初音島物語   作:akasuke

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episode-15「不安」

「なんか風見学園ってイベントが多いよな」

 

「どうした、急に……というか、口にタレがついてるぞ」

 

団子を食べながら呟く渉に、呆れた口調で義之はツッコミを入れた。

 

 

とある日の放課後。

渉、義之、杉並、杏、茜、小恋の面々は、甘味処「花より団子」に寄っていた。

雪月花が義之を誘い、渉と杉並が便乗して付いてきたのである。

 

のんびり各々が他愛ない話をしている中、渉が話題の1つとして挙げた。

 

 

「いや、考えてみろよ。 体育祭やったと思ったらすぐに文化祭だぜ」

 

「それにぃ、文化祭が終わったらクリパも準備しないとだしねー」

 

渉の話す内容に共感を示すように、茜も頷きながら話す。

 

義之は渉と茜の話を聞いて、今更ながらも確かにその通りだと思う。

 

義之たちが通う学校である、風見学園。

この学園は一年間の行事が多い。

 

修学旅行、体育祭、文化祭、クリスマスパーティー、卒業パーティー。

それだけでも多いのに、手芸部主催のミス風見学園コンテスト等の、生徒が立案するイベントもある。

 

改めて数えると二ヶ月に一回は行事があるというのは凄いなと、義之は過去を振り返りながら思った。

 

 

「本島から来た引っ越してきた人は凄いビックリしてるよね!」

 

「クリパと卒パは、普通はないわよね」

 

小恋の言うとおり、他の学園から来た人は行事の多さにまず驚きの声をあげる。

文化祭は分かるけど、何故クリスマスと卒業式にもパーティーをするのか、と。

 

昔からの伝統という話もあるが、生徒が学園生活を楽しめる様にという学園長の想いが形になっているとの噂もある。

 

義之自身、さくらに直接確かめたことはない。

しかし。

 

 

『にゃはは、みんな楽しめる方がいいよね!』

 

言いそうなことが目に浮かぶ義之であった。

 

 

「まぁ、イベントがないよりは多い方が良いではないかっ!」

 

「杉並くんはぁ、生徒会との追いかけっこが楽しそうだもんねー」

 

非公式新聞部と生徒会の対決は、クリパや卒パなどの楽しみの1つにすらなっている。

生徒だけでなく、教師でさえ注意しつつも楽しそうにしているのを義之は見た覚えがある。

 

何だかんだで皆それぞれが行事を楽しんでいる。

それはきっと良いことであると、義之は思う。

 

 

「ま、学園祭も委員長だけに任せないでやるとしますかね」

 

「あら、義之にしては珍しいわね」

 

義之の呟きを拾った杏は目を丸くする。

別に義之が今までサボっていた訳ではないが、杏や茜たちが言わなければ積極的には手伝いをしなかったのだ。

 

だからこそ、珍しいと感じたのである。

 

確かにそうだけどな、と杏の言葉を否定しなかった。

しかし、義之は空を見上げながら、杏に言葉を返した。

 

 

「付属も今年で終わりだし、後悔しないように楽しまないと、な」

 

付属を卒業しても、来年からそのままエスカレーター式に本校に入学する。

あまり変わらないのかもしれない。

しかし、どうせなら今あることは楽しまないとな、と義之は思うのであった。

 

ふと、周りから返答が何もないことに違和感を覚え、視線を杏たちに向ける。

 

そして、杏、茜、小恋、杉並、渉の全員の視線が自分に向いていることに気付いた。

 

 

「な、なんだよ……」

 

無言で見られて義之が少しどもりながら周りに尋ねる。

質問された義之以外は顔を見合わせ、そして笑い合うのであった。

 

 

「いや、あれ……なんか変なこと言ったか?」

 

何故みんなが笑っているのか分からず戸惑う義之。

そんな彼に、杏と茜が笑いながらも理由を告げる。

 

 

「ふふ、後悔しないように、ね」

 

「いったい誰に影響を受けたのかなぁって」

 

ふたりの言葉を受けて、義之は周りが笑う理由を悟った。

 

後悔しないように。

自分が発言で無意識に使ってしまっていた言葉。

 

 

『魔法の願いは関係なく、どうか皆さんも、後悔しないように生きてください』

 

それは、その言葉は。

義之含め、今ここにいるメンバーからしてみれば、とある人物を思い出してしまうのだ。

 

 

しかし。

しかし、それは。

 

彼らがそれだけその人物の話に影響を受けたということでもあった。

 

 

「否定はしないさ」

 

義之は影響を受けたということを否定しなかった。

実際に彼の話を受けて、行動したのだから。

 

そして、それは間違っていなかったと義之は自信を持って言える。

 

だって。

 

 

『うん! 今日は絶対に早く帰ってくるから!』

 

――さくらさんの、いや、母さんの本当に嬉しそうな表情を見ることが出来たのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

episode-15「不安」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おや、珍しいなと。

彼方の、思わぬ来客が訪れたことによる感想である。

 

非公式新聞部 第二執筆室。

彼方にしてみれば放課後の定番の作業場となっている。

 

しかし、場所が場所だけに、執筆室に訪れるメンバーというのは驚くほどに少ない。

非公式新聞部のメンバーがたまに来ることを除けば、杉並と由夢のみである。

 

そんな場所に訪れたのは、茜であった。

 

 

「すみません、お待たせしました」

 

「んーん、お茶ありがとねぇー」

 

差し出されたお茶に礼を述べる茜。

彼女がここに来たのは、最初に杉並が義之たちを連れてきたのを含め、二回目である。

 

しかも、今回は茜のみで訪れたのだ。

それを聞いて、彼方はひとつ疑問に思う。

 

 

「それにしても、よくこの場所に来れましたね」

 

非公式新聞部が利用している地下室は広く、道も複雑な構成になっている。

部員の彼方は地図があるから問題ないが、地図がないと場所を把握するのが困難である。

 

実際に、非公式新聞部の仮部員となる前の由夢は、第二執筆室に来ようとして迷った。

だからこそ、ひとりで訪れた茜に驚きを感じていた。

 

 

「ふっふっふ、茜さんにはこれがあるんだー」

 

「これは……手書きの地図、ですか?」

 

彼方の疑問に答える為に見せてきたのは、ちぎられたノート。

そこには、部分的ではあったが、この執筆室に来るまでの地図が描かれていた。

 

 

「しかも、正しいですし……すごいですね」

 

正確に描かれていることに感嘆の声を漏らす彼方に、茜はこれを描いてくれた人物を述べる。

 

 

「これはね、杏ちゃんお手製なんだー」

 

「なるほど、雪村さんでしたか」

 

自身で描いた訳ではないのに得意げに話す茜に可愛いと思いながらも、納得する彼方。

 

願いにより何でも憶える杏であれば確かに可能であろう。

改めて凄い能力であると感心するのであった。

 

 

「杏ちゃんも嫌なことはあるかもだけど、便利な力だよねー」

 

「はい、確かにそうですね」

 

相槌を打つ彼方であったが、先程の言葉について気付いたことがあった。

 

今、茜は杏について言った。

記憶力が良いとかではなく、便利な力である、と。

 

 

「花咲さん、あなたは雪村さんの願いのことを」

 

「うん、教えてもらってるよ」

 

彼方の問いに、嬉しそうな表情で肯定する茜。

彼女は杏の願いを知り、そして自分も願いのことを打ち明けたと告げる。

そして、それは小恋にも話したのだと。

 

 

「そこからね、もっと仲良くなれたんだ」

 

杏の家に泊まりに行った夜。

杏と茜は、自分が魔法の桜に願ったことを打ち明けた。

茜と杏はそれぞれお互い願っていたことに驚いたし、小恋は更にふたりの秘密に驚いていた。

 

だけど受け入れてくれて。

杏、小恋、茜、藍の四人は更に絆を深めることが出来た。

 

そのきっかけは、彼方である。

だからこそ、言いたいことがあったのだ。

 

 

「わたしね、嬉しかったんだ」

 

彼女は席から立ち上がり、彼方のもとに近付く。

そして、座る彼方に真正面から抱き着いた。

 

 

「あ、あの! 花咲さん!」

 

「ほんとに、嬉しかったんだ」

 

杏の家に泊まる前も十分に仲良しだった。

 

しかし、隠していた秘密を打ち明けて。

受け入れてくれて。

 

 

()()()()()()()()()()()()じゃなくて、本当の私として認識してくれて……」

 

「藍、さん」

 

もともとは死んでいる筈な自分だ。

それなのに、学園に通えて、杏や小恋と仲良くなれて。

 

例え、藍としての自身を知ってもらえなくても満足だった。

満足だと、思っていたのだ。

 

なのに。

それなのに。

 

 

『もう、藍ったら! わたしハラハラしたんだからね!』

 

『ごめんね、つい楽しくって』

 

大切な友達が認識してくれて。

 

 

『ふふ、いま藍の方でしょ』

 

『杏ちゃん、何でわかるのー!』

 

大切な友達が気付いてくれて。

 

そして、思ったのだ。感じたのだ。

それをどうしても彼方に伝えたくて。

 

 

「あ…ありがとっ……」

 

彼のおかげで知ってもらうことが出来た。

彼のおかげで藍自身に、大切な親友が出来たのだ。

 

 

嗚呼。

わたしは、花咲 藍は、ほんとに。

 

 

「しあわせ…だよ…っ」

 

いつか枯れるのかもしれない。

いつか、願いが解けてしまうのかもしれない。

 

それでも自分は幸せ者だと思う。 

妹と、親友と、藍として側にいれるのだから。

 

 

「そっかぁ」

 

その嬉しさを、喜びを、感謝を。

彼方に少しでも知ってほしくて。

あなたのおかげで幸せなのだと伝えたくて。

 

 

「それなら…僕も、嬉しいな」

 

「うん…うんっ……っ!」

 

そして、いつかもう一つの想いも伝えたいな、と藍は思った。

 

 

姉の身体であるけれど。

願いが解けたら居なくなってしまうかもしれないけれど。

 

 

――あなたのことが好きです、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉越しの泣く声を聞きながら、由夢はただ呆然と佇んでいた。

 

いつもの様に、由夢は彼方を手伝う為、授業後に執筆室へと向かった。

目的の場所に着き、扉を開こうとしたとき、彼方と茜の声が聞こえたのだ。

 

最初は大事な話なら聞かずに帰ろうと思った。

しかし、ついどんな話をしているのか気になり、誘惑に負けて聞いてしまったのだ。

 

 

『しあわせ…だよ…っ』

 

彼方が困っている人を助けた。

ただそれだけのことだ。

 

それは由夢からしてみれば嬉しいはずなのに。

誇らしいと感じるはずなのに。

 

由夢は、何故か不安を感じてしまっていた。

 

 

――わたしは、この場面を知らない

 

由夢が見る予知夢は、誰かが不幸が訪れてしまいそうな場面。

もしくは、彼方と由夢のふたりの場面。

 

都合の良い能力ではない。

だからこそ、知らなくても可笑しくない。

 

しかし、茜と彼方の声を聞いて不安が止まることはなかった。

 

 

『それなら…僕も、嬉しいな』

 

彼方が自身のことを『僕』と言っているところ。

彼方が敬語ではないところ。

 

それを由夢は今まで聞いたことも見たこともなかった。

それがどうしようもなく、心が揺さぶれる。

 

しかし、由夢は自身の夢で見たのだ。

自分と彼方が寄り添う場面を。

 

 

――予知夢は、覆らない。

 

 

誰かが不幸になる姿をみて、予知夢を覆そうと何度も行動した。

それでも、覆せなくて。

予知夢を覆すことができて欲しいと望んだはずであった。

 

 

――予知夢は、()()()()はずなのに。

 

予知夢を覆したいのか、覆したくないのか。

由夢自身はどちらを望んでいるのかが分からなくなってしまった。

 

 




私自身は運動苦手だったりして、体育祭は苦手でした。
あとは学園祭も力を入れてなかったです。

だからこそ、風見学園で楽しく騒がしいクリパや卒パの光景をイメージすると後悔したりします。
一生懸命楽しんだ人は、きっと良い思い出になるのでしょうね。

恋愛の物語なのですが、こういう学園に対しても羨ましいと思えるのも、D.C.ならではなのでしょうか。

初音島、あれば行ってみたかったですね。

また見ていただければ幸いです。

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