外は燃え盛り、まるで地獄絵図。
そして目の前には煤だらけになりながら真っすぐな目でこちらを見る少女。
うん、まったくもって訳が分からなかった。
目を覚ませば地獄の中、目の前には一人の少女。
何故か分かる、この屋敷を取り囲む異形の感覚。
そも、俺は誰だ。
名も分からない、自分に関する情報が抜け落ちている。
あるのは俺という意識と、その器たる体だけだ。その身体だって十全とはいいがたいと感じてしまう。何もかもが不足する、不完全すぎる自分。気づいてしまえば気持ち悪さが胸を支配する。自分すら理解できない感覚とはこういうものかと、どこか頭の片隅で冷静に考えている自分が気味悪く思えてくる始末。
しかし唐突に、一つの情報が流れ込んでくる。
聖杯戦争とよばれるソレの知識が。
同時に理解する。
俺が魔術師によって使役されるサーヴァントであり、セイバーという存在であることを。
そして、目の前にいる少女こそが、俺のマスターであることを。
確認を取ればまさしくその通りであった。
しかし、自分の中に流れ込んできた知識とこの現状がかみ合わない。聖杯戦争とは、七人のサーヴァントと魔術師の殺し合いであるはずだ。この戦争には先ずルールというものがある。その中には神秘の漏洩の防止というものも含まれており、最悪の場合は目撃者の殺害だって考えなくてはいけない。
そのルールは、正しく機能しているのか。
否である。
さてどういうことかと考えようとすれば、
――早速でごめん、外の仲間の援護を!
言われて外を見れば、なんか化け物と戦う一人の少女が。
おまけにその少女、盾なのかちょっと疑問に思うような鈍器を振り回して敵を蹴散らしているではないか。
あれがサーヴァントというものなのだろう。
どうも味方らしいが、やはり疑問を感じてしまうがおいておく。
取りあえずは彼女を手伝う必要があるのはよく分かった。
「……どういう状況だかさっぱり分からないけど、まぁ碌でもないことになってるのは理解した。俺の現状も含めて。ああ、別に召喚が不満だった訳じゃなくて、ええと、まぁ、うん、ちょっと色々足りてないっていうか、中々に致命的っていうか」
実は中々どころじゃないんだけどね!と思いつつも自重。
どこかジトっとした目でマスターに見られるが、誤魔化すように視線を逸らす。
するとマスターもそれどころじゃないと思い出したらしい。
取りあえず遠目から化け物たちの能力を確認、自分で対処できるのかと考えたところ――問題ないとの結論が出た。何を根拠にと俺自身が一番強く思うものの、何の問題もないと俺の体が言っていた。
俺のマスターは少女の救済を願っている。
そのために俺を呼んだのだ。
魔術師が聖杯にかける願いとは遠く離れた、純粋無垢な願い。
なら、叶えるしかないじゃないか。
「じゃあちょっと援護に行ってくる。まぁ俺がやられたら新しいサーヴァントを召喚すればいいさ。記憶がないにせよ、幸い武器の使い方は体が知ってるみたいだし」
ちょっと待ってと慌てるマスター。
無表情なのにどこか愛嬌を感じてしまう。
少しだけ事情を説明すれば、ワタワタと慌て始める。
「お、落ち着けマスター。逆に俺が落ち着いてきたぞ! 大丈夫だ、戦闘は可能だから! 武器の使い方は覚えてるしあの程度の雑魚相手に後れは取らないから!」
そんな確信があった。
戦い方も、なんとなくわかる。
俺が一体何を武器にしているのかも、なんとなくわかる。
なんか鉄の看板が近くにあるなと思ったら、これが俺の武器だとは思わなかったけど。
手に取れば思いのほか使い勝手がいいソレは、俺の心に余裕をもたらす。
マスターとの会話の中で取り戻す、俺の一面。
随分と子供っぽいなと苦笑しながら、前へ進む。
これがマスターのサーヴァントだと、知らしめるように。
その手始めに、知覚できる妙な気配を切り裂いた。
近づいてきた黒い影を斬った後、マスターの指示に従って盾の少女とそのマスターを救出。その後は別の安全地帯を探そうと移動していたところ遭遇したマスターたちの上司と共に行く当てもなく炎上した都市の中を歩いていた。
「――――つまり、世界が終わってしまうと」
「そういうことになる」
自分たちの先でヒステリックに叫ぶ所長と呼ばれる女性、そして盾を持った少女マシュ・キリエライトとそのマスターである藤丸立花が歩いている。その後ろをついて歩きながら、俺はマスターからこの状況についての情報を得ていた。
曰く、発生した特異点の調査を行おうとしていたところ、何者かの妨害を受けて組織が半分壊滅してしまった。挙句の果てに人類の存続を示す機械が、人類の滅亡を示した。それを何とかしようにも、特異点に乗り込むことができるマスターたちが二人を残して負傷してしまい手の打ちようがなかった。しかしレイシフト――時代を超えるための機械が勝手に動き、マスターたちをこの時代に送り出した、と。
「……俺が言うのもなんだけど、その……大丈夫?」
「やめよう、背中が重く感じちゃう! ……これ終わったらお祓いでもしてもらおうか」
マスターが無表情でどんよりとした影を背負う。
うーむ、先ほどから無表情だなぁと思っていたが感情表現は豊かである。
なにこれ不思議。
「ちょっとそこ! 遅れないように! 団体行動の意味わかってるの!?」
と、ここで所長からのお叱りの声。
ヒステリックだなと思いつつも、それは普通の事だと思い至る。
こんな状況だ、仕方がないことだろう。
それに何だかんだと言って部下の体調には気を使っている中々いい上司である。おまけに魔術師として素人な藤丸くんにアドバイスを送るなど、俺的に高評価。聞いた話ではあまりに重い使命を唐突に背負わされた女性であり、それを今の今まで一人で支えてきたのだという。それが今回のような顛末になるなど報われない。それでも、彼女はまだ諦めてはいなかった。
そして俺の隣を歩く少女。
藤丸君よりも少しだけ魔術を使える、初心者魔術師。
表情は変わらず、されど感情表現は豊富な面白いマスター。
この状況下において、挫けることなく最善を模索し続けた鋼の精神。
「……やっぱり、俺のマスターにはもったいない気がするなぁ」
「ん? 何か言った、セイバー?」
いやなにも、と言いかけてふと気づく。
あれ俺ってばマスターの名前知らなくね、と。
だから流れに便乗することにした。
「いや、マスターの名前をまだ聞いてなかったなって」
「――――あ」
忘れてた、と表情に出ている。
なんとわかりやすいマスターだろう。
「まぁ俺もとやかく言えないけど、聞いておきたいなって」
「うぐぅ!? す、すっかり忘れていた! 私の名前はフランシスコ・ザビ――いえ、なんでもないです」
どう見ても日本人。
それがカタカナはないだろうとジトっと視線を向ければフイとマスターは視線を逸らした。
やはりか、このマスター案外抜け目がないというか、心に相当の余裕を持っているというか。
「白野、岸波白野。それが私の名前」
「岸波、白野。うん、そうだよな、日本人だよなどう見ても。よし覚えた。同時に何だろう、この先、良からぬ因縁を付けられる場面が多くあると見た」
うん?と首をかしげるマスターだが、俺も首をかしげたい。
でもなんだろう、とても無視できるような気がしないのである、本当に。
『おっと、お話し中に失礼するよ! 敵性反応が多数接近中だ、迎撃を!』
どこか頼りない声がする。
これがマスターの所属する組織からの通信らしく、この声の持ち主は所長を除いた職員の中で現状最も高い役職の男だという。名をドクターロマンという。こうやって何かとナビゲートしてくれるお助けキャラである。
そしてドクターの言う通り、向こう側から大量の化け物が此方へと向かっている。
「迎撃してくる」
「では私はマスターたちの護衛を!」
コンクリートを蹴れば、前を歩いていた藤丸君たちを一気に追い抜く。
マシュは後方で盾を構えマスターたちへと向かう飛び道具をたたき落とす。
そして俺は、敵前に躍り出てヘイトを集めるお仕事である。
「そーれっと!」
分厚い鉄の看板のような剣を薙げば敵は面白いように吹き飛んでいく。上から叩きつければ粉砕し、突き刺せば弾丸のように飛んで行って弾け飛ぶ。威力からして相応の重量なのだろうが、どうも俺自身には軽く感じる。不思議なものである。
寄ってくる敵を斬り、時には蹴り飛ばし、一切合切を塵にする。
思いのほか体は動く。
というか、ほぼ自動的に最適な行動をとる。
「まるで、機械だな俺は」
インプットされた作業のようだ。
俺が覚えいてなくても、どこからか出力しているのか。
まぁ考えたところで分からないんだけど。
「っと、たまぁに混ざってるんだよなーコレ」
雑魚を狩れば現れるのは黒い影。
ドクター曰く、英霊のなりそこないみたいなもの。
英霊ほどの力はないが、それでも化け物よりは戦闘力が高いらしい。
「それでも――――斬れないことはない」
そもそも斬りあいになりはしない。
近づいて剣を振れば、相手は受け止めたところでそれごと斬れる。
使っている俺も真っ青である。
「っと、こんなもんかね……」
『うん、敵性反応は今ので最後の一体だね。いやぁ、やっぱり英霊っていうのは規格外だね』
まぁでなければ座なんてとこに招かれはしないだろう。
一体どんなことをしでかして、俺は英霊なんてものになったか。
「お疲れ様、セイバー」
ととと、と寄ってくるマスターが労わってくれる。
サーヴァントは疲れないと言われているのに、人がいい。
藤丸君やマシュもまた同様の言葉をかけてくれる。
サーヴァントとは兵器であると、所長が言った傍からこれだ。
「気苦労お察します、所長さん」
「……英霊が一番まともってどうなのよ、このメンツは」
もうやだ、とつぶやく所長は涙目である。
俺も思う、このメンツは中々にぶっ飛んでると。
と、ここでぶっ飛んでるなと思いつつふと、一つの疑問を思い出す。
呼び出された俺は、一体何のために召喚に応じたのか。
「――――――セイバー?」
マスターがピタリと止まった俺に声をかける。
俺はそれになんて返そうかと迷いつつ、何でもないと誤魔化した。
今俺が考えていたことは端的に、何故俺が人理修復に手を貸しているのか、ということだ。マスターからすれば召喚に応じてくれた=人理の修復を手伝ってくれると承諾した、も同然であるはずだ。対して俺は応じた理由すら忘れている始末。ここで俺の迷いを口にすることは、マスターにとっては一種の裏切りに近いだろう。
「まぁ所詮はサーヴァント、生なき身、こうして応じた理由なんてどうせ一つしかないしな」
考えるだけ無駄であった。
世界を救うために戦うマスターの召喚に応じたのだ、理由なんてそれしかない。
俺はおそらく、マスターの願いのために応じたのだ。
「あぁ、それが一番しっくりくる。難しく考える必要もなかったか」
同時に、記憶喪失の厄介さを嘆く。
俺にとっては全てが未知となる。
それは何を信じていいのかもわからない、何が正しいのかもわからないということ。判断材料はたった一つ、己の直感のみである。幸いなことにここにはマスターがいるため、マスターにすべてを任せるのも良しだが、その為にもまずマスターが正しいのかを確かめる知識が、自身の信念が必要だ。だが記憶が無い以上知識も信念も存在しない。やはり俺には直感しかないのだ。
となるとやはり、記憶の回復は最優先事項か。
「なぁドクター、俺の記憶を取り戻す手段っていうのはないのかな」
そう問えば、マスターたちも興味深そうにモニター越しにドクターを見る。
彼は少しうなった後、可能性があるとすればと切り出した。
『そもそも状況から考えるに、君はマスターの許容量に合わせて召喚されたんじゃないかな。岸波ちゃんは総魔力量は多いとは言えないからね。おまけに彼を召喚したのもカルデアの技術ではなく、この土地の聖杯による力だ。本来なら召喚時の負担は聖杯が負担してくれるんだろうけど、こんな異常事態に正常に起動しているとは思えない』
「つまり、このまま召喚されると負担が大きすぎたから、削ぎ落としてきたと」
『あくまで可能性の一つだよ。となれば、その削ぎ落とした霊基を取り戻せばいいんだ。今のセイバーは霊基的に限界いっぱいってところだね。だから霊基を再臨させて容量を増やし、外から補充してあげればいい。そうすることで記憶だけじゃなくて、スキルも思い出せるんじゃないかな』
「でも、マスターの負担はどうなる?」
『それはコチラに任せてほしい。元々カルデアの召喚方法ではマスターへの負担はほぼゼロなんだ。召喚時に使用される魔力を代用品に加えて此方で補うからね。マスターはただ、サーヴァントの維持を行うために魔力を消費するくらいかな。そっちだってカルデアで何とか負担を軽減させられる』
なるほど、と頷く。
中々に説得力がある、というか間違いない。
ちょっと訂正したいところがあるという思いが胸の内にあるが、詳細はわからない。
しかし、これで当面の目標は定まった。
「霊基再臨、それでセイバーの記憶が取り戻せる……」
『素材に関しては敵性エネミーを撃破することで微量ながら得られている。問題は、その中でも希少な素材だけど……これも人理なんてものを修復していれば手に入るだろうね』
よろしい。
ならば決まりだ。
記憶もない、目的もない、そんな俺がサーヴァントではマスターだって不安だろう。
しかしここに、俺の目標ができた。
そしてそれは、人理を救う過程で手に入るときた。
「なら、精一杯頑張るとしますかね!」
「よーし、はりきって素材を集めよう。でドクター、その希少な素材って?」
『……デミゴッドの心臓とか?』
頭の中に疑問符がいっぱい。
みればマスターや藤丸君も同様である。
唯一所長だけが頭痛いと額に手を当てて嘆いている。
そして、
「ああ、あの! 確かに私はデミですが、その……違いますからね!?」
マシュは一人、どこか可愛らしい勘違いをしていた。
次回、サーチアンドデストロイ
神性は許すまじ