04月DD日
-01-
七森中学校
きんこんかんこん鐘が鳴る。2年生のとあるクラス、順番でいえば階段から2つ目の教室では朝から転校生の話でもちきりだった。言うに及ばず様々な憶測が流れ、やれアイドルだ、やれ有名人だそんな妄想とも噂ともつかない話がクラスを更に浮き足立てている。転校の時期としては何ら珍しくない、とはいえ転校生が来ること自体初めてだった中学生に対しては、このイベントはやはり珍しいものだった。
「どんな子が来るんだろうね!あかりちゃん!」
足をばたばたとさせながら可愛らしい八重歯をのぞかせる少女は、満面の笑みで隣の赤毛の少女に話しかけた。大室櫻子、クラスの人気者でもある彼女は特に親しい友人の一人に話しかける。今日はたまたま早起きが出来たので姉に髪を編みこんでもらい、でこが出ている髪型をし、小さな向日葵のついたヘアピンが彼女の雰囲気をさらに明るいものにしていた。櫻子の言葉をうけ、赤毛の少女、小さなお団子ヘアーが特徴の赤座あかりは嬉しそうに口を開く。
「えへへ、どんな人かなぁ。あかりと仲良くなってくれたら嬉しいなぁ」
「んー、あかりちゃんは2年生になってもあかりちゃんだなぁ」
「えへへぇ、なにそれぇ」
あかりちゃんと呼んだ彼女の頭を櫻子は優しくなでた。また嬉しそうにあかりが笑ったところで、三つ編みを肩口に揺らした少女が口を開く。
「櫻子、あんまり足をばたばたさせないでくれません。はしたないですわ」
「へーん、おっぱい星人が。向日葵は2年生になってもおっぱいだなぁ」
「な!それはどういう意味ですの!?」
「そのままの意味ですの!」
きー、と向日葵と呼ばれた大人びた少女は櫻子の後ろから肩をつかみ頭を揺さぶった。
それと同時にあかりはあたふたと二人の間に割って入る。これも1年生から2年生に学年が上がっても変わらない、いつもの光景だった。
「ね、あかりちゃん、転校生ってさ、なんかあこがれるよね」
「そうだよねぇ、あかりも転校生になったら目立てるかな……」
「あかりちゃん、不憫な子……」
そんな風にあかりと話す桃色の髪の女の子は後ろを振り向く。
ぽつんと置かれたあかりの隣の席。別に離れて置いてあるわけでは無いけれど、なんだか昨日まで無かったものがいきなり今日あるのが不思議だった。
「ちなつちゃんはさ、どんな子だと思う?」
「櫻子ちゃん。……うーん、そうだなぁ、おそらくこんな感じで…………」
「あ、ごめん、それを形にしないで」
絵を描きだしたちなつを慌てて制止する。ちなつの作り出すものは、なんというか、良い言い方をすれば壊滅的で、悪い言い方をすれば絶望的だ。見る者すべての生気を奪う兵器一歩手前の代物だった。
「向日葵は?」
「え、えーと、モデルの方とかいう噂もあるので、おそらく綺麗な人じゃありませんの?」
「あかりちゃんは?」
「うーん、そういえば黒い髪って聞いたかな」
「ほうほう、黒髪美人」
櫻子はなるほど、と腕を組む。
「なんですの、櫻子」
「いやー、やっぱ分かっちゃう?そこらへん?実は私さぁ、昨日見ちゃったんだよね」
えー、と櫻子の周りに人が集まる。物珍しい転校生の情報を先に入手しているのだ。櫻子の周りの子が、どうだった?と質問を投げかける。その中にあかりやちなつ、向日葵も参加して、話はどんどん進んでいった。
「えー、こらこら、5分間も泳がせてしまったがとっくに鐘は鳴ってるぞ」
と議論が白熱し、なぜか転校生が黒髪美人の私立探偵で、夜はモデルの二重生活どころか三重生活を送っているという所で、担当である西垣教諭が口を開いた。綺麗な顔立ちに凛とした彼女は、黙って可愛いとまではいかなくともまともな服を着ていれば女優も顔負けなのに、いかんせん、中身は爆発バカの年中白衣である。少なくとも私服は知らないが、それでも白衣以外の姿は見たことがなかった。
「ほら、着席。いいか、転校生だとて普通の中学生だ。期待を裏切るようだがモデルなんてことはない。そしてっ!……くっ…………残念なことに爆発もしない……」
「この人おかしいですわ……」
呆れながら向日葵はつっこむ。
「と、まぁこんなところでご本人に登場していただこう。ほら、入ってきなさい」
がらら、と遠慮がちに教室のドアが引かれていく。
さらりと彼女の髪は靡き、ふわりといい匂いが辺りを包み込んだ。転校生の少女は恥ずかしいのか自信がないのか、うつむきながら顔を真っ赤にしてちらちらと生徒の方を見ている。おずおずと教室に入るとビクビクとおびえた様子を見せながら教壇の上に上る。ニーソックスとスカートの間を隠すようにスカート触れると、少女はリスのようにクラスメイトを見る。
「あ、あの、あけ、暁美ほむらです。その、まえは見滝原ってところに住んでてっ……」
第一印象は小動物。
守ってあげたくなるその姿に、あるものは胸を抑え、またあるものは自身の意思に反して動き出した右手を抑えた。
「よ、よろしくお願いします!」
少女は大きな声でそういうと、教師に席に誘導された。
「うむ、元気がよろしい。では暁美の席は赤座の隣だな」
「は、はい」
彼女は赤い顔をしながら教室を歩く。
さらりと伸びる長い黒髪が艶っぽく揺れる。目鼻顔立ちは整っており、確かにアイドルと言っても申し分のない容姿であった。おそらくどちらかと言えば綺麗系の分類に入るだろうが、彼女の姿からは可愛らしさが前面に押し出されている。
「よ、よろしくお願いします……」
彼女はどこか怯えるようにぺこりと頭を下げると、椅子に座った。
あかりはそんな様子の彼女ににっこりと笑いかける。
「わぁ、よろしくね、ほむらちゃん!」
「……っ……え?」
「あ、ええと、あかり馴れ馴れしかったかなぁ……」
しゅん、と赤毛の少女、あかりは落ち込んだように残念そうな顔をする。そんなあかりにあわててほむらは声をかける。
「う、ううん、違うの。その、少し驚いただけで……。よ、よかったら、私も名前で呼んでいいですか」
「うん!もちろんだよぉ!えへへ、よろしくね、ほむらちゃん」
ほむらちゃん、とかつて自分を呼んでくれた少女の事を思い出す。彼女は元気だろうか。結局彼女がどんな人生を歩んでいくのか、それはもうほむらには解りようのないことなのかも知れないけれど、元気できっと美樹さやかと志筑仁美と談笑しているのだろう。魔法少女だとか、ソウルジェムだとか、そんな事とは無縁の世界で。
「は、はい!よろしくお願いします、あ、えと、あかりさん」
「うん!」
きらきらと輝く笑顔がまぶしい。その表情は何故だかこちらの心まで優しくなっていくような、そんな笑顔だった。
今日の注意事項等、談笑ともつかないような話が終わり、朝のHRは終わりを迎えた。
それと同時に、あかりはほむらに向き直り再び笑いかける。
「えへへ、何か解らない事があったら何でも聞いてねぇ」
「あーずるいぞ!あかりちゃん!」
がば、とあかりに抱きつくようにして、いかにも元気そうな女の子がほむらの元に来た。美樹さやかと似たような印象をうけつつ、自己紹介をする。
「ひゃ、あ、あの、暁美ほむら、です」
「ん!よろしくね!私は次期生徒会副会長の大室櫻子、んでこっちがおっぱい」
「おっぱい言わないでくださいません!?」
かつての自分のように三つ編みのおさげ髪の少女が櫻子を叩く。それと同時に櫻子はほむらの後ろに隠れた。
「へへーん、暴力向日葵も流石にほむらちゃんは殴れまい!」
「二対一なんてずるいですわ櫻子!」
「え、あの、その」
ほむらはただただ困惑して、助けを求めてあかりを見る。あかりは慌てながら二人を止めようと声をかけるが二人には届いていないようでその行為は空しく空回りするのみだった。
「べーっ、二人のおっぱい足しても向日葵以下だからずるいのは向日葵なんですー」
「お、おっぱ……くっ………」
たしかに、あれだけ育ったものに比べれば自分はちっぽけなものだった。というより本当に中学二年生なのだろうか、巴マミのものと比べてもいい勝負をしそうなものだけれど。散々マミは肩がこるだとか、大きいから見られて嫌だと言っていたが、そのくせ自信満々に何度もほむらに見せてくることが多々あった。彼女なりのスキンシップだったのだろうか、くそうおっぱいめ。
「ほ、ほら、あかりも小さいから……」
あかりは検討違いのフォローを入れるが、それならあかりちゃんも同盟だね!と櫻子の仲間に入れられるだけだった。
「それはなんのフォローにもなってないよあかりちゃん」
そして桃色の髪の少女が話に加わる。
「え……」
びっくりした。
後姿だけなら間違えていたかもしれない桃色の髪。
数秒時が止まったかのように周りの音が消える。だがそれも、向日葵がほむらを挟む形で櫻子にチョップをするその圧倒的な胸で現実に戻された。
「……ボリュームが」
「いった……!なにすんだよ向日葵!」
「暁美さんを盾にするあなたが悪いんですわ。……、お見苦しい所を見せました、暁美さん。私、古谷向日葵と申します。次期生徒会副会長ですわ」
ぺこり、と礼儀正しく彼女はお辞儀をしてみせる。優雅な姿から彼女の育ちが良いのがわかる。
「はい……、よろしくお願い……、あ、あれ?副会長って……」
とほむらが疑問を口にした所で櫻子が再び向日葵に噛みついた。
「そー!向日葵はニセモノの生徒会副会長!私はホンモノ!」
「違いますわ。まぁ、あと二か月もすれば決定しますから」
あかりはそこで二人の関係性などをざっくりとほむらに話す。
二人は幼馴染で生徒会に所属している、生徒会副会長の座を争っている、と簡単な説明だった。それにしても、とほむらは櫻子を見る。なぜだろう、なぜだか彼女の声を聞くと……。いやいや、と頭を振って考えをどこかに飛ばす。
「ねぇ、ほむらちゃん、私、吉川ちなつ。あ、ほむらちゃんって呼んでもいいかな」
「え、ええ、……!あ、ううん、ええと、よろしくお願いします!ちなつさん」
つい、ついあの時の自分に戻ってしまったかのように言葉を発してしまった。
いけない、忘れると決めたのに。ほむら自身が自分で決めたこと、それが昔の自分に戻る事だった。愚図でのろまなあの時の自分に戻るのは歯がゆい思いはある。しかし、それだからこそ1からスタートすると改めて覚悟することができた。それに、いや、こちらの方が大きな割合を占めるのだけど、いやに心が軽いのだ。ほむら自身驚くことだが、やはり自分の本質は愚図でのろまな、そして弱い自分なのかも知れない。
そこで鐘が鳴り、休憩時間は終わりを迎えた。
皆が笑顔で口々に休憩時間の短さについて文句を言いながら席に戻っていく。
楽しい毎日が始まるような、そんな気分が少しして、ほむらはゆっくりと席に座った。
-02-
放課後
七森中学校 教室
今日の生徒としての義務が終了し、赤座あかりは背伸びをする。
中学生になってからこの瞬間が好きになりつつあった。勉強は難しいけれど、1日ごとに与えられたこの達成感と、気怠さとこれからの時間の期待、そんな気分が混ざり合うそんな気持ちがとても好きだった。
それに今日はもう一つ大きなイベントがあった。そう、暁美ほむらという少女が七森中学の自分のクラスに転校してきたのだ。隣の席になれたし、転校生は優しく可愛い女の子だった。これからどんなことを話そうか、そう考えるだけで少し嬉しくなった。
「ねぇ、ほむらちゃん、放課後時間あるかな」
「え、えっと、うん、大丈夫だよ」
戸惑いながらもほむらは首を縦に振る。
そんな姿も彼女の白い肌と、可愛らしい姿から綺麗な人形のようだった。
「わぁ、うれしいな!実はね、あかりごらく部っていう……」
あかりがそう自身が所属する非公式な部活の説明をしようとしたところだった。
小さな影がほむらに抱きつく。
「あまーい!ほむらは生徒会のものなのだ!」
「さ、櫻子ちゃん!」
ギュッと櫻子はほむらに抱きつく。
「お、大室さん……」
「もう、櫻子って呼んでよ!」
「櫻子……さん、苦しいです」
恥ずかしくなってほむらは俯く。昔の、見滝原の自分なら平気だったことがなんだか恥ずかしくなる。と同時に青い髪の少女を思い出した。振り返ると、最初の世界では引っ込み思案だったほむらによく話しかけてくれた彼女は自分の憧れでもあった、同時に親友でもあった。終着点となったこの世界では親友はおろか友達になる事すらできなかったけれど、彼女が不幸になることなく本当に良かった。今彼女はリハビリを再開した彼の姿を心配そうに見ているだろうか。
「あ、ごめーん、でもさ、ほむらに来てほしい所があってさ!」
「え、ええ?」
「だ、だめだよ櫻子ちゃん、あかりが先に話しかけたんだからぁ」
と、そこであかりはほむらをギュッと抱きしめると珍しく櫻子に食い下がった。
「ええー、いいじゃーん。ほむらが生徒会に来てくれたら楽しいと思うし」
「ごらく部の方が……、それに」
と二人の言い合いに向日葵が割って入る。
「はいはい、そこまでですわ。櫻子、今日は生徒会忙しいんですのよ。勧誘も解りますけどまたの機会に」
「ぎゃっ、離せ巨乳ー!貧乳の人間を増やすんだー!もうこれ以上……」
櫻子は悔しそうにずるずると向日葵に引っ張られていった。
「どういうこと……?」
ちなつは目をぱちくりさせるとあかりを見る。
「あはは……、実は櫻子ちゃん以外の生徒会メンバーの胸のサイズが1カップ大きくなったんだって」
「貧乳……」
ぺたぺたとほむらは自身の胸を触る。
ほむら自体の年齢は実は周りのクラスメイトより1歳年上であり、本来ならば中学3年生であるが、手術と体の治療のため、見滝原中学を去ったのちに入院をしていたために2年生をもう一回行っている。いうなればダブりであった。
それなのに、
それなのにという思いが大きくなっていった。ソウルジェムが濁っていくのが解る。
「ね、ほむらちゃん!実はね、あかりごらく部ってところにいるんだけどね」
あかりはそう楽しく笑いかけながらほむらにごらく部の説明をする。
自分とちなつと3年生が2人所属していること。特に目的はないが、楽しく遊ぶこと。
ほむらに参加してほしいことをお願いした。
「ほむらちゃん、一緒に行かない?もちろん引っ越しの片づけとかで忙しいなら……」
「ちなつさん……わ、わかりました。私行きます」
ほむらは、喜んでその提案を受け入れた。
引っ込み思案な自分からすれば初日からクラブ活動に誘われるなんて信じられないことだ。そして実はクラブ活動自体初めてな体験だったりする。
考えてもみればあれだけ中学2年生を繰り返したというのに部活動をする暇は1度足りとも無かった。なにか、音楽とか、手芸とかやろうと思ったらできたのかもしれない。それこそマミのように料理であったりやろうと思えばできたはずだ。ついに1人暮らしの間に料理らしい料理を作ることはほとんどなかった。最初の方の世界の何週目かまではやった思いがあるが、そのうち自分が料理があまりうまくないことに気が付いてからは生来の小食も手伝ってほとんど食事をとらなくなった。痛みを消して戦うさやかを否定したこともあるが、自分は魔法で空腹感を消していたのだからあまり人の事は言えたものではなかった。あのときは少し笑ってしまった自分を今なら殴りたい。あの件であの時の世界はダメになってしまった。
「さ、ほむらちゃん、あかりちゃん、いこ!」
「あ、待ってよちなつちゃん!ほむらちゃん、手つなご!」
「あ、う、うん……!」
彼女の手を握り返した。
ふんわりとしたぬくもりが彼女から帰ってくると嬉しくなってほむらは少し微笑んだ。