四方の壁にガラスケースが配された広い室内、ガラスケースの中には長い年月を重ねてきたことをうかがわせる美術品や重厚な矛などの武具の模型、劣化により所々文字のかすれた歴史資料がならべられていた。
そこは 中国史における後漢の終わりから三国時代 にかけて、いわゆる三国志演義の舞台となった時代をテーマとした古美術展の会場だった。
「しっかし、ただ立ってるだけで単位がもらえるとは、おいしいクエストもあったもんだ。」
室内における唯一の人影があくび交じりにもらした呟きはすぐに消えた。
その人影の正体は身長170cmほどのどこか根暗そうな青年であった。
(このクエストを見つけて来てくれた理子には感謝しないとな)
展示が始まって最初の一週間はそれなりの客足があったが、ピークを過ぎ展示終了日まで残り数日という微妙な時期になると人もほとんど来なくなっていた。これらの情報を事前に掴んでいた仲間にこのクエストを紹介され、以前に単位で困ったことのある彼は今後単位を稼いで置くために今日限りでこの会場の警備をしているのだ。
(まあ、依頼人は変な人だったが…)
本来クエストは教務課を仲介しているため、依頼人にとの接点は少ない。しかし、今回は依頼人の意向で任務に着く際に打ち合わせがあったのだ。
(ものすごい迫力だったな、あの人。見せかけだけの筋肉ならあんなプレッシャーは感じない。軍人あがりか?学生服の着用を指示された時は別の意味で恐ろしかったが・・・)
依頼人のムキムキ漢女が世界を股に掛ける埒外の存在であること。そして多分に彼の漢女の趣味も入っているが、警備員の制服よりも防御性能の高い学生服の着用を義務付けたのは、これから彼が訪れる場所への備えをさせるわずかながらの親切心であったことを彼はまだ知る由もない。
(曹操、三国の一つ魏を打ち立てた「乱世の奸雄」か・・・。本物もココみたいに女の子だったら・・・、なんてあるわけないか。)
あまりに暇なので展示の説明書きを見ながら歩いていると、一つだけ説明書きの無い展示物があった。
(なんだ、この銅鏡?学芸員の人が説明を書き忘れたのか?)
気になって眺めていると、突然銅鏡が発光しだした。
(まずいっ、テロリストが展示物に紛れ込ませたのか?)
日頃の騒動で不本意ながら鍛えられている危機対処反応により、逆方向に身を投げ出し衝撃に備える。
しかし、次の瞬間起きた現象は爆発によるガラスケースの飛散ではなく、周囲に何の被害もなくただ忽然と一人の青年がこの世界から姿を消すということであった。
姿を消した彼の名は遠山キンジ、東京武貞高校に通う武貞であり、“不可能を可能にする男(エネイブル)”の通り名で呼ばれる男である。
ここにまた新たな外史が始まる。彼が再び元の世界に戻れるのか?そしてその時置いてけぼりにされた者らによって彼の身体にいくつ風穴が空くことになるのかはまだ誰にも予測できない。