執務室へ戻ると、秘書艦の大淀が既に仕事を始めていた。
「寝坊したそうですね」
「ええ、まぁ……すいません」
なんでこんなに威圧感があるんだよ大淀さん。普通に話しているだけなのに大淀は何か得体のしれないパワーを周囲に醸し出していた。俺だけに対して。
「今日の予定は?」
「午前中は書類の処理、お昼ご飯を挟んで午後からは新編成案を考えましょう。本日の出撃は泊地警備に四水戦が、近海に十三戦隊が出ます」
第十三戦隊といえば、那智が所属する部隊だ。昨日はあんな夜遅くまで仕事を手伝ってくれていたので、悪いなと思った。帰ってきたら何か奢ろうか。
「了解。あ、あと新編成案なんだけど、もう処理しちゃったよ」
昨日徹夜で組んだ新編成案を、大淀に手渡す。
今回の新編成案は、新たにここトラック泊地へ配備された航空母艦・葛城の為に組まれたものだ。艦艇が一隻着任しただけでもこのように艦隊全体を整理しなければならないのはとても面倒だ。
大淀は渡した紙をじっくりと時間をかけて確認し終わると、なにやら不満そうな顔で紙を返してきた。
「ん……とりあえず不備は無いですね。いつもこれなら良いんですが」
「すんません……」
今回は完璧だと思ったのだが、いくら完璧でも大淀は毒を吐いてくるらしい。まぁ、こんな奴でも、仕事では有能の一言に尽きる程に優秀な人材だ。
気を取り直して、机の端に溜まっていた書類を処理し始めた。一口に書類と言っても、内容は様々だ。補給要請や入渠要請が書類の中では断トツに多い。約6割を占めている。その次は休暇申請、陳情などが続き、稀に本土から届く指令書が混じる場合もある。
えーと、補給要請が九戦隊と十四戦隊、弾薬350と180? 九戦隊は榛名と霧島か……あいつら燃費は良い筈だぞ…? 瑞鶴の陳情は……加賀さんの零戦に負けない位の新鋭機を開発して欲しい、か。やっとるよ。というか、お前、艦戦は熟練の紫電改を積んでる筈だろ……
一枚一枚の内容を斜め読みして了承するのならハンコを押していく。まぁ、却下する事など殆ど無いのだが。
机の端に積もっていた書類の山を片付け終わる頃には、時計の短針が十一を、長針が六を指していた。
いつもはこの辺で昼食の時間が入る。大淀に昼食を食べに行く様言って、自分自身は艦娘達が生活している寮へと赴いた。
寮と言っても、元は旅館だった建物で、今でも大浴場や宴会場などはあり、その恩恵に預かっている。泊地本棟とは渡り廊下で接続されていて、すぐに向かう事ができる。
目的の部屋の前に着くと、居るかどうかを確認するために一度襖をノックをした。
「誰ですか」
中から声が聞こえた。
「石川だ。加賀、お前に話しておきたい事があるんだが」
「どうぞ、入ってください」
襖を開けると、目の前に加賀が居た。促されるまま部屋の中へ案内され、畳へと座った。
「あ、提督。こんにちは」
押入れの中から赤城が顔を出した。お前はドラえもんか?
「赤城か。お前にも関わる話だから聞いておけ」
赤城が押入れから出てくるのを待ち、本題を切り出した。
「もう大淀辺りから聞いていると思うが、来週ここへ葛城が配備される。配属は第三航空艦隊だ」
「私の部隊ですか。分かりました」
「新鋭の空母ですか…防空戦力を充実させる為に提督が手配したので?」
「半分当たってるけどもう半分ははずれ。確かに、航空母艦の配備は渇望してたんだよ。だけど、俺が頼んだのは即応性に優れる軽空母で、馬鹿でかい正規空母は本来お断りだった筈なんだよ。それが本部のゴリ押しで押し付けられて……っと、言い方が悪かったな」
「いえ、確かに第三艦隊に正規空母は私と瑞鶴、二人も居ます。軽空母は隼鷹と飛鷹のみ。その二人も軽空母というにはいささか大型で、緊急時の即応性には欠けますね」
邪魔という訳ではないのだが、如何せん正規空母5隻の運用を一つの鎮守府に任せるのは財政的にも責任的にも重すぎる。南方海域の補給ルートが構築されたといっても、まだボーキサイトは貴重な資源だ。それを湯水の様に消費していく正規空母を5隻所持はとてもキツイ。
「だから、艦載機をあまり消費しない様にしっかり訓練もしてくれ。頼むぞ」
「分かりました」
そう言い、執務室へ戻った。
戻ると、大淀が何やら焦った様子で無線を聞いていた。
「どうした?」
大淀は入ってきた石川に気が付くと、無線から耳を離した。
「近海進出中の13戦隊より入電、『泊地東100km地点に敵航空機と思われる敵影多数を視認。電探によると数はおよそのところ30』だそうです」
どうやら敵が海域に侵入していたらしい。
「分かった。3航艦に埠頭待機を指示。基地航空隊に連絡して迎撃機を上げてくれるよう、連絡してくれ」
大淀は頷くと、手元のタブレット端末を操作し始めた。端末はネット回線で航空基地に繋がっている。
「基地航空隊は零戦10機編隊が2つ、出撃可能と。3航艦は第4バースに到着、指示を待つとのこと」
「よし、準備が整い次第、迎撃部隊を発艦させろ。基地航空隊の零戦と協力して敵機を落とせ」
「3航艦の近海への展開は?」
「この第一波の迎撃が成功したら実行する。護衛には8戦隊と4水戦を配備。機動部隊本隊が向かってきた場合に備えてアラートを掛けておけ」
泊地庁舎内の館内放送で、非常事態を知らせるサイレンが鳴った。これで第三艦隊の艦娘全員が臨戦態勢へと入るだろう。
「13戦隊の那智さんより入電、『羽黒3号水偵が敵機動部隊を捕捉。空母は4隻確認』」
「本格的な空母機動部隊の編成だな...1隻に60機だとすると240機か、長いぞ....」
対してこちらの航空戦力は正規空母2隻と軽空母1隻のみ。一応基地航空隊があるが、泊地近海でしか運用することは出来ない。1航艦の空母は紫電への機種転換のために艦載機を全機陸に降ろしており、出撃までは1日近く掛かるだろう。
それまでに2波、3波と襲来されれば3航艦の艦載機と基地航空隊で耐えるしかないのだ。
しばらくすると、外からレシプロエンジンの音が聞こえてきた。窓を覗くと、基地航空隊のマーキングを施した零戦が、その銀翼をはためかせながら彼方へと飛び立っていくところだった。
「接敵まで15分ほど。3航艦の空母の皆さんは艦載機を発艦させてください」
無線から聞こえる艦隊旗艦である加賀の「了解」という声と共に、埠頭に停泊している空母三人から、濃緑色の翼が飛び出して行った。空母連中の機体は基地航空隊の零戦よりも性能が良い紫電改だ。
その紫電改で編成された編隊は、先行した基地航空隊の零戦を追いかけるようにして東へと針路を取っていた。
敵航空隊の迎撃戦は、先行した基地航空隊の零戦が敵機と接触したことから始まった。雲に隠れながら高高度を飛行していた零戦隊は、水面を切るようにして低高度を飛行していた敵航空機を発見すると、途端に急降下を開始して敵編隊に襲い掛かった。敵の戦力は、艦戦が10、艦爆が15、偵察機が5機ほどの編成だった。数的には20対30と不利ではあるが、機種的には圧倒的にこちらが有利だ。
初撃の急降下で敵の半数を海没させると、基地航空隊の零戦達は散開して襲い掛かった。後続の3航艦の艦載機部隊も合流したため、勢いは完全に日本海軍側にあった。
空戦開始から10分後には、空に濃緑の翼しか存在していなかった。
日本海軍側の損害は被撃墜0、被弾25。対して深海棲艦側の損害は被撃墜30と、日本海軍側の圧倒的勝利で幕を閉じた。
「全機帰還。とりあえず、240機中の30機は撃墜したことになるが、もう基地航空隊は使えないからな...3航艦と8戦隊、4水戦を統合して艦隊を編成、これを迎撃部隊として運用しよう」
「待機中の部隊はどうします?」
「んー、2水戦と1航艦以外は解散していいぞ。たぶん日付超えるからな」
精鋭を集めた統合艦隊が負けるとは思っていないが、相手は深海棲艦だ。何かイレギュラーが起こってもおかしくない事態では、強力な手札をなるべく残しておくのが賢明な判断だろう。
「13戦隊も統合艦隊に編入しましょうか?彼女たちは近くで待機しています」
これで統合艦隊の戦力は戦艦が榛名と霧島の2隻、正規空母が加賀、瑞鶴の2隻、軽空母が瑞鳳の1隻、重巡が鳥海、古、那智、羽黒の4隻、軽巡が木曾と神通の2隻、駆逐艦が浜風、時津風、吹雪、白雪の4隻、合わせて15隻となった。
時刻は午後5時。艦載機が飛べない事を利用して敵艦隊に夜襲を仕掛けることも考慮しなきゃいけないなと考え、石川は艦隊編成を埠頭で待機している加賀へと伝えた。
時刻は午後1時を回り、トラック諸島は辺り一帯闇夜と化した。加賀、瑞鶴、瑞鳳の3隻で編成される第3航空艦隊はトラック諸島から30キロほど東の地点に停泊していた。その地点は泊地からもほど近く、そして前衛に配置した第24駆逐隊のピケット艦を通じれば敵艦載機の攻撃を迎撃できる距離にあった。一方、統合艦隊は敵前衛部隊が配置されている海域へと向かっていた。夜間になったため、那智と羽黒が発艦させていた零式水偵は使用不能となり、今では代わりに鳥海が搭載していた96式夜間偵察機によって情報を集めていた。
「敵はモートロック諸島沖10キロ地点に機動部隊本隊を、その50キロ前方の地点に戦艦2隻を中心とした前衛艦隊を進出させています。その前衛とは後30分後に会敵します」
96式から送られた情報を、鳥海が淀みなく報告した。
それを聞いた艦隊旗艦の榛名は、艦隊全艦に対して指示を下した。
「分かりました。全艦、砲雷撃戦に備えて単縦陣を組んでください。戦艦は私と霧島でけん制しますので、その間に水雷戦隊の皆さんは敵陣に突撃、陣形をかき回してください」
榛名の指示に他の艦娘は「了解」と口を揃えて言った。
その言葉に安心と緊張を受けたが、榛名は自分の中に有る不安が拭いきれていなかった。太平洋戦争時の夜戦に旧帝国海軍の艦艇は苦い思い出をそれぞれが持っている。榛名はあまりないが、霧島は第3次ソロモン沖海戦第3夜戦において、敵戦艦からの直撃弾を受けて轟沈している。古鷹、神通も同様で、夜戦で沈んでいる。
この戦いは、勝てるのだろうか・・・・
「2時の方向に発砲炎多数!」
「榛名!指示を出して!」
榛名は意識を現実に引き戻すと、後ろを振り向いた。
「全艦行動開始、全兵装使用自由!」
「了解」
応答は続き、次々と発砲の手が上がる。暗闇に砲煙の煌きが多数瞬き、周囲を明るく照らした。
「榛名、7時の方向に敵戦艦2隻を捕捉!」
「了解!」
榛名は自分の背に装備されている36.5cm連装砲を旋回させると、闇夜に浮かんでいた敵影に向け斉射した。金剛型は最新の91式徹甲弾を使用せず、在庫処分のために一世代前の88式徹甲弾を装備していた。
「第一斉射命中を認めず、次弾装填急いで!」
「こちらも外した!副砲、撃ち方始め!」
15.5cm砲の砲火が、二人の戦艦から上がった。主砲ほどの威力は無くとも、距離が昼戦よりも近くなる夜戦なら、充分に使えるものだ。
『こちら鳥海、電探に感あり。敵水雷戦隊が接近中!』
「了解、各艦は突撃を開始、至近距離での砲雷撃戦を開始してください!」
「第三斉射、てぇぇっ!」
榛名と霧島は2隻で単横陣を組み、砲撃を継続していた。すでに二人には敵の副砲が命中し、機銃や高角砲が使用不能となっている。
「敵艦から発砲炎、榛名、回避を・・・・・」
霧島の声が聞こえた刹那、榛名の視界は白い光で包まれた。
「きゃあっっ!!」
「榛名!」
右舷第一、第二砲塔に敵の主砲が命中していた。装甲は抉り取られ、榛名の身体もダメージを負ってしまった。
「くっ・・・・ダメージコントロールを急いで!」
応急処置を施している間にも、敵艦は砲撃を継続している。榛名の艤装は炎上し、その光が暗闇の中で的となっているせいか、榛名の方に砲撃が集中していた。
『榛名さん、援護します』
4水戦の浜風だ。彼女は僚艦の時津風と共に戦艦に位置を確認すると、太腿に装備した魚雷発射管を水面へと向けた。
2隻の駆逐艦から発射された魚雷は航跡を暗闇に紛れさせ、敵戦艦の横っ腹へと命中した。そのせいで敵は主砲での砲撃を中止し、副砲で牽制を始めた。
「第12斉射、うてぇぇっ!」
霧島は相変わらず主砲での砲撃を継続していた。だからか、足元に迫る白い航跡を見逃していた。
『霧島さん、回避を!』
「そんな・・・・・」
霧島の目の前には、多数の白い航跡が迫ってきていた。
夜戦が終結したのは、戦闘開始から1時間が経過した頃だった。損害はかなりのもので、榛名と霧島がそれぞれ中破。榛名は4基の砲塔のうち2基が使用不能、霧島は砲塔全基が健在だが、魚雷を受けたことで速度が低下していた。重巡4隻も、大小あれども全員が損傷、軽巡、駆逐艦も小破以上の損害を受けていた。
「敵前衛は戦艦1隻を轟沈、1隻を中破、水雷戦隊も壊滅状態と・・・・・」
「問題は朝までに敵の空襲圏内を脱せるか・・・・・鳥海、霧島さんの現在の速力だと夜明けまでにどこまで進める?」
「えーと・・・・・泊地の南西120キロ地点辺りです」
「分かりました。全艦、霧島を中心に輪形陣を組んでください。敵の夜偵が飛んでいる可能性があるので、対空警戒を厳となしてください」
「榛名さんから入電、敵前衛艦隊を撃破。なお、霧島さんが戦闘中に魚雷を受けて速力が低下したようで、明朝までに敵空襲圏内を脱出できない模様です」
大淀の報告にそうか、と石川はつぶやくと、手元の端末を見た。
事態は中々に大変だ。
「敵は明朝のタイミングで攻撃隊を送り込んでくるだろうな・・・・・問題は3航艦の艦載機で迎撃できるかどうかか・・・・・」
3航艦の紫電は対空電探を装備しておらず、敵航空機の所在を掴めないため迎撃はとても難しいといえるだろう。ピケット艦をその海域まで移動させるのももう遅い。
「鎮守府内に待機中の速力が速い艦娘で迎撃艦隊を編成、モートロック沖で機動部隊を迎撃する。この夜間の内に接近すれば、敵から発見される可能性は減るだろう」
「しかし、それでは統合艦隊が.....」
「統合艦隊には3航艦の艦載機をぶつける。敵機動部隊の位置は分からなくても、3航艦に来るのが分かっていれば迎撃できる」
「分かりました」