超短編集   作:黒灰

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お題を貰ってTwitterで即興で書いていた頃の作品です。


お題「未来視」 月下自死

枝葉の陰から冷たい光が見えていた。

 

静かだ。とても静かで、寂しい。にも関わらず、今こそ心が沸き立っている。

暗い喜びが、明るい悲しみが、先のない楽しみが、やり場を得た怒りが、ないまぜになって私の背中を押す。

 

手作りの処刑台。私の終着駅へ。

 

先人と諺に倣い、桜の木の太い枝にロープを結わえて作った絞首台。最後の買い物が脚立とロープとなったわけだが、誰か怪しむだろうか。

いやまさか、そんなばかな、を繰り返すだろうか。そしてそう、そのまさかなのだ。

でもそれは私には関係のない問題だ。

 

脚立を一段登る。その度に、身体が熱くなって、冷えきって、それを繰り返して。

4度それを繰り返していると、私は眠っていた。

しかし、動きは止まらない。まだ天国への階段を登り続けている。

まるで夢遊のように、縄に手をかけて、それを首を差し込んで。

 

だが、どうしたことか。走馬灯が見えると思ったが、見覚えのない夜の風景が見えていた。

いや、場所は知っている。

ここは催事場だ。

そこら辺に看板が見えている。どうやら、私の苗字と同じらしい。

ただ何故、走馬灯が通夜の会場になるのだろう、と私は思っていた。

 

これは幻覚だと思ったのだが、なんだこれは、歩ける。

幻覚の中を探検できる。

首に掛けた縄も、足元の脚立も、影も形も無い。

一歩歩いてしまったからよくよく考えれば死んだものかと思ったが、どうしてだろう、まだ生きている。思わず踏み出した一歩が思わぬ冒険だったとは。

 

歩く。

一番大きな明かりの方へ。ざわめきの聞こえる方へ。

 

ふと、身体がぴくりと震えた。何故だろうか、と思ったが、これは聞き覚えのある歌が聞こえたからだった。

 

一番好きな歌だ。

こんな幻覚の中でも聞くとは。

死んだあとも聞けると嬉しい、と何となく思ってしまった。

 

ざわめきに紛れてそれが聞こえていたと思ったが、違った。

 

正体はすすり泣きの嵐であり、鼻をすする音、悲痛な呻きやらがそこかしこから聞こえていた。

 

ああ、通夜だものな。そりゃあ泣くものだ、と思って顔ぶれを眺めてみると、たまげたことに見覚えがある。

 

それどころか親しみすら感じる。

ああ、彼らは私の学友たちではないか。

なんと驚いた。幻覚ではあるが、一体誰の式なのだろう。

私の知っている友人でもあると思うが、誰が死んでいるのだろう。一体私は夢のなかで誰を死なせているのだろう。

 

建屋の中にゆらりと入り込む。

受付も素通り、香典も差し上げず、ただまっすぐふらふらと会場へ。

どうやら歌の水源はこちらにあるらしい。

物見遊山のような気分であるから、もう少し厳かになってもいいんじゃないかな、と自分の不謹慎さを咎めてみたが、夢幻の中で気にすることもあるまい。

 

罰もすぐに当たると思えば思ったより恐れがない、むしろどんなものが来るやら、と少し気になってすらいる。

 

遺影が見えてくる。見覚えがある顔だ。

いや、ちょっとこれは冗談がひどい。私の夢なのだから、まぁ、未来予想図と言ってもいいのだが。

 

 

私がいた。

 

夢のなかでドッキリを仕掛けるとは私もなかなか役者染みてきた。そろそろそこの、そう、部屋の隅の扉からプラカードを掲げて誰かが出て来るのだろう。

どんな夢だ。本当に。

だが、足は進んでいく。棺へ向かって。驚くほど淀みなく。

 

 

分かっている。これが一時の夢だとしても。

例え自分を送る式なのだとしても、私はちゃんとそれを見届けなくてはならないと、そう思った。

 

自分の葬儀に出てきた本人、という話はよく聞くが、私こそが本物だ。なにせ死んでいる。そう、この時には。

 

 

白塗りの美しい棺に、小さなガラス窓がある。

誰を悼むわけでもない。興味本位で葬儀に出て来てもいいだろう、それくらい本人の特権だと思いたい。

 

だから、自分の死に顔にも興味が湧いて、そこを覗きこんだ。

 

 

憎らしいほど、妬ましいほど、綺麗だった。

ありがとう、とふと思った。

 

誰に。

それを考え始めると、もう止めどなく溢れるように名前が挙がる。

 

私の後ろに、会場の外に、みんな居る。

 

中をもっとよく見てみると、いろいろ入っていて、昔の演劇の衣装とか、脚本とか、CDとか、好きだった本とか、バスケットのユニフォーむとか、もう色々。

それに死装束は制服だ。

変だけれど、高校のじゃなくて中学の。まだ着れたのか、と少し驚く。

 

 

ともかく、ああ、死ぬんだな。死んだんだ。こうなるんだ。

なんだ、死ぬって、悪くない。良かった。

 

生きているより、ずっといい。

 

私の好きな歌を聞かせてくれてありがとう。死んだあとも聞くことが出来て嬉しいです。

 

私の好きなものをいれてくれてありがとう。多分天国に持っていけるでしょう。

 

私を綺麗にしてくれてありがとう。まだ死んでいない私ですが、死ぬのが楽しみです。

 

そこまでしてくれるとしても、やっぱり死にます。

 

 

気がついたら、もう私は落ちていた。

 

目の前が真っ赤で、息ができなくて、力が抜けて、いろいろなものがこぼれていく。

もしも次があれば、あってくれるなら。

罰当たりな私でもいいなら、またこう、楽しく死にたい。

 

たった今生まれてきたような喜びと悲しみと、冷たくて温かい死を漲らせて、私は眠りながら目覚める。

 

 

次へ、いや、また同じでもいい。

素晴らしい死をもう一度、二度三度。

 

私にもまだ救いがあるんだな。こんなに嬉しいことはない。

ああ、ああ、これが死か。ならばもう一度!

 

もう一度、この喜びにあふれた終わりをもう一度。

 

それがあると知るだけで、それだけで私が救われるのだ、幕が引かれて、私は泣き笑いのままに逝けるのだ。

 

 

私を迎える歓声を遠く聞きながら、私は舞台を降りた。

今夜、月の見える丘で。

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