少女が魔に身を堕とすまで   作:黒下あころ

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力の片鱗

11、

 

 フードを深々と被ったまま、シュバルツがユーミットとアリアの間に立ちふさがる。

 

 いつも通り目付きは悪いが、いつにも増して、機嫌が悪そうだ。

 

「……そこをどいてくれませんか?アリアさんには邪神の加護がある。あれは消えるものじゃない。ここで、消しておかないといけません」

 

 聖剣の切っ先を向けるユーミット。シュバルツはそれを見ても動じることなく、依然と睨み付けている。

 

「俺はお前に殴られて腹が立ってるだけだ。そんなこと知ったことか」

 

 アリアにはよくわからないが、ここに来るまでにシュバルツがユーミットに殴られていたらしい。

 

「……アリアさんを守るつもりはないのに戦うんですか?」

 

「なんで会って数日のやつを守るために戦わなきゃならないんだ、おかしいだろ」

 

「それでも仲間じゃないですか」

 

「勝手にラディアが仲間にしただけだ、関係ないな」

 

「でも、アリアさんが何か騒ぎの中心になった時にはあなたが介入したと聞きましたが」

 

「問題を起こされたら困るから当たり前だろ」

 

「それだけですか? アリアさんのことを多少なりとも気にかけていないと?」

 

「ラディアのせいで気にかけざるを得なかっただけだ」

 

 そしてそのまま、二人とも臨戦状態のまま言い合いをし始める。この状況のユーミットを見ていると、とてもこちらを殺してくるような人間には見えない。ユーミットが無駄に真面目なせいで、戦いに入るよりも反論をすることに夢中になってるだけだろう。

 

 というよりも、二人とも表向きは仲の悪そうにしているが、本当は仲のいい友人同士にも見えてくる。死ぬ前の向こうの世界で、まだ病弱じゃなかった頃にはそういう光景も見た気がする。

 

 ともあれ、アリアにとってみればシュバルツにこちらを守るつもりがあろうがなかろうが、どちらにしても助かった。

 

 先程は巻き込まれるから攻撃を一緒に避けたが、カティアは守ってくれるような人間はないだろう。

 

 と、急にカティアは腕を掴んで、にっこりと微笑む。なんだか嫌な予感がする。

 

「アリア! 今のうちに逃げましょう!」

 

「カティアさん!?」

 

 と、わざと大きくシュバルツやユーミットに聞こえるように、叫ぶように言い、悪戯っぽく微笑む。アリアが状況についていけないままでいると、ハッとした様子のユーミットが聖剣を握りしめて地面を踏みしめる。

 

 横に薙ぎ払い、剣の切っ先が弧を描く。シュバルツはユーミットが剣を振るうよりも少し速く飛び退く。剣を振る風圧がシュバルツの服を撫で、パラパラとシュバルツの持っていたらしい紙切れが地面に散らばる。

 

 カティアの言葉のせいで、言い合いに夢中になっていたユーミットが我に戻って戦いが始まってしまった。

 思わず、カティアに声を掛ける。

 

「なんで聞こえるように言ったんですか!?」

 

「話が続いてるのを見るのも退屈でしょう? 戦いを観戦してる方が面白いじゃない」

 

「い、いやいや!? 退屈とかいう問題ですか!?」

 

「そもそも、言い合いしてる間にさっさと逃げればよかったのよ。あと、私に剣を向けた勇者様がシュバルツにボコボコにされたら面白いじゃない」

 

 カティアはパッと掴んでる手を離す。ああは言ったが逃げるつもりはなく、二人に戦ってもらうためだったらしい。

 

 二人の方に視線を戻す。剣を一度振るってから変化はないらしい。ユーミットが上段に構えて、シュバルツがその様子をうかがっている。

 

 ユーミットが動き、剣を振り下ろす。腕輪付きという本来の勇者の劣化版とはいえ、その力は並々ならぬものであり、その動作すらアリアにはとらえられるかギリギリだ。"身体強化"を使ったところで、避けきれるものではない。

 

 風の妖精の加護を持つラディアなどならともかく、ただの人間であるはずのシュバルツには避けきることも不可能であり、レプリカであったとしても聖剣を受けきるすべがそう存在してるはずもないだろう。

 

 ――だが、剣はシュバルツをとらえることもなく、空を切る。素早い斬撃をシュバルツはさも当然のように避け、ユーミットの腹を蹴っ飛ばした。

 

「あ、えっ……?」

 

 思わず、アリアの口から声が漏れる。蹴っ飛ばされて、よろめいて数歩下がったユーミットも驚いて目を見開いている。

 

 その足元の、シュバルツが落とした紙切れに書かれている文字が不気味に光る。紙から文字が浮かび上がる。

 ――魔法式だ。その瞬間に文字を書かなくても、あらかじめ書かれている文字ならば魔方陣のように短時間で扱うことができる。

 

 魔方陣がユーミットの周囲に形成し、バチバチと火花を放つ。

 

「"サンダーストーム"」

 

 魔方陣から一斉に電撃が放たれてユーミットを襲う。軽くユーミットはうめくものの、ユーミットの着ている鎧はただの鎧でもなく、魔法を弾く力を持っている。わずかながらのダメージはあるかもしれないが、すぐさま打ち消される。

 

「へぇ、凄いじゃない」

 

 素直に関心したカティアの声が聞こえてくる。

 

「な、なんであの攻撃を避けれてるんですか……」

 

「シュバルツをよく見なさい」

 

 と、言われてじっくりと見るとシュバルツの体をわずかな青い光が包み込んでいる。目を凝らさなければわからないほどのものだ。一部だけ、小さな魔方陣も見える。

 

「"格闘魔法"ってやつね。使えさえすれば、素手で魔物だって倒せるし、魔族にすら勝てるかもしれない、そんな魔法よ」

 

 "身体強化"の上位版のようなものだろう。勇者とさえ戦えてしまうほどの身体能力を得るなんてとてつもないことだが、きっとそんな楽に使えるものでもないのだろう。

 

 でも、それほどまでに身体能力を上げたところでその膂力でユーミットをねじ伏せれるかどうかは怪しい。さらに、ユーミットの鎧は魔法を弾くのだ。シュバルツには厳しい戦いだろう。

 

 体勢を直したユーミットが再びシュバルツへ距離を詰める。聖剣は届かずに、むなしく剣の振る音が聞こえるだけだ。

 

 空振りをしたユーミットにすかさずシュバルツの拳がユーミットを襲い、鎧とぶつかって鈍い音が響く。怪物じみた膂力に押されて地面をざざっとスライドする。

 

「"ストームブラスト"」

 

「ぐっ……」

 

 風がシュバルツの手元に集まって放たれ、ユーミットの鎧に当たって弾かれる。ただ、消滅してもその衝撃は残り、ユーミットはぐらつく。

 

 今の状況をみるに、身体能力で勝っているシュバルツの方が優位なのかもしれない。

 ただ、ユーミットの鎧は衝撃までを殺しきれないとはいえ、魔法を弾く。

 

 と、アリアは不思議とやけに落ち着いた心で状況を観察する。気がつけば、近くにいたカティアが少し後ろの方まで退避している。

 今のところはともかく、巻き込まれることを心配しているのだろうか。

 

 再び、二人の戦いに気を向ける。

 ユーミットが体勢を建て直す前に、さらに畳み掛けようと、シュバルツが魔方陣を展開するその瞬間――ユーミットの持つ剣がいっそう強く光を放つ。

 

 そのまま、剣を振るうと三日月型の光の塊が斬撃となって放たれる。

 

「"サンダースネークバイト"」

 

 突然の遠距離からの攻撃。

 それでも、シュバルツは落ち着いて魔方陣を起動する。雷が蛇のようにぐねぐねと動いて口を開いて動き出す。

 

 シュバルツを切り裂こうとする光の斬撃と、それを噛みつこうとする雷の蛇、二つのエネルギーがぶつかって相殺する。衝撃によって生じた風圧で土埃が宙を舞い、アリアの元までそれが運ばれる。

 

「これぐらい予想の範疇ですか」

 

「魔法で遠距離攻撃ぐらいはしてくるだろうなって思ってただけだ。喋ってる場合なのか?」

 

 シュバルツはまた、勝っている身体能力でねじ伏せようとしてるのか、走り出そうと地面を踏みしめる。

 

 走るシュバルツへ、ユーミットは聖剣の先端部分に光を集めて、ビームのように放つ。横に飛び退いて、シュバルツがそれを躱す。

 

 シュバルツの後ろには、当然アリアたちがいる。光線が突然飛んできて、防ぐ暇もなくアリアの頬を抉る。

 

 チリチリと、焼けるような痛みがする。手で、無意識にそれを拭う。

 ここにいては危ない。カティアのように離れるだけでも、巻き込まれそうだ。

 

 そもそも、シュバルツが戦ってくれているのだから今のうちに逃げるべきなのだ。ここにいても、邪魔になるだけだろう、と考えるのだが――なぜか体は逃げようとしない。

 

 心の奥が、いや別の何かが逃げずになにかを待っている。それが何かはわからない。

 目は二人の戦いから離れようとせず、足はじっと動かない。頭が警鐘を鳴らしているのに、じっとしているべきだと何かから言われている気がする。

 

 シュバルツとユーミットが接近し、シュバルツが拳を固める。

 

「……今だ! "身体強化"、"クイック"っ!」

 

 その瞬間突如として、ユーミットが魔法を発動する。急速に、ユーミットの動きが速くなる。

 それでも、シュバルツの動きを越えるほどのものではない。一瞬の不意をついて決着をつけよう、ということなのだろう。

 

 あとほんの少し剣が長ければ当たっていた、というぐらいのギリギリで剣は避けられる。激しい運動で、シュバルツのフードが脱げて髪がさらされる。

 

「"バーニングショット"」

 

 そして、避ける瞬間にかざした左手に展開された魔方陣から炎が収束して発射される。

 腹に直撃し、魔法自体はすぐに消えるものの、重い衝撃によって吹き飛ばされる。

 

「……あれでもダメですか。だったら――」

 

「……ちっ、そうきたか」

 

 ユーミットは聖剣を両手で握りしめて上段に構える。

 

 ルルフを焼き尽くした時のあの太い光の光線を放つつもりだ。あの光の奔流を放ってしまえばシュバルツにだって、防ぐ手段はないだろう。

 

 聖剣に光が収束していく。体の内側が熱くなる。

 そうだ、これだ――とアリアの中で何かが言っている。

 

 あれに飲まれたら死んでしまう――そう命の危機を感じた瞬間に、そのアリアの体が自分のものではなくなってしまったかのように、動く。

 

 無意識に手が動いて、スッと、空中に指で円を描く。そこから文字が溢れ出してそれが文字列として集まっていく。魔法式だ。

 そして、それが描いた円に集まっていき、それが変化していって魔方陣へと形を変える。

 

 体が、やけに熱い。

 

「……鏡よ鏡、映したいものはなあに」

 

 口から、知らない言葉が紡がれていく。これは、詠唱だ。魔法式や魔方陣だけでなく、わからない魔法を使おうと勝手に体が動いていく。

 魔方陣が、バチバチと火花を飛ばしてうっすらと紫に光る。

 

「子猫を見つけて追いかけて、鏡の中にこんにちわ。さてさて、これは偽りか。さてもこれは真なりや?」

 

「……アリア? 急に何をしているの?」

 

 困惑したカティアの声が聞こえる。それに答えようとする考えすらもはやアリアにはない。この魔法を使わなければならない使命感が、よくわからないがアリアの中から溢れ出している。

 

 体が急に動く。体のうちから何かが何かが這い出てくるような気持ちの悪い感覚がする。

 棒状の何かを両手で掴むポーズをして、それをまるで剣を構えるように腕を上げる。

 

 ユーミットがその剣をシュバルツ目掛けて振り下ろす。

 

「怒り狂え――"バンダースナッチ"っ!」

 

 と、振り下ろす瞬間にアリアが発動させている奇妙な魔法と、そのただならぬ雰囲気に気をとられて、聖剣から放たれた光の奔流はシュバルツからそれて、アリアの方に目掛けて飛んでいってしまった。

 

 いや、ユーミットにしてみればもとからアリアを狙っているのだ。ちょうどいいかもしれない。

 

「――"完全模倣アルプトラオム"」

 

 アリアは、上げた腕を剣を振り下ろすようにして、下に振った。

 その瞬間に魔方陣が強く光り、凄まじいエネルギーを収束させて、それを発射させる。

 

 まるで、それは聖剣の光と同じもののようだった。

 体の熱さが、一気に高まって破裂する。体がふらふらとする。汗でもかいているせいか、体がべたべたとして気持ち悪い。

 

 二つの光はぶつかり、衝撃が辺りに広がっていく。

 が、あっさりと聖剣から放たれた方の光が押し負けて、アリアの魔方陣から放たれた方のそれに飲まれて、ユーミットの横をとてつもない熱量を持ったその光が横切っていく。

 

 そこら辺りの建物をひたすらに焼き尽くし、それが放たれた後にはただ静寂が残った。

 

 自分が何をしたのか、アリアにはよくわからなかった。ただ、体が変にベタつき、まだ熱さが残留している。

 

「アリア……?」

 

 驚いたようなカティアの声を聞いて、振り返ろうとするが、体が言うことを聞かない。力がスッと抜けていく。

 

 ふと、目に入った自分の腕には――血がベットリとついていた。ベタつく正体はそれだったらしい。

 

 腕も、足も、腹も、似たように血まみれになっていた。

 

 まずい、このままでは死んでしまうかもしれない。アリアの中に焦りが生まれる。回復魔法を使おうとするが、その前に意識が飛びそうになる。

 

 ――早く早く!

 と、魔法を発動させるように自分を自身を急かすが、体がふらついて、ろくに動かない。

 

 そして、アリアは意識を保てないまま体を支えることもできずに、倒れてしまった。


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