負をしてくるから困る。

 俺は赤くなった頬を押さえながら、アクアの部屋の方へと歩いて行った。

 なんと声を掛ければいいだろうか。食べ物とか酒で釣ればなんとかなるか。

 色々と思案を巡らせながら歩いていると、あっという間にアクアの部屋の前に着いた。

 一つ息を吐いて心を決めると、アクアの部屋のドアをノックした。

 

「アクア、入るぞ?」

 

 中からは何も返事が返ってこない。寝ているのだろうか。

 もう何回かノックしても返答が帰ってこなかったので、俺は最後にもう一度念押ししてから、部屋のドアを開いた。

 

「アクアー……?」

 

 部屋の中は月明りが差し込むのみで、それ以外に明かりはない。

 辺りを見回しても、人影は見えず、ただ静寂が辺りを包むだけである。

 中に入って、辺りを歩き回っても、やはりアクアの姿はどこにも見えない。

 

「窓から抜け出して酒場にでも行ったのか……ん?」

 

 暫く探していると、机の上に裏返しにされた一枚の紙があることに気が付いた。

 その紙を見つけた瞬間、ドクン、と心臓が跳ねた。

 以前にもこんなことがあった。

 いくら説得されても魔王を倒しに行こうとしなかった俺。

 あのアホはそれで一人で思い詰めて。

 勝手に一人で行動しようとして。

 俺たちの傍から――!

 

「――ッ!」

 

 焦燥を抑え込みながら、紙をひったくるように裏返す。

 そこに書かれていたのは、前のように長々と書かれた長文と、『探してください』という、ダサい追伸。

 

 ではなく。

 

 

 

『さよなら』

 

 

 

 と、ただその一言だけが、紙に落ちた涙のあとと共に、記されていた。

 

「あの……大馬鹿……ッ!」

 

 紙をくしゃり、と握りつぶしても、アクアの能天気な声が聞こえてくることはなく。

 月明りの差し込む薄暗い部屋の中には、ただただ不気味な静寂だけが存在していた。




唐突なシリアス回。
幾つか幕間をはさんで、本編は後数話で終わると思われます。
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