レイシフト先が決定し、謎の約束を交わしたその翌日。
すでにレイシフトの準備は整っており、後はレイシフトする側が準備を終えるだけとなる。とはいえ行先は特異点であるため、丸一日を使って最終調整を行うことになっていた。各サーヴァントたちが再臨素材を取りに行ったりと忙しい中、俺は珍しくお呼びがかからずのんびりと過ごす時間を得ていた。
ああ、でも先生さんは今日も出勤なんだろうなと笑いながら目をつむる。
「おはようございまーす!」
そしていい感じに意識が薄れたその瞬間、扉が開く。
活発な明るい声が聞こえたと、少し意識を覚醒させたところで、
「目覚めの一発!」
「ふぐぉあッ?!」
「せ、先輩!?」
衝撃、悶絶。
一瞬で肺の中の空気を失い、思考に空白が生まれる。
そして、え、なに、ボディプレスとかどゆことと混乱するだけの余裕を得る。
「おはようセイバー! いい朝だね! もうお昼だけど!」
「おはようマスター。いい朝ってのはアレか。女の子に起こされるってシチュエーションからの流れの話か」
「もちろん! 柔らかかった?」
「ああ、柔らかかった……毛布って素晴らしいな」
ちぇーと頬を膨らませるマスター。
しかし実際にはなかなかこう、際どいため反撃に出る。
布団を掴み、
「秘儀、布団返し! からの風呂敷包み!」
ひっくり返す。
そして視線も向けず布団で包み込んだ。
もちろん雑な扱いはできないため軽く結ぶにとどめておいた。
もごごー!とうめき声を聞きながらベッドを下りれば慌ててマスターを救出しようとするマシュとすれ違う。気にすることなく魔力を使用し装備を一式まとい洗面所へ。一通りの整容を行いさっぱりしたところでゆっくりと部屋へと戻った。
するとそこではマスターが椅子に座ってこちらを見ていた。
どうやら落ち着きを取り戻したようであったが、どうも違和感がぬぐえない。マシュに視線を送れば困ったように笑うだけだった。はてさてどうしたものか。
「あー、えーと……何かあったかマスター」
「うん、大あり。これからどうすればいいのかなって自問自答して、最終的に今日一日の過ごし方をどうしようかなって。取りあえずやりたいことをやろうと思うんだ」
「やりたいことか。それはいいな。唐突に世界が焼却されかかるこのご時世だしな。で、その一つが寝ている人間へのボディプレスと」
「うーん、あながち間違いでもないんだよね。ま、結果的に一つ目クリアってことで。で、次はどうしようかなって悩んでたとこ」
そういって笑うマスターだが、どこか迷いが見える。俺でさえ感じ取れるのだからマシュなども気づいているはず。実際にそのような様子が見受けられるものの、珍しいことに今回マシュたちは見守る側に徹するような構えである。
となるとドクターたちも把握していると考えられる。
そして彼らからのフォローが入っていないということは、今回は俺が適役と判断したということか。はてさて、記憶のない俺に何をしろというのか。
何にせよ今日は休みだし用事もない。マスターのやりたいこととやらに付き合うのも悪くはない。下手に部屋にいて女神どもに絡まれてもやるせないし。
「まぁ思うがままにやるといい。どうせ俺も今日は暇だし付き合おうか?」
「うん、そうしてくれるとありがたいかな。というか、まぁ、前提条件というか……断られたら令呪を使わざるを得ないというか」
「……なぁマシュ。最近マスターは俺に対して強制権を発動させすぎではないだろうか」
「だ、大丈夫ですよセイバーさん! 先輩は無茶な命令とかは――あー……ええと、その」
言いよどんだマシュ。
彼女は宙に視線をさまよわせた挙句、無理のある笑顔で俺を見た。
そうだよね。種火の周回もそうだけど、毎回俺が特異点へと動向を拒否すると使用しちゃうからね。流石の俺も令呪が輝き出したら意見を曲げざるを得なくなった。他にも覚えているはずのない恥かしい思いでを暴露してとか、好きなもの嫌いなものはとか、挙句の果てに聖杯があったらどうするなんて質問まで。
もちろん、記憶を取り返すと答えておいた。
その後のマスターが不機嫌だったのは俺のせいではないと思いたい。
「す、すみませんセイバーさん」
「いや、いい。その先を聞いてしまったら何かが終わる気がしてならない。こういう時に限って俺の勘ってばあたるからね!」
ホント、嫌になるくらい当たるのだ。
「よーし、それじゃあセイバーにもOK貰ったことだし行きますか!」
かつての思い出を振り返りながら沈んでいると、マスターの声がかかる。どうやらもう出発する気らしい。
「なぁマスター。確認してなかったけど、どこに行くつもりなんだ? すでにコフィンはロンドンに固定されてる頃だろうし、行く場所なんてこのカルデア内くらいだろ?」
と疑問を投げかけてみる。
するとマスターは分かってないなぁと指を振る。
「いつも暮らしているからこそ、まだ見ぬ何かがあるかもしれないでしょ? それに何だかんだと私たちは特異点にいることが多いからどっこいどっこい何だよ」
一理ある。
何せ俺たちはマスターの言う通り、基本的に特異点へと赴いている。それが終わった後でも次に備えての素材集めや訓練でカルデアを歩く機会なんてそうそうない。俺だって種火集めに駆り出されてるからよくよく考えればカルデア内を探検したことなんてなかった。というか最早サーヴァントの魔窟と化したここを探索しようなんて考えたこともなかった。
「でもマシュは大体把握してるんじゃないか?」
「い、いえ! 先輩とご一緒できるなら私はどこでも……!」
瞬間、マスターと目があう。
――愛い後輩だな。
――知ってた。
心のうちは同じであった。
「あぁ、マシュはなんでこんなに可愛いんだろうねぇ」
マスターがそういいながらマシュへと抱き着く。マシュの方はといえば顔を赤くしあわあわとしているがその実まんざらではなさそうである。むしろ抱き返そうかと手をさまよわせては下ろしの繰り返しである。
どこからか尊いなぁなんて気持ちが浮かび上がる。
するとパチリとマシュと目があった。
何かを訴えかけるような視線である。はてさて、俺はこれに似た視線を以前に見たことがある気がする。どんな意味を持ったものなのか考えるが思い出せない。ということは、俺が失った記憶の中にあったということだろう。
であれば、この視線に関して考えることは俺の記憶につながると考えられる。ならば俺が取る反応は一つである。
「……あ、どうぞ続けて?」
「セイバーさん!?」
それから数分後、涙目のマシュにポカポカとされることとなる。
それからのこと。
マスターを先頭にカルデアの中を歩いて回る。
成程確かに、俺が知らない部屋や各階のラウンジの違いなど小さな違いが見つかってくる。普段はマスターやマシュが使うトレーニングルームの中も、何だかんだと初めて入った。
英霊は成長しない。
それゆえにトレーニングルームを使うなんて発想がなかったのである。まぁ知識に関してはため込むこともできるため無駄にはならない、そうダヴィンチちゃんに言われて貯えたりはしたけれど。
ちなみに、マスターを鍛えようと他のサーヴァントがトレーニングルームに足を踏み入れたことはある。レオニダス王のブートキャンプがあったとかなかったとか。俺も誘われてたけど嫌な予感がしたから先生さんを放り込んで代役とした。
無論、翌日の種火回収で強化してもらえず大変苦労することとなった。
こうしてカルデアを歩き回った後、マスターが廊下で立ち止まる。
この先にはまだ足を踏み入れておらず、このまま進むのだと思っていた俺は戸惑った。マシュが平然としていることから、恐らくは予定調和なのであろうことがなんとなく伝わってくる。
今日のカルデア探索、その目的がここに集約しているようだ。
「さて、覚えたかなセイバー」
「カルデアの施設についてなら問題なく。でもまぁ、聞きたいのはそっちじゃないんだろうなぁってのもなんとなくわかる」
するとマスターは少し満足げにうなずいた。
マシュもまたそのマスターを見て苦笑している。
「で、今日の本題は? マスターにしては脇道にそれつつだった気がするけど」
「あはは、否定できないなぁ。まぁ私なりの覚悟というかなんというか。少しでも可能性を上げておきたいというか。我ながら女々しいことだよね」
ついてきて、というマスターの言葉に従う。
そうして廊下を進んだ先、俺は理解する。
「……霊基を再臨する部屋か」
「まだ中に入ってないのに分かるんだね」
「なんとなく。こう、自分の霊基が求めてるものがそこにある感覚がある。っていうか、遂に俺も再臨ですか!?」
「そうなんです。遂に再臨の時が来たのです。確かにセイバーやドクターのいう通り、このままじゃ辛いもんね。だから、他のサーヴァントたちに素材を集めてもらったんだ」
マスターに続き中に入れば、召喚サークルに似た陣が敷かれている。遂にかと少々感慨深い。これでスキルが解放されるだろうか。宝具はどうか。俺の、失われた記憶はどうだろうか。
「あとは起動すればセイバーの再臨が行われるよ――――ただし、約束を守らないとハリセンボンだからね?」
なるほど、あの約束はこの再臨に関してものだったか。
まぁその内容が分からないから結局どうしようもないんだけどね!
「大丈夫、セイバーがセイバーのままでいてくれればいいだけだよ」
「俺が俺のままねぇ。まぁ変わる気なんてないからいいんだけどさ」
さてはてどういうことか。
まさか再臨すると性格が変わるとか?
いや、それはないだろう。では何がマスターにそこまでさせるのか。
「じゃあ私たちは外にいるから。いこう、マシュ」
「……はい、先輩」
最後、マシュが呟く。
「セイバーさんでも、先輩を泣かせたら許しません」
その言葉が胸に突き刺さる。
あれ、なんかすごい痛い。マシュのその視線がすごく痛い。
何だろうかこの感覚、女の子を泣かせたら死ぬよってやたら訴えかけてくるこの感覚はどこか懐かしくも背筋が震えるほどに恐ろしい。
やめよう、考えるのやめよう。
大丈夫、泣かせなければいいんだから……。
『よーし、それじゃあ早速いってみよう! 大丈夫大丈夫、痛くないからね! 何せこの天災が設計開発したんだから!あぁ、でも私が関与しないところでのフォローはしないから慎重にネ! 違和感があったら言うんだよ?』
え、今後半なんて言った?
そう口にする間もなく、俺の意識は光に飲まれていった。
景色が流れていく。
異形との戦い。
人であり人ならざる者との戦い。
多くの血を見た。
多くの死を見た。
多くの叫びを耳にした。
世界は終わりに向かっていた。
静かに、それでも苛烈に、人類の敵によって。
戦い続けた過去があった。
共に戦場を駆け抜けた友人たちがいた。
裏切られ、逃げ出し、その果てにすべてを壊す決意をした。
――神も悪魔も関係ない。
奪い、殺し、憎悪を身に浴びた。
そんな景色を見て、ぼんやりと思うのだ。
俺という存在は、多くを捨てた結末の表れであると。